アーカイブ: 2009年7月

2009/07/28

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「第6回萩原朔太郎賞受賞者展覧会 鈴木志郎康」に行った短い感想

 7月25日に多摩美の卒業生たちと、その中の一人が運転する車で前橋文学館の展覧会場を訪れた。午後3時頃から2時間ほど会場を巡って、来館者の人の質問に応えたり、担当の小林さんと話をしたりした。
 
 会場は1階と3階に分かれていて、1階の会場の入り口に、わたしの写真と「受賞者展」に寄せた文章のパネルがあった。入り口付近にわたしが作った詩のプログラムを実行するパソコンが置かれて、キーを押すだけで操作できるようになっていた。黒い壁には魚眼写真が掛けられて展示され、モニターが壁に設置されて映像作品が流され、中央のガラスケースに3台の16ミリカメラとフィルムなどが飾られていた。ここには詩に関するものはなかったから、映像作家の個展に見える。
 
 わたしが行ったとき、丁度学芸員の小林さんの説明会があった日で、この会場に入ったとき、その来館者たちと小林さんが降りてきて、わたしは質問に応えることになった。一人の女性が、愛読書としてゲーテやランボーの本と一緒に、庄野潤三の「夕べの雲」があったがどういうことですか、と問われた。1970年代入って日常的な詩を書くようになることと関係があると応えた。
 
 それからエレベータで3階の展示室に行った。壁に年代順に「年譜」と「インタビュー」と「詩」が大きなパネルに印刷されて貼られていて、ガラスのケースに同人誌や原稿や詩集や大きく伸ばした写真が所狭しと飾られていた。パネルの文字情報が圧倒的な印象を与えるので、言葉の濃密な空間が実現されていると感じた。一カ所に「徒歩新聞」を手にとって見ることが出来るコーナーが設けてあった。
 
 パネルの文字情報は「図録」に掲載されているものだったので、既に「図録」を読んでいたわたしはちらっと見ただけで、ガラスのケースの陳列物の同人誌や詩集を見た。ケースの中に飾られているということで、自分との間に距離が生まれているのを感じた。7月26日付けの「日経新聞」にも書いたが、それらの物の実在感が、現実のわたしの不在をまざまざと感じさせられた。わたし自身の不在に迫られるということだった。
 
 つまり、既に抽象的な存在になった「鈴木志郎康という詩人」のデータがそこにあるということだった。現実に生きている生活者としてのわたしはそこにいない。ざっと見れば、高校生の頃から詩を書いて、沢山の詩集を出した詩人というイメージを、また丁寧にパネルを読めば、大学を出て、NHKに勤めて、大学の教員になって、その間にいろいろな詩を書いて、受賞して功をなした詩人というイメージを得るだろう。若干わたしの詩を読んでいる人だと、友人とやっていた多分余り知られていないちり紙で作った「中央公論!」というパロディや、「ビックリハウス・スーパー」に掲載した新聞のパロディを見て、面白がることも出来るだろう。
 
 一巡した後、担当の小林さんと話して、入館者が少ないということを聞いた。わたしのことを知ろうと思っている人などいるとは思えないから、それも無理のないことだと思う。しかし、「詩」とか「詩人」というもの、または「表現を続けて来た者」ということに興味があるならば、20世紀後半の日本で詩を書いてきた人間の有り様を考える切っ掛けにはなると思う。そういう視点を背景に持って見に来れば、何か参考なるだろうと期待するところです。

2009/07/23

Permalink 15:59:47, カテゴリ: memo, views: 400 Japanese (JP)

「萩原朔太郎賞受賞者展覧会 鈴木志郎康」図録の解題と感想

 「展覧会図録」というのは、展覧会で展示されたものを一冊に纏めた本なのだが、わたしのこれまでの創作活動を網羅しているので、「鈴木志郎康読本」とか「鈴木志郎康アンソロジー」として通用するようにも思えて、「こんな立派なものを作って貰えた」と思い、とても嬉しく感じたので、ここに解題を書いて紹介します。
 
 「第16回萩原朔太郎賞受賞者展覧会 鈴木志郎康」は前橋文学館で2009年7月11日から8月30日まで開かれて、この図録は会場で販売されている。大きさは、物差しで測ったら、縦258ミリ横183ミリ厚さ10ミリで、144ページ、表紙は、自宅の居間で立っているわたしを平山利男氏が撮影した写真が使われている。裏表紙には小さく飼い猫の「ママニ」の写真。表紙と背表紙には「前橋文学館特別企画展・第16回萩原朔太郎賞受賞者展覧会 鈴木志郎康 ──『新生都市』から『声の生地』へ極私を開く」と印刷れて、この外に背表紙には「2009 前橋文学館」とある。
 表紙を開くと、1ページ目にタイトルとその下にわたしが仕事場で立っている平山さん撮影の魚眼写真。それを捲ると、「水と緑と詩のまち前橋文学館」の「ごあいさつ」が印刷されていて、鈴木志郎康の『声の生地』が「第16回萩原朔太郎賞受賞」を受賞したこと、その詩人の紹介と協力してくれた人たちに対する感謝が書かれている。
 そして次にページが目次で、
 
目次
第十六回萩原朔太郎賞受賞者展覧会に寄せて  鈴木志郎康 4
寄稿 鈴木志郎康との一九六〇年代後半    八木 忠栄 6
   「ラジオ工作者」鈴木志郎康      粉川 哲夫 9
   表現の体力              萩原 朔美 12
   鈴木志郎康「先生」が教えてくれたこと 川口 晴美 15

Ⅰ 幼年期〜高校時代                  18
Ⅱ 浪人・大学時代                   24
Ⅲ NHK時代1 (広島)                30
Ⅳ NHK時代2 (東京)                37
Ⅴ 自立時代                      54
Ⅵ 多摩美時代                     81
Ⅶ 現在(『声の生地』)                95

作品コメント                鈴木志郎康 108
作品一覧(著作・映像作品・写真展)           116

自宅にて                        125
魚眼写真                        129
年譜                          132

となっている。

 寄稿して下さった人たちは、それぞれわたしと接触した側面を書いている。
 八木忠栄さんは、わたしが「現代詩手帖」に登場した頃のことを編集長の立場で書いている。
 粉川哲夫さんは、わたしが1984年の檜枝岐でのパフォーマンス・フェスティバルに参加したことを中心に書いている。
 萩原朔美さんは、わたしの教師としての姿を同僚の立場から書いている。
 川口晴美さんは、早稲田大学で詩の指導を受けた立場から見たわたしの姿を書いている。
 
 「Ⅰ 幼年期〜高校時代」というのは、1935年の5月から1954年の3月までのことが、インタビューでわたしが語ったことが書き起こされている。そこに、わたしの子どもの頃の写真や両親の写真や、高校時代の友人と先生の写真や同人誌の写真が入っている。
 
 「Ⅱ 浪人・大学時代」には1954年4月から1961年3月までのことが何枚かの写真入りで語られている。その後に、同人詩誌「青鰐」に掲載された「口辺筋肉感覚説による抒情的作品抄」の「作品2」と「作品5」が二段組で置かれている。
 
 「Ⅲ NHK時代1 (広島)」には1961年4月から1967年7月まで、NHKに映画カメラマンとして就職して、広島に転勤して過ごした時期のことが語られている。カメラマンとして取材している写真などが入っている。この時期に、同人誌「凶区」に参加して「プアプア詩」を書いた。
 『新生都市』(1963年28歳)からは「サレテムーシ地方紀行」
 『罐製同棲又は陥穽への逃走』(1967年32歳)からは「私小説プアプア」が選ばれている。
 
 「Ⅳ NHK時代2 (東京)」では、1967年8月から1977年12月まで、東京に転勤になってから、NHKを退職するまでが語られている。「H氏賞」の賞状や、友人の戸田さんと出していた「徒歩新聞」「眼光戦線」の写真が入っている。
 『家庭教訓劇怨恨猥雑篇』(1971年36歳)からは「ギロギロギッちゃんの生活真情」
 『完全無欠新聞とうふ屋版』(1975年40歳)からは「爆裂するタイガー処女キイ子ちゃん」
 『やわらかい闇の夢』(1974年39歳)からは「ソファに私が座っていると」
 『見えない隣人』(1976年41歳)からは「待っている存在」
 『家族の日溜まり』(1977年42歳)からは「真新しい楔の感情」
 『日々涙滴』(1977年42歳)からは「夜中に牛乳を飲ませる」
というように一冊の詩集から一編の詩が選ばれている。

 「Ⅴ 自立時代」は1971年8月から1990年3月までの原稿料で生計を立てていた時期のことが語られている。阿部岩夫さんや藤井貞和さんたちとよく見に行った黒川能の写真や、「四」「壱拾壱」などの同人詩誌の写真が入っている。
 『家の中の殺意』(1979年44歳)からは「緋沼撚り」
 『わたくしの幽霊』(1980年45歳)からは「深夜、ばちゃばちゃと」
 『水分の移動』(1981年46歳)からは「瑣事論」
 『生誕の波動』(1981年46歳)からは「純白の七月」
 『融点ノ探求』(1983年48歳)からは「声のいま」
 『二つの旅』(1983年48歳)からは「西の旅」の始めの部分
 『身立ち魂立ち』(1984年49歳)からは「異数の朝」
 『姉暴き』(1985年50歳)からは「姉妹の至福」
 『手と手をこするとあつくなる』(1986年51歳)からは「ひみつ」
 『虹飲み老』(1987年52歳)からは「声の流れ」
 『少女達の野』(1989年54歳)からは「光、凝る」
などが選ばれている。

 「Ⅵ 多摩美時代」は1990年4月から2006年3月まで多摩美術大学映像演劇学科に勤めていた時期。コンピュータに関わり出した頃のことが語られている。「高見順賞」の賞状の写真が入っている。
 『タセン(躱閃)』(1990年55歳)からは「隠居トリック」
 『遠い人の声に振り向く』(1992年57歳)からは「憎悪論」
 『石の風』(1996年61歳)からは「独善饅頭を食べた人たち」
 『胡桃ポインタ』(2001年66歳)からは「秋空メソッド」
などがそれぞれ選ばれている。

 「Ⅶ 現在(『声の生地』)」では、この詩集について、映像作品や魚眼写真について、音楽についてなどが語られている。
 『声の生地』(2008年73歳)からは、「極私的ラジカリズム」「記憶の書き出し 疎開転々」「詩について」
の三編が選ばれいる。

 「作品コメント」には、詩集、映像作品、魚眼写真について、それぞれの作品を制作した時の考え方や制作意識を書いてみた。
 詩集については、六つの時期に分けて解説した。
 映像作品については、四つの作品のタイプに分類して解説した。
 魚眼写真については、撮影するときの面白さについて書いた。
 その他Webについての考え方を書いた。
 
 「作品一覧(著作・映像作品・写真展)」には、全部の著書の表紙のカラー写真、映像作品のスチル写真のあるものはその写真が掲載されている。写真展は2枚の案内状と開催の日付が印刷されている。
 
 「自宅にて」では、わたしと家内の麻理の写真が三ページに六枚、16ミリ映画カメラの写真が一枚、フィルム罐の写真が一枚、昔の原稿の写真が一枚掲載されている。
 
 「魚眼写真」では、展示された魚眼写真の中の五点が掲載されている。
 
 「年譜」は三段組で十一ページ及ぶかなり詳しいものが掲載された。これはわたし自身が自分の日録から拾って作成した。詩集、著書の発行、映像作品の制作の年月は勿論のこと、同人誌の同人の名前や、対談の相手の人の名前や、行った葬儀や、旅行なども書いた。
 
 
○感想
 7月23日の現在、まだ前橋文学館の展覧会場に行って展示物を見ていない。この25日に行くことになっている。展覧会を見たらまた感想は変わると思うが、この一冊の「図録」を通読した感想を書いてみることにする。
 この一冊にわたしの創作活動全体の概略が纏められたというわけだ。概略といっても、わたしの過去の全体に渡って知っている人は何人もいないと思う。いや、わたし以外にはいないのかも知れない。鈴木志郎康という詩人については、初期の「プアプア詩」や平易な日常詩については云々されることがあっても、後期の『タセン(躱閃)』の「隠居トリック」なんていう詩を知っている人はほとんどいないと思う。そういうことでは、わたしの全体を見渡して貰うには、この「図録」は貴重で、ありがたいものだ。嬉しくなる。
 一方で、こういう風に纏められてしまうと、残り少ない年齢になっているせいもあって、「もうわたしは終わってしまったのか」という気持の方に押しやられる感じがする。ちょっとしたプレッシャーを感じる。やや寂しいプレッシャーだ。それを居直る土台が出来たと受け止めることにしよう。
 5月以来ずっとインタビューに応えて自分の過去のことを語ったり、それが活字に起こされて校正したりして、また丁度同じ頃、初期の詩と詩集を集成した『攻勢の姿勢1958-1971』のゲラを読んだりして、勤めがないので、概ね家にいて自分の過去のことにのめり込んでいた。自分が作った年譜を見ていくと、1983年の「五月六日、寺山修司の通夜に行く」という記述から、先輩や同輩の詩人、アーティストの通夜や葬儀に行く回数が増え、数えてみたら、十本の指を超えてしまった。年譜は今年の六月まで書いたが、その最後が「阿部岩夫さんが亡くなったという知らせ受ける」だった。一緒に同人誌をやった伊藤聚さんが亡くなって十年を経て阿部さんが亡くなった。過ぎて行く、という思いが湧いてくる。「朔太郎賞受賞者」という立場で、展覧会が開かれて、過去の自分の創作活動の全てが展示されて、一冊の「図録」に纏められたということは偶然のことだが、わたしは、現在、わたし自身の次のページが捲られるところにいるのかもしれないという気がする。

南波止場1番地

南波止場1番地の鈴木志郎康の家

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