Mar 28, 2006
「オペラ座の怪人」
「オペラ座の怪人」をビデオで観る。ダークなミュージカル映画。夜の世界に住むオペラ座の怪人と昼の世界に住む富裕でハンサムな貴族の間で揺れ動く歌姫クリスティーヌ。
怪人は音楽を象徴する存在でもあって、歌うことに憑かれているクリスティーヌは怪人に強くひかれるのだが、幼なじみでもある若い貴族を選ぶ。こういう正統的な選択が夜の世界に住む醜い怪人の悲劇を際立たせる。
俗にしてドラマテックなテーマ音楽と奥行きのある美しい映像。「オペラ座」はひとつの世界なのだ。
ロングラン舞台の映画化だけあって、筋立てがしっかりしている。とにかく「今日はハズレなかった」と喜んだ。特に文句はありません。ひさびさにいい映画にあたって満足。
Mar 21, 2006
「キング・コング」オリジナル版
オリジナル版で1933年制作の「キング・コング」をビデオで観る。基本的に元気だ。映画のなかで遠慮なくタバコを吸う。つまり余計な配慮がない。
特撮は今みれば幼稚なものに観えてしまう。怪獣キング・コングはドングリまなこの愛敬のある顔で、ピーター・ジャクソン監督の2005年版の「キング・コング」を観たあとでは、恐怖心はもてない。オリジナル版ではけっこうスケベな怪獣でもある。
前半冒険映画、後半怪獣映画というところ。
魅力をふりまくのはキング・コングに追いかけられる美女、アマンダ・ダロウ役のフェイ・レイ。いけます。キング・コングと並ぶこの映画の主役だ。叫ぶだけではない。充分に演技もできる。
オリジナル版では一方的なキング・コングの美女にたいする執着として描かれているので、物語としての安定感はあるが、もはや、今の、この時代の影響を受けている観客としては、キング・コングに対する物質社会のエゴい欲望に後味の悪さをまったく感じないというわけにはいかなかった。
Mar 18, 2006
「大きな窓」
ポエトリージャパン/ブックスで詩集「大きな窓」(詩学社)を取り扱ってもらうことになりました。▼
船の上
雨
音
自転車を置いてきて
ドミニク・サンダ「初恋」
父の決意
天気
伊豆弓ヶ浜
小さなハードル
ラブ・レター
夜のはじまる街
雨の街
場所
雨の降る大通り
野口とすれちがう
台風がやってくる
今日は終わる
▲
以上17編が「大きな窓」に収められています。
リンクを貼った以外にも、インターネットで読めるものがかなりありますが、本という形で、あるいは雑誌という形、「紙で縦書き」というのが本来のものです。そのように作っています。
これを機会に読んでみてもらえたらと思います。
Mar 12, 2006
フォーレ 無言歌
小島きみ子さんの評論はむずかしくて、ぼくにはよく分からないのだけど、疲れたとき小島さんのサイトにいって「フォーレ 無言歌」を聴いています。ここには小島さんのやさしさがあるね。うん。
Mar 07, 2006
ミッドナイト・プレス
「詩の雑誌 ミッドナイト・プレス」の休刊のニュースにびっくり。さみしい思いがするけれども、新聞スタイルのものから、今の雑誌スタイルのものに変わったように、次ぎのジャンプがあるのだろう。
ぼくが初めて詩で原稿料をもらったのは、「詩の新聞 ミッドナイト・プレス」に「船」という詩を書いたときだった。とてもうれしかったのを覚えている。
角田光代の「おやすみ、こわい夢を見ないように」(新潮社)を買う。 本屋で雑誌か何かのエッセイを立ち読みしたときは、著者のかぼそいような、オーラを発光しない雰囲気とはギャップのある事務的な文章で、それきりになってしまったが、小説はちがうようだ。
Mar 02, 2006
「吉本隆明の東京」
石関善治郎の「吉本隆明の東京」(作品社)読み終わる。吉本隆明というひとは、ぼくが思っていたよりも「現実的」で、「世の中にはいって生きているひと」であることが分かり、衝撃を受けた。「生き方」を観念主義的にとらえていると恐ろしいことになるのだと思った。
石関善治郎が自分でファンだと書いているように、吉本隆明に親愛の情を持っている人の書いたものだけれど、吉本隆明の住んだ土地を、新佃島から、上千葉、駒込、田端、千駄木などなど辿り、暮らした三軒長屋、アパート、借家、持ち家などの記録、周囲の様子などを丹念に調べたものを読んでいると、吉本隆明像が記述のたんたんとした歩みに伴い組みなおされていくような思いがしてくる。吉本隆明に強い影響を受けた者への、読者への解毒剤のような力を持っていると思う。