Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2005-04-22

クセニティス


 現在三四歳の男が高校の頃、恋心をいだいた同級生が、裏ビデオにでていた。そのことでがっくりきている男がいう。「ヨシハラミエが裏ビデオに出たからオレ達は悲しんだわけではない。ヨシハラミエが他の男によって喜んでいるところを見て、自分達が余所者だと知らされてがっくりきたのだ。」(『白鳥』村上龍・幻冬舎文庫)。このとき、少なくとも彼女は不幸せそうではなかった、と語っている。私は女性だからかその設定には、リアリティがない。仮に高校の頃付き合っていた男の子がそんなシーンを演じていたとして、嫉妬のような感情は抱くかもしれないが、がっくりはこないだろう。だがヨシハラミエは本当にそこで喜んでいるだろうか、私も十数年前のことになぜ嫉妬などするのだろう、どちらにしても、一方通行のおかしな感情だ。たぶん、若い頃、というのは、それほどまでに、感情的になってしまうほどに、今ではもう扱いにくい、といいながらどんどん聖域として区別してまった場所、として存在するのかもしれない。
 私には若い頃、聖なる空間として感じていた場所があった。というより、帰る場所、家として、感じていた場所があった。それはいることを許してくれる場所だった。
「クセニティス」「クセニティス 亡命者か?」「どこにいても よそ者」(映画『永遠と一日』より)、よそ者たちがあつまる場所として。
 そこは、いまでも、そうだった、はずだ。一年ぶりに、かつてそこに来ていた彼らに出会った。いや、その場所に集っていた人のうち、アルファベットでいうと、AさんからKさんまでとはたまに会っていたが、その日きていたのは、ずいぶん会っていない、LさんからWさんだった。
 その折に、私はがっかりしたのだった。
 前述の『白鳥』で、男は、じぶんの手で女を幸福にしてやりたい、と思っている、と語っている。それが別の手でなされたとき、その幸せは、彼とはかかわりがない。別の手であたえられた幸せにあえぐヨシハラミエを見て、彼はいらない者として、つまり、余所者として、感じている。
 その日、私もまた自分だけが余所者だと知らされた、と思ったのだった。集まったLさんからWさんまで、全員がすくなくとも、その時点では幸せな家庭をきずいている、守っているように見えたから。
 彼らは、いちように壁のように存在していた。その壁で、家族を守っているのだ。壁をもった者たちが、語り合っていた。その幸せは彼ら個々のものだ。それを持つ者だけが、その日、その場所では、昔を振り返り、なつかしむことができるのだ。家族を守るための壁をもたない(むろん他の何かを守るための壁ならもっているのかもしれないが)独身者は、彼らの壁越しに聞き耳をたてるばかりなのだ。
 彼らが実際幸せかどうか、ではない。そこにわたしが関与していないから、ということ。そして、逃げ場所など、ないのだ、ということ。聖域は、ふるさとよりも幻想なのだ、ということ。たちを、見せつけられ、あの日、たぶんがっかりしたのだ。一方通行が通行止めになったいたこと。
 その日、たまたまなのか、なにかわけがあったのか、きていなかったAさんからKさんは、独身者か、子供がいない夫婦だった…と思う。そうだろうか。いや、じつはAさんやCさんもその場にいたのではなかったか。彼らの子供たちが、道端で遊んでいる。
21:36:47 - umikyon - No comments

2005-04-13


 桜はいつもとつぜんやってくるのだった。気がつくと、ふいうちのしたしさをこめて、すぐ真後ろに立っているのだった。ふりかえる、そこには去年の花が、一昨年の、十年前の、今までみたすべての桜が凝縮してやってきたような気がしてくるのだった。デジャヴに似たやさしい喪失がある。毎年更新されて。再会の懐かしさには、去年のわたしのまなざしを、桜たちが内包してくれているような、そんな錯覚があるからかもしれない。わたしを知っている、わたしと出会う。そのわたしはまた、たぶん一部をぬきとられているだろう。桜が散るまでのあいだに、こっそりと。そうして来年また出会うのかもしれない。その再会には、季節との再会にたいするひらいた感覚も含まれている。残酷な四月は必要なのだ。<四月は残酷きわまる季節で、/死んだ土地からライラックをそだて、/記憶と欲望をまぜあわせ、/鈍重な根を春雨で刺激する。>(『エリオット詩集』思潮社)
 そのすこし前に咲く、梅の花も好きだった。すこし前といったが、梅の開花期間は桜のそれよりも長い。おおよそ咲き始めてからひと月以上は咲いている。梅に惹かれるのは、桜に先駆けて、「春雨で刺激する」よりも前に、春を、再会の予感を伝えてくるから、ということもあった。長い開花期間が、寒さの最中から、ゆっくりと春を浸透させてくれるのだった。また、つまり、パンドラの箱が開いた、ということなのだろうか。うっすらと、希望が、霞よりもとおくでふるえるのだった。まだ寒い、といっていい感覚に触ってくる、梅のつつましいやさしさが好きだった。桜がふいうちであるとしたら、梅は予感のメッセンジャーとして、季節の前ぶれとして、祭りの数日前として、しずかに歓待してくれるから。以前、私は、桜よりも梅のほうが低い位置で花が咲くので、より私たちに近しいものとして映るのだろう、と思っていた。梅の近さが、空をも花の網にくるんで差し出してくれるのだと。だが、網にくるんでくれているものは、そればかりではない、桜の予感をもまた内包してくれているからこそ、やさしいのだった。まるで予感が連綿と、昨日や明日をつないでくれる、と期待する、かのように。
 それでも、ことしもまた桜はとつぜんやってきたのだった。梅と桜のあいだに関係などない。梅はただ、梅として咲いては実を結ぶだけだ。桜もまったくそうであるように。しらないかつてが過ぎてゆく。
 桜はそれでもやさしかったのだろうか。みじかい開花時期がさびしさをつのらせる。開花期間に比例してか、ほんのわずかに、だが、あるいは瞬間の長さをもって。再会はひとびとをつれてくるからこそ、再会だ。またつながりを、その可能性を、背後から首筋に息をはきかけてくるようにして、桜は眼前にある日やってくる。とまどいになれようとしたころ、たとえば今日、桜は雨に散るだろう。予感はどこにいったのだろう。かれらは別の生をおちこちで生きていた。またべつの花が咲きはじめる。「記憶と欲望」が希望になった。根っこのあたりが遠いさびしさをうずいている、か。桜がもう散っている。
23:45:22 - umikyon - No comments

2005-04-06

モナコ-モンテカルロ


 ミュシャ展(1/27〜3/27日、東京都美術館他)にでかけた。彼の絵、とくにポスターを見ると、いつも批評や感想をいうことができなくなってしまうのだった。世紀末であるとか、アール・ヌーヴォーと呼ばれる時代が好きだからか。古びた新しさを懐かしい匂いにして、手招きしてくる時。わたしはくるまれたくなるだろう。いや、ほぼ同時代のビアズリーの『サロメ』や、エゴン・シーレ、ルドン、ベルギーの象徴派になら、これもとても大事に想っているクリムトの『接吻』やモネの『睡蓮』にすら、思いのたけを綴ることができるかもしれない。だが、ミュシャには駄目だ。エミール・ガレやドーム兄弟のランプにも難しいだろう。ミュシャの絵とランプに共通しているのは装飾過多なやわらかい美しさだ。だからであろうか? いやこの駄目さは、たとえば『カサブランカ』や『哀愁』、『モロッコ』他、ハリウッド映画黄金期の白黒の一部作品に対しても通じるものだ。だからもちろん時代のせいばかりでもないのだった。
 それは羊水の安らぎを垣間見させてくれるものであるからかもしれない。それはわたしにとって数すくない、ほとんど無条件に信じていいものに思えているのかもしれなかった。『サロメ』のぞっとする刹那の美しさに対峙するとき、わたしはある種緊張感をもつだろう。クノップフの絶え間ない孤独の色彩に接することは、自らの孤独とむきあうことだ。モネの瞬間をみつめるまなざしが永遠につらなる、そのめまいについてふれることは、わたしもまた瞬間をいきることだ。彼らはとても私に親しく接してきては、影響をあたえてくれるのだった。だが、そこに、彼らに寄りかかることはできない。それが悪いわけではない。たいていはそのほうが、魂にひびいてくる明日があるはずだ。それは懸命さだ。ともに真剣であること、を通して、うなずくようにして彼らはやさしい。
 ミュシャが真剣でないといっているのではない。ただただ彼の絵に会うと心が落ち着いてしまうのだった。ドーム兄弟のランプシェードが風景でくるんでくれるように、『カサブランカ』がまるでかつて起こったすべてのうつくしい表情や描写をうつしだしているように。ミュシャの女性たちはわたしにとってある意味、恋人に似ているのだった。彼はもちろん友人のように他人だ。好き勝手をすれば気分を害するだろう(この場合、ミュシャの絵がわたしに安らぎを与えてくれなくなる、ということになるか)。だが、友人に接するときほど、ここには緊張感がない。甘えにもにた蜜がしずかにしたたっているのだった。ここにことばはでてこない。以前、人の詩にふれたとき、『好き』としかいいようがない、というのは最高のほめ言葉だと、いった人があった。そのことをすこし思い浮かべる。筆致ににじんでくる彼はまったく私とちがう存在だ。その意味では、モネのほうが共感できることがあるだろう。だがミュシャの絵を前にすると、うけいれてもらったようなやわらかさを感じているようにも思える。台詞がいつまでも心に残っている映画がある。語りをとおしてふれること。『哀愁』はそうではなく、台詞はひとつも胸にしみてこなかったが、あまやかな哀しみとして、肌に接してくるのだった。ミュシャの絵のそばではことばをいわなくてもいいのだとねむるようにひらいてしまう面もある。たぶん、きっと、もちろんこればかりでは生きてゆけない。たとえばエゴン・シーレの壮絶さに触れること、向き合うこと。だが。いや、必要なのはここでも他者だ。羊水はとっくにかわいているのだから。部屋に誰かが待っている。
20:54:50 - umikyon - No comments