Nov 06, 2008

「咲くということは贈り物」

塚越祐佳『雲がスクランブルエッグに見えた日』、水島英巳『樂府』を読み、それぞれにある種の思いを持った。『樂府』はfolk songと併記され、内表紙には「がふ」とルビがつけてある。中国語で諷刺を交えた歌謡を言うという。集中22篇のうち、最初から8番目の詩「山帽子」がダントツにすばらしい。始めから読んで来て、ここで、ふわっと意識が海上に飛翔した感覚を持った。哀しいほ澄み切った珊瑚礁の海に。「無断で生まれ、散策するように生きてきた…そういうものとは無縁に山帽子が門前に咲いている」。先日私は自分の詩の朗読会で1987年から2005年の18年間に5冊の詩集を刊行して95篇を発表した。今夜はそのうち良いと思うもの17篇を読みます。と言った。会の後の飲み会で、自分の詩を残したいと思うのか。と質問され、「17篇も残そうと思うなんて虫がいい」とからかわれた。さらに、今夜ウドーさんが読んだ中で、いま覚えているのは3つ位かな。あとはどんな詩だったかも覚えていないよ。と、これは、あさやけ3羽がらす中の1羽の有難いご意見だった。いま、このやり取りを思い出している。水島さんの22篇の中に1篇、ここに全部書き写したいほどの詩に出会うことが、自分が詩を書き、ひとの詩を読み続ける理由なのだ。あさやけのお兄様がたは、そうカンタンに他人を認める人たちではないから、あの厳しい物言いは、言いかえれば、今夜はご苦労、というオマージュなのだと信じている。『雲が…』は、若い人の詩にありがちな言葉自体の自己主張をあまり感じないという感触を持った。詩語に疎いのとはまた違う。言葉をコントロールする知性が作用するゆえの、ぎこちなさ。これは貴重だと思えた。
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Oct 24, 2008

あさやけ3羽がらす

21日夜のヴォワ・デ・ポエット263には、あさやけ会の3人の方もお見えくださった。久保覚さんの没後十年の会の折に、久保さんを書いた詩「東京キッド」を聞いてほしいとお願いしてあったのだ。約束どおり、ちゃんと見えてくださった。客席が明るくて、彼らのお顔がよーく見えたので、読み手の私のほうが上がってしまい、壁に貼り付けた原稿をまず読んでから、挨拶に入るという手順を抜かしてしまった。始まってやや経ってから気がついたのだが、すでに遅し。折角の構成が…。さらに、声を届かせようと本を顔の前に高く差し上げて読んだのを、終了後、プロデューサーの天童さんから指摘された。あさやけ会は安保闘争の時期に久保さんを中心に活動したインターハイスクールの会。わたしは参加していなかったが、彼らの活動については関心があった。知的にきわめて敏感で、読書会や討論会を組織し、高校の垣根を超えて活動していた。21日に詩を聞きに来てくださったのは都立上野高校生(だった人)が2人、都立戸山高校生が1人。もちろん現在は70代で、私より2,3年上の人たちだ。その夜は他に、竹早高校の同級生の親友も見えたので、図らずも、会の後の飲み会では、〈インターハイ〉の観を呈した。楽しかったです。時間が縮みました。友よありがとう!
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Oct 10, 2008

緒形拳さんと詩

7日の朝テレビをつけて驚いた。緒形さんが亡くなったというのだ。 1週間ぐらい前に、竹早高校の親友で、同じ演劇部だったクロちゃんと、電話で彼の話をしたばっかりだった。昼近くなって、クロちゃんに電話したら、ご主人が、朝電話をしたようでしたが、今は医者に出かけています、とのこと。行き違いだった。けっきょく電話で話せたのが夕方の6時近くだった。
高校のわたしたちの学年に緒形さんが居たということは、奇跡のようなことだったと、クロちゃんは言う。演劇部ではいろんなことがあった。クロちゃんはクラスも一緒だったので、いっそう縁が深い。リチャード3世を見に行ったときは、銀座で花束を買って楽屋に届けたこともあった。時間が早すぎてまだ見えていませんとのことで、けっきょく会わずじまいで、花束だけ預けた。
わたしたちは陰の応援団で、いつかファンクラブ作ろうねとも話していた。
ある年のクリスマス近く、封筒が届いて、緒形さんが書を送ってくれた。素敵なクリスマスプレゼントだった。クロちゃんが『冬の集積』を緒形さんに渡してくれて、そのなかから、3篇を薄い和紙に、特徴のある四角っぽい字体で、墨で書いてくれてあった。添えてあったお手紙に、ぼくはこれからだと思っています、100歳までやりたい、とあったので、それで、わたしは7日の朝のテレビの項目の最後に出た文字が信じられなかったのだ。
1枚だけの手紙だが、高校のときどんな自分だったか、わたしがどんなふうに見えたか、チベットに行って、これを書いたとか、チベットがとてもよかったとか、いろんなことが書いてある。詩を書いてもらったことも感激だったが、このお手紙が素晴らしい。
テレビで俳優の方が、寡黙な人だと述懐していたが、たしかに、緒形さんは、人前でしゃべるより自分で文章を書いたほうが自由だったかもしれない。
息子さんたちが、素晴らしいオヤジだった、人間としても尊敬している、と話されていた。高校の同級生だった私たちも、素晴らしい方でしたよ、と息子さんたちに伝えたいと思う。
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Sep 28, 2008

詩人の声シリーズNo.263有働薫の夜は5冊の詩集から15篇を肉声で

天童大人プロデュースNo.263
La Voix des poètes 詩人の声
―目の言葉から耳のコトバへ―
    有働 薫
    Kaoru Udo
詩集『冬の集積』から詩集『ジャンヌの涙』まで
5回にわたって声にのせた詩集から、「岸壁の国」、「花の好意」、「メリザンドの娘」、「雪柳さん」、「天沼橋」、「スタラクタイツ・スタラグマイツ」、「ジャンヌの涙」等…15篇をあらためてお届けします。秋の夜のひととき、どうぞ詩人の肉声にお耳をお傾けください。
2008年10月21日(火)
  ギャルリー東京ユマニテ(GTH)
      開場18時30分  開演19時
     ℡03-3562-1305 fax03-3562-1306
入場料:予約 大人2500円 学生(学生証提示)1500円
    当日 大人2800円 学生(学生証提示)1800円
ご予約は上記のギャラリーに直接お電話いただくか、メール humanite@js8.so-net.ne.jpで、あるいはプロデュースの北十字舎に お電話03-5982-1834又はfax03-5982-1797 でお申し込みください。
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Sep 21, 2008

『空にまんまるの月』木村まき詩集 西田書店2008年7月刊

 小沢信男さんの跋文の付いた詩集で、このタイトルになんだか懐かしさを感じたのは、自分の詩集『ウラン体操』(1994年ふらんす堂刊)の「獣」という作品の最終行「空に缶みかんの月」というフレーズを思い出したからだ。木村さんの最初の詩集のタイトルとこのフレーズを比べてみると、木村まきさんの詩とわたしの詩の違いがはっきり分ると思った。見るものは同じ、詩へ動いていくきっかけも同じ。だから、詩の心は同じ。だが処理のしかたが違う。
この詩集全体を読んで、とてもうらやましいと思った。「巧拙をこえてわきだす泉のようなもの。」と小沢さんの跋にある。泉、澄んだ濁りのない水。ほっとする、さわやかな感触。小沢さんはそれを「詩の恩寵」と表現されている。そうだ、詩とは、人の心の澄んだ泉、まぎれのない心。人をほっとさせるもの、リフレッシュするもの。わたしの月は半月、それも缶詰めから出てきた蜜柑の一切れのくずれやすい、危うい月。このひねりよう。これがわたしの個性だと思った。良し悪しは言わずに。木村さんの月は満月。大きく、冴え冴えと澄み切っている。言葉は恐い。小沢さんのような人の心を見る達人にかかると、一瞬で見通されてしまう。わたしは泣きながら、この詩集を有働に送りなさいと、木村さんに勧めてくださった小沢さんの配慮に感じ入るのだ。
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Sep 18, 2008

シロウヤスさんによる『雪柳さん』の解題が終わりました

なにぬねの?のブログで、鈴木志郎康さんが10回にわたって詩集『雪柳さん』の解題をして下さいました。昨夜最後の詩が終わって、一段落です。解題が始まってまもなく、シロウヤスさんは今年の萩原朔太郎賞が決まりました。忙しくなられるのは目に見えていましたので、伸ばしてくださいと申し出たのですが、少しずつ読んでいきますからよろしく、とのご返事で、約3週間をかけて、お仕事とリハビリの間を縫って読みきって下さいました。私も追いかけるのが必死だったのですが、こんなに充実した日々を過ごさせていただいて、感謝しています。以下に第3回目の解題のコピーをペーストしてみます:
シロウヤスさんの日記
2008年08月30日
22:58 有働薫詩集『雪柳さん』の解題 その3
 「e.少女懸垂」の解題の追加
 この詩の解題を書くとき、「一つの言葉のシーン」という言い方をしたが、ちょっと言葉を補っておいた方がいいように思った。詩を書くということは、言葉を使うということで、書いている間、いろいろと言葉とつき合うことになるが、その言葉との付き合いが生活の中で場面を作るというわけだ。人によっては、机に向かって、またはパソコンに向かって、一気に書いてしまう人もいるし、散歩しながら頭の中で言葉を並べて、家に帰って、または喫茶店で書く人もいるだろうし、勤めの行き帰りに電車の中で作って、家でパソコンに打ち込む人もいうと思う。詩を書くそれぞれの人がそれぞれの「言葉のシーン」を持たなければ詩を書くことは出来ない。
   「e.少女懸垂」の場合、15行6連の言葉の配列が、全体で詩人の頭に浮かんだ言葉がそのまま構成されていると受け止めた。それぞれの連では意味がまとまっているが、連と連との間の意味の関係が希薄なので、その空間を言葉が浮かんでくる時の間合いと考えられる。第1連から第6連まで行くのに現実にどれくらい時間が掛かったか分からないが、「日曜の午後」、片づけものをしながらゆっくりと進んで、少女時代に抱いていた思いに行き着いたのではないだろうか。そして、少女の頃の自分を思って、詩人は自分の気持ちを立ち直らせることが出来たのではないかと想像する。そうだとすると、この「e.少女懸垂」という詩は詩人の心の動きをそのまま伝えていることになる。詩を書くことが心をリフレッシュさせた実践の記録と受け止めることが出来る。
   f.灯り
 13行1連の行分けの詩。
 この詩は、その時その時で違った百合の花を活けたガラスの花瓶を、いつもリビングの出窓に置いて、絶やしたことのない家が近所にあって、そこを通るとき楽しんでいた。その家の中ではいつもショパンの練習曲を挽いているのが聞こえる。ちなみに詩人はプレリュードが好き。ある日の夕方の買い物に行ったとき、トラジックなコンチェルトが聞こえたが、CDをかけていたのか、と思ったという内容。
 百合の花とショパンの練習曲から、その家の住んでいる人のイメージが生まれてくる。好みが合って親しみも感じてくる。そこで、いつもとは違うCDの「トラジックなコンチェルト」が聞こえてきたのだから、その人に何か変化が起こったのかと思う。タイトルの「灯り」は、その音楽の変化が、「灯り」を灯したように、その家に住む人の心の在りかが照らし出されたということと受け止められる。というふうに考えると、この詩の場合、活けられた百合や演奏されたショパンの曲が、心の在処を示すものとしての働きを持つことを詩人は見つけたのだといえよう。
コメント
2008年09月09日 22:25
sumire
「少女懸垂」について、「少女の頃の自分を思って、詩人は自分の気持ちを立ち直らせることが出来たのではないか」の分析に感動しました。なぜこの詩を書いたか、自分でもはっきりした自覚は無いのですが、集中の作品の中で、自分にとって「大切な」作品だという気持ちがずっとありました。それは、60代にもなる自分の挫折感と、40年以上前の自分の精神的な営みとの幅を計ろうとした試みだという、測ることによって何か現在の自分への解決策が求められはしないか、というかなりシリアスな思いがあって書いたらしい、と、「立ち直らせることが出来たのではないか」との読みをいただいて、ぱっと開ける思いがしました。ギリシャ悲劇のカタルシスに似た作用があった、といえば少し大げさかもしれませんが。シロウヤスさま、sumire拝
2008年09月10日 00:38
シロウヤス
sumireさん
作者が「ぱっと開ける思いがした」というのは、解題をする者にとっては冥利に尽きるということです。
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Sep 09, 2008

つよい集中力を要求する詩―中本道代『花と死王』2008年7月31日思潮社刊

『花と死王』というタイトルは必ずしも明快ではない。花はともかく、死王とはどんなイメージに誘うものなのか? 花と読み、その下で戸惑う。もしや満開の桜なのか?いや西洋の、例えばアネモネのような大輪花、あるいはフランス王室紋章の雪白の百合?それら高貴な花々の陰?いや、詩集後半の死王の描写に精嚢をもつとあるから、男性神に違いない。迷ううちに、渦巻きの中心に行き着くように、ぱっとイメージが結実する。ああ、これは生と死の結晶系なのだと。アンドロギュノスのように、宇宙を1つに凝結する系としての、自家受粉器官のある、生命体なのだと。たとえば、歌舞伎の女形、男性の肉体に支えられた華麗な女性形。男と女の片身ずつの結婚形より、美の領域はもっと強い凝結を求める。その凝縮の緊張によって恐ろしいほどに馥郁する開花。その花びらの陰影。死王は影であり、男であり、種であり、破滅の源であり、開花の基であり…ここまで来ると、中本道代の詩の宇宙がタイトルからも開かれ始める。
作品はそれぞれタイトルのつく4部に分けられていて、各部は5篇から11篇の行分け詩と散文詩から成る。
最初の部「辺縁で」(ヘンエンと読めばいいのだろうか)に含まれる5篇のうち、好みを言えば「水の包み」がいい。タイトル詩「辺縁で」もいいが、これはかなり難しい。この難しさが、中本詩の個性なのだが、それに迫るには、待てよ、もう少し読まなければ、と、どきどきして来る。作者と読み手の自分との距離をまだ測りかねるのだ。4つめの「水の包み」まで来ると、詩化された華やかさと、愛らしさ、そして消失の憂いに包まれ、優しいカタルシスがやってくる。進行にも余裕があり、とりわけ女の子らしくて、うれしい。しかしこのグループの作品の最後に、もう「死王」への呼びかけがはじまる。「水の包み」つまり生命が凝縮して雪に変わり、まだ本当の死ではないが、死への約束(予感)がはじまるのだ。
次のパート「高地の想像」は11篇で、詩集の中心を形成している。わたしは散文形で書かれた「犬」が好きだ。「わたしは犬といっしょにインドに行きたい。そしてフランスに。」こんななんでもないフレーズにたまらなく引き寄せられる。まだ知らなかった楽しい1日にめぐり合うように。どの作品も不思議な抽象によって構築されており、愛らしく楽しいのだが、その風景には「思想が、…崩れる予兆をなして、置かれている。」シュペルヴィエルのモノクロの肖像写真が目に浮かぶ。都会に住みつつ、常に大自然の風と交歓している詩人。鳥が鳴くのも、猫が眠りこけるのも、本当の生は一瞬である。だがわたしたちには記憶がある。詩がある。と抗ってみる。
「カタラ」と名付けられた7篇。ここはプライベートパートといってよい。あるいは記憶の。焼き場へ行く道に祖母と「カタラ」の葉を摘みに行くという。カタラとは、例えば北九州のわたしの母の故郷ではサルトリイバラの葉を、ふかし団子を包むために摘みに行く。ハート形の少しだけ臭いのある、とげのあるつる植物の葉なのだが、そんなことを想像した。このパートでは詩化の力、詩人の長い時間におよぶ精進の成果といったものを強く感じた。
「新世界へ」と題する最後のパートは5篇。現在世界の肌触り、ざらざらした、無機質な、潤いのない、何層にも重なって果ての見えない生。はかなさとは反対の、仏教でいう輪廻の世界にわたしたちは入ってしまうのではないか?「結局はまたそこに還っていく。」その中に死王は姿をあらわし、「弱々しい精子が零れ落ち」る。弱々しい生殖によってくり返される生の反復、終わることのできない生。香り高い開花は良き死を迎える喜び、という逆転への直感がここで完結する。
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Aug 30, 2008

鈴木志郎康さんの解題

ルネ・シャールの詩に、詩人と詩の関係には3つの段階があるという内容の詩があるのだが、ここ数日、その詩が頭から消えない。 詳しく説明する余裕がないが、その、最終段階に自分がいるのではないかと、しきりに思う。
「なにぬねの?」という、岡田幸文さんのサイトに参加させてもらって、鈴木さんとの通信線ができたのは2月。この8月末からシロウヤスさんの、私の詩作品への解題が始まった。
このサイトでは、多くの詩人たちのコーナーが見れる。ここ灰皿町の大家さんのお顔も見える。
荒療治の歯医者さんにかかるようなものだと訴えるわたしに、冷静沈着なシロウヤスさんは、「書いている人の立場に近付く」読みをするので、心配はいりませんよと、腕のいい優しい歯科医の先生と同じ。ほっとして、リラックスしてお任せするのがいちばんと悟った。大腿のリハビリに遠方まで通っていらっしゃるご様子なので、こんな無心な重労働をしてくださるありがたさが身に沁みる。
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Aug 27, 2008

佐藤秀樹さんから電話で

久保覚さんが亡くなって10年になるとうかがう。10年前の9月9日に亡くなったのだと言われて、「なんでもこうやってどうでもいいものになっていく」自分を情けないと思った。久保さんのことを話していたら、20代の頃のいろんなことが思い出されてきて、泣きそうになった。
来週の月曜日、『ジャンヌの涙』を新宿で読む予定だが、この詩集の中の詩をいくども声に出しているうちに、自然に暗誦してしまうようになった短い詩、「こうやって」の1行が強烈に口をついて出てくる。
      こうやって
教会通りの裏道で
男の人に呼び止められた
「衛生病院へはどう行けばいいんでしょうか」
「さあ、この辺のものでないのでわかりません」

衛生病院は弟が死んだ病院だった
それを知らないだなんて
なんでもこうやってどうでもいいものになっていく
すべてがこうやって…
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Aug 25, 2008

2本のかぼちゃ

台所のごみを埋めたところから、かぼちゃが生えてきたので、成長のいいのを2本とって、縁側の上の汚れたプラスチックの張り出し屋根の支柱のそばに植えた。去年、かぼちゃが勢いよく伸びて、屋根に這い登ったので、実こそ付かなかったが、今年はちゃんと伸ばそうと、勢い込んだ。ところが、8月の始めに1本が枯れ、つい最近元気だったほうの残りの1本も枯れているのに気付いた。こないだまで黄色い花が2,3個は咲いていたので、屋根の上で茂り、花も咲いて涼しい日陰になってくれると夢見ていたのに。水遣りだって怠らなかったはず。何がいけなかったのか? 分らない。あのままごみの上に生えたままにしておくべきだったのか? どうもそうらしい。なまじっか移し変え、支柱を立てて紐で縛って、こっちに伸びなさいと、かまったのがいけなかったらしい。どうも生き物を育てるのが下手だ。あまり悲しすぎて書けなかったが、五月の連休過ぎに、かわいがっていた若い方の猫を死なせた。今でも思い出すと、ぎゅーっとむねが苦しくなる。あんまりかわいかったので、弱かったのか。悪意というものがまるで見当たらない子だった。もう20歳に近い、我の強いおばあちゃん猫がいっそうくっついてくるようになって、ふたりで毎日テレビのオリンピックを見た。
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Aug 12, 2008

ジャン・ベッケル『画家と庭師とカンパーニュ』

渋谷の文化村ルシネマの朝一番の回を見ようと出かけたら、もうロビーにあふれる人が並んでいてびっくりした。観客席はほとんどが中高年の女性で満員。ネットのホームページを見ると、8月2日のオープニング以来、平日でも満員が続いているという。大人向きの、落ち着いたよい映画だった。高等遊民風のパリの画家と国鉄保線要員退職者の小学校の同級生の、ボスと庭師という関係での再会。これが、国鉄退職者の最後の夏であり、この再会がマンネリ化していた画家の新しい芸術上の転機となるという、大人の男性同士の夢のようなひと夏。パリとニースを結ぶ、どこか、ラングル高原あたりの田舎の自然の中での夏。ハーブとか、菜園の野菜とか、スローライフのキャンペーンも同時に張っての上映が、退屈した東京の中高年層を動員し続けている。主演のふたりの男優、ダニエル・オートウイユはよく見慣れた性格俳優だし、庭師役のほうも、まなざしのやわらかい、いい味の、ジャン=ピエール・ダルッサンという私には未知の俳優で、監督のジャン・ベッケルはジャック・ベッケルの息子で、1938年5月生まれというから、わたしは同級生だ。強いメッセージからは自由な、同時代を分け持つ感覚が快い、ほっとする、夏の涼風に、しばし34℃の猛暑を忘れた時間だった。
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Jul 30, 2008

小川三郎『流砂による終身刑』2008年7月思潮社刊

 小川さんもわたしも詩誌「ル・ピュール」に作品を発表している。世代は親子ほど隔たる。第1詩集『永遠へと続く午後の直中』は2005年10月の出版で、小田急線玉川学園前駅の踏切りを渡って左に曲がったところにあるコーヒー店で読み終えた。コーヒーを飲むのにちょうどいい季節だった。今回もまたあのコーヒー店で読もうと炎天下に家を出たが、月曜で閉まっていた。いつも行くスーパーが斜向かいなので、おかずを買って、詩集は読まずに帰った。
 きのう、町田図書館のテーブル席が空いていたので、持参していた詩集を開いた。結論から言えば、この人はテーマを持つ必要がある、という思いだった。例えば渋沢孝輔の断念、井伏鱒二の無色に通じるものが読み取れる。第1詩集でも感じたが、この人は決して傍流ではなく、本人の自覚はさておき現代詩の主流を流れていっているに違いないと思わせる骨太さがある。それは何だろうか?自己意識を追い詰めてゆくエネルギーだろうか。小説家の作家魂だろうか。例えばわたしたちの兄さらに父に当る世代の、国に殉ずるという断念。その哀しい目標が崩れたところに残照する意識。それならテーマが無いことこそが、この人の詩の美ではないかと、反対の思いも浮き上がる。
作品「段差」からはじまる負け戦の予感。負けるとはこまごまとした現実感からも切り離されること。生きていくはしごを外される。現実が自分を支えてくれなくなる。そこから《胡散臭い話だ。》《茶番と責務だった。》と切り返して危うく戻ってきて、心底ほっとする。さらに作品「小鳥」の出だし《死人の/気分になったので…足元に小鳥が降り立ち/小さな顔で/私の目玉を見上げている。》は、生の際に立ったときの生との交歓を思わせる。後半の連の言い回しが、渋沢さんの口調を髣髴とさせる。詩集の後半、歴史物を感じさせる作品に入ると、わたしはあまり感心しない。書けすぎて核が柔いと思う。だがその後《私たち移民》という言葉に出会って、この人の書きたいものが見えてくる。やはり詩は夏の朝の露草の青と同じ、たちまち薄れる定めなのだろう。
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Jul 22, 2008

9月1日 声の『ジャンヌの涙』

天童さんのプロデュース ラ・ヴォワ・デ・ポエットのNo. 242として
9月1日に新宿で第5詩集『ジャンヌの涙』1冊を読み切ります。 ぜひお出かけください! メールいただけましたら、地図をお送りします。sumire39@mail.goo.ne.jp までお願いいたします。
天童大人 プロデュース No.242  La Voix des poètes 詩人の声 ―目の言葉から耳のコトバへ―       有働 薫 Kaoru Udo 声の詩集『ジャンヌの涙』(水仁舎刊)
2008年9月1日(月)18時30分開演 於 ギャラリー絵夢(新宿)Tel/fax 03-3352-0413 〒160-0022 新宿区新宿3-33-10 モリエールビル3F  新宿駅東口から歩いて3分    E-mail gallery@moliere.co.jp
ジャンヌ、うまくいかなかった愛
愛するために出かけて行けば、たとえその経過がうまくいかなかったにしても、自分を大きく広げることになるでしょう。「愛されたいと思うのではなく、愛したい、そのほうがわがままにならなくていい」と、テレビ局のインタビューに街の女性は答えています。わたしたちはいま、愛することに非常に敏感になっているようです。
入場料:予約 大人2500円 学生(学生証提示)1500円     当日 大人2800円 学生(学生証提示)1800円 予約は直接会場に電話03-3352-0413(fax 同じ)orメール gallery@moliere.co.jp あるいはプロデュースの北十字舎 電話03-5982-1834 fax03-5982-1797 へお申し込みください。
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Jul 21, 2008

朝顔市からの帰りの人たち

たしか18日の夕方だったと思う。駅前からの玉ちゃんバス(コミュニティ・バス)は満員で、買い物荷物はコーナーに置いて、つり革に斜めにぶらさがっていた。周りを見回すと、ポリ袋を大事そうに抱えた女性がいた。半透明の袋の中はどうやら鉢植えらしい。そっと注目すると、鉢には枠が付いていて、そこに短冊のような札がついており、朝顔の絵がみえた。〈谷中朝顔市〉とも読めた。朝顔自体はすっかり萎れており、花はほとんど姿がない。家に帰って袋から開放し、たっぷり水をやれば、明朝にはいくつか開くかもしれないな。 朝から出かけていって、夕飯時に萎れた朝顔を持って帰る。ご苦労様なことだと思った。じつはもうひとり、近くに同じような袋を抱えてバスの振動に耐えている女の人がいた。わたしは行ったことがない。 ところで、団十郎という品種の花色は、うすい茶色らしい。「暫」の衣装の色だろうか。下町まで便利になったといっても、ここから2時間以上かかるだろう。先日千葉の弟のところから帰ったとき、乗り継ぎは素晴らしくスムーズだったが、3時間半かかっていた。
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Jul 06, 2008

七夕前日

7月第1週は千葉の弟のところへ行った。付近は農家で、稲が15センチほどに伸び、緑の柔らかなじゅうたんを広げている。房総半島の真ん中あたりで、高いところに登ると、太平洋がかすかに眼と同じ高さに見える。田んぼの畦には小さいかえるが無数にいる。話によれば、2階のマンションのガラス窓にも登ってくるそうだ。鳥のえさになるんだよ。と言っていたが、手のひらに載せると、軽い吸い付くような感触がある。勢いよく跳ねて草の中に逃れた。久しぶりに夏草のみずみずしいにおいを胸いっぱいに吸い込んだ。幼時期の半年、疎開していた九州の伯父の農家の思い出話しに時間を忘れる。記憶を共有する相手がどれほど貴重か。長生きしてほしいなあ。
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