Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2007-03-25

ひとつたちの黄色い (オルセー美術館展、ゴッホ)


 オルセー美術館展(一月二七日―四月八日/東京都美術館)で観た、ゴッホ《アルルのゴッホの寝室》(一八八九年)。黄色いひとつのベッド、おおむねの黄色(クリーム)の枕ふたつ、黄色い椅子がふたつ。そしてわたしもまた、おおむねふたつのことが気にかかっている。ひとつは、そのひらたい構造、その黄色が、日本的だといわれ、彼も思っているということ。ひらたい構造は、輪郭をはっきりさせ、かつ二次元的な省略、それゆえの強調された遠近法、つまり浮世絵的手法として理解される。だが、いや、だからとくに黄色。「ファン・ゴッホにとって黄色やオレンジの色調は光であると同時に、幸福や平安と結びついた特別な色彩であったと思われることである。浮世絵に見られる、光を感じさせる黄色を自作に用いることも。ファン・ゴッホのいう日本的な感じに、結びつくのかもしれない」と、カタログにはある。出品作ではないが、たとえば広重の《名所江戸百景、亀戸梅屋舗》を油彩で模写した《花咲く梅の木》(一八八七年)の空は、広重のそれよりも赤すぎ、黄色すぎる空だ。同じく写しの《花魁(渓斎英泉による)》(一八八七年)の花魁の背景は、浮世絵のほうはほとんど白、アイボリーだが、ゴッホのそれはまばゆいばかりの黄色だ。そして《種まく人》(一八八八年)、《夜のカフェテラス》(一八八八年)の夜に輝くカフェの黄色から、ひまわりたち、アルルの光へと、連想は、それらは黄色をとおして重なりあい、響きあってゆく。だが、だから、なぜ黄色が日本なのか。日本にいるわたしには、そこに違和がある。浮世絵にはほかの色彩もある。そして日本、ここは黄色いかがやく場所ではない。だが「「日本の浮世絵にあるような」光をもとめて南仏アルルへと旅立った」(ガイドブック)。この黄色は、ここではない場所、をかすめとり、体現させようとした、それゆえの実在、そして創造の、接点としての、色なのか。それはルネ・ラリックたちが描いた梅やトンボたちとの出会いでない。それは、だれがみても、日本的なものだとうなずけるものとの融合が見られる。だがゴッホのそれは、彼だけが夢みた色、いない楽園、それらの奏でる融合のようなのだ。梅が、まばゆさのなかで、ゴッホ花となって咲いている…。あるいはわたしが南に惹かれるようなことなのか。わたしにとっても、惹かれるそこは、概ね黄色い。それは輝きそのものだから。そして、それは南、というだけで地形をもたないものなのだが。ゴッホの黄色は、だが、だから、その激しいひかりが惹きつける、わたしのなかの輝きと響きあうのかもしれなかった。
 《アルルのゴッホの寝室》で、気に掛かっていること、の、そしてふたつめ、ふたつの椅子、ふたつの枕。これは、アルルで芸術家の共同体を作ろうとしたゴッホが借りた家(奇しくも「黄色い家」という通り名があるのだが)で、四つの孤立した部屋があり、そのうちのゴッホのもの。よく説明を読まずに絵を見たが、ふたつの椅子、ふたつの枕が、とてもさびしいと思った。ふたつあることで、とても離れている、圧倒的な孤独だと感じたのだ。あとで説明を読んだら、実際アルルに来たのはゴーガンだけだったが、そのゴーガンと訣別したあとに描かれた作品だとあった。だがそれがわたしの感じた孤独感の理由ではないと思う。それではあまりに散文にすぎるし、ひらたくなってしまう。ふたつはひとつになれない、だからふたつある、そのほうがまだいくぶん感じたことに近いかもしれない。
 オルセー展で隣りに陳列された《アルルのダンスホール》(一八八八年)は、ゴッホがゴーガンの手法、太い輪郭線で縁取るクロワゾニスムで描かれたもの。散文的な背景をここにあげると、描かれたのは、ふたりの関係が小康状態にあった時期。だが、この絵は、ゴッホの絵であり、筆致であり、ゴーガンはいない。太い輪郭が、ゴーガンをかろうじて匂わせるが、それも、日本髪を結ったような奇妙な女性のヘアスタイルや、ダンスホールの明かりの黄色、あのゴッホ的なものが跋扈して、太い輪郭線にみられるゴーガン的なものを、画面から消し去ってしまってしまうのだ。あるいは、ここに浮世絵的手法が見られるとして、それが浮世絵ではないように、ゴーガン的なものが、ゴーガンからはがれて。
 ひとりだ。にもかかわらず、明るい黄色い部屋から出て、暗い黄色いダンスホールへ。ひとりは連綿とつづき、ここでも、孤独を感じた。ダンスホールにはたくさんの横顔がならんでいる。それは視線をかわすことがないからだろうか。わたしたちは決してひとつにはなれない。ともかくそうしたことをここで赤裸々に感じた。ひとりだ。せいぜいそう感じることで共有を。ダンスのほうへ向けられているであろう、暗い横顔たちが、そのことで時間を共にしているように。それらを照らし出す、黄色が、手招きをして。さらけだすような明るさで。ふたつはひとつになることはない。幸福や平安、黄色い。

●オルセー美術館展 展覧会ホームページ www.orsay3.com
 (写真は《アルルのゴッホの寝室》、上HPより)
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2007-03-15

浮かぶ投瓶たち


 シュルレアリスム展(二月二一日―三月二五日/埼玉県立近代美術館)に行く。ふと見かけた案内の写真がマグリット(《現実の感覚》)だった。彼に会いたくなったのだ。
 ここでわたしが見たマグリット作品は七点(入替えがあるのだろう、カタログには九点掲載されている)。殆どが同じコーナーにあるのがうれしい。そこだけ凝縮した海のような空間がひろがっているようだった。わたしは海を前にすると、いつも、初恋のような、あこがれのような、よびかけを感じてしまう。マグリットたちが、そうした海のような誘いをささやいてくる。この誘いには、たいてい、最近気にかかっていること、だれかがいったこと、たちが、共鳴として差し出されてくることが多い。まるで投瓶通信のように。瓶で届いた手紙の中身が、自分にかかわりがあること、友人からのそれだったように。呼び合って。
 「「空は青い」と断言した時、その言葉は空が(中略)様々な要素で青くも、赤くも、白くもなることの可能性を隠蔽してしまうのである」。前回、そう引用した。受け取った瓶がある。そして《白紙委任状》(一九六六年、宮崎県立美術館)。樹々と馬に乗った女性。だまし絵のように、「馬は樹々の背景にあると同時に、その手前に存在している。また、女性は、樹々の表面に描かれている」(カタログより)。また、隠れているはずの背景を描くために、馬と女性が切断されたかのように描かれていない箇所もある。隠されたものの現前。キャプションに、マグリット自身の言葉として「目に見えるのもはいつも別の見えるものを隠しています。四本の木を通り過ぎる女性は、それらを隠しています。また他の木々は彼女を隠しています。白紙委任状とは彼女がしていることに対して、彼女に与えられた許可証なのです」とあった。この許可証は、描(書)かれたことで隠れたものたちを可能なかぎり引き出すものとなる。『言霊と他界』をもじっていえば、「表現された絵(言葉)は、この世界の在り方をそのままに開示する「神秘的な象徴」といってよい」といえるだろう。隠れたものを定着させようとすること。だが、言葉と絵との距離、現実と絵と間には、距離がある。隠れたものは、決して現実では定着することがない。そのことをマグリットは知りすぎるほど知っている。そのうえで、白紙委任状を持って歩んでいること、隠れたものを引き出そうとする真摯さに、たぶんわたしはひかれるのだった。「思考を目に見えるものにするために、私は絵画を利用するのだ」(「ルネ・マグリット」TASCHEN社)。彼は距離のなかに楼閣を作り出すのだった。さらけだされた姿の。
 そして《現実の感覚》(一九六三年、宮崎県美術、写真,)。巨大な卵形の岩石が、宙に浮かんでいる。下は連なる山、岩石のすこし上に細い、小さな三日月。カタログでは、この月のように地球も浮かんでいるのだから浮かぶ岩石もまた現実なのだとある。また、「写実であっても、イメージに過ぎないという冷めた感覚が根底にある」と書かれている。「タイトルの「現実の感覚」は、前者の「宇宙的な解釈における現実」と、後者の「絵画として描かれているだけの現実」の両者にみられるように、発想の転換によって現れてくるはずの「現実」に掛けた言葉となっている」。つまり、現実という共通の空隙、距離のなかで、浮かぶことだけがつなぐ行為であるかのような。それはどこにも大地をもたない。言葉の現実とも、実際の現実とも、絵画の現実にも着地しない。ただ浮かぶことだけが、それらの接点であるかのような。岩石が、そうして浮かびながら、わたしのなかで深く沈み、そうして浮かんでいるのだった。
 いや、これは後から思った言葉たちだ。ほんとうは、あの岩石の背景に、ざわめいたのだ、ひたされたのだ。それは夕景の空の色だった。逢魔が時、誰そ彼時、夜と昼が出合うあの色の瞬間。それは現実たちが出合うにふさわしい時間帯を現していた。雲が薄桃色に、紫に、「「空は青い」と断言した時、その言葉は空が空気の澄み具合、濁り具合、温度、湿度などの様々な要素で青くも、赤くも、白くもなることの可能性を隠蔽してしまうのである」(『言霊と他界』)、その隠蔽の直前でもちこたえている、さらけだしている、すべてのやさしさのような色だった。それはやはり、わたしが海を前にしたときにかんじるなつかしさでもあった。どこかで、夕景の海の色は、オパールのようだ、とプルーストがいっていたと書いたことがある。浮かぶ投瓶たち。

 マグリットのことだけ書いたが、出品作家数三十名余、出品点数も一一〇枚余と、数も少なくなく、シュルレアリスムを系統立てて紹介している、よい企画展だった。デュシャンのモナリザにヒゲが生えた作品も、ここではじめて生で観る。また、マックス・エルンストの、幼児が夢にまたがるような《偉大なる無知の人》(一九七四年、岡崎市美術館)にもひかれた。これは、ベッドと対になった屏風で、子どものいたずら書きのようなやさしさが、鮮明すぎる赤い地に、生死の抱擁のような夜をつくりだしている。そしてカタログは黒地に白い文字で、SURREALISMEと書いてあり、表4はその鏡文字。背景の黒地には、木肌模様にフェルトが貼ってある凝ったもの。家に帰ってひらくたびに、なにかおみやげをもらったような楽しさを感じさせてくれるのだった。
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2007-03-05

ぎたいする漢字たち


 前回引用した『言霊と他界』に、「「漢字」は、単なる表音文字ではない」。同じ音が次々と別の意味、別の文字(例えば中国語音のバンが、半、弁、絆、扮、拌)を算出し、多義的な世界を作り上げる不透明性だとあった。それに対して表音文字である「仮名」は、「つねに音声言語に対して二義的な言語でしかない。それは記憶や記録のための紐の結び目のようなものであり、発音のための符号にしか過ぎない。言語の世界と文字の世界は、透明で」…とあった。「つまり、漢字という文字は、つねにその音と意味とがズレるのであり、そのズレの中に無限の隠された象徴、暗号を見ることが可能なのだ」。そして「文字の表面上の意味とは別に、その音の連なりに隠された意味を」読む、語呂合わせや駄洒落的なものにも言及している(例えば、出口王仁三郎は、「一九三一年」を「いくさのはじめ」と読んで、満州事変が起こることを予言している)。
 わたしは、今まで「かな」の透明性のなかに、意味を流し込んで詩を書いているような感覚があったので、この考えは新鮮だった。じつは方法は逆だが、ほとんど同じことをしているのかもしれないが。つまり、わたしは表音文字である「かな」に、透明なものをかぶせ表意文字をまぎれこませていたのだった。「かな」に擬態させた「漢字」たち。たとえば、「“よる”とかなで“かく”」。この“よる”は、夜でもあり、寄るでもあり、縒るでもあってほしいのだ。よるは、そうしたすべてをつつむにふさわしい音だとおもったのだ。“かく”も、書く、描く、核、であってほしい。えをえがくように。かくように。だから、表音文字であるかなの、その結び目のさきにある、一語一語に、たとえば「森羅万象は七十五(五十音に濁音、半濁音を加えたもの)の声音に還元されるものであって、その一音一音に根源的な意味がある。その音義を言霊と呼んでいる」という、言霊主義的な態度からも、わたしははなれているだろう。ね、とつぶやく。とかく。根、音、寝、ね? と、そのつなぎめのねは、密度の濃い透明の気体となる。
 また、わたしは今まで、漢字で書いてしまうと、逆に意味が固定されてしまうと思っていたのだった。たとえば、葡萄と書くと、ぶどうのもつ生の舞踏的なものがなくなってしまう、それは果実をしかあらわさないと。だが葡萄のもつくさかんむりから、ほかのくさへ、くさかんむりの下の匍は、匍匐前進のほ、蔓性の性質をあらわしている。不透明にぶどうに肉付けしつつ、這うことへ、“ホ”という音に、言葉の連鎖はつづくのだった。こうしたつらなり、そしておもいがけない象徴はある。
 けれども、葡萄は、ぶどうのように、やはり武道や舞踏にはならない。わたしはえらびたくないのだろう。えらぶことは、なにかを捨てることだから。
 「言語は、それが明らかにした世界の一面以外の側面を覆い隠す働きを持っている。「空は青い」と断言した時、その言葉は空が空気の澄み具合、濁り具合、温度、湿度などの様々な要素で青くも、赤くも、白くもなることの可能性を隠蔽してしまうのである」。そして頁をすすめると、こんな箇所があった。この選んだこと、断言は、だが捨て去ってしまったのではない、隠蔽だといっている。一回かぎりのことばだから、隠蔽ではなく、やはり、そのとたん、逃げてしまうのではないか、空から雲のかたちが変わるように? と思ってしまうが、ともかく隠蔽とするならば、「言葉の意味とは、その意味の背後に隠された、いまだ意味を持たざるすべての意味世界をその内部に潜めたものにほかならない」。「こういう考え方をすれば、表現された言葉は、この世界の在り方をそのままに開示する「神秘的な象徴」といってよい」。つまり、捨て去り、消えてしまったものと、隠蔽するものと、どちらも、結局は言葉で断定した、それ以外のものを、追いたがっているのではあるのだった。隠蔽のむこうに、かたちをかえてしまった雲がある。それは、かなに表意文字を潜ませるようにでもある。よる、かなはかく。縒る、可奈はそうして、書く、描く、核。
 そういえば、この海埜の“埜”も、父方の先祖が林姓だったことから、林を一字いれて、ペンネームにしている。土が林の下にあるのは、いかにも先祖らしくて、いいと思ったのだ。これも、漢字のもつ、音とのズレからくる不透明性だろう。「同じ音声で呼ばれるものが、その字音を一部に含んだ漢字によって表現され、それはさらに様々に多義的な漢字の世界を作りあげてゆく。」うみのののには、はやしがある。おはやしが、であったらいいとおもったりもする。

 梅があちこちで咲いている。日が伸びた。日射しがやわらかく、冬よりも近づいているのがわかる。すこし気分が上向きになってきた。
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