Jun 09, 2008
遺失物届け
JR大阪駅で電車から降りて、20メートルくらい歩いたら、財布がポケットにないことに気づいた。急いで駅員さんに話した。何両目かとか聴かれて、駅のホームの端っこの連絡室に行った。若い駅職員の人が財布の特徴や何両目かを確認。環状線の色んな駅や、僕の乗っていたと思しき電車に連絡してくれる。見つからない。駅職員の若い人が警察に「遺失物届け」を出すようアドバイスしてくれる。大阪駅前の交番に行った。大体夜の7時くらい。その前に診察に行く途中だったので、病院にキャンセルの電話。病院の人も心配してくださる。交番に入ってしどろもどろに話していたら、若い警察官に「要するにどういうことですか」と問われはっとする。それから、警察官にキャッシュかクレジットカードの類は止めましたかと聞かれ、未だですと答えたら、銀行の電話番号を教えてくれた。電話したら、ぼそぼそ話すオジサンがでてきて、すぐに止める手続きをしてくれた。それから「遺失物届け」をつくる。僕が被害額をまちがったので、一回作り直した。届けが受理されるまで時間があったので、彼女に携帯で電話。警察は帰りの交通費は貸してもらえないそうなので、迎えに来てもらう算段をした。非常に情けなかった。病院の帰りに実家で飯食うことにしていたので、親父にも電話し、なんだか心配をかけてしまった。
もしかしたら、すられたのかもしれないが、それだったら、恐らく出てこないし、落としても相当混雑した車内だったから、出てこないだろう。しかし落とした感覚というか気づいたらなかったので、かなりぼーっとしてたのかな。まあ、しかし思い出すって不確かだと思った。帰りふらふらだったが、帰って彼女とご飯を食べたら少し気分が戻った。病院の診察券なんかも作り直さないといけない。病院に行くことにしていたから、保険証も。これは痛い。現金ももちろん痛い。痛すぎる。でも、そういう具体的なことよりも自分がなぜ失くしたのか、ぼーっとしていたのかが、気になった。悔しいというより、なんか情けない。
May 09, 2008
アクセルとブレーキとなんとかと
車で買い物なんか行くと、いやわたしゃ運転しないけどね。まあ、助手席でいろいろ感じることがある。
確実にかなりご高齢と見えるドライバーがいる。
地方もそうだが、大阪もその零落ぶりからいって
多くの地域は地方だ。
やから、年寄りにとっては、大型スーパーに行くのに
車を使うんだろうと思う。年寄りに車は必須だったりする。荷物重いし。
見るとけっこう動体視力や反応速度が落ちてるようで
急発進したりのろのろだったり
意外と左右もみてないのである。
スーパーの駐車場で、運転してくれる彼女と恐い思いをする。
批判ではなくて、この苛酷な交通砂漠の中では
きつそうである。
だが車というのは大きくて速度も速いから
加害者になりうるわけである。
それから大阪だからかなんなのか一部の女性ドライバーの
蛮勇な運転もかなりびびる。周りがよけると思うのか
歩行者のいる右折なんかでも、猛スピードでつっ込んでくる。
また女性だけではなく見るからに横柄な感じの男のドライバーは
携帯で話しながらタバコくわえて運転してたりしてびびる。
けっこうな音量のカーステなんかかけてね。
こういうと口うるさいおっさんなんだがしかも運転もしないのにえらそうなんだが
その上車の恩恵はちゃっかり受け取ってて誠にすまんのだが。。。
云いたいのは車って危ないのに過信してるのかなんなのか
加害者に自分はならないと思っている人が多い気がすること。
日本人は真面目な民族だと思っているのか
自分が横柄な運転をしていても周りがよけたり配慮するのが当然だと思っている気も。
私もそんな要素はたぶんにあるから、そう思う。
しかし、携帯でタバコで急になんか出てきたら、西部警察並みに
避けれるのかなと思う。
その背景には車の通る道路が人が暮らしている住宅街に入り込んでいたりして
これでかなり事故ってるのかなと。
私が見る限り、多くの場所で生活地域の中にどんどん車両や大きな道があるから
中学生のちゃりが車道の真ん中で走ってたりするし。
奈良なんかだと文化財がある観光地だからか歩道がやたらでかい。
けど、文化財があるという理由ならそうなって
普通の町だって人が生きているのにそうならないのですよ。
車の音や緊急車両の音やなんかは
デカイ道の近くに住んでいた頃など夜の睡眠がわるくなってしんどい。 空気も悪い。
路地なんかが多いところは無理なのはわかるんだけど
でも、恐いんだよな。
今までうちの父ちゃんの世代もそうだけど
大阪の中心街に仕事にいってて、住宅街は帰って寝るところだった。
けど、そういう人たちもどんどん定年して
住宅街で多くの時間を過ごす。
今はうちの父ちゃんなんかも、元気だけど 足腰が弱ったりしたら、どうするんだろう。
今でも年寄りや子どもにとって、住みにくい町は
津々浦々にあって
年寄りはこれからあふれかえるから(田舎は限界集落がいっぱいある)
エコな観点だけでなく、単純に住むのが辛くない町って
どうつくるんだろ。
こないだジャズストリートで、車の交通を制限したりするとね
町が広く感じたからこんなこと書いている。
ほんとにのびのびするのです。
人間の体にも町にも車にも、アクセルとブレーキだけじゃなく
ハンドルや変速機もあるのだ。
どういうことかっていうと
生き物やものは止まるか動くか、働くかひきこもりかでない。
年寄りも、定年=老人ホームでない。
微妙に速度や方向を調整して動いている。
町だって、子供のとき見た町と若い時の町と年取ってからの町はちがう。
町だって生きている。そこには建物や木々や空や土があって
元気な町や疲れた町がある。
けれど、ある街に色んな表情や匂いや、速度があって
それって、人間の健康にとって大事だと思うんよ。
私にとって車と人の関係はそういうのを考えさせるんだ。
生き物の轢死体を見るとやはり苦しいよね。俺も人間の一員だから
共犯なんだが、苦しい気持ちになるのは単に同情だけでないと思うよ。