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雑記録
2010年3月
2010/3/30(tue)
熊牛
ややふらっとしているが、体調良好。煙突が倒れていたので、簡単に修理する。取りあえずストーブを使わないといけないので。次回、きちんと修理しよう。
2010/3/29(mon)
今日、退院
明日から熊牛で数日過ごす予定だが、暖かくなってくれるか。そのあと足寄まで義弟に運んで貰って、片付けを済ませ、6日に飛行機で東京へ。とにかく、半年ほど車の運転を禁止されているのが辛い。
2010/3/25(thu)
退院日決まる
29日。あらためて、あと一センチで車椅子でした、と言われる。かつて、一生車椅子でした、と言われたこともあるので、車椅子と縁があるというべきか、ないというべきか。まあ、いずれはお世話になるだろう。脳の方も劣化がすすんでいるようなので、これからの生活の立て直しを真剣に考えねばならない。基本的には楽しく生きるということになると思う。取りあえずあそさんと知床で釣りなどして。その他、建築、作文なども楽しくやる。
2010/3/24(wed)
回診
主治医ではなく。「どうですか?もう退院できそうですか?」「ええ。できそうです。」「それにしても、軽くすんでよかったですねえ。」「ありがとうございます。」
2010/3/23(tue)
老眼鏡を買う
不自由していたのだが、下の売店で売っていた。210円。階段の上り下りの運動もした。退院に備えて。今月中には大丈夫らしい。
2010/3/22(mon)
知能テスト風テスト
車を運転できるかどうか判断するためのテストだという。まあまあ大丈夫だった。あと、自転車こぎなど。言語のリハビリは問題ないということで終了。点滴も本日で終了。8日間経過したことになる。あと一週間。その後の通院がどうなるか。
2010/3/20(sat)
脳の腫れ
どうもかったるいと思ったら、脳が腫れているせいのようだ。一週間ほど腫れると先生がはなしていた。しばらく、だらだらしよう。昨日は父に電話して、これからフェリーに乗るとはなす。嘘もなかなか面倒くさい。親類もごく一部の人ですしか知らないいずれ父と母のショックが少ないときを狙って話す予定。
2010/3/18(thu)
悪運強し
あと一センチで半身不随、反対側にずれていたら記憶が駄目になっていたらしい。あの夜。温泉にゆったり浸かったことで血圧が下がってそれ以上の出血が抑えられたのかなあ。救急車に乗っていたら逆に危なかったかも、などなど闇のなかの運命について思いを巡らす。今は、字が少し書きにくい。喋りのもつれはほとんどなくなった。まいにちりはびり。
2010/3/17(wed)
入院中
3月14日、午後10時、熊牛にて、急に口がもつれる。右手もおかしい。妻に電話して遺言を口頭で伝える。救急車を呼べと言われたが無視。裸になって寒さのなか、温泉につかりにいく。ぬるめの湯にゆっくりつかる。その後、ぐっすり眠る。朝になってまだ調子が変なので、弟子屈の病院へ行く。すぐ釧路の脳神経外科の紹介状を書いてくれる。軽トラを運転して行く。ついて受付をすますと間もなく、車椅子にのせられる。そのまま入院。夜の十時におかしくなったときにすぐ救急車でくるべきだった、とやさしく叱られる。
2010/3/10(wed)
神棚
わが母が28歳で亡くなったとき、我が父が、神棚をばらばらにこわしてしまった、と伯母が話してくれた。さすが、我が父。今日、父に電話したときにそのはなしをしたら、「片付けたんだ。憎しみをこめてな」。私とはやはり少し違うようだ。
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