アーカイブ: 2007年5月

2007/05/06

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愛を生ききる台詞

 ─清水邦夫の戯曲について

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 清水邦夫の戯曲について書いてみたいと思う。この春、清水さんは多摩美の映像演劇学科を定年で辞められる。昨年、わたしは同じ学科を定年になって辞めた。わたしは清水邦夫とは十年間一緒に教員をしていたが、その間、幾つかの公演は招待されて見に行ったが、彼の戯曲を読んだことがなかった。ところが、昨年の春、清水邦夫の処女作『署名人』のサイスタジオでの公演を見て驚かされた。
 『署名人』は一九五八年、清水邦夫二十二歳の時の作品だ。二十二歳で、反安保闘争が盛り上がりを見せた時代に、これを書いたのかという驚きだった。当時、わたしも清水邦夫と同じ早稲田大学の学生だったが、一年上級にいた筈の彼の存在を知らなかった。わたしは反安保闘争のクラス討議を何度も開いていたが、60年の国会乱入などの過激な闘争にはついて行けなくなって、自分なりの勝手な理屈をつけてデモにも行かなくなっていた。あれから五十年近く経った昨年出会った『署名人』は、そうした時代意識の状況のあり方を、政治主義と生活重視の立場とに分けてくっきりと描き出していると見た。それが驚きだった。当時わたしはそこまではっきりとした意識を持てなかった。そして、清水邦夫さんにお願いして、未来社版『清水邦夫 著名人 未来劇場N0.91』のテキストを戴いただいて読み返して、若い清水邦夫の才能と自分の生き方で生きるという主張を改めて感じたのだった。遅ればせながらの清水邦夫の戯曲との出会いだった。
 この際、清水邦夫という劇作家のイメージをしっかりと掴むために、出来るだけ沢山の作品を読もう思ったが、わたしは頂いた『署名人』と『清水邦夫全仕事1992 〜2000』と「署名人/ぼくらは生まれ変わった木の葉のように/楽屋」が収録された『早川演劇文庫』しか持っていなかった。それでインターネットの古本屋を探して『狂人なおもて往生をとぐ』は入手できたが、ほとんどの作品が網羅されているはずの『清水邦夫全仕事1958 〜1980』と『清水邦夫全仕事1981 〜1991』は手に入れることが出来なかった。友人の助言でわたしが住んでいる渋谷区の図書館を探したら、あって、幸いわたし以外に予約する者がいなかったので、貸し出し延長と再貸し出しで一ヶ月半以上借りることが出来た。そして、「清水邦夫著作リスト」というWeb サイトに掲載されている「年表」や「著作リスト」を頼りに作品を読み始めたのだった。この文章を書いている現在までに、毎日一つか二つの作品を読み進めて、五十余りの全作品の内の三十五作品の戯曲を読んだ。
 今の、わたしの心の中には、清水邦夫の懐かしい風が吹いているという感じだ。その風というのは、戯曲に登場する人物たちが話す言葉だ。わたしは、舞台で上演されるものではなく、言葉で書かれたものとして清水邦夫の戯曲を読んだのだった。読むということでわたしが見たのは、女優俳優の身体ではなく印刷された活字だ。その活字の連なりが清水邦夫が書いた人物の台詞として、わたしの頭の中に空間を広げ、感情の風を吹かせるというわけである。先走って言ってしまうと、そこには愛の烈風が吹いているが、それが懐かしいのだ。
 

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南波止場1番地の鈴木志郎康の家

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