Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2007-07-25

箱のなかの誘蛾灯


▲William Bouguereau "Cupid and Psyche as Children" 1889

 そうして去年、《炎舞》を新聞で観てから、おそらくそれは、私の中で、ある場所、箱のようななかに、まとめてしまわれたのだと思う。そこには誘蛾灯、「飛んで火にいる夏の虫」、蛍光灯にどうにかして入ってしまった蛾の死体、なども一緒にいるのだった。先日の日記であるように、今回、美術館で《炎舞》にはじめて生で観た。そしてそのことを、また箱に生々しくしまった。その生々しさは、しまわれたものたちをもまた活性化させてしまったのだろうか。あのパブロフの犬のように、《炎舞》と直接結びついているわけではないのだが、その近辺、その蛾と光りのあたり、その箱全体として思い出すと、いつもあるにおいがたちこめてくるようになってしまった。
 においをはなつ根源的なものは、箱のなかのこんな光景からだ。随分昔、私は中学生だった。軽井沢の方に家族や親戚と車で出かけたことがある。旅の終わりに寄ったどこかのドライブインに巨大な誘蛾灯があった。青白い灯で、そこに蛾や虫がおびきよせられ、やってくる、電流の流れる鉄線に当たり、ちりちりと音がする、じゅっと燃える。ひっきりなしに虫が当たるので、焦げた匂いがよどんで、全体を包んでいるようだ。ほとんどむせんばかりだった。わたしはずっと、食い入るようにその光景を見つめている、そのなかにいた。見たくないような胸が焼けるような気持ち悪さを感じながら、惹かれていたのだ。特にそのにおいが強烈だった。ほとんど嘔吐を感じていた。それは蛋白質が燃える焦げたにおいに、わずかに甘い香りを放っていた。すこしの吐き気。多分そのにおいがいちばんリアルな死として感じられたからだろう。焼け焦げた虫の瞬間は、とっさのことで、見ていても死をあまり意識しない。あるいは、小さすぎて、紙が燃えたのとあまり区別がつきにくいからかもしれない。ともかく、においだけが死を感じさせるもの、死に近いものだったのだ。
 そうして、今、蛾たちを思い出すたび、においが思い出されるようになってしまったのは、だから死の香りとしてなのだろうか。
 死の香り、その虫の瞬間を、箱から、出してみる。死と生の瞬間、と虫は感じないだろう。そう感じるのはわたしたちのほうだ。だが、つい、蛾が死の誘惑に浮かされたようになって、灯や火に飛び込んでしまうと思ってしまいたくなるのだった。灯や火は美しく手招きをしているようではないか、などと。死の誘惑といったが、それは死と生の接点、その極限からの誘い、というほどの意味だ。わたしたちは死を知らない。そして、だからこそ、知りたいと思うから。蛾に象徴をみてしまう、というよりも、蛾に自身を重ねてしまうのだろう。誘蛾灯、「飛んで火に入る夏の虫」、それらは、わたしのなかで、箱として、恐ろしくも美しいものとしてしまわれていたのだった。焦げたような、わずかに甘い香りを、燐粉のようにまきちらして。
 箱にもうすこしなにかをいれるために、ネットでなぜ蛾(に限らないが)が光にひきよせられるのか、調べてみる。彼らは太陽からの光、月や星からの光をもとに、自分の位置を確かめて飛行するという(走光性という)。光に対して垂直に飛行するのだが、太陽や月からの明かりは距離があるので平行に注ぐが、火や人工のものは円錐状になる。円錐と垂直になろうとするので、光の周りを回りながら光源に近寄ってしまう。そして、方向性がわからなくなり、眩しさに目が眩んで、光の中に飛び込んでしまうとあった。
 そう、彼らは生きるために、光を欲するのだ、とまたついそこに何かを見てしまう。よく生きるために、光に近づこうとするのだった。生を生きないものは死をも死ねない。とは誰がいったことばだったか…。ともあれ、生きるために必要な本能で、死んでゆくということが、奇妙な円環として心に残った。また箱にしまう。生まれたばかりの蛾の幼虫は、まず太陽、光に向かって上へ昇ってゆくのだという。
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2007-07-15

燃える空気


 蛾が炎の上の方で舞っている。去年、新聞記事でその絵を観てから、ずっとどこかで気に掛かっていた。速水御舟《炎舞》(一九二五年)。山種美術館所蔵なのだが、多分、その記事で観て以来、はじめての展覧になったかと思う。山種コレクション名品選後期展(二〇〇七年六月六日〜七月一六日)。一枚だけ離れ、上からの薄明かりに照らされているので、よけいに炎が明るい。黒地に映えるしずかな火に、音もなく(実際もそうであろうと思われるほどに)、蛾が燃えるのではなく、踊っている。あるいは燃える寸前の最期が、生の舞いとして天に昇っている。これもまた瞬間の永遠なのだ、生と死が接するところなのだ、あるいは美と醜が。しずかなまったき明るさが、絵からにじみでるようだった。遠くからでも、その炎は息づいてみえるのだった…。
 ちなみに速水御舟は、一昨年やはり山種美術館で観た、《春の宵》(一九三四年)以来、気に入っている。
 〈幽玄な、なにか夜に溶け入りそうな(だが決して溶けない、そのすれすれで止まっている)かそけき、か細い一本の夜桜から、花びらが散っている。三日月の細さすらかぼそい、異界に通じるような一枚だと、そんなことをたぶん思った。だが、もういちど、枝たちにうながされてみてみる。その柳のようにかぼそい幹から花びらにむかって、つたえている生、それこそが、幽玄なのではなかったか。夜のなかで息づくことが。枝たちがやはりしずかに、とてもしずかにだったが、ささやいてくれたのだった〉。
 と四月十五日の日記でも書いているが、この時は、《炎舞》とあまり結びつけて考えていなかった。こうして《春の宵》について書いたことをここに載せてみると、両者に接点を感じていたのだと、共通点を感じるのだが、他の画家のようには不思議と一見して一貫した共通性を見いだせないのだ。ルノワールの肌の色(彼はコーヒーカップまでも肌と共通している)、モネの空、とか、奥村土牛の花びら、とか、目立った徴が私には探せない。今回の名品選展にあった、速水御舟の《翠苔緑芝》は屏風絵で、苔の上に、左雙は兎、右雙は黒猫が描かれ、金の地がまばゆく、特に一匹だけ小さく座る黒猫、その小ささに(といっても、対比的には合っているのだが)、逆に強調を見て、思わずひきこまれてしまうのだが、これと同じ作者とはやはり見た限りでは気づかなかった。《白芙蓉》、一枝の芙蓉に、蕾三輪、開花したもの一輪。特に咲いた白い花びらが、人肌よりも柔らかそうで、その質感に驚いた。それはあるいは蛾の羽よりも、といったほうがいいかもしれないが、柔らかすぎて、空気にふるえながら、光りを放っているようだった。こうしてやはり書いてみると、炎舞の蛾に、《春の宵》の桜の灯るような白さと、共通していると思うのだが、展覧されたそれらを観た折は、共通性を見出すことができず、やはり名前を見るまで速水御舟のものだとはわからなかったのだった。だが、まさか個性がないと失礼なことを書こうとしているのではない。あるいは変幻自在だと書こうとしているのでもない。私は一見しただけでは、彼の絵とはわからないけれど、彼の絵のたいていのものには惹かれてしまう。わからないなりに、これは…と目を奪われると、彼の絵だったりすることが多々あったのだ。《炎舞》もそうだった。新聞の写真を見た瞬間、ふるえたのだ。こうした惹かれるということこそ、彼に連綿と流れる何かなのではと思ったのだ。見ただけでわからない、けれどもどこかで、肉眼では見ることができないが、匂いよりもなおかそけき、たとえばしめった空気などのようなものとして、感覚を通して確かに伝わってくるもののような、けれども、そのしめった空気はいつも同じ感触なのだ、といったような。火の粉がかそけき空気をはなって、わたしにふれてくる、浸透してゆくのだった。奥底で、ちらちらと空気がうなづいて。《炎舞》のまごうことなき明るさが照っている。

▲写真:《炎舞》山種美術館HP(http://www.yamatane-museum.or.jp/)より

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2007-07-05

あるいは忘却のリラックス


 呼び水のように、あるいは河を流れる水の成分がかなり等しいように、一環していることがある。一環は、わたしが経験したり感じたりしたことから、引き出してくるので、以前ここで引用したことをついまた使ってしまうが、こうした点から、習慣や日常について少し考えてみたい。
 ヤコブソンは、「音韻と意味との機械的な接近連合は、習慣化すればするほど、ますます速かに成立するようになる。ここから日常のパロールの保守性が産れる。かくて、語の形式は急速に死滅する。詩においては、機械的な連合の役割が極度の抑えられる。その反面、語の構成要素を分離することが排他的に関心を惹く。分離されたものの断片は容易に組み合わされて新しい結合体となる」といっている。そうしてわたしは日常をつい軽んじてしまうのだった。あるいは習慣に形式化を、「急速に死滅」した魚の澱んだ目を思い浮かべてしまい、形骸だけにあきたらず、自身の日々の単調さを、そこにすべて投げ込み、つい蓋をしてしまいがちになっていたのだった。それは、ほとんど悪役の容貌をもつものとなる。
 赤坂憲雄『異人論序説』から。「〈異人〉とは、共同体が外部にむけて開いた窓であり、扉である。世界の裂けめにおかれた門である。内と外・此岸(こちら)と彼岸(あちら)にわたされた橋、といってもよい。媒介のための装置としての窓・扉・門・橋。そして境界をつかさどる〈聖〉なる司祭=媒介者としての〈異人〉。知られざる外部を背に負う存在(もの)としての〈異人〉」とあり、わたしは〈異人〉を詩人になぞらえ、つい外側に、日常や習慣を置いてしまいがちになっていた。共同体が外部にむけた窓であるなら、日常が外部(非日常)にむけた窓として、重なっていたはずなのだが。ちなみに、この本では、外側には想像上の生き物が置かれることもあったので、創造(想像)されたものが接しているということでも、詩人が境界にいるという、この考え自体は水として一環しているといえる。窓や扉とは境界である。そして窓もまた、水として連なってゆく。
 そして、小屋といえば、河合隼雄『昔話と日本人の心』の「うぐいすの里」では、「日常的な空間からやってきた男性が、非日常な空間に出現してきた美女に会う」中間地点として「見知らぬ館」を置いていることを水に置く。この「見知らぬ館」に居たいと私が思っていたのは、境界にということではなかったか。「このような日常・非日常の空間構造を、心の構造として読みとると、意識・無意識の層と考えることも出来る」とあった、その接点の場に。館は窓となり敷居となる。
 ここでも、その館にいようと思うあまり、日常的な空間を外部として疎外していたのではなかったか。まるで日常に属する男が、女を恋しく思うあまり、日常を疎ましく思うように。だが男のその思いは、まさに自身が日常に属するからなのだ。
 この館にいることは難しいと河合隼雄も述べている。中間にいるのは、均衡を取るのは難しい。片方に傾注しない、ということは。だが、日常を必要以上に疎外しないこと。それも均衡なのだから。窓をみつめること。ことばは非日常にではなく日常に属するものだから。
 岬、言語、舌は、ラテン語ではlingua、すべておなじ語源だという。「岬=言語(リンガ)とは、それを通じて社会が自然に向かって突き出すもののことだ」(パスカル・キニャール)。これは、日常から非日常に向かって突き出すもの、とも言えるだろう。言葉はなにかをつかもうとする…。小屋(見知らぬ館)の壁は岬かもしれない。突き出し、混沌とした世界にむけて、ひりひりとしている。
 水は、諸刃の剣のように、ヤヌスの鏡のように、同じもののはずなのに、別の様相を示すだろう。混沌への恐怖が、混沌への渇望と重なるように。
 鈴木道彦訳『失われた時を求めて』の文庫版が全巻出そろったので(集英社)、読み始めている。家で井上究一郎訳の全集がかなり場所を取っているので、置き場所と相談の結果、文庫が出揃うまで待っていたのだ。鈴木訳は抄訳版で知っていた。それは肌に合うようだったので、全訳を読むのは楽しみだったのだ…。
 その最初のほうのページに、習慣について書かれた箇所があった。水がここにも流れていた。居心地の悪い部屋がある。だが「習慣がカーテンの色を変え、柱時計を黙らせ(中略)、防虫剤の臭いを完全に追放しないまでもそれを気にならなくさせ、そして天井を著しく低く見せるようになるのだった。習慣! この巧妙な、だがひどくのろまな調整者は、最初は何週間も私たちの精神を、一時的な仮の調度のなかで苦しめる。しかしなにはともあれ精神は、この習慣を見出せば大喜びなのだ。それというのも精神は、もしも習慣がなくなって、自分の持っている手段だけに頼るようになると、一つの部屋を私たちの住めるようなものにすることもできないであろうから」。部屋と小屋は重なっているだろうか。同じ水が流れているだろうか。水が洪水を起こす、あるいはその後に肥沃さを約束してくれる。
 また、『失われた時…』では、子供の頃、寝付かれない話者に両親が幻燈を見せてくれた時の記述があった。「なるほど私はこの見事な幻燈に、魅力を感じていた。(中略)にもかかわらず、私がすっかり自分の自我で満たしてしまった部屋、自我と同じくもう気にかけなくなってしまった部屋のなかに、こうして神秘と美とが侵入してくると、どんなにいやな気持がするものか、それは言葉にすることもできない。感覚を麻痺させる習慣の力が停止してしまったので、実に悲しいことだが、私は考えたり感じたりしはじめていたのだ」。ここで、私はショックだった。習慣、日常をつまらないものと見ていた狭量さに。私もまた、習慣のしつらえる部屋のなかで、わずらわされること少なく、静かにしていたかったのではなかったか。例えば夜、電話が鳴ると気が重くなってしまうのは、侵入され、習慣が乱されるからだ。目覚まし時計、オーディオ、モノが壊れたりすると動転するのも、習慣に穴がうがたれ、そこから異質のものが押し寄せてきそうになるからではなかったか。新しいモノを買うのにも、期待よりも気が重くなるのは、習慣が…。
 そこで、思い至るのだ、混沌に満ちたモノたち、畏怖と期待、謎であるそれらにむけた岬、小屋、その区別が壊れたら、わたしこそが混沌と化してしまうだろう。岬、壁は、習慣が作り出した、最後の砦なのだ、と。
 あの館にいるのはむつかしい。あるいはあの館は舟のようなものなのか。日々、水の上で揺られている…。ともかく、働き者の習慣にかわいそうなくらい悪役を押しつけていた私がいた、ということをも、水は告げてくれたのだった。

 少し気分が沈むから、心が求めていたのだろうか。ラベンダーを見に行った(埼玉県菖蒲町)。ラベンダーは気鬱を和らげる作用があるというから。一面の紫、一面の芳香を期待していたが、想像していたよりも、狭い範囲の花畑だったし、香りもほとんど薄かった。だが日が経つにつれ、小さな紫の面積、かそけき香りが、そこだけ切り取ったように生々しい紫、香りとして形成されつつある。部屋で、殆ど毎日、ラベンダーの香りをくゆらしたりしているからだろうか。こちらは偽物、あちらは本物、と習慣が告げてくるのかもしれない。部屋のこれは嘘、あのラベンダー畑が本当、そう、習慣から囁きづづけられることによって、あのラベンダーが対比的に磨き上げられ、輝いているようでもあるのだ。ラベンダー畑が壁の外で、岬の下で咲き誇っているのかもしれない。私は静かに、どちらからともいえない香りを嗅いでいるのだった。
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