Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2004-09-22

彼岸花もしくは…

 そしてまた彼岸花。去年の今頃、うんざりするほどの彼岸花たちに会ってきた。「死人花」「地獄草」など、根に毒を持つからか、その赤い色のせいなのか、墓地に植えたりするからか、その全ての理由なのか、あまりいいイメージを持たれない花たちだが、私はこの花が好きだった。川原で群生しているのを見たのは中学生の時だ。その時から好きだった。去年の今頃、中学の頃よりもさらに沢山の彼岸花をみる。その赤さは、血の色というおどろおどろしさはなかった。いや、血の色だとしても温かいものだった。それはかつての印象を懐かしく思い出させるに足りる本数だった。こちらもやはり川原で。水音が静かに花を包んでゆく。去年の確か明日、秋分の日に会いに行った。今年は鉢植えばかりを眺めている。そしてまた浅い眠り。そのなかに、温かい色がにじんできた。「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身一つはもとの身にして」(伊勢物語)。これを肯定的に。そう去年とは別の花で。もうじき眠りも戻ってくるのかもしれなかった。
23:43:39 - umikyon - No comments

2004-09-14

彼岸花


 そして眠りはどうなったのだろう。今朝起きたら庭に彼岸花が咲いていた。あの花たちはいつも突然枯れた地上部から花茎を出してくる。ほんとうに突然すぎて心の準備ができない。そうこうしているうちに鮮やかに花を咲かすのだった。
 そして眠りはどうなったのだろう。起きている時間が鮮やかに、突然に、冗談みたいに恋になった。そう、目覚めればいいというものではなかったのだ。過去だった日々にかぶさるのは赤い恋だ。今日の積み重ねが昨日になるのだから。彼岸花は明日も咲く。つぼみが痛々しいのはなぜだったろう。一筋縄ではいかない恋だった。過去の眠りがうそぶいていたことは、一面のみをけずりとってせせらわらっていたにすぎない。掘ったあとで恋愛が生まれるのではなかったけれど。掘ることからそれははじまるから。花茎が突然掘り始めるのだ、と女は思っているから。それは複雑な痛みだった。だがはじめてしまえば単純な痛みなのだ。たぶん、きっと。彼岸花は花が終わった後、茎をまた枯らせ、こんどは葉をにょきにょきと出してくる。緑の少ない冬を青い葉のまま越冬し、緑の多い五月に葉を枯らす。そんな天邪鬼な生態もすきだった。冬に彼女たちの葉をみるのが。あなたみたいだ。とはいいたくない。けれども突然今日咲いた。そして眠りはどうなったか。たぶん今夜も浅いだろう。鮮やかな花弁の色に私(という女)はまだ慣れないでいる。
23:27:35 - umikyon - No comments

2004-09-04

 この頃眠りが浅い。夢うつつというのだろうか。現実で起こったことと夢で起こったことの区別がつかなくなっている。あるいは私のなかに二人の人間がいるようだ。双子が交信しているようだ。あるいは……。しびれるような疲れのなかで。
 彼女たちはそれぞれ恋愛している。ひとりは恋愛というのだろうか。とてもさめて、現実味をもって。今がどうといわれれば恋心のようなものはある。だが、それよりも多分落ち着くので。激情はない。一緒に暮らしてゆけるかもしれないという感覚が、彼女の周りに立ち込め、そして靄がかかるのだった。これでいいのだろうか。今までの疲れと、眠りの浅い疲れから、おおむね男と出会うまでの辛さが掻き消え、未来への不安がとってかわるのだった。男ひとりならいい。彼には愛娘がいたから。誤解をまねくだろうか。いや、女は家庭的に恵まれない環境で育ったので、ある面で家庭に飢えていた。男が娘をいつくしんでいたから、彼女は好きになったのだ。だからそうではない。男ひとりなら駄目になったら別れればすむ話だ。だが娘がいたら、そうはいかない。家庭を大事に思う女に娘は神聖不可欠だった。もっとも自身が生んだ娘ではないので、的外れな感情なのかもしれない。寺山修司でなかったかしら。寄せ集めの家族で遊ぶ家族ゲームが? ばらばらのカードが嘲笑される、というのが?
 眠りのなかで、女は情熱的な男と出会った。初めて会ったときから、懐かしい男、なぜなら彼は昔彼女がつきあった大好きなろくでなし、それらを博物館のように保存して作り上げた男だったから。ミュージシャンになる、役者になる、あるいは詩人でもいいが、ほとんど生産しない男、自分の夢ばかりが先にくる男、現実味のかけた男、そこに生活はなかった。あるとしたら、それは女の側にある。女の父親は脚本家で。母は生活だった。担わされ、おしつぶされて。
 ここで閑話休題。じゃああたしたちは別々に、失われた家族を引きずっているんじゃない。こわれた家庭と、父親と。
 ろくでなしは、出会ってまもなく、激しく恋でくるむだろう。恋だけで、夢だけで。あんたには普通の家庭なんか無理だよ。たがいに尊重し合って、二人で助け合えればいい。不思議ですね。起きてるときも、やはりそういわれたんです。たがいに支えあえればいいって。
 ろくでなし(ていったら悪いかしら。だけど本当に、愛すべきろくでなしなんですもの)は女といるときはやさしい。刹那的に。それがいいんでしょ? だってあんただって詩と俺、どっちが大事だよ? 詩だろ? ならいる時ぐらいはあんたに優しくするよ。尊重し合うってそういうことだろ? 俺のことあんたほどわかってくれる女はいないよ。
 彼女たちはなかば眠りながら、たがいの男を交信する。
 そうなんだ。ろくでなしはそれでも純粋だったから。自分の夢にね。彼らは生活に染まらないぶん、周りをどっぷり生活につけこんでいた。それでも。私はどんなに彼らを愛したことか。
 起きてる女が靄のなかで、男をたしかめる。彼はこわれそうになっていた。彼は生活にそめられ、つかれていたから。
 安定した暮らしがしたいって? できるわけないじゃん。俺といっしょが一番だよ。
 同じ穴のむじななんだから、と眠りがいう。
 人は支えあってなりたつって本当だと思ったと昼間がいう。起きなさい。そして眠りなさい。いいかげんしゃんとしろよ、お姉ちゃん!
 そしてお定まりの目覚めだ。淡い最後の夢のなかで、花嫁をさらってにげてゆく、『卒業』のダスティン・ホフマンよりもさらに色あせた強奪があった。私たちは遠巻きにそれをながめていた。なら、あんたはあたしの過去の全てだったのね? 彼女はさびしく笑うばかりで。いや、彼女もまた訊ねていたのかもしれないのだ。「じゃあ、あなたは明日の私かもしれないんですね。」
 私は今度こそ完全に目覚めたのだった。彼女たちが昨日、そして明日だとしたら、私はまぎれもなく今日なのだ。しびれるような疲れのなかで伸びをする。まだ足は地につかない。誰かの破れた目覚めが痛い。
01:09:25 - umikyon - No comments