思いがけなくもまた始まってしまいました。あの場で弘子さんが句をお出しになり、愚生がそれに付け、というかたちでそのまま連句に突入するというのは、何かとても好ましい歌仙の在り方のような気がします。連句で重要視される「挨拶」というのは、こういう在り方を指しているのです。
ところで、お気づきのように、私の句は「なつかしき」から「したはしき」に変えました。特にさしたる理由はありませんが、後者のほうが酒の飲めなかったあのときのこころの状態にぴったり寄り添う言葉のような感じがしたからです。また第三は、美江さんお気づきのようにちょっとこれまた変えさせていただきました。もとの句は「盃の底一文字の色濃くて」です。美江さんのお手紙には付け筋として次のように書いてありました。「吉、祥、福など描いてあるどぜう屋のそれはうずまきが多い。いずれにしてもあまり上等ではない器」。俳味があって、なかなかいい句と付け筋です。ところでその渦巻、愚生赤や緑など見たことがなく、また前句の宵の余情として藍にしたのですが、みなさん、いかがでしょうか*。雑の句です。次の天女さんは、季は秋か雑でお願いします。今回、付け順は動かさずに月花を零したり(後ろにずらす)、引き上げたり(前にずらす)しました。古連俳では、付け順を動かすよりこういうやりかたのほうが多く見られる例のようです。ご了解あれ。
膝送表をお送りします。この歌仙、俳諧「夏座敷の巻」としたいのですが如何。始まりは平成十四年七月二十六日、於新宿とします。そういえば、まえの歌仙も始まりは夏でしたね。いろいろありましたが、一年がたつのは早いものです。ではみなさん、また(懲りずに)よろしくお付き合いのほど、お願いします。
02/7/29解酲子
御連衆さま
*白地の盃の底に青い渦巻(正確には蛇の目)が描かれてあるのは、元来酒造りの職人や利酒師が酒の出来映えを調べるため、あの模様越しに酒の色やグラデーションを見たそうで、それ用の印だったみたいです。そのための、器としては安直なものが蔵元から酒屋へ流れたのが、居酒屋であの盃を多く見かける始まりだったのではないでしょうか。
天女さんは数詞で遊びました。ヒト文字にフタ声。付け筋としては、藍深い盃で呑んでいる酒の席に、来る雁のまばらな声がしみじみとまた遠く落ちてくる、というところでしょうか。対して愚句は、数の一、二を受けて多(さわ)とこれまた遊びに乗りました。情景は、何か大きな河(幾筋もの水脈がある)のほとりで、到来する雁の声を聞きながらはるかに家郷を思っている、いうなれば月下望郷といった幻想なのですが、ちょっぴり入院中の私の実感と重なるところもあります。
さて、次の弘子さんの季は、かりがね(晩秋)、月(三秋)ときていますので、晩秋ないし三秋でお願いします。では、よろしくご作句ください。
02/7/30解
御連衆さま
追伸/美江さんのファクスで、新婚時代、ご主人に連れられて行った烏森の飲み屋のお話、大変面白く読ませていただきました。私もモツ煮の大鍋などがぐつぐつと煮えている、そういうところが好きだなあ。そこで例の渦巻入りのぐい呑みと出合われたそうで、上等でない器がいかにも似合いそうな店ですが、しかし最近の烏森界隈、なんとなく敷居の高い高級店(?)が多くなってイケマセン。
南都と京洛で遊んで、帰ってみたら弘子さんの付けが届いていました。ここのところしばらく、御無沙汰でした。付けはいかにも絵画的で、しかも「破れ」といい「面白き」といい、前句を転じるこころもあって、4句ほどございましたがこれを採らせていただきました。この句で晩秋も極まったと思います。次の天女さんは、ここは雑の人事が欲しいところ、初折も裏に入るのでぐっとくだけてみてはいかがでしょうか。
近鉄特急で京都から奈良に、木津川を渡って入る
夏川を越ゆれば青き寧楽の天 解
02/8/15
御連衆さま
天女さんからは5句ほどをつくっていただきましたが、なかでもっとも勢いのあるこの句を採らせてもらいました。天女さんご自身はこれを年老いた昔の放蕩男と見立て、打越の帰去来と差し合うのではないかと気にしていらっしゃいますが、私の見立てではこれをいま現在の放蕩男というか色男と考えて、下駄の音のひとつでも鳴らさせてみたほうが全くおもしろい。前句の破れ芭蕉もむしろ生きるのではないかと思います(弘子さんは破れ芭蕉のかげが「面白」いと言っているのですからね)。放蕩をそんなに罪悪視してはイケマセン。……と申し上げたらみなさんの譴責が愚生に下されましょうね?
次の美江さんですが、もう少し雑をつづけていただけませんか。むろん季の句でもかまいませんが、その場合は1句で終わる冬季あたりが適当なのではないかと愚考します。ではよろしくお願いします。
伎芸天
秋篠の悲にまた逢はん夏の果て
夕暮れ、暗峠より大阪方面を見る
かなかなのくらがり越しに茅渟の海
(チヌの海とは大阪湾のことです。ご存じでしたら失礼をお詫びします)
菊の香にくらがり登る節句かな 元禄七年、芭蕉没年の秋の吟
くらがりや秋漸近き石畳
(暗峠の頂上付近の舗装は昔からの石畳でした)
02/8/17解酲子
御連衆さま
美江さんには冬句をつくっていただきました。というのも、次の月の句のまえに異なる季の句を置かなくてはならないことに捌き手が気づいたからです。ここで雑の句を挟んではいけませんでした。みなさんにお詫びをしておきます。
美江さんのはもうはっきりと恋の句で、どことはなく芭蕉と両吟で巻いた越人の「かぜひきたまふ声のうつくし」を思い出させます。もうひとつ、「路地まがりゆく凩の果て」というのがあって愚生こよなく心惹かれたのですが、いかんせん何となく打越嫌いっぽい。ここは思い切って恋の世界に突入とは相なりました。私はこの付けを、放蕩を素直に受けた句というよりは、かなり明快に反対のことを言う対付けのように解釈したのですが、みなさんはどう思われますか。申し訳ないけれど、恋の句ですから次の弘子さんにはガンバッテもらわなくてなりません。季は秋か、もしくは雑でお願いする所存です。
あつかましくもまたまた図に乗って、今回は旅行中のあらんかぎりの12句を、ご迷惑でしょうけれどもお目にかけさせていただきます。これはこのまえお送りした詩誌「索」に発表するつもりでいるものです。ぜんぶ詞書付きというのも、また輪をかけてあつかましい。季語も夏と秋ごちゃごちゃに入り交じっています。
正暦寺は南都諸白(もろはく)発祥の山寺で、そこで三界万霊塔に会う
蒜(ひる)でやる三界衆生も夏木陰
竜田の祭神は風の神
そのかみの韓紅は風の色
法隆寺金堂
白秋や堂はいかなる裂(きれ)の跡
奈良は巨刹の門前町として今に残る
平城(なら)ゆけば百日紅くれのこりたり
信貴山縁起
信貴生駒てのひらに青田にほふ如
京、川床あそび
床涼みものみな浅く料らるる
鴨川の夏、わが若年
上京ははや闇のなか鮓光る
酒なくて京は味気なし
冷酒くむ他界のごとくにぎやかに
鹿苑寺
うつつなき箔に沈むや夏の楼
雲龍図を仰ぐ
龍を見てのち妙心寺大白雨
妙心寺から仁和寺まで、日が翳る
蝉啼くや御室につづく風の道
又平にあふや御室の花ざかり 蕪村
又平も蕪村も留守ぞ夏の山
02/8/23解
御連衆さま
連絡遅れて申し訳ありません。じつに久しぶりに家で抱え込んだ仕事をしていたものですから。愚生にとって仕事が来たというのは、まあヨミすべきことではありましょうね。ところで弘子さんにはまぎれもない恋の句を詠んでいただきました。あこがれをあくがれと変えたのは、このほうが魂が身体から遊離してゆくという恋の原義により近い意味を持つと思ったからです。対して愚生のは、鰯が出てきたからそれを欲しがる猫もいるという、じつに単純な発想で、多少曲を持たせたつもりなのは、離れてゆく魂があるならそれを呼び止める声もあるということくらいです。恋離れの句で、猫が出てきてもメシをねだるようでは恋猫ではなく、したがって季もツユケシの秋です。
次は美江さん。湿った身体のネコを付けたので、いきおい、夜も呼び出したつもりなのですが、人事をからませた月というのはいかがでしょうか。おやりにならなくても一向に差し支えありませんが、ご無理でないようならチャレンジしてみるのもおもしろいかと存じます。それでは、よろしくご作句ください。
02/9/4解
御連衆さま
美江さんには初め「ほとほとと魚板の音や月の客」というのがあって、愚生これがいいと思ったまではよいが、よく考えてみるとネコを挟んで鰯雲と打越になる。それでこの句を選んでみたら、次善どころかネコの匂い付けとしてなかなかの佳句ではないかということに気づきました。原句の「お敷き」はやっぱり折敷としたほうがよいと存じます。
次句は天女さん。ここはひとつ雑でお願いしたいと思います。それでは、よろしく御作句ください。
02/9・白露 解酲子
御連衆さま
ここのところ、連絡遅れがちでまことにあいすみません。忙中閑を得て、こうして通信を書いている次第です。美江さんからの運びよりいえば、前句の「飯」をお月様だったらどう解釈すればいいかとなると、それは折敷にちまちまと、非現実的に夢幻のように盛られた団子、すすきその他だ、という見定めがあって(ちまちまと、が実にいい)、そこを天女さんはかぐや姫の別れにとりなしています。天女さんらしいけんらんたる付けで、けれど季は無季です。対して愚生の付けはちょっと説明が要ります。自句の説明が長くなるのもはばかられますが、我慢して聞いていただけますか。
一読おわかりいただけると存じますが、これは百人一首の「わたのはら八十嶋かけて漕出ぬと人にはつげよあまのつりふね 参議篁」に拠っています。なぜかぐや姫の別れが小野篁の配流の別れになったかというと、天女さんの竹叢(タカムラ)を同じ読みの別字、篁に見立てたからです。また、「かひなき沖」は、かぐや姫が自分に求婚する五人の貴公子のうちの一人に「燕の子安貝」を要求し、貴公子がそれを手に入れることに失敗して以来、「カイあり・なし」の語源となったという話を俤にしたもので(遠流の地で生きてゆく甲斐がない)、磯にはあるが「沖」にはない貝と、小野篁が流された「隠岐」は実は有数の鮑の宝庫であるという皮肉をひっかけ、けれど片貝である鮑は都への片想いをも暗示していると、こういう煩い仕掛けになっております。篁の歌のほうは、個人的には涙にくれるめめしいものではなく、古蒼・雄勁な文人の詠と考えていて、大好きな歌のひとつです。ただし愚生のは仕掛けに夢中で、姿からしてあまりよろしくない句となってしまって忸怩たる思い。ほんとうは説明など要らない句のほうが佳いのですが、このように意識したベッタリ付けとなるとかえってそうもゆかない。季はやはり雑です。
次は弘子さん。雑でもいいのですが、できれば春の句でお願いしたいと考えます。前の句のウルサイところはいっさい忘れて、風景でもなんでも、さらっと付けていただければよいのです。ではよろしくお詠みください。
02/9/17解
御連衆さま
27日は、家内共々洵にありがとうございました。大変愉しい時間を過ごさせていただきました。みなさんはあんなに遅くなってよろしかったのでしょうか。
申し上げるのを忘れていましたが、弘子さんの霞の句は景の句のようでありながら、前句の「かひなき」の思いを能く受け止めた余情の詠で、ぴたりと決まったまことに上手の付けではありました。これにより愚句の瑕疵も救われました。
さて天女さんの花の句ですが、昼も夜も(の花)、というのがまことに目の付け所がよい。ご自身の解説によると「海から地上へ。そして一軒の家へと。大景から小景へ」とあります。最初の句形は「昼も夜も花吹きこんで大庇」だったのですが、着目点が「小」なら、迷わずその言葉を用いたほうがよいのではないかと思い、かく直させていただいた次第です。こう見てみると、なんだか蕪村みたいですね。
次は美江さん。当然、春の句ということになります。初・仲・晩ないし三春、どれを詠んでもよろしいかと存じます。それでは、よろしくご作句ください。
02・九月尽 解
御連衆さま
美江さんの春泥の句は、前句の花の散乱、小家というものの本情をウツリとしたまことにしゃ れたものです。愚生なにも申すことはありませんが、しかし次の弘子さん、この「ふみちらかす」ものがなんであるか、「ふみちらかす」ことがどういうことを意味しているか、ひとつ考え出して、あとに戻ることのない無季の句をつくってみてください。はなはだ僭越ながら、詩というものを理解するうえで、こういう試行がヒントになるのではと愚考します。
それでは、よろしくお願いします。
02/10/6解酲子
御連衆さま
弘子さんの句は愚生の宿題の模範解答ともいえるでしょう。「ふみちらかす」鬱勃とした感情を、さすらいの旅のきびしい自由へと解放してゆくという目の付け所は、詩の在処をも指し示しています。愚生の句はそれをたんに付け伸ばしただけのものです(愚生のを改めて見てみると、さぶちゃんの「風雪ながれ旅」みたいですな)。芭蕉の話はたびたび出ても、一茶や山頭火に着目することは、一同あまりありませんでしたね。これも手柄といえるのではないでしょうか。弘子さんのは注文どおり無季、愚生のはあらためていうまでもなく冬。
次の美江さんは、やりやすければ冬でもいいし雑でもかまいません。春秋は避けたほうがいいし、夏はやりにくいのではないでしょうか。それでは、よろしくご作句ください。
02/10/16解酲子
御連衆さま
愚生連句をそれなりにこなしてきたつもりですが、むかし、少し上、または十五年以上離れたかなり上の方でも、いわんや同世代では、口切の茶事のことなどを付けてくれる連衆などいませんでした。というのも、茶事と連句とはまことに似通った遊びだと、愚生若年の折より考えていたにもかかわらず(でもちょっと考えればわかることなのですが)、そういう世界には遊びきれないでいたのです。もっとも相手はみんな男ばかりだったというのも何か理由があるのかも知れません。芭蕉にも「口切や堺の庭ぞなつかしき」「紫陽草や藪を小庭の別座鋪 芭蕉/よき雨あひに作る茶俵 子珊」というのがあるくらいですから、茶と連句とはまことに似合わしい関係だと思っています。
そうはいっても茶事のことなどまったく昧いのですが、この口切は一連の運びのなかでまことによく利いた「俳言」だと思います。春の炉塞ぎまでつづく長い冬ざれの時間の始めを(またそれは独自につづく茶の時間でもありますが)、口切(話の口切り)と見なせば、一茶山頭火の流浪、三味の音も、なにやら暖かい部屋のなかで交わされる夢物語めいて聞こえてきます。この転じ、まことに気が利いている。この場合、「とらや」がお持たせかそうでないかは、あまり話の本筋に関わりがないのでは? それよりも、ウラの筋に三味線も羊羹も幾棹と数える、というのがあるのでしたら、それを表に出したほうがわかりやすいのではないか、との判断でこういう句形になりました。ご理解のほどを。
次句の天女さん、冬ざれ、口切、と冬が続きましたので、無季でお願いしたいと存じます。この次か、またその次くらいに、そろそろ夏句を入れてもいいかも知れません。それでは、よろしくご作句ください。
02/10/25解酲子
御連衆さま
天女さんの早付けです。句眼は夜咄。口切の茶事(茶壺の封を切る)と夜咄の茶事(午後6時くらいから始まって、現代でも電気の灯ではなく燭台を用いることが多いようですが)を掛け、さらにそこに源氏物語の「雨夜の品定め」の俤を掛ける(口切=口火を切る)というダブルイメージです。「声くぐもりて」がいいですね。
対して愚生のは「雨夜の品定め」が出てくる「帚木」の帖冒頭の「光源氏、名のみことことしう、言ひ消たれたまふ咎多かなるに」の駄洒落です。おそらく、ヒカルにキエルを掛けているのは紫式部も意図したことでしょう。
次句の弘子さん。これは駄洒落だけれど因果なことに恋の句です。「言ひ消たる」つまり人の口の端にのぼって、非難めいて噂される恋とはなにか、そのいわば「あはれ」も含めて、これも前の「ふみちらかして」のときと同じ要領で考えてみてくださいませんか。できれば夏の句、そうでなければ雑の句で作ってみてください。では、よろしくお願いします。
02/10/28解酲子
御連衆さま
弘子さんは「言ひ消たる恋」を夏の日の火遊びに取りなして一句を成しました。前句のちょっと浮薄な口振りを「うかうか」にたくみに反映させています。前句と合わせては火遊びの句ですが、一句だけで見るとこれはもう恋離れとしていいでしょう。夏の雰囲気は夜咄(雨夜の品定め=五月雨の夜)から続いているので、次の天女さんはまた雑でお願いしたいと存じます。ですが、そろそろ景の要素を含む句が欲しいところでもありますので、むつかしいでしょうが、天女さん、ここはひとつよろしくお頼み申し上げます。
02/11/6解酲子
御連衆さま
はなはだ遅くなりまして、相済みません。
申し上げておかなくてはならないことがあります。前の通信で、天女さんに季のない景の句を、と申したのですが、これはあまりよろしくない指示であることに気づきました。というのも、日本の詩歌では一木一草、空の色風の動き、ひとつとして季の意識なしに詠われるものではないからです。よって、朝令暮改、まことに恥ずかしながら、天女さんに電話を入れて夏の句をお願いしました。
天女さんの晩涼の句、前二句の軽佻な調子に対し配された静謐さとでもいいましょうか、しみじみとした余情を持つ句です。晩涼は、ご存じのとおり夏の宵の涼しさのことですが、名残裏二句目三句目にちらちらとしている夜気を逸らすために、愚生この晩を夜と同時に晩夏の晩と重ね合わせて見ることにしています。そうすると、どうです、いっそうの陰翳がこの句に添うような気がいたしませんか? ずいぶん強引なようですが、実を申すとこういう、こころのなかの匙加減みたいなもので句を捌くのも、捌き手の楽しみのひとつなのです。あまりおおっぴらにはできませんが。
次句は美江さん。こんどこそ雑でお願いします。景とかなんとか、もう五月蠅いことは申しませんので、平に御句、お頼み申し上げます。
御連衆さま
美江さんは前句の天女さんの、ゆらゆらと舫ってある舟をいわば「賛」というコトバによってかっちりと繋ぎ止めました。墨ふくませて、は、前句の「岸に影おく」のウツリと見ていいかと存じます。前句の景をはっきりと画に見立てて転じたものです。
次句の弘子さん。がんばって、もう少し雑句を続けてみてくれませんでしょうか。どうしても、といわれるなら、秋句も可能ですけれど。
02/11/29解酲子
御連衆さま
弘子さんが付けてくれたのは、柔らかな筆致の賛などが添えられた軸のある尼寺です。掛軸はたいした由緒などないほうが面白い。味の良い野菜は寺の畑でつくったものかもしれませんね。弘子さんは前の句の「かき留める」に、謹直という表現である種の稜角を感じ取っていらっしゃいますが、この感じ方は詩として正確なものです。そして全体にたおやかな句に転じておられます。
ただし、申し上げなくてはならないことがあります。これの最初の形は「煮含めて野菜味良き尼の寺」です。が、まえに「墨ふくませて」があるので、この場合よほどの工夫がないかぎり「含める」という言葉はゼッタイに使えません。ご理解いただきたいのですが、「含める」を美しいと感じたなら、自分の句ではそれを活かす(転じたり付けのばしたりする)別の言葉、別の視点が必要で、これが連句に要求される他者の視線とも言われ、同行心とも呼ばれるものです。前の句の言葉に感動して、同じ言葉、同じ発想を繰り返す類がウワサというものであることを、どうかご斟酌ください。また、拙い直しが入ることをお許しください。
愚生の付けについては多言を要しませんが、二つばかり申し上げます。ご存じなら相すみませんが、西ノ京は文字どおり洛の西、現在の京都市右京区のあたりで、平安京造営からしばらくして衰微した地です。今はにぎやかな町場ですが。もうひとつは「染む」の読みです。シムでもソムでもどちらでもいいのですが、シムのほうが散文的でソムのほうが詩的なのではないかと自分では思っています。色なき風は三秋。
次の美江さん。申すまでもないことですが秋句でお願いいたします。温泉での詠み捨てを少しばかりお送りします。もうちょっと作るかもしれません。ご笑覧ください。では。
02・大雪 解酲子
御連衆さま
前略 病院で書いているので文字汚く端折ったものになりますが、通信、お送りします。
美江さんは、西ノ京は町の格が少し落ちるということで「ぞんざい」をつけました。この句、色なき風のウツリが秋袷で、その何ともいえない渋い色合いが目に見えるようです。
句のうえで(この場合)色を特定しないのも大事。「ぞんざいな口」はやはり上方の町場のコトバで、あんまり田舎くさく考えないほうがいいでしょう。
いずれにせよ、この美江さんの句は、季は入っていますが、かくありたい人事句の、お手本のようなものといえます。
天女さん、次の月の句、この「ぞんざい」をぜひ生かしてください。
追伸/芭蕉の制作年次不祥の句に「あぢさゐや帷子時の薄浅黄」というのがあります。アンツグ師によって知ったのですが、これは夏の単の色が、濃い青から白へ、徐々に変わってゆく微妙な色合いの頃を詠んだもので、それがちょうど紫陽花の、逆の方向(白〜濃紺)に移り変わってゆく色とダブルイメージになるしゃれた句だそうです。秋袷の句でそんなこともふと思い出しました。
02/12/19 解酲子
御連衆さま
天女さんの句は、「ぞんざい」に上戸がひびきあって、このあたりの運び、まことに明快でさっぱりとしている点、いい意味で女人らのものとは思われません。ゴシュのいけない天女さんが酒飲みの句を付けるというのも面白い。
対して愚生のは、酒の席で興が乗ったら幽かな篠笛の音でも聞こえてこようかと、いうだけのさしたる曲のない付けです。無季の句。
次の弘子さんは、できうれば雑、でなければ夏冬の句が可能です。すでに名残表折端ですが、みなさん、年内・年明けは何ですから、まあ、松が明けたら仕切直しということにいたしましょうか。もちろん、それ以前にいただければ、(どうせ暇している)当方はまったくかまいません。1月6日からひと月ばかりは、愚生またしても強制静養させられますので、そのことも念頭に置いてくだされば幸甚です。では、よいお年を。
02/12/23解酲子
御連衆さま
みなさんスゴいですねえ。大晦日の前夜だというのに、名残表折端が戻ってきました。弘子さんのもとの形は「童行くなり牛の背にゆれ」。解説・付け筋に「結婚する時、母が持たしてくれた置き物が牛の背に乗った子供が笛を吹いているのがあり」とあって、そのモチーフについて、お分かりにならないので教えて欲しいとのことです。たぶん、これは禅における悟りの段階を示す「十牛図」のひとつではないかと考えて調べてみました。結果、子供が笛を吹く画題は「騎牛帰家」といって、禅の悟りにおける第六相だそうです。不鮮明ですが別紙を添えます。画にはこの周文ほか、狩野探幽のとか富岡鉄斎のとかがあって、昔はかなり知られた画題のようで、愚生も何かで見た覚えがあります。まあ、笛を吹いて(見つけようとしたり、捕らえようとしたりした自己=)牛に乗って家に帰ろうというのですから、十全とはいえないまでもかなり高位な禅の境地であることに変わりはないのでしょう。詳しいことは分かりません。この意から考えれば、やはり童は行くのではなくて、帰る存在でしょう。よってこの句形になったこと、ご了解あれ。結果論ですが、この十牛図でもって前句のどこやら荒涼とした(吹き遊ぶ、吹き荒ぶ)野づらの景をなだめる形になったことは大きな手柄と申せましょう。
次句天女さん。春を一句引き上げてあるので、あとひとつ、雑でお願いできないでしょうか。ではみなさん、よいお年を。
平成壬午おおつごもり解酲子
御連衆さま
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
元旦早々、天女さんからファクスがありました。皆さんにご返事するのがかくも遅くなってしまったこと、これひとえに食って寝てだらだらしていた業のゆえです。と、いうわけでもないのですが、天女さんのは「単に牛からの思いつき」というこの句をいただきました。初折裏あたりから名残表十二句いっぱいまで、飛ばしに飛ばし、鞭を入れに入れてきた観のあるこの巻、そろそろダラッとしないと収まりがつかないと思ったからです。といっても天女さんの句がだらしないと言っているわけではないこと、これは当の句を見ればみなさんよくお分かりになることと存じます。ダラッとするということを言い換えれば、「俳」があるということです。ちなみに、初案の座五は「身かな」でしたが、これをしも、やはり打越に「かな」が使われているので、直しが入りました。
次句美江さんからは、ずっと春句でさいごまでまいります。お含みおきください。美江さんもここいらへんからひとつ、ゆるらかに行きましょう。この次からはまた病院からの連絡となります。愚生入院中には夏に始まったこの歌仙も、はや巻き上がるのではないでしょうか。では。
03/1/5解酲子
御連衆さま
美江さんからいただいた春の埃の付けは、降るに経る、また古るをかけたものであることはもちろんですが、古るは一面「古事=フルコト」にオーバーラップして、ある目出度さ、予祝の意があることに愚生注目いたしました。古いことは、現代ではない往昔にはもっともっと積極的な意義があったようです。折しも正月、しかも名残折裏、これほどふさわしい付けはありません。またこの句、それほど単純でもない春の側面としては、たとえば蕪村句の「遅き日のつもりて遠きむかしかな」などのゆるらかさなどを連想させることも付け加えておきたいと存じます。美江さんご自身による解説のように、単に牛のごとくになった身に降り積もる塵というマイナスなイメージばかりではなく、それが「春の」埃であるというところにミソがあることにみなさんお気づきくださればと思います。
次句は弘子さんの花、楽しみとしたいところですね。ごらんのとおり、今帰宅してこれを書いています。何か直接御用の節は金土日の夜にお電話ください。当人が出ます。入院日は1月7日でそこから1か月ほどと申しましたが、1月末日には退院できるかもしれません。詳しいことはのちほど。それでは。(病院食に閉口しつつ)
03/1/11解酲子
御連衆さま
弘子さんの花づとめは、古来からうたわれてきた花の歌を、むしろ花そのもののように観ずるところに成り立ちました。「古歌の数」とはうたわれてきた歌のおびただしさであるとともに、その分厚い時間をも表す言葉であるでしょう。この句、はじめは「うつつなる花に重なる古歌の数」であったのを、少し変えました。否定形にしたからといって、反対の意味にしたのではなく、「現無し」は、広辞苑などを引くとおわかりかと存じますが、「正気を失っている」とか「物狂おしい」の意です。弘子さんもお手紙で似たような内容のことを書いていらしたので、また、花を見ると少しおかしくなる日本人の伝統的心性も考えて、こうした次第です。思えば、古来からの花の歌もみんな、ちょっとずつそういう(花ニ狂フ、という)側面があるのではないでしょうか。対して愚生のは、花の歌といえば申すまでもない西行法師の「そのきさらぎの望月のころ」を念頭に置いたものです。それと、一月中は引きこもらざるを得なかったけれど、二月にはまたみなさんとお会いできるでしょう、という挨拶を兼ねました。
今日二十六日の日曜日、うまくすれば今週の金曜には退院できるかも知れません。ここのところ、薬の副作用で白血球の値が下がっているので、それを上げるための注射を連続してしています。その値が上昇して安定すればシャバに出られます。今回は大事を取って外泊も一泊しか許可してもらえませんでした。みなさんとお会いするとき、挙句披露と重なりますか、どうか。では。
03/1/26解酲子
御連衆さま
私の独断ですが、挙句前の美江さんの句はどうやら、(愚生の西行に引っかけた)かの法師の「庵のまへに松のたてりけるを見て――ここを又我が住みうくてうかれなば松はひとりにならむとすらむ」という歌を俤にしたようです。前句愚生のなにやら未練がましさをあっさりと転じて、松は寂しがるというよりはもっと恬然とした趣が出ている点、挙句前のめでたさにもふさわしいのではないかと思い、これを採らせていただきました。もとの句「草の庵」の草をこの字にしたのは、いわゆる「松の緑」の原義のイメージで、愚生のイタズラとご海容ください。
いよいよあと一句となりました。と言っているうち、天女さんからあっというまに挙句がやって来るような気がします。蛇足ながら、松の緑の季が晩春であることをお忘れなきよう。それでは。
03/2/4解酲子
御連衆さま
詠いおさめは空の雲雀、みんなの目が松の緑から上方へ向いたところで「天女」さんのご登場となったことは、なんだかよく出来た洒落のようですね。
03・カムヤマトイハレビコ即位とやらの日、解酲子
御連衆さま