
さびしさに宿を立ち出て眺むればいづくも同じ 秋の夕暮 良暹法師
雪崩れるこころに耐えかねて
庵の西向きの窓を明ければ
そこは秋の夕暮れ
繰りかえされる季節の哀しみの
影が少しづつ濃くなってゆく
*「ぜん」の漢字が表示できません。すみませぬ。
「追記」
リベルさんから「暹」の漢字の表示を頂きましたので書き直しできました。
いつもいつもありがとうございます。

(Photo by Denden)
嵐ふく三室の山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり 能因法師
はなやぎの時を散らして 流して
竜田の川を色どる
最後の赤い一葉消えて
あたりはしんとしています
時の流れる音だけがして

心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな 三条院
夜のなかに立ちつくすと
束の間も 永遠も望むべくもなく
このいのちひとつが
恋しきもの
空に満月 音もなくあれ

春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたたむ名こそ惜しけれ 周防内侍
あなたのあたたかな腕に
このちいさな脳髄をあずけて
春の一夜が明ける
それはただのまぼろし
噂ばかりが生き生きとして・・・・・・

もろともに哀と思へ山桜花よりほかに知る人もなし 大僧正行尊
晩春の山奥
思いがけない出会いの花よ
わたくしは永い孤独な旅をしている
ひととき共に
互いを慰めようか

(Photo by Denden)
恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋に朽ちなん名こそ惜しけれ 相模
ひとを恋ひ
なみだのパレットに溢れる色たち
わたくしの袖に咲きみつる花々
呼びかわした名前
哀しみは朽ちることなく

朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木 中納言定頼
朝霧はきれぎれに消えてゆく
そこから立ちあらわれる浅瀬のかがやき
立ちあがるたくさんの網代木
いきいきと水に漱がれながら
今日も立っている

今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならでいふよしもがな 左京大夫道雅
言葉に絹の翼を
思ひに虹の足を
ただ願うばかり
掟に閉ざされた愛
別れの挨拶すらないままに
夜をこめて鳥の空音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ 清少納言
真夜中には鳴かぬ鶏を
空音をさせる謀りごとありて
暁を待たずに帰られた方よ
夢のなかでは
逢坂の関まで越えていらっしゃると?

古への奈良の都の八重桜けふ九重ににほひむるかな 伊勢大輔
旧都奈良から届きし桜は
幾重にも閉ざされた宮中に
今年もあでやかに咲いています
花は誇りたかく
変わることなく匂いたちて
大江山いく野の道の遠ければまだふみも 見ず天の橋立 小式部内侍
美しい少女 口とく詠む
母上は大江山にはまだ着かず
いく野あたりでしょうか?
まぼろしの文は届くのでしょうか?
いいえ 母上にはなにも・・・・・・
やすらはで寝なましものを小夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな 赤染衛門
夜更けの窓辺で待っていました
この月が使者であったなら
めぐる思いを託すこともできましょう
明け方の窓辺に届いたものは
一枚の落ち葉でした
ありま山いなの篠原風吹けばいでそよ人を忘れやはする 大弐三位
歌枕 有馬山の猪名野は稲野か
あなたのお心のように
風が吹きわたる篠原
風音を聴く度に
わたくしはあなたを想ふ

めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半の月かな 紫式部
たった一夜
あなたのお顔を見るために
あかるい月を一つください
雲よ
どうか月をかくさないで
あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびのあふこともがな 和泉式部
一体どなたに届けましょうか
この想いを
間もなくこの世を去る身には
思ひ出はあふれるばかり
心とからだは消え入るばかり

滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ
大納言藤原公任
過去から聴こえる水音
途絶えることのないまぼろしの流れ
連連 漣漣
水源の名をたずね 遡れ
名こその滝よ

忘れじのゆくすえまではかたければ今日を限りの命ともがな 儀同三司母
秋の一日だけを生きて
うつろいやすきひとの約束
「忘れじ」の言の葉を
永久のものといたしましょう
哀しみが訪れる前に

嘆きつつひとり寝る夜の明るまはいかに久しきものとかは知る 右大将道綱母
闇のなかに揺れる天秤
愛の重さ
寂しさはかげろうのように重さがない
傾いたまま
空は白みはじめる

明けぬれば暮るるものとはしりながらなほうらめしき朝ぼらけかな
藤原道信朝臣
時を留めるすべはなく
逢える夜を待ち
朝ぼらけには別れを告げ
後朝の使いを出して
また夜を待つのみ

胎児いま魚の時代冬の月 山田真砂年
月満ちる夜に
神々の呼ぶ声が届くとき
魚は暗い海のふちから
素裸のままで大気の浜へあがってきた
そしてけものの声で答えるのだった
かくとだにえやは伊吹のさしも草さしも知らじなもゆる思ひを 藤原実方朝臣
さしも草が燃えるように
ひとはひとを想う
朝焼け 夕焼け 季節はうつろう
わたくしの想いはたたずむ
小さな火のように

君がため惜しからざりし命さへ長くもがなとおもひけるかな 藤原義孝
あなたに逢える望み
叶えば死すら恐れないおろかさ
逢えた後には生きたいと思うおろかさ
たった二十年のいのちでした
極楽浄土から還ることもなく
みかきもり衛士のたく火の夜は燃え昼は消つつ物をこそおもへ 大中臣義能宣
厨の薄闇のなか
母上はひっそりとおっしゃいました。
「絶やさずに焚きなさい。」
火の想いを知りそめた娘は
うなずきつつ粗朶を焼べる。

風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物をおもふ此かな 源重之
頬を打つ風の激しさ
岩打つ波は音をたてて砕け
岩にはかすかな侵蝕
痛みはあるのだろうか
砕けるほどの思い 比べようもない

八重むぐらしげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり 恵慶法師
八重葎に覆われた廃屋では
吹きぬける風に遠い夢の時間が交錯する
生者と死者が酌み交わす宴
しずかな歌垣
やがて月がのぼってくる
由良のとを渡る舟人かぢを絶え行衛も知らぬ恋の道かな 曽禰好忠
由良の瀬戸で
櫂を失くした舟人よ
ゆらゆらゆら
舟はどこへゆくのやら
しるべのない恋のゆらめき

哀れともいふべき人はおもほえで身のいたづらになりぬべきかな 謙徳公
一人この世に生まれ
いたづらに生きた日々
ひび割れた思い出は風に
わたくしのいのちは
ひとつの死に抱かれるのみ

逢ふことの絶えてしなくは中々に人をも身をも恨みざらまし 中納言朝忠
ひとの出会いは
光りと影
歓びと哀しみ
はなやぎと孤独
それでもひとはめぐりあう
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