taxi
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 酒場のカウンター越しの夜の鏡に写るものは、ジンやテキーラ、ラムの溜息に曇るボトル、コアントローやカルヴァドスの茶色い小瓶、鶴のように頸の長い黄金色のグラッパのきらきらと林立する彩色だ。かすかなテナーサックスがひびく店内できょうも夜は深くなりまさり、フローリングの床に木製のチェアーをがたがたと揺らして口角泡を飛ばし、大声で笑ってポケットに手を突っ込み、くしゃくしゃの紙幣を何枚かバーテンに押しつけて店を出る。大学の方から来る小道をアソウ線の大通りに曲がると、深夜煌々と明るいフルーツ店ヤナギヤのまえで車を拾う。たちまちくぐるヒガシハクラクの轟々としたガードのしたで、今は死んで居ない歌手のことをほめちぎり、新しく出来た居酒屋を声高に見咎めて、首都にむかう大幹線道路を、北から来て左に曲がらせる。右手の海の方には、鉄路、電線、夜行の車窓の明かりや見えない電波の無数の光の条(すじ)がすべるように走っている。それに沿って奔る。奔る。タテマチの標識のところで、ずっと南で一度裂かれた幹線が縫合され、一本の河となってふたたび北へ、滔滔と流れる。オーグチの複雑に入り組む商店街の町筋をいっきょに真空みたいに分断し、(焼肉屋が、蜜柑色の灯を滲ませるラーメン屋が、むらさきの蛍みたいに光るスナックが)流れる。流れる。シンコヤスの舷灯に似た高層建築コンプレックスから流れ落ちる、東西を横断する力強い支流をようやく跨ぐと、勾配がはじまるのだ。徐々に左右の崖が出現し、河は滝口にむかうみたいに広大な切り通しを昇りはじめる。崖を越え、陽気な声にうながされて車線の右端へ船は揺らめき、キシヤの信号を右へと落ちて行く。ふたたびスナック、ラーメン店、ビデオ屋が後方に消し飛ぶ。さいしょの三叉路をまっすぐ。次の丁字路もまっすぐ。夜の闇に沈む鮮魚ウヲトクを左に見て、また丁字路。そこは右折、すぐにアパートのコンクリートが迫り、ただちに左折。花の息吹がむらむらと凝る提灯を吊した公園口を右折したら、突き当たりの三叉路を左に登り、さいしょの角を右に曲がると不意にエントランスに着いている。車から降り、伸びをして、切断された柑橘のような沈丁の香が漂う春の満月の下を、放吟しつつ部屋にむかう。あらゆる階のドアを次々に開け放ちながら。

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