Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2011-11-25

雨の中、水の温もりを求めて。 その1 山種美術館

 水をもとめるように、展覧会に出かけた。その数日前にチケットを安く仕入れた。こうしたことをするのも久しぶりで、狐につままれたような気がどこかでしていた。既視感もあったのかもしれないが、思いついて店に行っただけなのに、簡単に手に入れられたことに(結構、ないことが多いので)、肩すかしをくらったのかもしれない。いや、行こうと思えば、簡単にいけるのだよと、遠くで声がしたような気がしたのだ。
 二つ行った。山種美術館と出光美術館。この二つ、駅でいうと四駅ぐらいしか離れていない。山種は見たものばっかりだろうし、出光はじっくりみるのがおそらくほぼはじめての画家、長谷川等伯に関連したものだったので、ひとつだけでは不安だったのだ。ひさしぶりだったから。いや、実際、そうでないかもしれないが、気分的にそうだったし、飲む水というよりオアシスになりうるかどうか、選択肢は多いほうがよかったから。
 最初は山種美術館。「ザ・ベスト・オブ山種美術館」(【前期】江戸絵画から近代日本画へ、二〇一一年十一月十二日〜十二月二十五日、【後期】戦前から戦後へ、一月三日〜二月五日)。展覧会HPなどによると
〈一九六六(昭和四一)年、日本初の日本画専門の美術館として誕生した山種美術館は、二〇一一年で開館四十五周年を迎えます。これを記念し、当館が所蔵する約一八〇〇点の収蔵品の中から名品を選りすぐり、一堂に展示する特別展を開催いたします。
 当館のコレクションは、横山大観、上村松園、小林古径、加山又造、平山郁夫など、名だたる作家たちと直接交流を重ねる中で蒐集された日本画が核となっています。また、「幻の画家」と呼ばれた日本画家、速水御舟のコレクションは、質・量ともに国内外随一を誇ります。さらに、当館の収蔵品は日本画だけにとどまらず、琳派などの江戸絵画や浮世絵、近代の洋画も含まれています。〉ということで、八十点を、前期と後期にわけて展示するというもの。
 先にも書いたけれど、もう何度も来ているので、多分、見たものが多いだろうと思ったが、もしかして出会いがあるかもしれないと、足をはこんだのだった。


 北斎が一点、冨嶽三十六景の赤富士があった。これはもう何度も見ているので目当てではなかったが、出会えるとやはりうれしい。《凱風快晴》、赤い荘厳さに引き込まれる。
 そして《新古今集鹿下絵和歌巻断簡》(俵屋宗達・絵、本阿弥光悦・書、十七世紀前半)。もとは巻物だったらしく、掛軸にしたものを断簡というとか。横長の画面、中央に振り返る姿の鹿を、西行法師の歌が右左に配置。画面上が金泥、下が銀泥、鹿も金泥だが茶色が勝っている。絵具の濃淡だけで鹿のふくらみや顔すらわかるようで、それがここちよい。濃淡のもつ静けさと潔さといったらいいのか。歌は「心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ」。


 今日はすっと絵たちがはいってきてくれるなと心地よく思う。写楽や歌麿もあった。いつもは役者絵や美人画などには殆ど惹かれないのだが、数点飾られていた彼らの絵に、はじめてではないだろうか、表情の豊かさに、少しだけ心がひらいた。そうか、多分、こういうことなのかもしれない、浮世絵を見るということは、とすらちらっと思った。もっとも扉をあけて、一瞥し、それでまた分かった気がして去ってしまった、といった感じではあるけれど。
 酒井抱一、二点。先日まで千葉市美術館で展覧会をやっていたのに、とうとう行きそびれてしまった。そのことを残念に思う。ともかくまず《飛雪白鷺図》(十九世紀前半)。もとは「十二ヶ月花鳥図」の一枚、十一月だったらしい。ちなみに、次の出光美術館でかなり似ている《十二ヶ月花鳥図貼付屏風のうち十一月》という絵ハガキがあったので購入した。白鷺が水に一羽、足を浸している。枯れ始めた葦、そして菊、波紋の上に、白露のような飛雪が輝いている。頭上には飛来してきたもう一羽の鷺。下の鷺はそちらのほうを穏やかに見つめている。雪のきらめき、飛来している鷺のひろげた羽根、羽根からこぼれるような雪、これらにどうしてか惹かれた。静かだったからかもしれない。輝きにみちていたからかもしれない。羽根と雪がよくあっていた。鷺たちが互いに相手をみつめあっているところに優しさを感じたからかもしれない。それが温もりだとしたら、反対に、絵のおちこちから、冷たい、凛とした、十一月の空気が感じられる、その対比の均衡に惹かれたのかもしれない。もしかすると、家の近くでよくみかけるコサギたちの姿もそこに見たからかもしれない。それを思い描くことで、なにかを共有する…。


 もう一点は、《秋草鶉図》(十九世紀前半)。金の地に、ススキやオミナエシ、草紅葉などの叢の中に、鶉が五羽描かれている。羽根を広げたり、地面をつついていたり、上を見上げたり。黒い半月が目をひく。穴のような月の夜の明かり。鶉たちがやはり静かだ。静けさにひたされる。金地とススキと鶉が黄金色の系列で均衡を保っている。そしてそこに黒というそれをやぶるかのごとくの色が、目をひく。あるいはそれがあるからこそ静けさがひきしまるのかもしれない。


 他、見たものではあるのだけれど、竹内栖鳳《斑猫》(一九二四年)、菱田春草《月四題》(一九〇九─一〇年頃)。斑猫など、つい数カ月前に見たばかりなのに、猫の毛並みがまたやさしく高貴にまねいてくれるようだった。そして《月四題》は、四枚で、春夏秋冬の月のある景色を墨の淡彩で描いているのだが、月が夢みるようにぼうっとしている。先の《秋草鶉図》のようにはっきりとした穴ではなく、にじんだようなぼうばくとした満月の月たちが、夢幻へいざなうように、静かな誘いをかけてくる…。これを見たのは、数年ぶりだ。みたということは覚えているのだが、まるで初めてみたような感動がうれしかった。

(菱田春草《月四題》より秋)

 ここまでは第一展示室。ミュージアムショップを通って、第二展示室へゆく。この寸断された感覚がいつきても奇妙。第二展示室の眼玉はここにきた目的のひとつでもあった速水御舟《名樹散椿》(一九二九年)。これも見たことがあるが、速水御舟の作品のなかでは、大好きというほどのものではなかった。それでも目的といったのは、単に速水御舟が好きだから、彼の作品ならなんでもいいやといった程度の気持ちである。ともかく太い幹のうねり、右端から、ななめに枝をおろしている、椿。椿の花が赤、桃色、白、何色もまじっていて、花びらを散らしている。幹や枝のふというねりが、生だった。そして花たちがこれでもかというぐらい終わりにむけて咲いているのに圧倒された。さまざまな色の絢爛豪華な花たちが、花びらを散らしながら咲いている、その花の終わりまぎわの世界の静けさが、にじむように伝わってきたのだった。


 ミュージアムショップに戻って、絵葉書などを買って、また第一展示室をざっと見て、雨の中、次へ向かう。恵比寿駅へ。行きにみた駅近くを流れる渋谷川は、水が澄んでいたのに(だが、コンクリート護岸されている川をみると、どうして澄んでいる、と思えないのだろう? どぶを連想してしまうのは、それほど強くはないが、かすかに下水を連想させる臭いのせいもあるのかしら)、水かさが増し、濁流となって流れていた。ほんの一時間強の間なのに、水の景観が変わっていることがどこか奇妙だった。そういえば恵比寿。この近くに住んでいたことがあり、よく来ていた駅、街だったのだが、店が変わり、ビルが経ってしまったので、ほとんど知らない場所のようになってしまっている。たかだか十年位前の話なのだが。恵比寿の駅ビルで少しだけ寄り道したら、地下鉄に向かう出入り口がわからなくなってしまったほど、よそよそしい場所となってしまっていた(方向音痴という私の側の問題もあるけれど)。そのことをすこしだけさびしく思いながら、地下鉄日比谷線で、日比谷駅へ。(この後、次回に続きます。)
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2011-11-20

ばらばらをつなぐのはたとえば…、黄金色を日なただと感じることばだ



 またここをあけてしまった。言い訳になってしまうが、書くことはあったのだが、締切が重なっていて、こちらに時間をさくことが難しくなっていたのだった。そうしているうちに、またどこか心が重たくなってきていた。やらなければいけないことがあって、それをしないでいることが重いとか、そのために堕落しているという責めがあったりとか、かもしれない。だが最初はそれに気付かなかった。締切になんとか間に合い、急ぎのものは終わったのだが、重い心がだんだんのしかかってきたせいか、最後のものは、いまいち納得せきないものになってしまったようなきがする。言葉がでてきずらくなっていたのだ。そのうち些事におわれ、些事が心にさらにのしかかってくるようになる。秋がふかまり、通勤の朝、とおりがかる公園、ちいさな森の景色もかわり、鳥の声もまた増えてきたようなのに、そのことも、あまり心にひかれることがなくなってきた。川面をみつめ、心がうごいてくれないか待つのだが、どこかがにぶくなっていて、心にとどくことがほとんどなくなってしまっている。そこをおおうように日常の些事たちがやってきて、心をますますにぶくさせるのだった。
 わたしはじつはこういうとき、詩がよめない。小説ならかろうじて読めるのだが、詩は、そうしたわたしを責めるような気がするからかもしれない。あなたは詩からも離れつつある、なにをやっているのかと。

 小説は、ちなみに、中勘助とイアン・マキューアン『ソーラー』を読んだ。いつもは小説からもひびくものが…。いや、もうやめよう。
 にぶい頭(あるいは心)で、この頃美術館にいってないなとぼんやりと思った。いや、十一月五日に、箱根のラリック美術館にいっているではないかと愕然とする。ちなみにガラスの森美術館にもいった。そして、その驚きと原因を、十一月十七日、ツィッターなどでつぶやいた。このつぶやくという行為も久しぶりだった、なにせ心がうごくことがほとんどなかったのだから。ちなみにつぶやきは、こんなことだ。
「11月5日にラリック美術館にいったのにしばらく美術館にいってないような気がしている…。そうか、そのことを文字にしなかったからだ。ともかくそれで気が滅入っている、美しいものに触れることとそれについて書くことは私のなかでとても絡みついているらしい。今週末は二つ展覧会へ行く予定、そしたら書くこと。」
 書くことたちは、そうなのだ、おそらく絵とわたしと詩をむすびつけてくれるなにかなのだ。そのことに気づいたら、すこし糸口がみえてきた。にぶさをつくった覆いがはがれてきてくれたのだ、


 そして今、こうして書いていて思いだした。最近、ブログを書くのをおっくうに思っていたことを。それは必要性に懐疑的であったからだった。ブログに書かないで、そのまま詩に書けばいいのではないか、この所、そんなふうに思っていたのだ。手間暇かけて、書く意味があるのかと。だが、そうだ、それを実践しようとしたら、この結果だ、ブログに文章をつづることは、わたしにとって、なにかたちを結ぶ、大切な儀式であったのだと、気付かされた。ああ、よかった。これでまたブログを書くことができる。懐疑のための実験が終わったのだ。これを書かないと、すべてがばらばらになってしまうのだとわかったことがうれしい。で、また書くことにする。こんなことはわかりきったことではなかったのでは? なにを今さら。という自問も、もうとりあえずはわたしを落ち込ませることがない。ことばたちがまたすこしわたしになにかを教えてくれた、というか、よりそいだしてくれたのだ、わたしがそれにちかづいてゆくことがまたできるように?

 実は十一月五日の箱根、ほんの少しだけ書いていた。尻切れトンボの文章で恐縮だが、今日はこれを載せて、終わりたい。次回は二つの展覧会について書く予定。

 誕生日に箱根にいってきた。ラリックに会いたかったのだ。仙石原のススキにも。
 車でゆく。湯本から上のほう、くねくねと山道を仙石原とかに登ってゆくかんじ。下のほうはそうでもないが上にくるとだいぶ紅葉がはじまっていた。
 色づきはじめた箱根の山々。秋が嫌いな為、長らく紅葉もぴんとこなかった。けれども、ここ数年、そんな自分に変化が。今でも秋は好きではないけれど。春が好きだ。秋はさびしい。春はだんだんとにぎやかになってくる。
 山々の木々の色づき。木々が花を咲かせているようだと思った。茶、赤、黄、色が柔らかいと、一瞬、ことばを手探りでさがしてきた、あてはまるだろうか。いや、春の若葉の色のほうが、新芽の感触を想起させ、柔らかい。紅葉のそれは、セピアのように温もりの色という方が近いかもしれない。ふれたらこわれてしまいそうな温もり。夕焼けのように気飾った葉たち。
 仙石原につく。ススキ草原の黄金色。ススキは九月頃、銀色になる。この頃は葉は緑、すこしづつ黄金色になってゆく。葉も。そして十一月は葉も黄金色。銀色のときはまだみずみずしい。けれど黄金になると、かわいているかんじだ。実際そうかもしれない。もはやドライフラワーのようなものだから。九月の銀色のススキをながめるのもやさしい。きらきらして、昼の明るさをぞんぶんにふりまいているようだ。十一月のそれは、もっとさびしい。かわきのせいだろうか。けれども藁のような日なたの色も、そこには感じられる。ススキのなかへ入ってゆく、かきわける。穂にさわってみる。思ったよりもやわらかだ。さわらないとわからないことは、たぶん、多々あるのだ。
 風がふくたびに黄金色がなびく。波立つようだ、かわいた黄金色の海。かきわけることはもぐるようでもある。顔にすすきの穂があたる。今度はすこし鋭利なかんじがする。あたりにきっと観光客は多いはずなのに、だれもみえない。ただススキの浪ばかり。空はくもり、そしてススキははれたように金をはなって、明るかった。
 この明るさをとどめるように、ことばをたぐること。


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