ウイスキー
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ウイスキー



 傾く日とおんなじ色のきらめきが小さなショットグラスのなかに閉じこめられている。髭はあたらない。苦いシガーの紫煙のむこうに止まり木に掛けた男の顔がある。ブレスレットをしていないほうの手で持ち上げたグラスはさいしょ、風に吹かれるヒースの茂みのおののきを思わせる荒い香り高さ、次に同じく暗鬱なピートの有する猛々しさを放っているが、口にふくむと若木の切断面のような青々とした(野菜のような、トマトのような)仄かな香気を発する。根底にあるクレゾールの深海は実在するものの、そこに同時に流れる黄金の蜜の味から刻々と射出される菫の匂いによって、クレゾールは濃厚なヨードにも、森の苔にも、新鮮な柑橘にも、熟成を経たウオッシュタイプのチーズにも変貌しつづけて止まない。鼻腔が香りでいっぱいになったのでミネラル水で口蓋を洗う。ショットグラスに次を注がせる。三ミリリットルほどを舌の上にひろげると、微かな干し葡萄の匂い、かなり明快なライラックの匂い、そして再び微かなウイキョウと黒胡椒の刺激といった段階を踏んで、暗い咽頭をかがやかせ、収斂し、消えてゆく。窓の外は夏のきらめく闇。アカシアがざわめき、シガーの煙が揺らめくと、いっとき強烈な日没の想い出が流れ、それまで響いていたのがとっくの昔に死んだピアニストのジャズだったことに気づく。


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