詩について思うこと



 詩が読まれない理由ははっきりしていると思う。詩は読むのに
もっとも負荷のかかるものだからだ。詩を書いたものが100パ
ーセントの力を使って書いたとすれば、読むのに80パーセント
ほどの力を使わなければ読めたことに近づけない詩もある。
 舞踏、小説、エッセイ、映画、テレビ、演劇、短歌、俳句とい
ろいろな表現の形があるが、それを感受しようとするものにこれ
ほど負荷をしいるものはない。
 それが詩が読まれない理由だと思う。今の社会では重たすぎる
のだ。詩が多くの読者を得るということはついにはないだろう。
 詩がもしこれからの社会のなかで残っていくことができるとす
れば、詩は書くものたちによって細々と伝えられていく形をとる
と思う。そういう伝わり方をするだろう。
 社会の極く少数の人たちが、自分というものを、自分の考えを、
自分の気持ち、自分の立場を、自分の思いを、制約のない、どう
いう形をとってもいい、長くても短くてもいい、短歌でも俳句で
もない詩という表現の形式をきっと探し出すだろうと思う。
 その人たちが、詩という表現の形式を見つけ出したとき、「地
下水がながれていた」。そんなふうに感じるかもしれない。
 詩はそんなふうにリレーされていくと思う。



2005年2月27日