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倉田良成詩集 旱魃の想い出から 一九七〇〜一九七五 目次前頁(讃歌) 次頁(昏れる季節のための散文)
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わたしたちが来たことを報せないために
わたしたちの所有(もの)でない窓にのぼる
わたしたちがしたがう真昼の来歴に棲むもの
そこからは喚びかえされない飛ぶものの位置
そうしてそのことのため
一本のかくされた指の方位が
世界のまうしろで塔のようにたてられる

さらに窓に近づく
眼のように穿たれた現在に
信号は烈しくむすびあっている
わたしたちの手が感ずる色のない海
わたしたちが消してゆくおおくの窓の
儀礼はだれのものでもない
空を過ってゆく深い気圧がおもわれる
季節はもっとも単純な数値にかけられる

あまたのしたしい顔面を埋めてゆく
わたしたちの時の血色
そのために実り継ぐ一回の挨拶
わたしたちが来たことは報せない
その暗黒によって訪れるドア
微かに予定された絵画を呼吸する
母の内部にきざまれる新しい紋章が
暦のうえで凄まじい断面を考えている
くらい鼓動を産み落とす風景
そのしたに拡がる血行のようなことばをみつける
叫ぶことをゆめみながら冷えてゆく感情の領土の
いたるところにわたしたちに似て色づく夜の道標がたてられる
わたしたちを試す架空のボルテイジ
みずからの環の中で
あんうつな鳥を活かしつづける想像の秋
凝らない空気をはらむ球形の国家に
わたしたちの背を照らして
むしろ幸福はくろい棍棒のように置かれて在る

みしらぬ風を曳いてわたしたちは還る
銃口のように痩せて
殺戮のない鏡面 こわれた細胞のように
さんぜんと発熱する疾病の街から
そこにうたわないための椅子をつくるため
わたしたちが還って来るひとつの風を持つ日付
不安な休息の遠く象られたわたしたちの夕暮から

予感のしたにさげられている年代の
ゆみなりに緊まるブロンズの姿態のうちがわへ
あおく錆び果てる 黙視する時のなか
一滴の水銀となって落ちてゆく
わたしたちが来たことは報せない
そのことのために香らぬ一個のオレンジを所有する
さらにみしらぬ窓にのぼる
そのことを言うために
さらにわたしたちは名前を持たない窓となる


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