Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2007-01-25

蜻蛉の眼


 前々回触れたラリック美術館で、「ラリックと日本」という特集の、雑誌『なごみ』(淡交社、二〇〇六年八月号)を購入した。特にアール・ヌーヴォー期のラリックのモティーフとなった燕は、家紋や日本刀の鍔から、流れる髪を持つ女性の頭部のブローチは日本の流水や波とかんざしから、蜻蛉の蓋物の蜻蛉は、江戸時代に「勝虫」「将軍虫」と呼ばれ、武具や馬具に使われていたものから、魚のネックレスや桐のブローチなどは京唐紙の意匠から、と日本のさまざまのものから感じたものをとりこんでいることを、この特集から今さらながら教えられ、心惹かれた。「芸術がなりたつのは、世界からのこの隔たりのゆえである」(『レヴィナス入門』)。日本という異国を取り込むことにより、いまあることの異郷性を彼ら(蜻蛉などはラリックだけではない、アール・ヌーヴォー期共通して好まれたモティーフだから)はたぐろうとしていたのだろう。日本という異郷、芸術という異郷が、日々あることの異郷(それは、わたしたちがいなくても存在するものでもある)をあらわにする、その入れ子細工の緻密さにめまいがする。また、日本というわたしの住む場所から想起を得たモティーフ(梅、飛蝗、鯉等)をまたわたしに差し出してくれることにより、日々住む場所のすきまをひらいて見せてくれるのだった。つい気にかけなかったものたち、埋没させてしまったものたちを、ひきあげてくれ、入り口を、覗き穴をつくってくれる。それは時間をもたない接点でもある。
 だが、この埋没させてしまっていたものたち、というのは、十九世紀末当時のヨーロッパでも、言いうることだったらしい。日本の挿頭花(かざし)は、元々は「聖なるものを招き入れるために」「髪や冠に挿」した植物からきたもので、こうしたものをモティーフにした「文様は、自然と人間との交感、聖なるものと人間との交感を仲立ちにする役割を担っていた」とある(「日本の工芸意匠と自然観」日高薫)。だが、「このようなアニミズム的自然観は、ヨーロッパにおいては、世界の秩序を人間中心にとらえるキリスト教思想が支配的になるにつれて失われていったもので、美術の世界でも動植物や山河などの自然モティーフは軽んじられ」…とあり、ここでも軽んじ、気にとめなかったものたち、から、「新鮮な感動」として、植物や虫たちが浮かび上がってくる。異郷たちをつうじて接点がひろがるのだった。このほか、「ヨーロッパの装飾文様は、世界の秩序の表現でもあったから、左右相称で、数値的に裏付けられた完全な均整の美が理想とされていた」ので、日本のランダムな「散らし文」、浮世絵などの左右非対象を生かした構図などが、ほとんど衝撃として映ったであろうことたちが、逆に新鮮だった。入れ子細工が共鳴しあって。ラリックの流線を駆使した花瓶たちから、蒔絵の硯箱を手渡されて。「移ろいやすい自然を瞬時にとらえる日本美術の表現は、(中略)和歌の心に通じる。(中略)自然物や自然現象を自らにひきつけ、生活感情と一体化させる日本の意匠のあり方に、ヨーロッパの人々は共鳴したのである」。蜻蛉の眼から、からまりあった時間と空間が流れてゆく。
 ラリックの「日本の林檎の木」というベッドサイド・ランプは、キャプションによると、林檎よりも梅に近いとあるし、実際わたしも梅のように思う。ラリックは、自身のなじみのあるものに置き換えることで、ジャポニスムから通常受け取りがちな楽園的な、どこでもなさを、日々に取り入れ、食い込ませようとしたのだろう、とも思う。日々で使われるやわらかなペーパーナイフや灰皿たち、日用品とも、密接につながりあって。それは江戸の櫛、紙入れ、印籠、湯桶などとも重なりあうだろう。ベッドサイドで、白くぼんやりとともる花。まもなく梅が咲く頃だ。

写真:ルネ・ラリック 蓋物「ジョルジェット」 一九二二年
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2007-01-15

光の断層


 アルフォンス・ミュシャ展(一月二日─二十三日、日本橋高島屋)に行く。ポスター、リトグラフという性質上、ある程度複数枚存在するからだろう、ミュシャのたいていの展覧会は、充実した内容であるのがうれしい。会場内に入る。最初はサラ・ベルナール(一八四四─一九二三年)出演作品のポスターから。サラ・ベルナールの名を、わたしはおそらくプルーストで先に知ったのだろう。だからパブロフの犬のように、彼女を描いたミュシャのポスターを見ると、いつもプルーストを思い出すのだった。『失われた時を求めて』の女優ラ・ベルマのモデルとなったサラ・ベルナール。プルーストのそれでは、ラシーヌの戯曲『フェードル』だったが、こちらは『ジスモンダ』、『椿姫』、『王女メディア』、『トスカ』など。サラ・ベルナールの舞台での演技を見ることはもはやかなわない。そう思いながら、日々と詩の接点、瞬間について、このところ気にかかっていたことをポスターの前でふっとよぎらせる。日々のなかでそのことばかり考えていたわけではもちろん(残念なことに)ないのだが。たとえば同時期に写真家ナダールの撮ったサラ、そしてこのミュシャのサラは、それぞれ彼らの作品として生きつづけるだろう。だがサラの作品を、つまり演技をみることはない。そのことをさびしく思いながら、ミュシャの絵につつまれ、いざなわれるようにして、プルーストを、そのほか数多の雑多なものたちを、場内にぼんやりとみていたと思う。ジョブ(JOB)から煙草を、モエ・エ・ド・シャンドン社のポスターからシャンパンを、つまり、それぞれの広告からリキュール、自転車、旅行、チョコレートを、与謝野晶子の詩画集があったから『乱れ髪』(この挿絵はミュシャの影響を受けている)を、といった風に。だから、それに乗じて、ミュシャから、ちょっと離れてみる。またおそらく戻ってくることになるだろうから、それぞれが呼んでいるのだから。そう瞬間について、接点について、どこかで呼んでいたのだった。いや、呼ばれていたのだろう。家に帰ってプルーストの書物をひさしぶりに開く。「われわれはひとつの世界のなかでものを感じているのだけれども、考えたり名づけたりするのは別の世界においてであり、その二つの世界のあいだに対応関係を打ちたてることはできても、その隔たりを埋めることはできないのである。はじめてラ・ベルマの演じるのを見に行った日に、越えなければならなかったのは、いくぶんこの隔たり、この断層のようなものだった」(鈴木道彦訳)。つまり、日々との接点で。断層で。彼の語りかけがうれしかった。呼んでくれていることに、そう、まるで好いてくれているかのように。ラ・ベルマ─サラ・ベルナール(彼女たちは同一ではない、このあいだにも断層、距離がうやうやしく横たわっている)は、この接点に存在するのだった。「私はもう以前のように、ラ・ベルマの身振りであるとか、たちまち消える照明のなかにほんの一瞬だけ彼女がもたらした、二度と作られることのない美しい色彩効果などを、そこに停止させたいとも思わなかったし、一行の詩句を百度も繰り返して彼女に言わせることができればと思うことはなかった。(…)たえず変化して定まらないこの身振りや、次々と入れかわる場面は、演劇芸術がみずからかくあれかしと望んだもの、そしてあまりに熱中した観客が注意ぶかくそれを凝視しようとすると破壊されてしまうような、逃れ去っていく成果、つかのまの目的、動く傑作なのである」(同掲書)。瞬間に永遠をやどした接点、たちが、手招きをしていたのだ、サラのそれ、舞台はだがみれない。雲が変わった。波が変わった。いや、サラのそれが、雲をまとい、波をそそいでくるからこそ、それらは生々しく差し出されるのだろう。ミュシャのポスターが瞬間をそこに映しているように。そう、そうしてミュシャに、あの会場に戻ってくる。連作《芸術》(一八九八年、リトグラフ)は朝から夜までの時間と結びついた四枚。カタログから。「「舞踏」は朝および明け方のそよ風と、「絵画」は陽光をいっぱいに浴びた花と、「詩歌」は夕暮れ時の黙想と、「音楽」は夜の静寂のなかでの鳥のさえずりと、それぞれ組み合わされている」。《舞踏》(The Arts: Dance)の風をはらんだ躍動。虹さえ輝く明るさ(おそらくすべての色彩が込められている)のなかで花を見つめる《絵画》(The Arts: Painting)。夜なのに《音楽》(The Arts: Music)によって照らされているかのごとき明るさのなか、聞き耳をたてる女神の静けさ。そして夜と昼の接点で、頬づえをついて夢想する女神の《詩歌》(The Arts: Poetry)、そこをまたいで。この昼夜の接点から、また呼んでくれていると思った。一瞬好いてくれているのだと。この断層から。この夜と昼の出会う場は、マグリットの《光の帝国》の場からの明るさをもにじませてくれるのだった。「逃れ去っていく成果、つかのまの目的、動く傑作」たちがはなつ光の断層。


*だが、どうにかすれば、サラ・ベルナールの演技は見れるかもしれない。「サラ・ベルナールは1900年の"Le Duel d'Hamlet"にハムレット役でデビューした、無声映画の女優のパイオニアの1人である。(技術的には、この映画には吹替えられたセリフが録音されたシリンダーが付随しており、無声映画ではない。)彼女は8本の活動写真と2本の伝記映画すべてに主演した。伝記映画の後者は、1912年の"Sarah Bernhardt a Belle-Isle"(自宅での彼女の毎日の生活に関する記録映画)を含んでいる」(『ウィキペディア(Wikipedia)』より)。とあった。だがその舞台をみることはもちろんできない。
**写真:アルフォンス・ミュシャ《芸術:詩歌》
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2007-01-05

硝子雲


 高速道路を走っている。車窓から枯れススキをみた。楢やブナの木に、まだ葉が残っている。こうしたものたちに、切ないくらいに訴えてくるものたちを感じるようになったのはいつからだったろう、とぼんやりと助手席で考えている。植物には、子どもの頃から親しんできたつもりなので、じつはそんなに歳をとってからではないはずだが。名前を知っていること、も関係するだろうか。去年もナナカマドの実を見た、ガマズミの実をひさしぶりに見た、とか? それももちろんあるだろう、だが、山が光をあびてさっと輝く。雲間から陽光が斜めに射しているのが、空に映っている。たれさがる光の布。ちいさな雲がはなれてあるのが、下のほうだけ明るい。こうした刻々と姿を変えるものたちに、わたしは好かれたかったと、ふと思いおこすのだった。雲は刻一刻姿を変え、同じものは永遠にあらわれない。そのことに、不思議さをおぼえつつ、なぜ感動しないのか、とかつて自問したことがある。今も普段はほとんどそれを気にしない。このこともやはり旅、なのか。日常では距離が近すぎて見えないもの。旅が距離をもたらし、見やすくするのだろうか。雲が永遠に姿を変え続ける。湖水の波紋が、水面をてらす光のちらめきかたが、ながれる川が、もとのままでいることがない、というのは、じつはわたしたちのことでもある。細胞は刻々と変化している。会話したことは、二度とくりかえされない。行きかう人はつねに違う人物だ。世界はもとの姿でいることはない。「芸術によって開示された世界のまえで感じられるものは、この世界そのものが異邦であることにほかならない」(熊野純彦『レヴィナス入門』)は、ここでもやってくる。雲の変化は変わりつづける世界をあらわにみせることでもあるのだった。あるいは日常という効用性の覆いにあけた小さな穴、をとおして、雲がささやきかけてくる、それに細胞がこたえる、ということ。わたしはそう、ずっと雲に好かれたかったのだ。雲にさわられたかったのだ。
 箱根ラリック美術館にゆく。ほぼ一年ぶり、二回目だ。はじめてではないので、信頼感があるからだろうか(ここのコレクションはとても充実している)、すっとラリックの作品たちがはいってくる。ガラスがとてもやわらかいものでできていると思った。あたたかさがにじんでいると思った。《バッコスの巫女たち》は、バッカスの祭りに、一晩中踊りつづけている。そして、罰として水を汲みつづける《ダナオスの王女たち》。ふたつとも口広の花瓶で、乳白色のオパールセン・グラスを使って裸体の女性を描いてある。だから、モティーフは全く違うのに似ていることが不思議だった。特にダナオスの王女たちでは、懲罰がこんなにも繊細なかがやきをはなっていることに驚く。花瓶、ブローチ、灰皿、カーマスコット(今ではほとんど使われないが)、香水瓶、ランプシェードたちを通じて、日常に接点をもちながら、その側面から世界をあらわにさしだしてくれる。これはけれども、雲や波よりは時間にもうすこしだけ耐久性をもっているだろう。その姿は少なくとも刻一刻と変わるものではない。絵がそうであるように、詩がそうであるように。
 ガラスたちをトレイとして使う、グラスで飲む、窓をあける、扉をひらく、壁にもたれる、電灯をつける、香水をつける…。日々のなかで、ラリックがあふれていたらどうなるだろう、とふと思いながら館内を歩く。あの雲たちのように、日々のなかではほとんど眠ってしまうのだろうか。さわりつづけることで逆にさわることがむつかしくなるだろうか。家にあるごく少数のラリックたちを思い浮かべる。彼女たちはちいさな穴として、風を始終吹き込んできてくれる。それはおおむねやさしい。やわらかい肌のガラスたち。吹き込んだ風で、そっと日々の曇りをぬぐってくれ、あらわさをさしだしてくるのだった。ちいさな、とてもちいさな穴だが。最初の感動は、あるいはここで今日みた《ダナオスの王女たち》に感じた突風はもちろんないだろう。だが、ふっとグラスをみつめる。香水瓶をみつめる。そのとき、いつもやはり接点からしろい肌でいつもさそってくるのだった。たどりつけない異郷たち。
 帰り道、午後4時すぎ。もはや夕空となった色をまとった雲が、オパールセン・グラスの色をはなっている。ひびいてくるのだとおもった。呼びあって、好いてくれるのだと。
 「何故此のように風景が活き活きしているのであろう。胸を噛むにがいものを感じながら、私は思った。この基地でいろいろ考え、また感じたことのうちで、此の思いだけが真実ではないのか」(梅崎春生『桜島』)。
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2007-01-01

豹賀新年(お正月別冊)


あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いもうしあげます。
写真は、白金(目黒)の庭園美術館によこたわっていた豹です。
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