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2005年5月

2005/5/24(tue)
深夜
気がついたら雨!

倉田さんは天馬空をゆく
らち
そこ
すべてを踏み破った
古典路をひたはしる
いいな
すごい
それで彼は
かたちを気品にかえるのだよ
きみにできる?

倉田さん、
まれなる「紙」と雑誌ありがとう。

2005/5/21(sat)
来週
は忙しくなりそうだ。
�.▲瓮螢�から娘が休暇で帰ってくる。
�∀�読会がある。
��いろいろ生業の仕事が山積している。
など。

乗り切ることを考えるしかないです、�,呂Δ譴靴い海箸任垢�。

2005/5/20(fri)
たまには詩でも
リンク先の本宅「詩人たちの島」にも掲載しました。推敲して、今度の朗読会でも読もうと思っています。


山帽子


なにもすることのない日がいつかはやってくる
なにもわからずにこの世界に泳ぎ出した日が終わる
慈眼寺の門前には無断で入るな、散策するなという看板がある
無断で生まれ、散策するように生きてきたのに
あの世を管轄する権力
この世を管轄する権力
そういうものとは無縁に山帽子が咲いている


たぶん
咲くということは贈り物
意図もなく、美のイデアでもなく、神学でも、哲学でもない
純粋な贈り物だ
そう思う気持に対しての
咲いているという事実によって
山帽子は
山帽子として生きている


濃紺の海のなかに淡い水域が見えるだろう
どこまでも広がる珊瑚礁の息吹だ
沖縄の死んだ詩人は、神の青い領地(カンヌオー)とそれを呼んだ
「排他的経済水域」と呼ぶな
「領土」と命名するな
カンヌオー


名づけられて生きる
名づけられないもののかたわらで
山帽子とおまえは名づけられたが
わたしはだれであるかほんとうはどうでもいい
沖の鳥島という日本語は美しい
そこに群がる鳥は美しい
だれもいない夜の海で永劫に波に現われる小さな岩、隆起した珊瑚の瘤たち


花は葉であり、花は瘤だ



2005/5/3(tue)
weezer
たまにはロックでも思って、息子からweezerというバンドのcdを借りて、聞いている。なんのウンチクもないが、今のロックはあまり叫びはしないのだなと思う。ただ音だけは相変わらずの「うなり」を維持しているが。


緑もすっかり出揃って、そのうちうっとうしくなるのだろうが、ちょうど今の淡さがとても眼にはいい。どんなbuddyもいなくて、このバンドの歌にbuddy hollyというのがあるが、そういう友はとくにいない。いないからこそhollyというのかもしれない。


職場の有志と憲法9条の「実現」かなにか知らないが、憲法改悪の反対に一人2千円出したが、今朝の新聞にぼくらの職場の名のあとに有志として、小さくでていた。反対広告の小さな活字のなか。60年の歴史はそんなに小さなものではなく、まただれもこの憲法を「私有」はできないと私は考える。憲法意思の日常的な実践において、ニホンジンがあまり得意ではなくとも、この年月の間、この憲法、とくに9条は見えない力として、ぼくらを政府の恣意的な権力から保護してくれたことはだれも否定できない。

2005/5/2(mon)
朗読会
白い凪 BY FARM


5月29日(日)第2回目のグループ農場FARM(福間健二・新井豊美・水島英己)による朗読会です。場所は前回と同じ国立市の「奏」です。4時からですが3時半には会場。

高年?ラッパーたちのくりひろげる真面目で哀愁にみちたパフォーマンスをご期待ください。今回の連詩の題が「白い凪」です。



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