Nov 24, 2007

「歌右衛門伝説」

 つづいて50円で買った渡辺保の『歌右衛門伝説』を読む。

 歌舞伎役者中村歌右衛門の舞台のうえの一生が書かれている。歌右衛門というひとは舞台ウラのたちまわり、舞台ウラの政治に長(た)けたひとのようで、ここを読んだ時ゲンナリしたが、「歌右衛門の政治」についてはそれほど展開しない。歌舞伎という伝統のなかで、「近代」をかかえこんだ一人の女形の光と影が語られる。

 歌舞伎のなかに近代的な心理主義の方法を取り入れた中村歌右衛門が、舞台人生の晩年になって心理主義をこえる「ハラの芸」にたどりつくまでが、歌舞伎の歴史、歌舞伎界の人間模様をはさみながら描かれる。歌右衛門というひとは渡辺保によれば、社会というものを、戦後の日本の社会の移り変わりというものを、とてもよく見ていた人のようだ。歌舞伎に生のすべての情熱をそそぎこみながら、社会のなかの歌舞伎という視点をもよく維持しえていた人のようだ。

 舞台の情景、動作を徹底的に書きこんでいく記述は圧倒的で、メモを取っているにしても、よく覚えていられるもんだと思う。少年のときから歌舞伎を観ていて、同じ芝居を同じ役者でなんども観ているからこそ書ける描写だと思う。踊りや演技のために動くからだから意味を読み取り、意味をつくりあげる眼がすごい。どうしても書きたい一冊だったのだ。通(つう)の世界にひきこまれる思いをしたこともあったが、そういう本じゃない。気安く読めそうなタイトルの本を買ったつもりだったのだが、じぶんの思い込みにすぎないかもしれないものを堂々と書き込んでいくところを読んですごいと思い、のめりこんで読んだ。
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