アーカイブ: 2010年5月

2010/05/31

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引用文ー18・敵を間違えるな

http://kariyatetsu.com/nikki/1240.php

今回はわたくしの無駄話はやめます。↑をお読みくださいませ。

2010/05/30

Permalink 21:12:53, カテゴリ: 引用文, views: 597 Japanese (JP)

引用文ー17・秘すれば・・・

秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず。

 (世阿弥・風姿花伝)

 今回は男性は読んではなりませぬぞ。小豆島のホテルの大浴場(女性用ですよ。)にはいった時に思い出した言葉です。それからなつかしいなぁ。祖父を思い出しました。

 祖父は、幸田露伴のように女の子の躾に厳しい人でした。立ち振る舞い、言葉使いなどなど・・・・・祖父の部屋に呼ばれる時には緊張していました。立ったまま襖を開け閉めするな、敷居には足を載せない、畳の縁は踏まない、正座すること、その時手をどこに置くのか?「菜っ葉」と言えば「お葉と言いなさい。」とか。呼び方は小さい時には「おじいちゃま」でもどうやら許された。

 それから少し成長すると、「おじいさま」から衣服を脱ぐあるいは着る順序までおしえられました。つまり一番大事な部分の下着は最後に脱ぐこと、従って身につける時には最初に身につけること。お風呂に入る時には大事な場所を手ぬぐいで隠してゆくこと、まで躾られました。

 そういうわたくしだったなんて誰も信じないでしょうけれど、あの祖父の教えはわすれてはいませんでした。しかし浴場では老いも若きもそんなことには無頓着。脱ぐ順序は祖父の教えとは程遠い方ばかり。びっくり!愛娘はどうやら合格。おじいちゃま。あなたの曾孫はいい子でしたよ(^^)。

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2010/05/21

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引用文ー16・あのひと

(前略)
あのひとの とかした櫛
あのひとの 眠ったふとん
あのひとの 書いた手紙
あのひとの 歩いた道

あのひとの 見た夕焼け
あのひとの きいた海鳴り
あのひとの 恋の思い出
あのひとは 生きてゐました
あのひとは 生きてゐました

(吉原幸子・「あのひと」より)

 この「あのひと」は母上です。吉原幸子さんは自らを「恋の子」とおっしゃいました。母上は3人の子供の母親となった後、「家」を出て恋をしました。幸子さんはその恋人の子供です。しかし恋人は亡くなりました。

 そして母上は小さな娘とともに、もとの「家」に迎えられました。この事情を知ってから、まずわたくしが思ったことは「家には1人の女性が要として存在することで、家全体を安定させるものではないか?」ということでした。夫が寛大だったとも言えるでせう。上の子供たちもやさしかったでしょう。しかしこの「母上」の存在は家族に大きな安泰を運んできたのだと思えてなりません。

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2010/05/18

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引用文ー15・法

何の苦労もなしに手に入った法などというものは、鸛(こうのとり)が持ってきた赤ん坊のようなものだ。

(ルドルフ・フォン・イェーリング・権利のための闘争)

 なんだか、今の日本にぴったりな言葉。「イェーリング」は1800年代を生きたドイツの法学者ですが、2010年の日本にそのまま言えるようです。赤ん坊だって苦しんで生まれてきたのですよ。

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2010/05/12

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引用文ー14・ハト&タカ

アメリカもロシアも中国も高値をふっかけてくる業者みたいなもので、交渉の初期段階で思い切り値切るしかない。総じてハト派は足元を見られるだけだが、タカ派はぎりぎりのところで譲歩するための切り札を隠している。

某作家の言葉。

だから、ハトさん。怖れることはない。
堂々とアメリカと向き合いなさい。
長~い間、自民党がおざなりにしていたこと、やらなかったこと、隠していたことを時間はかかってもやり抜きなさい。

2010/05/10

Permalink 22:41:31, カテゴリ: 引用文, views: 597 Japanese (JP)

引用文ー13・権力

国王が哲学することや、哲学者が国王になることは、期待されるべきことではなく、また望まれるべきことではない。なぜなら、権力の所有は、理性の自由な判断をそこなうことになるからである。

 (カント・永久平和のために)

 昨夜、NHKの「ハーバード大学・白熱教室・第6回」では、政治哲学教授「マイケル・サンデル」は、カントの考え方について講義していた。今までの講義のなかで最も難しいものだった。

http://www.nhk.or.jp/harvard/lecture/100509.html

 それゆえ、カントのおいしいところだけ(わが書斎にあるのみゆえ、たかが知れていますが。)拾い読みしました。そしてこの言葉を見つけました。こんなわたくしでも、昨今の日本の政治家の考え方や行動が気になります。特に「沖縄米軍基地」の問題。政治家と地元民とは相容れるはずがない。同じ人間でありながら、立場が違えばこんなにも理解しあえない。かつての「成田闘争」のようになるのか?

 もう1つ、この上記のカントの言葉で思い出した言葉があります。以前、ナイジェリアの文学者が国会に出て演説したテレビを見ました。それについて、ある方が「文学者が政治の場に出てゆかなければならないのは、その国の政治が未熟だからだ。」と言ったことです。

2010/05/07

Permalink 22:20:49, カテゴリ: 引用文, views: 539 Japanese (JP)

引用文ー12・幼年

  喪失ではなく    吉原幸子

  大きくなって
  小さかったことのいみを知ったとき
  わたしは〝えうねん〟を
  ふたたび もった
  こんどこそ ほんたうに
  はじめて もった

  誰でも いちど 小さいのだった
  わたしも いちど 小さいのだった
  電車の窓から きょろきょろ見たのだ
  けしきは 新しかったのだ いちど

  それがどんなに まばゆいことだったか
  大きくなったからこそ わたしにわかる

  だいじがることさへ 要らなかった
  子供であるのは ぜいたくな 哀しさなのに
  そのなかにゐて 知らなかった
  雪をにぎって とけないものと思ひこんでゐた
  いちどのかなしさを
  いま こんなにも だいじにおもふとき
  わたしは〝えうねん〟を はじめて生きる

  もういちど 電車の窓わくにしがみついて
  青いけしきのみづみづしさに 胸いっぱいになって
  わたしは ほんたうの
  少しかなしい 子供になれた――

  (詩集「幼年連祷」より。)

 *   *   *

 子供は初めは大人の世界に産まれ出てくる。そこはなにもかにも子供には大きすぎる世界だ。この巨人の国で子供は少しづつ大きくなる。人生はそれからの時間の方がはるかに永い。その時間のなかで人間はどこまで「内なる幼年」を養いつづけることができるのだろうか?それは決して「純粋性」という意味ではない。

 「幼年」の記憶とは、実質的に見ると、祖父母、父母などの大人のお話と、自らのかすかな記憶との混在したものではないでしょうか?そこが「少年期」「少女期」の記憶の階段数の違いではないだろうか?

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2010/05/05

Permalink 00:26:34, カテゴリ: 引用文, views: 917 Japanese (JP)

引用文ー11・小説

小説は、それを書く小説家という「私」のものだろうか。違う。ひとたび書き始められた時、小説も、そこに登場する人々も、その固有の運命から逃れられなくなる。なぜなら、現実のぼくたちがそうだから。小説は、現実を映す鏡であり、作者が恣意的に「私する」空間であってはならない

(高橋源一郎・5月3日のTwitterより。)

小説は、なにも語る必要はありません。死ぬべく運命づけられた、孤独な、「個」の側に、無言で、けれども断固として立つのです……

(高橋源一郎・5月4日のTwitterより。)

高橋氏がこの言葉に辿り着く経緯があります。それは幼い息子さんがかなり重い病気に罹って、直るという希望はその時にはドクターの判断からは出てこなかった。そこから出発して、息子さんは今もリハビリがあるそうですが、お元気になられたという経過です。

もう1つこの発言の経過があります。それは大江健三郎が障害をお持ちの息子さんについて書いた小説「個人的な体験」と、その結末の書き直しへの江藤淳の批判もあります。ご存知の方も多いでしょうからここは省略します。

家族のどなたかが健常でないということを、受け入れて生きてゆくことは、たとえ作家であったとしても葛藤の末に出す結論でしょう。

この時わたくしは子供のことではなく、老親看護の経験を思い出していました。

わたくしより先に死ぬべく運命づけられた、孤独な「個」・・・それは亡くなった両親と姉だったからです。その時夫や子供はその範疇ではなかった。だから夫や子供を犠牲(・・・とも思えないけど。)にしても、老親と独り身の姉に寄り添った。すべてが終わって(・・・ということは「死」です。)家族だけの日々に戻ったけれど、待っていたものは「批判」だった。

「気が狂う寸前まで頑張るよりも、公共の施設を頼るべきだった。」と・・・。

施設を嫌がる父母をどうして施設に預けることができるだろうか?

啖呵を切るしかない。「わたしは、のたれ死にでも結構です。」と・・・。

 *    *    *

冷静さを失くして書いている自覚はあります。お目汚しお許し下さい。

2010/05/04

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引用文ー10・人間

「どうせ人がやっていることだ。長くは続かない。」

島田雅彦著「彗星の住人」より。

 場所は旧満州のハルビン。無数の中国人が丸太同然に打たれ、転がされ、穴に埋められ、日本の軍人が殺戮に無感覚になる頃(つまり敗戦が間近い頃)、1人の中国人農夫が、いつか自分が入れられるかもしれない墓穴を掘りながら、日本人を鼻で笑いながら、つぶやいた言葉です。

 「丸太」とは、ご存知の方も多いでしょうが、「731部隊」の生体実験の犠牲となった中国人捕虜のことです。

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2010/05/02

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引用文ー9・鯉のぼり

こいのぼり 作詞:近藤宮子/作曲:不明

やねよりたかい こいのぼり
おおきいまごいは おとおさん
ちいさいひごいは こどもたち
おもしろそうに およいでる

端午の節句はおのこの節句。どうりでこの歌には「おかあさん」がいない。
「こども」と言ってもこれは男児じゃないのかな?

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