母の死と藤沢周平



 藤沢周平の『用心棒日月抄』(ようじんぼうじつげつしよう)シ
リーズが面白くて、本屋や古本屋で探していたが、今日、シリーズ
3刊目の『刺客』を買うことができた。おそらくすぐ読みきること
になるだろう。順番どおりではなくなったが、きのうの夜は4刊目
でシリーズ最終刊の『凶刃』(きょうじん)を夜更かしをして読ん
でしまった。

 藤沢周平の『用心棒日月抄』を手にしたのは、帰郷した正月の田
舎の家で、母の墓参りが終って、東京に戻ろうとする日、新幹線の
なかで読むこともあるだろうと思い、母が残した文庫本のうちから
内田康夫の『黄金の石橋』と藤沢周平の『用心棒日月抄』シリーズ
2刊目の『孤剣』をバッグに入れた。

 母が大量に残していった本、分厚い単行本やカバー付きの文庫本
は妹夫婦が大部分を処理してくれたが、それでもまだ残っていた。

 帰りの新幹線で読む気になるのは、内田康夫のものだろうと考え
ていたが、実際選び読んだのは藤沢周平の『孤剣』だった。

 ぼくは「母の死」がもたらすものは、「母の死」だけではないと
ようやく気付き始めていた。母の子のうち、ぼく以外は妻や子供が
いて、孫までいる者もいるのだから、当然「母の死」は「家族の希
薄化」をうながすものだった。それぞれが「自分の家」に帰るのだ。

 そしてぼく以外は母の病気が重いものだと分かったとき、母の死、
母の葬式、母の四十九日法要と続く流れのなか、そのことに気付い
ており、ぼくには何も言わず、ぼくが自分で気付くのを待ってくれ
ているようにも思う。「終わったんだなあ」と新幹線のなかで呟か
ずにはいられなかった。こういうときは、いい年をして独り身なの
は不自然な存在だと思わずにいられない。この気分に藤沢周平の小
説が合ったのだ。

 『用心棒日月抄』シリーズは地方の小藩の藩士だった青江又八郎
が、藩主毒殺の陰謀を知ってしまったため脱藩せざるえなくなり、
江戸で用心棒をしながら暮らしをたてるうち、さまざまな男と女、
事件に出会い、剣をふるい、解決していくという物語だ。

 青江又八郎と嗅足組(かぎあしぐみ)の女スパイ佐知との切ない
ロマンスがシリーズの大きな背骨で、これはドキドキする。

 主人公の青江又八郎は個性的というよりも、まっとうな骨太の男
として描かれており、そのぶん周りの登場人物は個性がはっきりし
ている。相棒の用心棒で、六人の子供を抱えている酒飲みの浪人、
細谷源太夫(ほそやげんだゆう)。用心棒の仕事を斡旋する相模屋
の吉蔵、許嫁の由亀(ゆき)、又八郎の好敵手でおそるべき剣の使
い手の大富静馬、藩の秘密をさぐろうとする公儀隠密などなど。

 又八郎と女スパイ佐知の関係の他にシリーズの背骨になっている
のが、又八郎が陰謀を知らせようとした武士が許嫁の父親であり、
じつは陰謀の一味でもあって、そのため許嫁の父親でありながら斬
らざるえなかったという暗い事情だ。

 帰京して本屋で買った『用心棒日月抄』シリーズは文字が大きく
印刷されていた。母の部屋にあったシリーズ2刊目の『孤剣』はもっ
と小さい字だった。版を重ねて、読みつづけられているのだろう。
藤沢周平が読者のために書いた小説だ。   




2006年1月12日