彼 女 は 答 え ら れ な い
あさ歯科医院から 検診のハガキが来たときは
世の中から便りがきたようでうれしかった
通りに出る
店の黒いマネキンに
リンゴをあげる
葉のてっぺんに 雨滴があって
それが一秒に一滴ずつおちる
ぼくは帰ってきて
前とすこしちがうところ
で 食事している
ぶどうが残る
次にテレビをつけて
次にラジオをつける
横須賀線は空いていて
約束の時間まで30分しかない ぼくはうろつきまわって
いらいらと 空いた電車の前を行き来した
黒いジャンパーを 着た
茶色のバッグを 持った
縞模様の靴を はいた
はいていった
池の前でポケットからセンベイをとりだして食べた
池の中に生き物がいる
ときどき彼らは浮上してくる
池の前でバッグからセンベイをとりだして食べた
それ以外に池の前ですることはなかった
匂いがしなかったことと
一緒に暮らすこともできると思ったこと
人の顔ばかりみていた
人の顔の 人の顔ではないところ
彼女はいない
彼女は答えられない
初出 「出来事」3号 1994年4月発行