Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2010-04-15

花をばらまく


 桜は四月の四日ごろが満開だったろうか。一週間もたないと思っていたが、気温の低さが手伝い、なんとか九日、十日の週末まで、咲いている姿を保っていた。
 毎日、ゆっくりと散りゆく桜、花を終えつつある姿を眺めていた。地面や水面に、つまり概ね下に落ちた花びら、視線を上にむければ、まだ花をかろうじてつけている桜の花、中間には舞い落ちる花びら、上中下、わたしをとりまくものは、花びらばかりの桜色。
 だが、すこしばかりこちらが体調をくずしていて、感受する力が滞っていたせいもあるのだろうが、日々、眺めてゆくうち、だんだんとその吸引力は薄れていった。それは魔的に常軌を逸するものから、逸脱の軌道をすこしずつもどしていった。日々のなかで親しげに咲く花たちの相貌を見せてきたのだ。この季節ならば、菜の花、れんぎょう、ゆきやなぎ。それが悪いというのではない。そうしたやさしさにしばし、はっとしもするのだから。だがぞっとする感触は薄れていった。あの魔的な吸引力は、短い満開のせいでもあるのだ。それはきっと非日常的なものであるのだろう。非日常としてゆさぶりを起こす満開の静けさ。桜の根は、だが日常だ。そこに根をもちながら、違和を、花びらばかりの静寂をほとんど強引なまでに目に耳に、おそらく五感にうったえかける。それはつづくと多分残念ながら薄れてしまうものなのだ。情熱的な色恋の渦が徐々に熱をさましてゆくように。とうに散ってしまったはずの満開が何とかその姿を保っている、ありがたいと思う、だが反面、強引さが徐々に薄れてゆくことに、どこか拍子抜けの感じをもってしまっている。勝手なものだと思う、だが桜はわたしのなかでは、もっと早く散ってしまうものなのだ。そうはいっても猫やなぎ、雪やなぎ、モクレン、サギゴケ、ヒメオドリコソウ、タンポポ、これらの親しげなやわらかさ、静けさもとても大切に思っている。道端で久しぶりに見たムラサキケマンの鮮やかさ。それらは季節をそっと伝えてくれる、やさしい違和、つつましい非日常だ。だが桜にもとめているそれは、もっとぞっとするものなのだ。疲れるものなのだ。それはもしかすると時間の流れをそこに投影しているからかもしれない。時間は見れない。だが咲いてすぐに散ってしまう、その桜に刻々と流れ行く時間を見てしまうのだ。すぐそこには終わりがある。時間の果てが花びらにただよう。だから桜には死がまとわりつくのかもしれない。終わりが、そして始まりが。
 わたしはそれでもなるべく桜たちを眺めていた。だが、そこにはもはやどこかしら義務感のようなものがつきまとっていた。桜たちはまだ咲いているのだ、だから見届けなくてはならない。わたしのなかでは、もう彼らととっくにお別れをしていたのだと気付きながら。だが彼らはまだ咲いている。そぶりをみせては申し訳ない。彼らに気取られないように、彼らを惜しむのだ。第一、来年までみれないし、来年はどうなっているかわからない。

 映画『雨の朝巴里に死す』(一九五五年)に、エリザベス・テイラー演じるヘレンの言葉として、「毎日、これが最後だっていうふうに楽しく生きたいわ」という台詞がある。ここでは享楽的に楽しく、というニュアンスで使われているので、そこから幾分離し、半ば自立した言葉として、わたしはずっとこの台詞を大切に思ってきた。毎日がこれが最後だというふうに悔いのないように。それは決してできてはいないが、来年の話などをすると、ふっと思い出してしまうのだ。明日さえわからないのに、それよりも遠い来年はくるのだろうか。今日が最後だっていうふうに…。桜をみるときも、そうだ、今日が最後だろう、もう散ってしまうだろう、という思いから見ていたと思う。今日が最後なら、見届けなければならない、と。
 そうだ、最後はすこしづつやってきている。雨にぬれ、泥のついた、泥にうまった花びらたちが日に日にふえている。見届けなくてはならない。今日が最後なのだ、ありがとう。勝手なものだ。その散り方がゆっくりなので、すこしだれてしまったのだ。おまけに風邪がいささか重くなってきた。めだってきた葉、桜をちらすはげしい雨、発熱、ごめんなさい、今日はもう桜の花びらを感じにいくことができないのだよ。

 東京で桜が満開をすぎた頃、ちょうど今時分は、山梨では桃が見頃を迎えているはずだと、ふと思い出した。もう十年ぐらい前になるだろうか。四月中旬、ワインを飲みに、あのあたりに毎年のように出かけていたことがある。山で覆われた盆地のあちこちが桃の色をしきつめたようになっていたっけ。当時、駅から乗ったタクシーの運転手さんの言葉を思い出す。「こっちではね、桜よりも桃のほうがすごいんだ」。桜は二の次なのかと、あたりの景色を見てうなずく。それほどまでに、桃だらけになる。ちなみに甲府、勝沼のあたりはその桃一色がほかの地域よりもまだらになる。なぜなら、まだらになったそこは葡萄の場所だから。葡萄はこの時期、まだ芽吹きもせず、冬の姿で棚に枝をはわせているのだ。
 テレビのニュースではちょうど一日から十八日まで桃の花まつりをやっているといっている。風邪は治っていなかったが、出かけてきた。中央自動車道。神奈川に入ったあたりから(一端東京から神奈川に入り、そのあと山梨になる)、桜がまだ盛りと咲いていることに気付く。そうだ、すこしばかり開花時期が遅いのだと思い出す。時間を遡及しているようだとふと思う。そして釈迦堂パーキング。ここも桃まつり会場のひとつでもある。車をおりて、パーキングから階段を昇る。桃の花と、桃のアイス、ジャム、おでん、野菜などを売る出店たち。桃も梅とすこしにて、割と低い木だということを思い出す。空の重みに耐えるように、てっぺんをいくぶんかひらたくして、ちょうど桃色のテーブルのような感じの姿で枝から花をつけている。空にも桃を見せるように。今が満開だ。梅や桜よりも濃い桃色は、景色に違和を放つようだ。梅や桜の色自体は薄いので、空や雲の色になじむのだが、桃はそうではない。春という違和をまきちらしたように咲いているのだった。こんな満開の桃を見たのは十年ぶりだ。だが覚えていた。あたりまえのようだが、覚えていたことがうれしかった。


 釈迦堂パーキングで降りたのはもうひとつ理由がある。というよりも、桃も目当てだったが、こちらも目当てだった。パーキングに直結して釈迦堂遺跡博物館があるのだ。このあたりは中央自動車道建設に先立って発掘された縄文を中心とする遺跡郡があり、その出土品を収蔵、展示した施設。特に縄文中期(約四千五百年前頃)の土偶が多い。土器、土偶約五五八九点が国の重要文化財。十年まえにも中に入ったことがあるが、その頃は全く興味がなかったから、入ったという記憶しかない。
 展示されている土偶は、顔だけのものが多い。ばらばらにされてばらまかれたものだろうとある。館内にあった資料には、インドネシアに、食べ物を吐き出していた女神をバラバラにして埋めたら、作物の芽が出てきたという神話があり、そうした農耕にまつわる祈り、まつりに関係しているのではないかとあった。女神の名は「ハイヌウェレ」という。日本書紀にも、保食神(うけもちのかみ)として、同系列の神がいる。
 土偶は顔だけがたくさん展示されている。それは後期ほど凝ったものではないが、ゆるしのようにやさしい顔であったように思う。あるいは受け容れるために穴になった眼たち。

 土器もたくさんあったが、どうもわたしは後期のもののほうが好みにあっているようだ。中期のそれには、いまいち慟哭をうけるものがすくない。それでも水煙文土器に出会えたのはうれしかった。縁の四つが飛び出し、波紋のようにうねっている。「この火焔が、同時にそのまま、波濤にも見える」(『縄文物語』)のまさに逆で、これは水であり、火だった。あるいは雲であったかもしれない。だれかの心象であったかもしれない。それらすべてを体現して、そこにあった。土の感触が土器からつたわってくる。土に帰るもの、そして土から生まれるもの。

 博物館は花に囲まれている。展望ロビーからも桃が見渡せるが、博物館に来るまでの道は、レンギョウ、雪柳の盛りを通ってくる。桜も見えた。まだ満開であること、そしてあたりの花たちすべてが満開であることが信じられないようだった。桃をみつめる。だが、どうしても桜に眼がいってしまう。まだ満開だ。もうわたしのなかではおわったはずなのに。


 ぶどうの丘に行く。ここはワインの試飲もできる、ホテルも温泉もある。審査に合格した甲州の様々なワインが売られている。十年前に飲んで忘れられらなかったものを求めてきた。甲州、樽詰。白、辛口。以前に飲んだそれは、信じられないぐらい香りがよかった。つつましやかで、かつ様々な花や植物の精を思わせ、芳醇だった。ちなみに、このワイン自体は二、三年ほど前にも飲んだことがある。以前と同じ味だった。今回、目当てのものは残念ながらなかったので、似たようなものを買う。

 ぶどうの丘は、丘というよりも小山になっていて、盆地に浮かんだ小島のようでもある。だから見晴らしがいい。エントランスに噴水があるが、そこにも桜が植えられている。ちょうど花びらがちりはじめたころ。これではまるで先週のようではないか。時間が遡及している。今日が最後だ。花びらを手のひらにそっとのせる。もってきていた文庫本にはさむ。まだ桜の花びらを感じることができたのだ。
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2010-04-05

しずかな桜にざわめく


 十日ぶりにここにくる。その間にずいぶんと季節がかわってしまったように感じられる。
 桜のせいだ。
 東京地方は三月二十二日が開花日だった。その後で、真冬のような寒さがあった。やってきた春に、去り行く冬が、最後にあいさつを交わしてゆくようだ。それは季節の凝縮のようだった。十日ほどのあいだに、春と冬という季節がともにあったので、その分、時間がたたまれて感じられたのだ。寒さのせいで、咲いた桜がちぢこまっている。まだ一分咲き、二分咲き…、手袋をし、冬の厚手のジャケットを着て、桜を見ている。春なのに冬だ。冬なのに春だ。季節がわからなくなる。そして季節の中にいながら、どこか別の季節にはいっていったような浮遊感があった。あるいは、それが季節の裏側をちらっとでも感じられたことによるのかもしれない。
 桜はすぐに咲いてすぐに散ってしまうイメージがあった。だが今年は…とここまで書いて、そうではなかったと気付く。去年もたしか開花してから満開になるまでの間に、ずいぶんと時間がたっていたのではなかったか。そしてその時に思ったはずだ。桜は咲いてすぐに満開になり、すぐに散ってしまうのではなかったかと。そんなふうに何かを忘れながら、何かを覚えていながら、私たちは生きてゆくのだろう。全部覚えていたら、たぶん辛すぎて耐えられないこともあるだろう。あるいは楽しいことでも全部覚えていたとしたら、人生はあじけないものになってしまうかもしれない。だが、咲いてすぐに散ってしまうのではなかった。去年もそう思ったと気付いたとき、それでも去年の自分とも再会していた。こんなふうに亡くなったひとたちとも思い出すことで再会ができるのだろうかと、三分咲きぐらいになった桜の下をとおりながら思う。
 実際、三月二十二日が開花日で、満開を迎えたのが四月四日。散るまではもうすこし早いだろうが、合計して半月以上は咲いていることになる。これは実はそんなに早く終わるわけではないだろう。
 いや、開花して、満開になるまでを私はおそらく待ち望んでいる。まだかまだかと毎日、桜を見上げている。通勤の行きかえり、遠回りをし、いつもは全く通らない場所を通ったり、見れるかぎりの桜はぜんぶ見て回る。まだだ。まだあのぞっとする感触がすくない…。待ち望んでいるときの時間というのは、ゆっくりと流れる。そしてそれがきたあと、すぎる時間は早い。
 ぞっとする感触と書いた。それは、のみこまれそうな静寂かもしれない。五、六分咲きになった頃だったか。桜が静かだということに、ふっと気付いた。自転車に乗っていた。あたりは桜が数本、そして自分がペダルを漕ぐ音しかしない。桜に限らず、花たちは静かかもしれない。だが桜はほかのすべての音をのみこんで、なにかほかのものまで飲み込んで静かになろうとしているような気がした。そこではわたしの記憶、覚えていたもの、それらが静かにかさなっているような気がした。あるいはそれ以外のもの、覚えていたくなかったものも含めて、静かに咲いているのだと。その度合いが、満開のときに頂点に達するように感じているのかもしれない。また他の日のこと、用水路の岸に桜が植えられている。桜は静かだ。水が流れる音ばかりがする。桜はやはり静かだと思う。そのとき、後ろ側でなにかがはねた。おそらく鯉だろう。桜の静寂に気付くのは、いつも他の音があるからだ。川もまた静かに流れていたのだと、鯉によって気づくように。

 それにしても、桜になぜこんなにひかれるのか。ひかれるというレベルではない。ひきずりこまれ、まきこまれているのだ。まさに「世の中にたえて桜のなかりせば 春のこころはのどけからまし」(伊勢物語八二・在原業平)だ。ほぼ満開となった二日、三日、桜をあちこちにみにいった。しんじられないぐらいにいっぽんの木があざやかだ。つい最近まで、冬枯れの樹木であったはずだ。そしてまもなく、いっぽんの緑豊かな木になるだろう。秋になれば、紅葉する。それはほかの木々とかわらない生の営みだ。だが、桜はしんじられないぐらいに、花を咲かす。それらの営みの中にもちろんくみこまれているのだが、それから突出して花を咲かせているのだ。常軌をいっして満開なのだ。いや、前回ここで書いた梅だって満開は異質ではないかと、十日前のわたしは今のわたしに注意をうながす。だが、梅はやさしい。おだやかだ。ぬくもりのようだ。そうではなく、桜はこわいのだ。あたたかさがつる状になって、がんじがらめにわたしをとらえてはなさない。そのままどこかにひきずりこむようなこわさがある…。梅の満開時のうつくしさにはほっとするものがある。だが桜にはどこかおびえさせるものがやどっている。『桜の樹の下には…』『桜の森の満開の下』。


 二日は金曜、三日は土曜。桜を見に行った場所は、どこも人でにぎわっていた。花をそっちのけで騒ぐ姿、大音量で音楽を流すむれなどに辟易もしたが、どうしてこんなにほぼ日本中、桜にまどわされるのだろうと思う。開花予想や満開予想、お花見日和であるかどうか、雨や風で桜が散ってしまわないかどうか、ニュースや天気予報で、全国的にそれは放映されている。他の花の開花予想? あっただろうか。ラベンダーの開花予想、萩の開花予想、藤の開花予想、こうしたものはない、つくしがスギナになったからとニュースになるだろうか。桜だけが特別なのだ。花見の名所ではないが、用水路があるところの桜、もうすぐ田んぼになってしまうそこにもシートをひろげてお花見をしている人々がいた。なぜ、人々は花見に出かけてしまうのか、わたしのように? これはおかしい。だが、それはおおむね共鳴であり共感だ。かれらに、わたしに、わたしたちに、桜はどこかでのどかにならないざわめきをひびきわたらせるのだ。
 去年の春に、長年努めていた会社が倒産した。その近くに、見事な桜の大木があった。下は酒屋さんだったところの庭だったが、長い間に酒屋さんがなくなり、駐車場となった。桜はそれでもありつづけた。満開の頃になると、多くの人たちが立ち止まり、花を見上げていた、カメラをむけていた。わたしはこの桜がとくに好きだった。それはおそらくほかの桜よりも、つきあいが長いからだ。ほかの桜は、ここまでながい年月、その開花を見てきたことがなかった。ほぼ二十年…。だから、二十年来の桜とのつきあいがなくなってしまうことが、私にはさびしかった。
 だが、またこの近くで勤めることになった。朝夕の行きかえりに寄れるというほどは近くないが、帰りに遠回りをすれば、寄れるぐらいに。今年はもうあえないだろうと思っていたので、思いがけない桜との再会におどろく。意味はすこしかわってしまうが、「年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山」とおもわずつぶやく。そういえば西行といえば、桜といえば、これだ。「願わくば花の下にて春死なむその如月の望月の頃」。今年もこうして満開をむかえた。

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