俳諧昭和ノ巻通信

発句 それぞれの昭和を語り春立ちぬ   あきを
 脇 橋を渡れば永き日は夢       解酲子

田中章夫様
 初めてお便りを差し上げます。連句開始にあたり、おおまかなことは美江さんから伺いました。捌きを致します解酲子こと倉田良成と申します。弱輩者で捌きにあたり非礼の段も多々あるかとも懼れますが、何卒ご海容のほどお願い申し上げます。あきをさんとこれから呼ばせていただきます。
 さて、美江さんからこれまでの小冊子お受け取りかと存じますが、あのなかの「団扇とめ」の巻に、やや細かく式目のたぐいが書かれております。すでにご存じかと思いますけれど、ざっと目を通してくださればと希います。今回お送りする膝送表で、月花の場所は連衆に配分のため、零したり引き上げたりしていて、厳密なものではありません。漢字は新字。仮名遣いは歴史的仮名遣いで、拗音促音はそれに準じます。原則的に文語文ですけれど、ヘンなところがあったら、ご専門のこととてそっと耳打ちして下さい。
 これからは経験者に対してはやや礼を失することかも知れませんが、付け句はいちおう3句ほど、お寄せ下さい。これ以外にないヨ、という面目の句であれば1句でもいいのですけれど。それとなぜこの句にはこういう付け句を付けたのか、いわば付け筋と言うんでしょうか、つぶやき程度の解説、キーワードをお教え下さい。お分かりでしょうけれど、連句を単なる気分、感情、アトモスフェアのみで進めてゆくとかならず煮詰まって、船頭多くても少なくても何処にも行けない泥沼にハマることになります。愚見では、連句というものは優れて論理的なフレームを持った遊びだというふうに考えています。もっとも芭蕉の、晩年とも言えないある時期以後の作風は、それすらも超出した凄みを帯びていますけれど。
 さてここからは連衆のみなさんへ。あきをさんの立句は昭和を回顧したある早春の一齣です。戦争の記憶も平和の印象も、それまでの時代とは比べものにならないくらい強烈な、あの長い長い昭和という時代。一言では語ることのできないその昭和も、終わってみれば夢のような春の永日に思えてくる。そんなふうなことを考えて脇句を付けました。発句は初春、脇は三春で、第三の美江さんの句も当然のことながら春季です。立句は当季の春で始まったのですが、ここ(初折表)まで花の定座を引き上げる無謀はできないから、この春季の運びは花の句の無い「素春」ということになります。それでは美江さん、よろしく御作句ください。
                          2005年二月十五日解酲子
 御連衆さま


 脇 橋を渡れば永き日は夢        解酲子
第三 清らかに覚めたる朝を囀りて 美江

 美江さんの句は、夢を本来の眠りのそれに掛けたもので、目覚めの爽やかさを詠んでいるいっぽう、「昭和」ではない新しい現実への覚醒をも下に踏んでいると、深読みできなくもない句振りです。もとの句形は「清らかに覚めたる朝の囀りて」で、「の」を「を」に変えさせていただきました。ちょっとした主格の移動がありますが、大勢に影響はなさそうです。囀るは三春。五句目に月の座の秋が控えていますので、天女さんには雑の句あたりを作っていただきましょうか。むろん春の句でも、また工夫があれば秋の句でもかまいません。平句の四句目の依頼に入って、いよいよ始まりとの感を深くします。それではみなさん、よろしくお願いします。
                              二月二十一日 解酲子
 御連衆さま


第三 清らかに覚めたる朝を囀りて     美江
 四 笛や鼓のもるる板塀         天女
月五 昼月の身は浮くほどの渡らひに    解酲子
  
 天女さんのは朝からお囃子の稽古とて、にぎやかな隣家の音を付けました。雑の句。笛や鼓のにぎやかさは「囀りて」のウツリです。「むすめばかりが育つ隣家」も良かったのですが、いかんせん「むすめ」が恋っぽい。神祇釈教恋無常は表六句では詠めません。それにしても朝から笛や鼓とはなんだか婀娜っぽくて、下手に付けると如上の式目に触れ、ヤケドしそうで、かかる月の座とはなりました。人生を茶で過ごすようで、世間の大方のまっとうな方々には申し訳ないようなものですが。ご承知のごとく、あきをさんは秋句でお願いします。初・仲・晩秋、三秋、いずれでもかまいません。それではよろしく。
                             二月二十二日 解酲子
 御連衆さま


月五 昼月の身は浮くほどの渡らひに    解酲子
 六 便り待つ日々もみぢ色づく      あきを

 あきをさんは、身は浮くほどのあてどない渡らい(身過ぎ世過ぎ)を、友からの便りを待つ恰好の運びに仕立て、色づく紅葉のうちに時の経過を推量しています。前句と前々句がどこまでも虚にあくがれてゆくのに対し、この折端は成熟する時間の底に「実なるもの」を見据えているともいえるでしょう。このタメを解き放つにせよ、さらに深めて行くにせよ、天女さんの折立の次句は注目すべきでしょう。紅葉は晩秋。天女さんも秋句でお願いします。晩秋か三秋が望ましいところですが、工夫があれば初秋でも仲秋でもかまいません。ではよろしく御作句ください。
                             二月二十四日 解酲子
御連衆さま


初オ折端  便り待つ日々もみぢ色づく      あきを
初ウ折立  旅人になみなみと注ぐ新走      天女

 天女さんの句は、前句の「待つ」ことに対して、果報はもたらされた恰好となっています。旅人その人が果報であるか、旅人が携えてきたものが果報であるかはどうとも言っていませんが、新走(あらばしり=新酒のこと)は抜かれて、まずは祝おう、一区切りつけようと小さな宴が始まるというところでしょうか。「もみぢ色づく」のタメを解放し、とともに新走のなかに紅葉色(酔色)のはつかなウツリがあります。これが精妙な寒造りの酒でなく、いかにも若く荒々しい新酒というのも折立にふさわしく感じます。この運び3句をもって季節の情はやや尽くした観がありますので、次の美江さん、ひとつ雑でお願いできますか。
                                 三月朔解酲子
 御連衆さま


 一 旅人になみなみと注ぐ新走      天女
 二 壁に貼りたる絵のやつれやう     美江

 まず美江さん申告の付け筋を引きます。「地方の古い酒屋さんには、大昔のセピア色のポスターなんぞが貼ってあります。あんまり古いので絵のおネエさんまでやつれて見えたりして…。」こういう付け、言い換えれば着眼点が愚生ダイスキです。前句に対しては、その観点をがらりと変えてしまうような向う付け、対付け、といえますが、筋はしっかりと繋がっております。この二句の渡りだけを見ていると、その新酒が幻をもたらす魔法の酒のような、違う世界に持ってゆかれるような不思議な感覚があって、旅人までが或る永劫めいた光を負った存在に見えてしまうから、それほどこの付けは玄妙なものを持っているようです。雑の句。次のあきをさんの句は、季では夏句と冬句が可能ですが、もちろん雑で行ってもかまいません。
                                三月九日解酲子
 御連衆さま


 二 壁に貼りたる絵のやつれやう     美江
 三 髪型に夢を託すかクリスマス     あきを
 四 とらんぷの卦は女難水難       解酲子

 あきをさんはやつれた絵のおネエさんに限りなく慕わしい俤を観じています。クリスマスは愚生睨むところ、あきをさんが前句と前々句の運びにある種異国趣味というか、大正浪漫、昭和モダンなど連想させる世界を見ているところから来ているのかと思えます。そのクリスマス(異国趣味)の流れに、愚「とらんぷ」があるというわけで、僭越ながらあきをさんをちょっと冷やかさせていただきました。あきをさんは冬句、愚生のは雑の句。美江さんにはもう一句雑の句を作っていただきましょうか。季なら夏だけが可能です。それではよろしくお願いします。
                               三月十二日解酲子
 御連衆さま


 四 とらんぷの卦は女難水難       解酲子
 五 やうやうに雨のあがりし裏通り    美江

 美江さんにはこのほかに「しろがねの猫が横切る二年坂」「灯したる銀座通りの雨上り」がありましたが、前句、前々句ともに恋含みの句であることに勘案すれば、やっぱり「雨のあがりし」になります。さいしょの猫の句は、付け筋が「髪型、とらんぷ、(竹下)夢二」という流れだそうですが、そのまえの「やつれやう」からの流れを見れば、ここでまた夢二を出すのはいかにも同巣・輪廻っぽい。夢二の目はすでに、髪型のところ、もっといえばやつれやうのところで出ているといえます。また「銀座」は紅灯の巷ということで、これは捌きとしてみればおのずと恋のウワサという判断になります。どうやらすったもんだがありそうな、あったような、髪型への憧れや女難水難をすっきりと離れるために、(おしめり[恋]があった後に水で流す)こういう雨は恋離れの句としていかにも相応しく思えたので、これをいただきました。ちなみに恋離れの句とはご承知の通り、前句と合わせてみれば恋句、それ自体としてみれば恋とは関係ないように見える句を言い、運び自体、付け筋自体は継承しつつそこから恋だけを断ち切る句のことです。みなさん、この美江さんの句、実は「裏通り」がいかにも利いていることにご注目ください。雑の句。次句の天女さんは秋句でお願いしたいと思います。綺麗な景など、欲しいところですね。
                               春彼岸中日解酲子
 御連衆さま


 五 やうやうに雨のあがりし裏通り    美江
 六 闇にふくらむ千の虫の音       天女
 七 白帝のさなか篝は赫々と       解酲子

 雨が上がったあとに一斉に鳴きだす虫、ということでここからは秋の運びです。それに付けて、私はおととし見た鎌倉薪能を思い出していました。演目のはじまる前、やかましいくらい鳴いていた虫の声が、舞台がはじまるとぴたっと止んでしまったような気がしたのは何かの錯覚だったでしょうか。歳時記では奈良でおこなわれる催しに合わせ、薪能は夏季の部に載っていますが、私の見たそれは十月の最初とて、秋季が念頭にあり、それにとりなしました。白帝という語をもちいたのは、その荘厳の感じを伝えたかったわけで、もちろん秋の異名です。次はあきをさん。この月は昼の朝のと思い煩うことはありません。秋の夜の月の本情を尽くしてください。
                   三月二十七日(陰暦きさらぎ望月の頃)解酲子
 御連衆さま


 七 白帝のさなか篝は赫々と       解酲子
月八 ともに月見むはぐれ若猿       あきを

 あきをさんは前句が「見るもの」(能舞台)を、ご自分の句では能舞台から転じて「月」に見立て替えています。「はぐれ若猿」は前句の白帝をくつろげるかに見えて、俳諧における滑稽ということを実はめくるめき長(たけ)高さで表現していると言っても過言ではないでしょう。この句、私の睨むところ、『去来抄』中の「先師評」に引かれている去来句「岩鼻やこゝにもひとり月の客」の俤があると思うのですがどうでしょうか。この滑稽味は譬えて言うならば、狂言の「靫猿」などの人獣を超えた境地かとも観ぜられます。次句の天女さんは、このテンションをほどいてもいいし、また違った転じでもって花の句のテンションへ継続させて行っても面白いかと。そろそろ夜気から離れたいところでもあります。季は雑か春でお願いいたしたく。よろしく。
                                三月三十日解酲子
 御連衆さま


月八 ともに月見むはぐれ若猿       あきを
 九 わたのはら遠流の島に草萌えて    天女

 天女さんは前句の「はぐれ」に流謫のおもかげを偲びました。「若」の語に、あるいは貴種流離の影を読んでいるのかも知れません。天女さんご自身の説明では隠れた筋の「岩鼻」を意識されたということで、その「鼻」により、岬の突端から遠流の島をはるかに望む恰好にも見えるようです。高貴なやさぐれともいえる「若猿」に、遠流の島の荒涼とした早春の取り合わせは、なかなかにある種「鄙の本情」ともいうべき興趣をさそうものといえましょう。いずれにせよ、前句の長高さを参議篁の雄勁な歌の姿でよく受けていて、いささかも怯まぬテンションを維持されています。草萌の早春に対し、次句の美江さん、たけなわの花をいかが付けられるでしょうか。
                                 四月三日解酲子
 御連衆さま


 九 わたのはら遠流の島に草萌えて    天女
花十 空わたりゆく花いくひらぞ      美江

 お断りしておかなくてはならないのは、美江さんのはさいしょは「渓わたりゆく」でした。忖度するに、遠流の島に「わたる」を媒介して「渓」を呼び出したのかとも思われますが、たしかに遠流の島すなわち佐渡や隠岐などの一国をなすほどの大きな島には渓谷は存在します。けれども「島」に「渓」はただちには結び付きづらいのでは? 無粋ではあってもここは無用の斧を用い、いくぶんかの想像と抽象性を有した「空」という語に変えさせていただきました。花は都に帰って行くようでもあり、さらに海のむこうの見果てぬ異国をめざすようでもあり、といった含みです。次のあきをさんも春句でお願いしたいと存じます。それでは、よろしく。
                                 四月九日解酲子
 御連衆さま


花十 空わたりゆく花いくひらぞ      美江
十一 廃校の煙突かすみ町暮るる      あきを
十二 はつか聞ゆる入相の歌        解酲子

 なにゆえに前句の「空をわたる花」といういくぶんかの抽象性に対して、「廃校の煙突」という唐突とも思える具体性でなければならないのか。その本当の、というか具体的で濃やかな理由については、これはあきをさんに聞かなければならないところですが、ただその具体性が前句に対して何らの齟齬ともなっていないことに注意すべきものがあります。「空をわたる花」に廃校の煙突(町が霞んで暮れてゆく)をぶつけることで、何かこころのエモーションが立ち上がっていることがここでは重要です。付け筋なら幾筋も付けることができましょう。花と廃校に巣立っていった生徒たちの俤を見ることも、廃校の春に花の散る故園の陰翳を見ることも可能でしょう。しかし、ここではその「筋をたどれる」ことだけが大切で、「いかなる筋か」を追いつめて行くことにはさして意味がないと考えます。不思議なことですが普通とは逆に、「廃校の煙突」の具体性が「空をわたる花」の抽象性を包み込むような感じです。この十句と十一句、並べてみると何となく中原中也の詩のような感じが致しませんか。私の句は十一句に音を添えてさらに具体化しようとした試みに過ぎません。次の美江さん、季は夏と冬が可能で、勿論雑でもかまいません。それでは、よろしく御作句ください。
                                四月十二日解酲子
 御連衆さま


初ウ折端 はつか聞ゆる入相の歌        解酲子
名オ折立 床ひかる母の厨に鮓熟れて      美江

 打越の「暮るる」から「入相の歌」と、昼の終わりがイメージされてきましたが、じつはそれは夜の始まり、いや、もっと言えば夏の始まりであるという風な視点の転じがあります。この「鮓」に合わせるに「床ひかる」が何とも言えない風情(ふうじょう)を出していますね。それは前句の「はつか」にも届き、自身の「熟れ鮓」のぬれぬれとした姿にも届いて、夏の夜の浅さが匂い立ってくるようです。初折表の月花前後の緊張が良い意味でほどけてきたようです。次の天女さん。夏または無季、冬でも可能ですが、ここはひとつゆるりと付けていただきたく存じます。
                                四月十六日解酲子
 御連衆さま


 一 床ひかる母の厨に鮓熟れて      美江
 二 水打つてゐる白きくるぶし      天女
 三 きぬぎぬやいと仮粧じて見送りぬ   解酲子

 天女さんのは大筋から言えば、前句の美江さんのごく自然なウツリであると考えられます。つまり前句の世界を鏡のように写しています(単なる反復ということでなく)。ただ工夫は前句の世界にはっきりと恋の呼び出しを認めている点です。天女さんは自句を恋の呼び出しと仰有られていますが、そうではなく、天女さんの句が恋句にほかなりません。愚句はそれを受けて、伊勢物語二十三段の俤をからめた恋句。ただし前句の夏に対して雑の句。あきをさんはお手数ですがこの世界からの脱却、恋離れの句をお願いします。雑でなければ冬の句で。どうかよろしくお願いします。
                                四月十七日解酲子
 御連衆さま


 三 きぬぎぬやいと仮粧じて見送りぬ   解酲子
 四 俚言飛び交ひ楽屋賑はふ       あきを

 あきをさんは前句の仮粧を村芝居のメイクに見立て替えして、恋を転じておられます。まあ、恋離れの見事な手本のような一句と言えましょう。あきをさん御自解の『仁勢物語』(江戸寛永期の仮名草子で伊勢物語のパロディ)めく、とは、恋の転じという意味では、まったく面白い。なぜなら、伊勢物語のパロディ化とは恋そのもののパロディ化にほかならないからです。そしてそのあわいの、切ないとも軽佻ともいえる機微こそが俳諧なのだといえるのです。そうして一歩踏み込むと、当の伊勢物語自体にもこのオドケ、モドキ、パロディの要素が色濃いと、私などには感じられて仕方ありません。思えば芭蕉の俳諧はこうして流れてきた千年という(あるいはそれ以上の)時間の尖端に位置づけられるものなのかも知れませんね。滑稽とは悪ふざけすることではないことが、こういう付け合いを見るとしみじみと理解されてくるようです。雑が二つ続きました。もう少し無季を続けてもいいかも知れません。ただし冬季でもかまいません。ちょっと浮き立つ感じになってきました。天女さん、そこを守り立てるように、よろしく。
                          穀雨の翌日の晴れ間に 解酲子
 御連衆さま


 四 俚言飛び交ひ楽屋賑はふ       あきを
 五 一宿のあるじに色紙書きなぐり    天女

 場は楽屋から役者の泊まる宿に移ります。前句は村芝居ですが、当句は田舎わたらいの旅役者と見ていい。あるいは当句によって前句も旅役者の芝居に変質します。そして宿のあるじに色紙などもとめられるのは、田舎わたらいとはいっても村人にとっては一種のマレビトにほかならないからです。それを「書きなぐ」っているのは、前句の鄙の本情に沿った結果。これを鄙のものからスラップスティックな世界への跳躍と見てもいいでしょう。この調子は次の美江さんにも引き継いでいただきたいですね。遣り句でもなんでもいいですから。四句五句とも雑の句。五句の天女さんのには愚生ちょっと手を入れました。次も雑が望ましいですが冬でも可。ではよろしく御作句ください。
                               四月二十五日解酲子
 御連衆さま


 五 一宿のあるじに色紙書きなぐり    天女
 六 売りに出さるる義経の笛       美江

 書きなぐられた色紙が斯界でそんなに値を呼ぶものとも思われません。ではいっそあるはずもなく、しかもあったら大衆受けしそうなものが、しばしば骨董市などにつくねんと出品されていたりする可笑しさを付けてみたらどうか、ということで一句は成りました。俚言の賑わいは、こんなところまで光を届かせているようです。この句にも愚生の手が入りましたことをお断りしておきます。句はここも雑。次のあきをさんには冬句を作っていただきたく、お願いする所存です。ではよろしく。
                               昭和の日に 解酲子
 御連衆さま


 六 売りに出さるる義経の笛       美江
 七 須磨の浦あかとき寒く袈裟なびく   あきを
 八 ほとけはうつつならぬあはれさ    解酲子

 あきをさんの早付けです。仁勢物語からはじまった、いわば実のパロディ化は同じあきをさんによって、パロディからまた実にもどったというのが七句の意味です。笑いの対象であった義経の笛は、こんどは何と悲劇的な様相さえ呈してくるではありませんか。私のはそれに釈教無常の要素を加えた、常套といえば常套句です。ただ梁塵秘抄の「仏は常にいませども/現ならぬぞあはれなる/人の音せぬ暁に/ほのかに夢に見え給ふ」を敷いています。七句は冬句、八句は雑。忙しいことですがまたまた美江さんです。秋か雑でお願いします。
                                  四月尽解酲子
 御連衆さま


 八 ほとけはうつつならぬあはれさ    解酲子
 九 牛乳の瓶に挿したる秋の色      美江

 前句を色彩で譬えると白乃至無色、対するに当句を譬えるに白(牛乳の瓶)乃至有色。有色とは言っても何色と決めているわけではありません。彼岸の色を此岸のそれに翻訳してみると、こういう色になるというわけです。この句、愚生の手が入ったのですが、こうしてみると何やら芭蕉の「秋のいろぬかみそつぼもなかりけり」を思い起こさせます。その詞書に「庵に掛けようと句空(芭蕉の弟子)に描かせた兼好の肖像に」という意味の言葉があり、またこの句のヴァリアントに「秋一夜柿三味瓶(シンタがめ=ぬかみそつぼ)さへなかりけり」というのがあって、どうも徒然草の「後生を願う者はジンタ瓶ひとつ持つべきでない」という言説を句の下敷きにしているらしいのです。ちなみに「秋の色」という季語は、華やかな錦秋だとか白秋の白だとか色なき風の無色だとか諸説ありますが、その色の見定めは次句の天女さんにお任せしたいと存じます。
                                 五月三日解酲子
 御連衆さま


 九 牛乳の瓶に挿したる秋の色      美江
月十 海に黄金を零す満月         天女
十一 鯊釣が面白くなる定年後       解酲子

 三句渡りを見てみますと、まず特定されない「秋の色」があって、それを天女さんは黄金(こがね)色と見定めました。天女さんらしい華やかな句ですね。愚生のはさらにそれを「金」のすったもんだからとりあえずは解放される定年後の男の、あまり金のかからない枯淡とも無心とも云える遊びにとりなしました(私の学校の先輩にこういう男がいます)。いわずもがな、海のウツリもあります。それと、夜になっても(老年になっても)遊び続けるという色合いもちょっと持たせてあります。十句、十一句とも三秋の句。あきをさんは次は雑句でお願いしたいと思います。それではよろしく。
                                   端午解酲子
 御連衆さま


十一 鯊釣が面白くなる定年後       解酲子
十二 過ぎにし日々の起伏はるかに     あきを

 あきをさんの述懐の句に至ってようやく一呼吸つくか、と思う間もなくもう名残裏に臨むところまで来てしまいました。この述懐はさながら、これまでの連句の足取りへの述懐のようでもありますね。ここからはあっさりと参りたいと思います。とりあえずは天女さん、ほとんど遣句に近い雑、ということでどうでしょうか。春へはもうワンステップ置きたいと考えますので。そういえば、あきをさんには孫を詠じたもう一句あるのですが、あえて愚生は遣句に近いこの句を採らせていただいたのでした。
                                 五月九日解酲子
 御連衆さま


名オ折端 過ぎにし日々の起伏はるかに     あきを
名ウ折立 松柏をけぶらせて降る山の雨     天女

 この句、さいしょは「老杉をけぶらせて降る山の雨」でした。老杉がけぶっている、ということは前句の往事茫々の意を受けてはなはだよろしいものがあるのですが、老が句の表に出るのは打越の定年後と差し合いになります。天女さんは老を謙遜の表現と見ていますが、捌きの独断でこれをもっと嘉すべき積極性として、杉を同じ常盤木でも松柏に変えさせていただきました。こないだ見てきた鶴見杉山社の田祭り神事の風韻も思い起こされます。場も名残の裏折立まできたところ。この捌きは一寸、天女さんの句を通じた愚生弱輩者の、連衆のみなさんに寄せる尊敬(リスペクト)の面もあるようです。天女さんでも誰でも、ご自分でご自分のことをなかなか「松柏」とは仰有りづらいと思いますので。二句つづきの雑。次の美江さんからは挙げ句までずっと春句でお願いします。
                                五月十三日解酲子
 御連衆さま


 一 松柏をけぶらせて降る山の雨     天女
 二 春田の畦をくづす足跡        美江

 春田の畦を崩して行った何物かの気配があります。この句、松柏の垂直から春田の水平へ、という視点の転換があるようです。春田の畦が「崩れる」という駘蕩が何で可能であったかというと、前句「松柏」の巍々たる高さが「けぶ」っているからだと思います。それが、常盤木の無季から春という有季への、神の山から人里への転じを可能ならしめたのだと云えましょう。さらに言えば、春田の畦を崩した足跡は、山から里に来てまた山へ帰って行く、神に限りなく近い存在であるかとも考えすぎてよいかと感じます。春田は三春の季語。本によってはまだ水を張らない田起こししたばかりのものとも、あるいは満々と水を張ったものとも諸説あるようですが、美江さんの春田、私は後者のイメージで受け取りました。が、よく考えてみると前者でもおかしくないようにも思います。ではあきをさん、花づとめ、よろしくお願いします。
                                五月十六日解酲子
 御連衆さま


 二 春田の畦をくづす足跡        美江
花三 村おこしまずは睦びの花うたげ    あきを
 四 明行く空も知らぬ朝寝ぞ       解酲子

 あきをさんの句は前句付け筋の「田起こし」からの脈を引かれたと、自解にございますが、「村」と「花うたげ」だけでじゅうぶん、付けになっています。この祝福感は奇貨とするに値します。私のはその宴の翌朝を詠んだに過ぎません。曲を持たせたと言えば言えるのは、句眼が朝寝ではなく暁の空にあるところでしょうか。ここまでの春季をたどってみますと、美江さん三春、あきをさん晩春、愚生のが三春となります。残りは美江さんの揚句前と天女さんの揚句ですが、おふたかたとも、三春ないし晩春でお付けくださいますようお願いします。さて、今週中に巻き上がるかどうか。せわしいですが、美江さん、よろしく。
                                五月十七日解酲子
 御連衆さま


 四 明行く空も知らぬ朝寝ぞ       解酲子
 五 むらさきの蝶の小さく吹かれけり   美江

 美江さんは前句の二つの要素、すなわち朝寝と明け離れて行く空から後者に付け筋を求めました。もし朝寝に付けていたら、その転じはもっと特徴のないものになっていたかも知れません。むらさきは蝶の名であるとともに、明け行く空のえもいわれぬ「色」を表すようでもあります。その「小さく吹かれ」ているというところが却って背景の春の空を雄大にしているとも云えましょう。清少納言ではないですが、まさに「春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明りて」といったところでしょうか。季は三春。さて、いよいよ揚句です。天女さん如何に。
                                五月十九日解酲子
 御連衆さま


 五 むらさきの蝶の小さく吹かれけり   美江
揚句 韃靼海峡こゆる春塵         天女

 揚句の天女さんのは、昭和初期のモダニスト詩人・安西冬衛の詩集『軍艦茉莉』のなかの代表作、「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。」に拠ります。こう申せば何の解説も要らないかと思いますけれど、ただ蝶と春塵の微妙な主格の転じが、一巻の掉尾を飾るにふさわしいスケールの大きさを示していると云えましょう。「昭和」はこうして(春に始まり春に終わって)回顧されたのでした。みなさん、ご苦労様でした。今回は3か月という異例の速さで巻き終えましたが、これは情報ツールの力に拠るところ大だと考えています。むろんこの遊びを支えるみなさんの情熱に拠るところの力がさらに大きいのは言うまでもありませんが。是非またご参集されることを願いまして、非力ながら捌きのまとめとしたいと存じます。
                                 五月二十日解酲子
 御連衆さま



 光陰の須臾の昭和やはなあやめ    解酲子