投稿の詳細: 浜江順子詩集『飛行する沈黙』を読む。

2008/10/13

Permalink 17:46:46, カテゴリ: memo, views: 1165 Japanese (JP)

浜江順子詩集『飛行する沈黙』を読む。

 浜江順子さんとはお付き合いはないが、一、二度お会いしたことがあって、痩せぎすの元気のいい人という印象だった。その浜江さんから朔太郎賞受賞のお祝いのはがきを頂いた。礼状を送ったら、『声の生地』を購入して読んだ感想を送ってくれた。そこにもうすぐ浜江さんの詩集が出ると書いてあったが、先日、その詩集『飛行する沈黙』が届いた。わたしの詩集をわざわざ買って読んでくれたのだから、わたしも浜江さんの詩集も読んで感想を送ろうと思って読んでみた。
 一通り読んで、「言葉をぶつけて力を生み出す詩でした。思考が感情を絞り出す、またその逆を行く世界が展開していて、その抒情とユーモアを楽しみました。」という感想をはがきに書いて送った「灰皿町Blog日記」にはもうすこし砕いて、「詩集の詩は、言葉の意味を遮断して、言葉同志をぶつけて力を感じさせる類の詩だった。そのぶつけ方が思考から感情を絞り出す、または感情から思考を展開するというやり方で、野菜や植物や季節感や身体の言葉をぶつけるので、そこから抒情とユーモアが生まれてくるというわけ。」と書いた。こう書いてしまうと、自分が書いた言葉を反芻しているうちに、もうちょっと書かないと、この詩集から離れられない感じになってきた。「意味を遮断して」とか、「言葉同志をぶつける」とか、「思考から感情を絞り出す」とか、どういうことを言っているのか、もう少しはっきりさせたいという思いが湧いてきた。
 『飛行する沈黙』の詩は、積極的に言葉を受け止める姿勢を取らなければ理解できない類の詩が多かった。冒頭の「白昼の爪」からして、一読しただけでは、よく分からない詩だった。分からないなりに言葉を辿っていくと、感情が動いていることは感じられた。そういう風に、分からないなりに読み終えて、浜江さんに感想を書いて送ったというわけ。浜江さんは詩集の後書きに、
 
 「 詩において沈黙は重要な意味を持ってくる。例えば、
M・メルロー=ボンティが『シーニュ』の中で、”要する
に、われわれは、発言される以前の言葉を、言葉をとり
巻くことを止めずそれなしではことばが何ものも語るこ
とのないあの沈黙の背景を考察しなければならぬ。ある
いはまた、言葉に混りあっているあの沈黙の糸をむき出
しにしてみなければならぬ”(『シーニュ 1』「Ⅰ間接的言
語と沈黙の声」粟津則雄訳、みすず書房)というように沈黙
は詩において極めて重要なファクターである。
『飛行する沈黙』 においての沈黙は、その背景に広がる
ものはもちろん、重い沈黙、軽い沈黙、あるいは死の沈
黙、未来への沈黙など、さまざまな沈黙がそれぞれの詩
の中に渦巻いている。沈黙は、ある時は自分のなかで処
理しきれずにうずくまって悩む場所であり、あるいはひ
とり憩う場所でもある。これら二十五篇の詩を通じて、
さまざまな沈黙と言語の飛行を思い思いに感じていただ
ければ幸いである。」

と書いている。なるほど、「沈黙」ということか、と頷けるように思った。言葉になる前の、また言葉で語られないところ、それを言葉で書いたのだから、そう簡単には理解できないのも無理はない、と思った。そこで、このことを頭に置いて、冒頭の「白昼の爪」を読み返してみることにする。

白昼の爪

木陰に隠れて爪を研ぐものの気配に
桜に足をたっぷり浸して
地獄の眠れる扉をたたく

桜は薄紅色の下に
烏賊の墨のような腹黒さをなにやら薄っすらと秘め
ゆらゆらと起立している

夢に厚みはいらない
うすっペらな板のようなものこそふさわしい
穂を生やして、さあ飛んでいけ

獣たちの声をかき集め
街を脱出すると
果物たちはかえって騒ぎ出す

蒼ざめた顔が連続する悲劇を
逆転するある律動のなか
白昼の片隅に見つける

ゆれて、ゆれて
爪は磨かれ
乳房は春に肥大しながら昇っていく

ざらざらする真実を
吹きさらしにし
白骨にしてから飛ばすがいい

ゆっくりじらして楽しむものは
歯茎をタンタンと二回鳴らし
決まって美の世界を礼賛する

沈殿するなにかと
浮き上がるなにかが相克する時
身体の一部と化した赤色の鰓を鮮やかにひるがえす

両生動物のようなぬめっとした心臓を
ひとなでしてから
昼を舌で舐めると、そこは見たこともない沼

 「白昼の爪」は3行10連で30行の行分けの詩だ。まず、タイトルから検討してみよう。「白昼」は比喩的に使われていて、物事があからさまになる状態にあるということで、タイトルは爪の存在があからさまになるという意味合いであろう。詩の本文を読むと、その「爪」は手や足の爪でも、動物の爪でもないように思える。これもまた比喩で、第一行目に「爪を研ぐ」とあるから、戦う姿勢を示す意味合いで使われているようだ。つまり、身を持って戦う姿勢が明らかになったということになる。それは意味合いとしてのことで、イメージとしては日にさらされた白い爪が浮かんでくる。ちなみに、詩集に挟まれた栞に文章を寄せた河津聖恵さんは、「『爪』というのはこの詩人の抗いの象徴だが」と書いている。
 第一連の意味合いは、戦う気持ちを高めて、地獄の扉を開いて、災いを生むかも知れないような大事を起こそうということだが、二行目の「桜に足をたっぷり浸して」がわたしにはよく分からない。「お湯に足をたっぷり浸して」なら、疲れをとってということになるが、「桜に足をたっぷり浸す」とはピンクに染まってくるということだろうか。とにかく、余裕を持って戦いの挑むらしい。第二連では、桜のピンクにも腹黒さが秘められていると告げて、第三連で夢を捨てて居直るということになる。
 第四連で叫びながら街を脱出すると、大人しい連中は騒ぎだし、第五連で顔を青ざめる連中が続出するのが明らかになる。第六連では、その騒ぎの中で詩人はますます戦意を募らせて、気持ちを高揚させる。第七連では、本当のことなどどうでもいいと思い、第八連で、ことの次第を美しいと舌鼓を打って楽しむ。第九連で、浮き沈みする者たちが交錯するのを見て、身をよじって喜ぶが、第十連で、どちらでも生きられるようになった自分の心臓を確かめると、そこにはまた別の世界が開けている。と、まあ、詩から読み取れる言葉を辿って、生きる上での戦いをストーリーに仕立ててみた。
 第四連の
 
 獣たちの声をかき集め
 街を脱出すると
 果物たちはかえって騒ぎ出す
 
も、第六連の

 ゆれて、ゆれて
 爪は磨かれ
 乳房は春に肥大しながら昇っていく
 
も、結構面白い言葉の並びだ。作者は「あとがき」で「重い沈黙、軽い沈黙、あるいは死の沈黙、未来への沈黙など」があるといっている。それらの「沈黙」は実生活での言えない悩みだったり、言えない怒りだったりするのだろう。その悩みや怒りを生んでいる他人や事柄に詩人は勝手に言葉を投げつけて、書き留める。「果物たち」「蒼ざめた顔」など、それが一種の提喩となって、その提喩だけの組み合わせで文が出来上がり、読者に取っては意味が遮断されるが、言葉をくっつけたところに力が生まれる。
 詩集のタイトルになっている「飛行する沈黙」という詩は、散文で書かれているが、西欧の中世を語り、その中世を頭に抱えて、現代のコンビニを利用して生活する自分に思いを馳せると、自分の姿が見えなくなり、「沈黙自体」になってしまうと語っている。詩を書く人間として、思想を辿って考えると、考えと生活的現実の間に裂け目が生じて、その裂け目に落ちて行方不明になというわけ。生活から生まれる感情ばかりでなく、表現にまつわる思考からも感情が滲み出て堆積される。
 自意識からも逃れられない。その自意識に身体の言葉を投げつける。そこにユーモアが生まれてくる。

 尻の穴から
 すうっと入ってきた化け物は
 実は自分自身で
 
と始まる「化け方が、うにゅうにゅだ」という詩では、化け物を「化け方が足らない」と罵りまくる。また、自己否定しきれないところに、詩人の優しさがあると感じる。最後に沈黙を破って生活を語る詩を一つ。

追突する、あぶら蝉よ

あぶら蝉が自転車で走る私の後ろから追突する
蝉の狂気とヒトの狂気がごちゃまぜになって
トマトケチャップ的にいい感じになる
またも、あぶら蝉は背中に突進する
あぶら蝉の真意がわからないままに
夏がうにゅうにゅ爆発する
ヒトはまだ気がつかない
あぶら蝉より自分がヤパイってこと
ニンゲンはただ突っ込むだけなんだよ
あぶら蝉が背中をノックしても
気がつかない
ニンゲンはただ突っ込むだけなんだよ
コロン、コロン、林で死んでいるあぶら蝉を見ても
気がつかない
ニンゲンはただ突っ込むだけなんだよ

浜江順子詩集『飛行する沈黙』2008年9月30日 思潮社刊

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