撞球もどき
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撞球もどき



 三角形に揃えられた十個のナンバーのついた色玉へ、一個の白球が勢いよくぶつかると色玉は花のように散開する。代るがわるキューを白墨で磨く二つの影のうち片方が、まず台のうえに背を屈め、思いきり腕を伸ばして後ろに反らす。散開した花を、台の南側右隅から狙い、手玉を赤8番を通じて銀2番にぶつけて台の北左側ポケットに落とす。……可。同じ影が台の西側下隅から狙い、手玉をオレンジ色4番に当てて北右側ポケットに沈める。……可。同じく赤8番を西側壁にクッションさせて北左隅ポケットに落とす。……不可。8番は西側壁に残り、手玉が落下してしまう。気のせいのような、かすかな雷(らい)の唸りを聞く。別の片方の影の手に、また出現した白球が渡り、台の中央寄りに玉が置かれる。「東から金色6番玉を北左ポケットへ」。打。……沈む。同じく北から青9番を南側左ポケットへ突く。……可。同じく西から回転をつけて紫5番を南側右ポケットへ。……不可。5番は南右ポケットの手前で止まってしまう。手玉は台のほぼ中央に。見知らぬ喚声は徐々にやみ、他の台を仕舞った影たちがコート掛けからコートを外しはじめる。小さなドアの向うには冬の蒸気と針のようなクラクション。玉の転がる重い音、POC! という球を打つ音が孤独になった台上に湛えられる。最初の影が白墨でじゅうぶんにキューを磨きながら、また背を屈め、狙う。手玉に高速の回転をつけ、東側側壁のクッションを用い、黄色10番玉を紫5番玉とバイオレット7番玉に当てて7番と5番をそれぞれ、南隅の左右のポケットへ。ギャラリー全員の水を打ったような沈黙と、グラスのなかで氷の溶ける音だけが響くなか、袖をまくったワイシャツの肘がゆっくりと動く。稲妻の跡もなく二つの玉は走ってゆく。……紫と菫色、落下。それからは--赤8番を北左へ。桜色1番を南左へ。黄色10番を南右へ。数多の影のうちの一柱となった対戦者の影の立ち会うもと、さいごの緑3番を北右側ポケットに落として、かくて色玉のすべては四隅のポケットの闇に消滅し、台のうえには白い手玉だけが残される。夜、影たちが帰って誰もいない遊戯室にはかがやく掌が降りてきて、残されたその手玉さえも奪い去ることを私たちは知っているのだが。


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