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2003年11月

2003/11/18(tue)
小園・終焉
ということで、気分転換。ちがう連載小説を考慮中。俳諧老人瘋癲日記とでもしようかな。


次第に疲れてきます。小説家という人種の底知れない脳天筋肉ぶりを思います。しつこく書くことができないと小説というのは書けないものなのでしょうかね?鈴木光司という男が朝日に書いているコラムを読むと、転んでもただでは起きないということを自慢げに述べています。いやだな。

2003/11/14(fri)
小園の記��
ぼくがこれに類した妄想から無縁だったわけではない。すれっからしのドローレス・ヘイズやひたすら垣間見られるだけの人形のような?古代の少女に類似したものをきみのなかに見つけようとしたのかもしれない。衰え行く生命の媚薬としての「a little pubic floss 」?でもきみにはどんな強力な「眠りの美女」も効き目はなかったろう。


常に目覚めている、不敵なまでに目覚めているのがきみだったからだ。いつでもぼくの妄想は微塵に打破され、ドリーや若紫ではないきみ自身のアウラに呪縛され、ぼくこそが深い眠りの魔術をかけられていたのだ。

2003/11/11(tue)
小園の記��
342号室に獲物を眠らせたハンバートは次のように語る。


"she was mine,the key was my in my fist, my fist is was in my pocket, she was mine. In the course of the evocations and schemes to which I had dedicated so many insomnias,I had gradually eliminated all the superhlous blur, and by stacking level upon level of translucent vision, had evolved a final picture. Naked, except for one sock and her charm bracelet, apread-eagled on the bed where my philtre had felled her-so I fore-glimpsed her; a velvet hair ribbon was still clutched in her hand; her honey-brown body, with the white negative image of a rudimentary awimsuit patterned against her tan, presented to me its pale breastbuds; in the rosy lamplight, a little pubic floss glistened on its plump hillock. "



作者付記
いやはや、今日の上記の英語の入力は間違いだらけです。他日、訂正を期すということで。

これは正岡子規の「小園の記」から触発されたフィクションです。どこに着地するかはわかりません。あるいは、今すぐに中断の憂き目を見るべき作品かもしれません。

2003/11/10(mon)
小園の記��
引率される生徒のようにぼくの後ろに立っているきみを受付にいた人のよさそうな女性は格別不審に見るわけでもなく、ぼくらは道路に面した部屋に通された。二時間の二人だけの空間がはじめて与えられた。


ぼくはそこで何が行われ、きみがどのようなことをしゃべったのかを「思い出」として「語る」べきなのだろうか?
たとえばそこが〈魅せられた狩人たち〉というような名前のホテルだったとしたら、〈悲しみ〉という名前のニンフェットに魅せられたハンバート・ハンバートのように雄弁に語ることができるのだろうか?もう、ぼくはその旅館の名前すら覚えていない。まして、あの小説の二人のように父と娘を仮装してアメリカ中を車で横断する遍歴の旅、そんな企みの勇気などぼくにはなかった。あったとしても何ができただろう?いや、そんな企みなど最初から少しも思いつかなかったというのがほんとうのことだ。要するに、この三十三歳の男は自分たちの恋の事情になんら意識的ではなかった。ハンバートのようにそれをどう秘匿し、どう延命させるかなど何も考えずに十九歳の娘の虜になったのだ。


そう、きみはぼくよりある意味ではずっと足が地についていたね。部屋に置かれていたグラスの絵柄が子供達に人気のある主人公をかたどったものであることを発見して、きみは笑ったではないか?ぼくの子供たちも毎週テレビでその主人公と友人の冒険を見るのを楽しんでいた。きみの笑い声はそのグラスの家庭じみた幸せを凍りつかせるように響き、きみの斜視ぎみの眼は挑むように輝いていた。


ぼくはすべてを見透かされ、見透かされることで逆上し、きみの眼ときみの笑いの上に重たく覆いかぶさっていく。けれどもすべてを隠したいというぼくの衝動は、自ら無頓着に着衣を脱ぎ捨てていくにつれて輝きをましてゆくきみの前で徹底的にうちのめされる。


きみの裸体はどんな彫像にも似ていない。生まれてから、ぼくがつくりあげてきた幻影や神話以前にきみの裸体は伸びやかに横たわり、ぼくの近くにあり、近くにあることでこのうえなく遠くで輝いている。

2003/11/9(sun)
小園の記�А]∈楙�説
渡った橋を戻り、川べりにある公園を探し回った。無心にブランコを揺らしている後ろ姿を黙って見ていた。


二、三回連れて行ったK市のバーで、年配の自称彫刻家のマスターが「宝物だから大事にしてあげなさい」と遠慮がちにぼくに囁いたけれど、彼はどんな意味を「宝物」という言葉にこめたのだろうか?酒に酔ったぼくのパトロン然とした態度を批判したかったのか、それともきみの場違いな若さに嫉妬したのか、ぼくには分からない。


きみの後ろ姿を見ていると、不意に「タカラモノ」という言葉がぼくの耳に響いたのだ。マスターの言葉でなく、自分の舌がその言葉をたどっている。いらいらした気持ちは消えていた。


背後からブランコの綱をつかみ、正面にまわりこむ。充血した目が夕暮れの空を映し、覗き込むぼくの姿を映したが、視線は何かを思いつめているかのように焦点が合わない。
「疲れて、追いつけないから休んでいたの。」
そう言って、きみは覚悟を決めたもののように微笑した。


きみの微笑!あの残酷で憂鬱な日々の中で、きみの女学生らしい笑い声を聞いた記憶はほとんどなかったような気がする。だから、時折見せるきみの物言わぬ笑みは、その背後にきみが隠している苦痛や激情とそれに打ち勝とうとする決意との争いを何よりも表わしていて、一種言いようのない悲哀に彩られていた。その悲哀の色調は淡い新緑の葉から寒々とした冬の曇天まで、ぼくらが貪り合った八ヶ月余りの「物語」の推移を反映して様々に変化した。


渓流の色を移したその笑みの深みの中から、きみが語った言葉は驚くべきものだった。
休みたいから、どこかへ連れて行ってほしい。
どこかとは?沈黙。
誰もいないところ。うつむいてばかりでいやだ。沈黙。
酔いと欲望で目が眩んだぼくが、何回も強要したが、そのたびに身を翻して逃げたきみ。その背中に躍る漆黒の長い髪の幻影が眼に浮かんできた。


あんな所でもいいの?
公園の坂を上りきったところに、民家然とした旅館がただ一軒あったのをぼくの眼はいやらしくもとらえていたのだ。

2003/11/8(sat)
小園の記�Α]∈楙�説
きみにはわかるだろう。なぜぼくが十一世紀の物語やナボコフの小説などを持ち出したのか。率直に言えば、それらとの対比なしにはもうぼくは何も思い出せなくなっているからだ。『源氏物語』や『ロリータ』に特別の思いがあるのではない。思い出すという人間にとっての根源的な力を失いつつある男が何かを語るときの媒介物にすぎない。ベンヤミンは「思い出とは過ぎ去ったものの中への果てしもない書き込みの能力である」という。そんな能力が自分に備わっている自信はないが、この言葉は、思い出された「思い出」なんてどこにもないのかもしれない、という奇妙な感想にぼくを導く。


もしかしたら、「過ぎ去ったもの」自体も実はどこにも存在しないのかもしれない。ありもしない「過ぎ去ったもの」へむけての「果てしもない書き込み」だけが唯一たしかにある。あれらの物語や小説もそのようにして生まれたのではなかったか。やがては、その「果てしもない書き込み」こそが決して忘れることのできない鮮やかな「思い出」、「過ぎ去ったもの」をこの今に新たにたちあげるのだという妄想にとらわれて。

2003/11/7(fri)
小園の記�ァ]∈楙�説
―ここは初めてだから先に行かないでね。


きみの声を無視してやみくもにぼくは歩いていった。電車のなかで乗客たちの視線にさらされているのが苦痛だった。きみはずっと泣いていた。それをなだめているのは父親にしては若すぎるし、恋人にしては釣り合いのとれそうもない年恰好の男だったからだ。どこで降りてもよかったのだが、降りるきっかけをつかめなかった。終点近くの駅で飛び出したぼくをきみは追ってきた。年齢の割には低いきみの声はもう泣いてはいなかった。
それは背後からぼくを操ることができるかのような、むしろ泣いていたのはぼくでずっとなだめていたのが自分の方で、聞き分けのない子供に言い聞かせている母親のような響きを持っていた。無視して歩き続ける。しばらくして橋を渡った。ふりかえると、きみはいない。


渓流の緑の流れがあらゆる物語に無関心さを装っている。大きな物語、小さな物語、異常な物語、ありふれた物語、いずれの物語もそれを語るものの姿勢と密接なつながりがある。語るものの時とも。あの十一世紀の物語で語られる少女にはそれを語るもののどのような夢と時が託されていたのだろうか?

2003/11/6(thu)
小園の記(続きの続き・改題)�� 連載小説
忍び音やきみもなくらむかひもなき死出の田長に心かよはば

薫は浮舟の死を知らされてから二条院の匂宮に、一人の女性を共有した愛憎をこめて橘の枝につけて歌を贈る。匂宮は薫の詮索に嫌気がさすのだが、

橘のかをるあたりはほとぎすこころしてこそなくべかりけれ

と答える。二人の欲望はこの女性を媒介項にして、むしろ同性愛的な感情をさえかんじさせるほどに接近し、感情の波の高低をくりかえしてきたのだった。しかし、ここでは「ほととぎす」や「たちばな」という懐旧の思いを誘う定番の景物を詠み合うことで、欲望は収束に向かうことを暗示している。もう男二人は、物語には縁のないものになるはずだ。そして沈んだかのように見えた浮舟が浮上してくる。

そのように、ぼくのH.Dも浮上してきたのだろうか。その背後に浮舟がいて、その背後に中君がいて、その背後に大君がいて、その背後に紫の上がいて、その背後に若紫がいて、その背後に金色の翼を持つエロスがいる。萩の花が風に揺れて、消えを争う露の玉が、時よとまれ、とばかりに輝いている。





小園の記�ぁ]∈楙�説
職場からの帰り、電車を降りて川の道の方へ歩いていった。梅雨で増水した豊かな流れがぼくの傍らにある。上方の散歩道から見える流れは暗かったが、傍らにいつも水があるという感触は一瞬のことにせよ疲れがひくような気になるものだ。

こうして、きみに手紙を書き続けていこうという思いが生まれたのも川を見たいという気持ちが最初にあって、この緑の道を歩いているときに偶然浮かんできたのだから、そんなに確かなものではないかもしれない。

忘れたり思い出したり、最近は忘れる方が多いのだが、この水の流れと流れを覆う緑の厚い重なりがきみに手紙を書けと、ぼくの無意識に呼びかけているのかもしれない。

しかし、歩きながらはっきりと思い出したのは鈴木さんの詩の一節だった。「水畔行」と題された詩、


 水に近付きたい
 身を屈めても
 近付きたりない
 水面に顔を寄せて
 川面を見渡す


 大量の水が移動していた
 こんなにも水がある
 計りようもない
 視野に収めた
 その視野の水

もちろん一字一句覚えているはずはないが、それにしても「身を屈めても近付きたりない」ような思いで、二人はあの頃毎日のように会っていたのではなかったか。

2003/11/5(wed)
続きの続き�◆]∈楙�説
My car is limping,Dolores Haze,
And the last long lap is the hardest,
And I shall be dumped where the weed decays,
And the rest is rust and stardust.

残された無為と星くず。H.Dの声はぼくに哀れなハンバート・ハンバートの運命を予感させる。最後の旅だ、このバイオレットの花のなかに胡蝶の夢を結ぶことは、おまえ次第なのだ。貝の肉とともに、この生も燃えて尽きてしまえ。誘惑の声が、ぼくのなかを野分のように通りすぎて行く。

びっこの車でぼくは走る、今までも、これからも。最後の長旅、つらい旅。雑草さえも枯れるところにぼくは捨てられる。あとに残るのは無為と星くず。

ぼくのH.Dがアルトの声でささやく、「子規です」。

なき人の宿に通はば郭公かけて音にのみ鳴くと告げなむ

ぼくのH.Dがアルトの声でささやく、「読人しらず、です」。

そして授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったのだ。

2003/11/4(tue)
夢のつづき
また同じような夢を見て、もしかしたら精神的な失調を来しているのかもしれないと思った。それは現実ではどうにか日常を送っているが、違う世界でなにかタガのようなものが完全にはずれているということだ。

2日の夜に酒を飲んだら、やっぱり相当おかしなところに持って行かれた。一人でえんえんと踊ったらしい。あるところから記憶が飛んでいる。これは悪い徴候である。

現実からも非現実からも絶縁して、この自我は今細い崖を歩いている。これを存在のなかに大きく回収してやるにはどうすればいいのか。

続きの続き� ]∈楙�説
今まで見たこともない仕草でぼくのH.Dが挑発する。今日、千もの萩の花が乱舞するなかで、紫紅色の一つの花のfinal picture を見たのだ。

紫の上は「春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたる」ようだと義理の息子の夕霧の目にはうつるのだが、ぼくのH.Dはそれ自体の美しさで、だから時よとまれ!と叫びだしたくなるような悲しさとともに、ぼくを激しく駆りたてのだった。

こわさなしには感じることのできない美しさというものがある。H.Dの鮮烈な紫紅色のきらめきをぼくはあますところなく経験できるのだろうか?この老いた干からびた躯でH.Dのしなやかな枝のような、細く均衡を保ちながら、いつでも天駆ける脚の美しさを味わい尽くすことができるのだろうか?

「先生、小園の記の作者は正岡子規です」とH.Dはアルトの豊かな声で、しかし萩の小花のように恥じらいながら答えた。

2003/11/2(sun)
日曜日の朝
 4時ころに夢から覚めて起きた。ちょっとここには書けないようなフロイト的な夢だった。まだこんな夢を見る力があったのかという思いと、もういいよという思いが混在して、いろいろ考えているうちに眠れなくなり起きた。
 ぺこ さんの庭を巡っていたら、子規の「小園」に出た。その哀切で的確な描写に目を打たれ、頭が冴えかえった。ごたごたいろんなことが、この人生にはあるけど、それを子規のような的確さで、そう病床から見る「庭」の草花のように描くことができたら、それだけで、そのごたごたさも浮かばれるのだなと思う。
 みなさん、おはよう。



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