Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2004-12-31

夢蓋


 その女は書いている。(六歳位までいた)「そこを引っ越すまでが、いちばん幸せだったと、いつも思っていました。」(『季碑』)そうだろうか。この頃わたしは、六歳までが幸せだなんて、あとの年月は振り返るばかりの、想うばかりの余分みたいで、それではあまりにもかわいそうではないか、とつい思ってしまうのだ。
 三歳までに、子どもは一生分の親孝行をしてしまうというと、人から聞いた。それは美しい、だが、六歳までを大事にする女とおなじようにさびしい。かれらは大事だ、だがそれは更新されねばならないから。
「歳たけてまた越ゆべきと思いきや 命なりけり小夜の中山」(西行法師)
 女はまた、この歌が十代の頃から好きだった。そんなに生きていない(西行がこれを詠んだのは晩年だ)、歳月が経っていないにも関わらず、ふとした折りについ頭に浮かべるのだった。昔住んでいた場所に突然やってくる、男の仕草が忘れていた別のとおい仕草を思い出させる。街で偶然かつての流行り歌を耳にする。
 これはふりかえることとは違うだろう。それは少しばかりマルセル・プルーストの“見出された時”、あの過去でもあり、現在でもある、永遠の瞬間に似ているから。そこには多分に偶然性が流れているから。
 女の記憶は十九歳から二十二歳くらいまで鮮明ではない。それは蓋をした時間だった。かなしみに、つらさに、けれど蓋のつねとして、それ以外にも楽しみに、つまり喜怒哀楽すべてをくるんで。けれども当時、彼女はそうしなければ生きてゆけなかったのだ。あまりにも出来事たちは重すぎたから。
 その欠落は、ブラックホールのように、周辺に作用する。女にとって六歳までの時間とは(むろん理由はそれだけではなかったが)、その蓋からのがれることのできた唯一の時間のひとつでもあるのだった。だからこそ鮮やかで、うつくしく、彼女にはかんじられたのだ、それはあたためることができる最後の砦だったから。
 いま、蓋はそのまま、記憶のむこうに置き去りにされている。ほかのすべての過去のように、すこしずつ、それは移動していったのだ。周辺にあるものたちをまきこみながら、だとしても。
 いま、女の蓋はわたしにとって、ちかしい他人のそれなのだ。というくらいには離れている。ひきずりこまれず、笑おうとおもえばできるのだ。たぶん、きっと。涙が通り雨のように過ぎてゆく。
22:54:38 - umikyon - No comments

2004-12-14

あひみての…


 それでも寒さは、一足ごとにやってくる。
 「逢ひ見ての後の心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり」(中納言敦忠)
 女はこの歌を、ずっと誤解して覚えていた。むろん、その誤解にいつか気づいたが、もはや最初の印象のままに、この歌を覚えていたのだった。その印象というのは、つまりは〈あなたに出逢うまで、私は何も考えてなかった、といえるほどに、あなたは鮮烈に私の前にあらわれた、あなたに出逢って、他の恋のすべてがかすんでしまう、強烈な、これは最後の恋だった〉…口にしてしまえばこんなことだ。そして口にしなければ、女はこんな出逢いがしたいと思っていた。彼女は「自分では愛しているつもりでいながら、まだ断じて愛したことがない、閉ざされた門のまえで待つこと、それ以外は断じてしたことがな」かったから。(『愛人』M・デュラス、河出文庫)
 女は、門を開いたのかもしれない、開かれたのかもしれない。
 そうして? また「逢ひ見ての…」に帰ってくるのだった。多分本来の意味のほうで。と彼女は自嘲気味にわたしを見つめる。〈あなたに出逢ってから、のほうが、知ってしまってからのほうが…〉。そう、わたしも彼女もまた使いたくない訳の近くで。なぜなら、そこから意味がすり抜けてしまうから。だが、どうしようもなく、そのはざまで、つまり、長らくの誤訳とのはざまで。あたためてきたその願いのような訳もまた、本来の、その方へ、とりこんでいたにちがいない、たぶん、きっと。多かれ少なかれ、〈出逢う前に思いもよらなかった〉、出逢ってからもまた、という付近で。彼女は彼を、彼のような男を知らなかった、からとまどって。信じた先からこぼれてゆくものがあったとして、ものを思わなかった昔だった。それらを掬って、たばねたどんなものに寄りかかればよかったか。切実なものは、いつだって重いのだ。「激しい不安のうちにふたりだけのなかに閉じこもる。そしてたちまち、この激しい不安はまたもほどけ、ふたりはまたもそれに屈服して、涙のなかへ、絶望のなかへ、幸福のなかへと落ちてゆく。」(『愛人』)
 一足ごとに、寒さがそれでもやってくる。確実に。
21:55:50 - umikyon - No comments

2004-12-03

長からむ心も知らず…


 そう、わたしはもはや信じられない、という場所から動かずにあなたをみている。こんな時ですら。「広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。(中略)みごとに記念碑的な恋だった。(中略)それがすべてのものごとが始まった場所であり、(ほとんど)すべてのものごとが終わった場所だった。」(『スプートニクの恋人』村上春樹、講談社文庫)、こんな時、この付近をめぐる観客として。
 この観客はあなたとわたし、ばかりではなく、ずいぶん以前のわたし、それをも見ているのだった。たとえば腕枕が、かつてを思い出させていた。寝顔がうつくしく19歳の女を照らし出し、そのわずかな痛みがよせあつめられるのだった。なんて邪気がないんだろう、と彼女は思うのだった。だが、観客としてのわたしは、それは自分の欲望に正直であり、他者をその果てか、吸収した言語でしか認識しえないものの純粋さではなかったのか。と、分析する。だとしても。彼女にとってそれは絵画のように神聖だった。だからこそ、今のわたしは隔たって。
 けれどもまた腕枕が誘うのだった。動かずにいる場所、と、動きつつある場所のあわいで。だって、信じられたすべての場所から、のように冗談なんですもの。とてつもなく懐かしく。
 わたしは今、寝顔をみている。それは邪気がないのではなく(だっていまのわたしはそれは若さのうつくしさであると同時に、傲慢さであると知っているから)、郷愁をそそる表情なのかもしれなかった。わたしはもはや自分が信じられない、ので、その寝顔をもまた信じられないのだった。
 という場所から、19歳の彼女をみている。あなたは誰にも似ていない。あなたはあなたとして対峙しながら、わたしと彼女を再会させる。そう、この気持ちと再会できたことが懐かしいのだ。といいきってみても、そこからこぼれる意味があるのだった。信じられずに、あなたと彼女をみつめている。誰かが人肌が懐かしいといっていた。それは魂が触れるからだ、といっていた。あわいがますますこきざみにゆれている。「長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝はものをこそ想へ」(待賢門院堀川・百人一首)。
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