ホ テ ル ・ ク レ セ ン ト



海岸で身体を洗う男の姿が悲しかったな
ぼくにもあんなことがあったような気がする
これからあるような気がする
もう一度観るつもりだったが
東西ビデオレンタルに返してしまった
もう一度観るつもりだったが
さっき返した

ホテル・クレセントのきみの部屋の扉をたたき続けた
きみの部屋の扉は少しも開かない ぼくは
あきらめた あきらめたが
さっきメモを置いてきてしまった
今度は女のどの辺りに届くだろう

塩のにおいのする部屋できみのことを三日間考えたんだ
ぼくを苦しめた愛の出会いや別れを思い出したが ぼくは耐えて
きみに長い手紙を書き続け 夜が明けるのを待った
正しさと正しさの関係はもういやだ
からだとからだの関係がいい

7時の夜の空はぼくには寒すぎて
ぼくは西の方の生まれの人間なんだと思う
何でビルとビルのあいだの残留塩素の臭う町に
住むことになったのかわからない

出発した西からの飛行船は
港の近くの夕方の鉄棒の上に不時着して
もう仕事は終わった
ぼくには さか上がりや
大車輪しかやることがないんだ
空と地のあいだでくるくると
回ることしかできない
同じ場所で

マラウィ喫茶店の2階
ここだけ煙草の吸える部屋で
明かりの強いテーブルの反射
夜景を見ながらしゃべり続ける客たち
エアコンは停まって
午前0時の会話が
ゆっくりとゆっくりと
落ちていくのを
待っている
町が死に始めて 会話が完璧な闇になって息をひそめたら
立ち上がって
少しだけは開けていなければならない
窓から
少しの隙間から
動き始める前の
遠い駅を見る



初出 「出来事通信」7号 1999年6月発行