May 31, 2008

「半島を出よ」

 村上龍の『半島を出よ』を読む。

 面白いというか先へ先へと読み進めたくなる。軍事系エンターテイメントとして読めるが、ときどき引き締まった文章がでてきて文学的筋肉がぴくつく。

 物語の設定がすごい。2011年、国家財政が破綻し、一応混乱をおさめたとはいえ、経済力がすっかり落ちた日本へ、北朝鮮が極く少数の兵士を北朝鮮国家への反乱軍と称させて、九州の福岡へ送りこむ。試合中の福岡ドームに侵入し、あっというまに数万の観客を人質にする。

 日本政府は攻撃したばあい人質に被害が出ることを怖れ、あるいは被害がでたとき世論から非難されることを怖れ、攻撃できない。

 数年後の未来の物語だが、なるほどこういう展開になるかもしれないと、読んでいて思わせる。北朝鮮の兵士が美化されていると思うが、村上龍は対比させるかたちで今の日本の豚の脂身のようなところへの嫌悪感をぶちまける。

 上下二巻の長編小説。下巻初めの社会からこぼれおちた少年たちの一人である「モリ」の心理描写が見事で、村上龍は無視することのできない作家だと思った。

 いくつもの分野の膨大な資料を読み込んだこの長編小説で村上龍は自身の政治的、経済的認識で日本、世界の現実を「制圧」したいという欲望があったんだと思う。頭のいい人でもある。ぼくの仕事に関係する分野が小説の展開のなかで書き込まれているが、まちがっていない。たぶん他の分野の専門的な記述もまちがっていないのだと思う。

 村上龍のなかの冷たい思想も見える。北朝鮮から来た鍛え抜かれた兵士であるチョ・スリョンが胸のなかでつぶやく「統治や政治というものは、力の弱い少数者を犠牲にする装置を最初から内包しているのだ。」という思いは村上龍の受け入れている社会の見方でもあるだろう。

 いちばん引きずり込まれて読んだのは北朝鮮兵士と日本の社会からこぼれおちた者たちの(恐ろしいガキたちでもあるが)戦闘場面だ。16歳から23歳までの決して知り合いにはなりたくないワルたちが、それぞれのただ一つの得意な技能をもって精鋭の北朝鮮兵士たちと無人となったシーホークホテルで戦う。アクション映画を観ているようだ。

 政治、経済、軍事、生物、医学、建築、空調といった、通常作家には縁のない領域を作品のなかに溶かしこんでいく作業に村上龍がだんだんエネルギーを失くしていくのが分かるが、圧倒的な筆力を何度も感じた。村上龍の軽いところ、重いところ、いいかげんなところ、ユーモアのあるところ、抒情を書いているところが分かる。夢中になって読みすすんだ。
Posted at 08:40 in n/a | WriteBacks (1) | Edit
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「半島を出よ」僕も去年読みました。すごく読み応えがありました。
布村さんのいうように、村上龍の優れた作品はエンターテイメントの中に、時々しっかりした洞察があることです。すごくムラのある人だけど、この作品はここ数年で読んで面白い作品のひとつでした。

イシハラたちは「昭和歌謡大全集」という小説に出てきます。詩人という設定は何を意味するのかなあ。
あと、もう戦闘シーンとか、北朝鮮の役人のやり取りとか、日本政府の結論の出ない会議とか、変なリアリティがありドキドキします。龍さんの持ち味ですね。
しかし最後の戦いは、僕はなんとなくこうおさまってしまった感もありました。

Posted by 石川和広 at 2008/06/06 (Fri) 08:16:52
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