Aug 30, 2006
整体メモ2
感じるだけではもうだめだ。やっていけない。足りないのだ。
考えることを加えることが必要だ。
考えて、選択するということが人生の醍醐味ともいえる。
そうすることではじめて生活を楽しむことが可能になるのだ。
Aug 27, 2006
文字化け・フォントキャッシュの破損と修復
「ノート」の本文が□の記号に変わったり、右上にあるボタンが数字になったりで、清水さんに問い合わせるがウイルスではないだろうということで、エンコードの選択をいろいろ変えてみるが直らない。検索して調べてttfCache/フォントキャッシュのファイルが破損していることが原因らしいことが分かり、このファイルを削除すれば自動的に修復するということなので、削除を繰り返すが直らない。
削除できない場合Safeモードで起動をかければ修復するとあるので、試みてようやく直ったところです。これとこれが参考になりました。
Aug 25, 2006
「ユナイテッド93」
「ユナイテッド93」(ポール・グリーングラス監督)。すごいもの観ちゃったなという感じ。9.11同時多発テロでハイジャックされた飛行機のひとつが「ユナイテッド93」=ユナイテッド航空の93便。事実にそって作ろうとしている映画。多分、ほぼこのとおりなのだろうと思う。
4人のアラブ系とおぼしき男たちにユナイテッド93便がハイジャックされる。乗客たちは何がなんだか分からず混乱するが、機内電話や携帯電話で家族と連絡をとるうちに、世界貿易センタービルや国防総省の建物に旅客機が突っ込んだことを知る。ユナイテッド93も同じ運命をたどろうとしていると判断した乗客たちは、自分たちの中に元パイロットと管制塔勤務の経験のある者がいることを確認し、操縦室や通路にいるハイジャック犯と戦おうとする。乗客の約半数がこの戦いに加わり、あと一歩のところで飛行機をハイジャック犯から奪い返すところまでいくが、操縦桿を犯人と奪い合う内にユナイテッド93は地上に激突してしまう。
日常に、非日常の論理と感情で入りこみ、多くの人を殺そうとしているのに、そのことが体験の外側にあるような犯人たちはひんぱんに神に祈りを捧げるが、いったい何の神だろうと思った。
最初から観客の感情をひっぱろうとする映画音楽以外に違和感を持たなかった。現実に起こったことの中身を知るような気持ちで、手に汗握って映画を観た。お薦めの一本です。
Aug 23, 2006
「紙屋悦子の青春」
黒木和雄監督の「紙屋悦子の青春」を観た。「美しい夏キリシマ」「父と暮せば」よりもいい。静謐な映画だった。1988年の「TOMORROW/明日」よりあとでは一番の出来だと思う。
黒木和雄の最後の映画が想像していたよりもよい映画でしあわせだった。映画館のそこここで鼻をすすりあげる音が響いていたが、ぼくもこれでもう新作は観れないのだと思うとしんみりした。
Aug 19, 2006
Aug 17, 2006
Aug 13, 2006
日曜日
昨日の夜、NHK・教育テレビの<「戦争へのまなざし」映画作家 黒木和雄>を観た。黒木和雄のいろいろな表情を見ることができた。いろいろな思いをもった。とにかく遺作となった「紙屋悦子の青春」を観に行くことにしよう。
Aug 09, 2006
台風
台風の影響で朝から雨が降る。風がよく通って室温は30度を越えなかった。午後1時すぎから晴れそうな空になった。藤沢周平の「一茶」(文春文庫)読み終わる。
藤沢周平の小説を読んできて、初めて救いのない、癒しのない小説に出会った。「痩蛙まけるな一茶是にあり」で知られる俳人小林一茶を主人公にした物語で、江戸時代に俳句で身をたてようと思った者のそうとう暗い生涯が描かれる。
江戸時代、俳句で食べられる者は、弟子を極めて数多く作った者に限られていて、一茶はそうではなかった。一茶がどうやって「食べた」かといえば、「江戸の俳人」の看板で、地方の、俳句に関心を持つある程度の財産を持った者の所を訪ね歩き、何泊かの飯をいただき、運がよければ路銀を包んでもらえる、という旅をして食いつないでいく。そして何年かの寄食の旅をつづけた後、江戸に帰る。これを繰り返している。
食べられれば御の字という江戸時代であっても、愉快な飯の食い方じゃないし、年をとり、身体が衰えると行き倒れになったりする。こういう食べ方を一茶より先に「開発」した露光は誰にもみとられず死んでしまう。もちろんこんな暮らしをつづけても金は貯まらない。
一茶のやむをえないとはいえ、執着心の強さが最後まで書かれていて、癒しにはならないのだが、藤沢周平が何でこういう物語を書いたかといえば、やはり自分が小説を書いて、食べていた人間だからだろうと思う。現実を書きたかったんだろうな。
Aug 03, 2006
「弁慶のカーテンコール」
松本幸四郎の「弁慶のカーテンコール」(知恵の森文庫・光文社)、読み終わる。ほとんどを喫茶店で読んだ。ぼくにゆっくりとした時間をくれた本。
「とにかく信じ込んでそれを基礎にしてしまう力」というものが松本幸四郎の力なのだと思った。役者の筋肉、骨格がこの走法をつりあげ支えている。
印象に残った言葉は、
「舞台俳優は舞台の上が生きる場所ですから、舞台を降りたらもう抜け殻です。舞台の上でだ
け生きている人種が『俳優』だと思います。」
「しかし、僕は役者であるから、考える以上に肉体を使って舞台でこれを表現するしかな
い。」
「声が掛かれば、地方の公会堂やコンサートホールでも、僕は弁慶を演じる。」