Dec 31, 2007
「哀しい予感」(1)プラス(2)プラス(3)プラス(4)プラス(5)プラス(6)プラス(7)
よしもとばななの『哀しい予感』を買った。彼女のいちばん新しい小説を読もうとして本屋へいったが、置いてなくつぎに新しいだろうくらいに思って選んだのが『哀しい予感』だった。『哀しい予感』の前によしもとばななの小説を買って読んだのはかなり前で、それは『パラダイス』という小説だと思いこんでいた。しかしよしもとばななのホームページを見ると、『パラダイス』という単行本はなくてそれは『ハネムーン』という小説だったかもしれない。とにかくその小説はあまりよくなかったのだ。それからよしもとばななの小説を読まなくなった。
美しい、詩集を読んでいるような思いになる小説。短距離の文体がくりかえされて、ずっと読みつづけることができない。休みが必要になる。童話を読んでいるようだと思った。「窓」というコトバがよくでてくる。これはよしもとばななの資質なんだろう。
家族の世界の物語。父が母が、姉が、叔母が、弟がと入り混じってなんだかよく分からなくなる。家族が目いっぱい広がる。家族が世界だ。
底にながれていたのは父と母が死んだあとの家族の物語ということになるんだろうか。弥生(やよい)と哲生(てつお)の恋がはじまり、恋の物語なんだねと思ったが、そのわりにはつたわってくる温度がひくいなと思っていた。章を一つ読むと、休みが必要になるのは章の独立性が強いことと、「父と母の死」が物語の終わりにやってきて、それが物語の「解決」になることに気づいていたせいだろうか。気がとても重たくなることがあった。
最後、恐山(おそれざん)にやってくる叔母と姪。しかしほんとうは姉と妹なのだ。これにはわけがあるのだが、ここがとても不思議だな。弟も弟であって弟ではない。ここがよしもとばななのオリジナルなんだろうか。相当変わった人だ。家族が血のつながりのない者もふくみだしてひろがっていく。
父と母の死は物語を完了させるためにはやってこない。残された者が「父と母の死」への思いから、その景色のなかから自分たちのこと、自分のことへとゆっくり視線を変えていく姿が描かれる。ぽっんとしたしかし通いあった姉と妹との会話があり、「希望」が見え、「再生」へとつながっていく。二人が、姉と妹がたたずんで空と湖をみている。ひくかった温度があがっていく。すこしずつ。それは静かなほんのりとした暖かさのある風景で、ぼくはほっとしたのだ。
Dec 30, 2007
「哀しい予感」(1)プラス(2)プラス(3)プラス(4)プラス(5)プラス(6)
よしもとばななの『哀しい予感』を買った。彼女のいちばん新しい小説を読もうとして本屋へいったが、置いてなくつぎに新しいだろうくらいに思って選んだのが『哀しい予感』だった。『哀しい予感』の前によしもとばななの小説を買って読んだのはかなり前で、それは『パラダイス』という小説だと思いこんでいた。しかしよしもとばななのホームページを見ると、『パラダイス』という単行本はなくてそれは『ハネムーン』という小説だったかもしれない。とにかくその小説はあまりよくなかったのだ。それからよしもとばななの小説を読まなくなった。
美しい、詩集を読んでいるような思いになる小説。短距離の文体がくりかえされて、ずっと読みつづけることができない。休みが必要になる。童話を読んでいるようだと思った。「窓」というコトバがよくでてくる。これはよしもとばななの資質なんだろう。
家族の世界の物語。父が母が、姉が、叔母が、弟がと入り混じってなんだかよく分からなくなる。家族が目いっぱい広がる。家族が世界だ。
底にながれていたのは父と母が死んだあとの家族の物語ということになるんだろうか。弥生(やよい)と哲生(てつお)の恋がはじまり、恋の物語なんだねと思ったが、そのわりにはつたわってくる温度がひくいなと思っていた。章を一つ読むと、休みが必要になるのは章の独立性が強いことと、「父と母の死」が物語の終わりにやってきて、それが物語の「解決」になることに気づいていたせいだろうか。気がとても重たくなることがあった。
最後、恐山(おそれざん)にやってくる叔母と姪。しかしほんとうは姉と妹なのだ。これにはわけがあるのだが、ここがとても不思議だな。弟も弟であって弟ではない。ここがよしもとばななのオリジナルなんだろうか。相当変わった人だ。家族が血のつながりのない者もふくみだしてひろがっていく。
*(5)を若干訂正しました。
Dec 29, 2007
「哀しい予感」(1)プラス(2)プラス(3)プラス(4)プラス(5)
よしもとばななの『哀しい予感』を買った。彼女のいちばん新しい小説を読もうとして本屋へいったが、置いてなくつぎに新しいだろうくらいに思って選んだのが『哀しい予感』だった。『哀しい予感』の前によしもとばななの小説を買って読んだのはかなり前で、それは『パラダイス』という小説だと思いこんでいた。しかしよしもとばななのホームページを見ると、『パラダイス』という単行本はなくてそれは『ハネムーン』という小説だったかもしれない。とにかくその小説はあまりよくなかったのだ。それからよしもとばななの小説を読まなくなった。
美しい、詩集を読んでいるような思いになる小説。短距離の文体がくりかえされて、ずっと読みつづけることができない。休みが必要になる。童話を読んでいるようだと思った。「窓」というコトバがよくでてくる。これはよしもとばななの資質なんだろう。
家族の世界の物語。父が母が、姉が、叔母が、弟がと入り混じってなんだかよく分からなくなる。家族が目いっぱい広がる。家族が世界だ。
底にながれていたのは父と母が死んだあとの家族の物語ということになるんだろうか。弥生(やよい)と哲生(てつお)の恋がはじまり、恋の物語なんだねと思ったが、そのわりにはつたわってくる温度がひくいなと思っていた。章を一つ読むと、休みが必要になるのは章の独立性が強いことと、「父と母の死」が正面に物語の終わりにやってきて、それが物語の「解決」になることに気づいていたせいだろうか。気がとても重たくなることがあった。
Dec 28, 2007
「哀しい予感」(1)プラス(2)プラス(3)プラス(4)
よしもとばななの『哀しい予感』を買った。彼女のいちばん新しい小説を読もうとして本屋へいったが、置いてなくつぎに新しいだろうくらいに思って選んだのが『哀しい予感』だった。『哀しい予感』の前によしもとばななの小説を買って読んだのはかなり前で、それは『パラダイス』という小説だと思いこんでいた。しかしよしもとばななのホームページを見ると、『パラダイス』という単行本はなくてそれは『ハネムーン』という小説だったかもしれない。とにかくその小説はあまりよくなかったのだ。それからよしもとばななの小説を読まなくなった。
美しい、詩集を読んでいるような思いになる小説。短距離の文体がくりかえされて、ずっと読みつづけることができない。休みが必要になる。童話を読んでいるようだと思った。「窓」というコトバがよくでてくる。これはよしもとばななの資質なんだろう。
家族の世界の物語。父が母が、姉が、叔母が、弟がと入り混じってなんだかよく分からなくなる。家族が目いっぱい広がる。家族が世界だ。
Dec 26, 2007
「哀しい予感」(1)プラス(2)プラス(3)
よしもとばななの『哀しい予感』を買った。彼女のいちばん新しい小説を読もうとして本屋へいったが、置いてなくつぎに新しいだろうくらいに思って選んだのが『哀しい予感』だった。『哀しい予感』の前によしもとばななの小説を買って読んだのはかなり前で、それは『パラダイス』という小説だと思いこんでいた。しかしよしもとばななのホームページを見ると、『パラダイス』という単行本はなくてそれは『ハネムーン』という小説だったかもしれない。とにかくその小説はあまりよくなかったのだ。それからよしもとばななの小説を読まなくなった。
美しい、詩集を読んでいるような思いになる小説。短距離の文体がくりかえされて、ずっと読みつづけることができない。休みが必要になる。童話を読んでいるようだと思った。「窓」というコトバがよくでてくる。これはよしもとばななの資質なんだろう。
Dec 25, 2007
「哀しい予感」(1)プラス(2)
よしもとばななの『哀しい予感』を買った。彼女のいちばん新しい小説を読もうとして本屋へいったが、置いてなくつぎに新しいだろうくらいに思って選んだのが『哀しい予感』だった。『哀しい予感』の前によしもとばななの小説を買って読んだのはかなり前で、それは『パラダイス』という小説だと思いこんでいた。しかしよしもとばななのホームページを見ると、『パラダイス』という単行本はなくてそれは『ハネムーン』という小説だったかもしれない。とにかくその小説はあまりよくなかったのだ。それからよしもとばななの小説を読まなくなった。
Dec 24, 2007
Dec 23, 2007
日曜日
朝、7時20分頃起きる。寒い。北側になるトイレや風呂場の窓が結露している。ガスストーブを点ける。テレビをつけ、玄関のポストから新聞をぬく。朝食はたまごかけご飯と納豆ご飯をそれぞれ茶碗に半分ずつ食べる。
晴れる。
Dec 21, 2007
Dec 20, 2007
木曜日
晴れ。洗濯をする。よしもとばななの『哀しい予感』を読む。小説に洋数字をつかっている。藤沢周平は会話の文章を「だった」とするが、よしもとばななは「だった。」と書く。「窓」というコトバがよく出てくる。
喫茶店では読めない。じぶんの部屋か電車の中で読んでいる。あたたかいものが流れているけれども、本全体の持つ温度はひくい。それは涼しさなのか冷たいものなのかまだ分からない。
Dec 18, 2007
火曜日
非常によい天気。晴れ。日光が部屋の中に差し込んでくる。年賀状のあて名書きほぼ終わる。
布団を干し、掃除をする。北側の窓がかなり結露する。
昼は豆腐、ネギ、ブナシメジ、エビ入りつみれ、にぼしを煮て食べる。
Dec 16, 2007
日曜日
晴れ。風がつよい。洗濯をする。ダイニングキッチンの角のホコリを雑巾でとる。このへんのホコリは掃除機では取りきれない。年賀状のあて名書きをはじめる。
喫茶店にいって文庫本をよむ。藤沢周平の小説は読んでしまったので、エッセイ集『小説の周辺』をよむ。藤沢周平の文章は読んでいて、安心するが、さすがに小説を読むふうにはいかない。エッセイをつづけて読むと山をつづけて越えているようで、エネルギーがいる。
そのあと古本屋へいき、ふつうの本屋へいく。外はまっくら。寒い。冬のさむさだ。
Dec 12, 2007
水曜日
晴れ。洗濯をする。ものもらいができたので、ドラッグストアにいき抗菌用の目薬を買う。一回使いきりタイプのものを買った。
年賀状の文面がひらめかないので、あいさつ文のほかは、
よい年にしたいと思います
よい年でありますように
の二行でとりあえずいくことにする。けっこういいような気がしてくる。それといつもなら「2008年 元旦」とするところを「平成二十年 元旦」としてみる。平成二十年というのはカタチがいいのだ。
『チャップリン自伝―若き日々』(中野好夫・訳)読み終わる。面白かった。文章がうまいのでゴーストライターが書いたのかと思ったが、チャップリンは映画の脚本を書いていたから、自分でも書けるわけだ。こども時代の貧乏体験はハンパじゃなく、この体験がチャップリンの映画に影響をあたえているのがわかる。
チャールズ・ブコウスキーの『ありきたりの狂気の物語』(青野聡・訳)読み終わる。短編集でけっこう駄作、凡作がはいっていてブコウスキーでいいのはエッセイふう自伝小説だけじゃないかと思ったりする。おなじ青野聡訳の短編集『町でいちばんの美女』よりおちる。
喫茶店にいき、文庫本をよむ。
Dec 09, 2007
Dec 06, 2007
木曜日
晴れ。洗濯する。喫茶店に行って、文庫本をよむ。そのあと古本屋にいき、ふつうの本屋へいく。
吉本ばななの『哀しい予感』を買う。いちばんあたらしい小説を読んでみたかったが、置いてなかった。
一行も読んでないので、まったくの勘だが、藤沢周平のまったく読者のために書いた小説とはちがうような気がする。よしもとばなな公式サイトの日記を読んでいると、職業としての作家ということを強く意識しているので、エンターテイメントということなのかとも思うが、やっぱり「文学」ということなんだろうと思う。まあ、読んでみないとわからない。
NHKの『風の果て』最終回を観る。何回かまえの佐藤浩市のふけ役にはいったときの演技はよかった。『スキヤキ・ウエスタン|ジャンゴ』のときはピンとこなかったが、このときはうまい役者だなあと思った。
『風の果て』は藤沢周平の原作ということで気にはなっていたが、映像のくらさに腰がひけて、第一回か第二回くらいまでは観ていない。一度観てみたら藤沢周平の温かさが劇のなかに流れていて、それから観るようになった。友との葛藤(かっとう)が劇の軸になっている。藤沢周平の小説にはめずらしい出世する男が主人公。いいテレビドラマだったと思う。