森戸海岸で
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森戸海岸で



森戸海岸できらめき遠ざかるものを見た
風の立つ波のうねりの向う
青ざめるほど深い夏の緑を後ろ手にして
軽快に、音もなく、後背に
冷たい輝きを浴びせかけて
小坪、
材木座、由比、
腰越江ノ島鵠沼からさらに遥か
さねさしの海におびただしくそして孤独に
林立するサーフボードの原色の
帆のような光の霊(たま)
私がさらされる永劫から吹きつける風のなかで
きらめき遠ざかるものを見た
何を?
太陽を?
みほとけを欠いた鎌倉という聖都は
若宮大路に立てられた巨きく透明な門扉から
日々、刻々、少しずつ
海が属するかがやかしい無時間の侵入を容れているけれど
それは寺々と谷戸の巌に沈む
ただひとつの八月の、退屈で美しい夏から、無制限に
零れつづけ、きらめき遠ざかるもの、秋という白い鉈が断つ
突堤にひびく欠落に似た梵鐘
悲鳴もなく、歔欷もなく
灘のすべてを満たす青い宇宙から、しのびやかに
星辰がはなれ、火がほどけ、水が行き
森戸神社の赤い鳥居からきらめき遠ざかるもの
小坪から遠ざかり
鎌倉を侵しつづけ
渦巻くうろくずからはさらに遠い
幸福な光はつよい痛みによく似ている

 秋風はいたくな吹きそ我宿のもとあらの小萩ちらまくもをし*

眼の果てにけぶる想像の伊豆から、やがて
金色の戦ぎを蔵した、十月、という非現実がやって来る

*歌は源実朝。


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