野 口 と す れ ち が う



光りのある五月の桜の木のした
車や自転車が通る
すべての葉が風にゆれている
Bという南ドイツの町
三年に一度マジシャンの世界大会が開かれていて
日本から参加する予定だった野口という男は
その日に姿を消してしまったそうだ
何故だろう
昼のニュースが流れてくる

窓をかくしているすべての葉がゆれると
祭りの下にいるような気がして
(音からしてそうだ)
ゴールデンウィークの最後の日
長かった休息のやわらかい土
明日は遠いとは思わない。でも
始まるものはあるだろう
何かが始まって
姿を消さないぼくたちは
オレンジのクレーンがビルの屋上に立ち
濃茶色のビルが窓を一〇〇も持っている
のをみる
始まるものは
片耳で考え
次に両耳で考える
耳だけは気づいているのに
まだそれがぼくのからだに落ちてこない

このビルを降りて大通りのなかの人通り
おなじ方向の眼にまぎれると
とおい踏切の向こうに野口が立っている
人たちのあいだで汗や舌打ちがきこえた歩け歩きはじめると
ぼくは野口とすれちがう



初出誌 「詩学」8月号 2001年8月発行