Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2014-07-15

霧を晴らしてくれる、水辺の花─行田、古代蓮の里



 バイトが忙しい…と言いながら、休みの日に、世田谷美術館、そして埼玉県行田の古代蓮の里に出かけてきた。身体は疲れていたし、詩誌送付など、色々やることはあったのだが、出かけないと、頭の切り替えがうまくいかないような気がしたから。外気にあてて風を送ること。そして、そうでもしないと、何のために生きているのか、わからなくなっていた。
 世田谷美術館は家から自転車でもいけるところにある(今回は車でいったけれど)。「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展」(二〇一四年六月二十八日〜九月十五日)をやっており、三月だったかに早割チケットを買ってあったので、出かけてきたのだが、こちらの頭が疲れていたのか、切り替えがうまくいかなかったからか、特にここで書きたいようなことを感じることがなかった。あるいはそれこそ、印象派もジャポニスムも、もう食傷気味…、というか、いっそジャポニスムよりも、それこそ日本のもの、江戸時代あたりの絵をみたいと思ったのかもしれない。そして北斎、というか北斎。マレーネ・ディートリッヒが好きなわたしは同時代の女優、グレタ・ガルボが好きではない。それと同じ…なのか(?)、北斎が好きなわたしは安藤広重が好きではない。今回のジャポニスム展では、北斎漫画などの出品はあったが、影響を与えた日本の浮世絵として、広重のほうが圧倒的に出品数が多かった。それが気にかかった。いちいち北斎のほうがいい…と思ってしまう。ちなみにおなじくボストン美術館からの出品で、去年の暮れから、北斎展が日本を巡回している。東京には九月にくる。おそらく北斎作品が少ないのは、そのせいなのだろうけれど。
 ともかく頭がどこかでしびれたようになっていた。絵とわたしの間にヴェールがかかっている。
 いつもならそれをさびしいと思うのだが、奇妙なことにそれを感じなかった…。やはり展覧会に感動しなかったのは、仕事のせいばかりではなかったからだろう。




 次の日、行田の古代蓮の里に、行田蓮を見に行く。去年も行った。同じ埼玉、家から行くとその手前にある、久喜市に毎年ラベンダーを見に出かけているのだが、その時によったサービスエリアで、去年チラシを見つけたのがきっかけだった。と、今年もやはり二週間ほどまえにラベンダーを見に行ったのだけれど、その時にやはりチラシを発見し、思い出した。ああ、去年も同じようにチラシを見つけたな…。
 古代蓮の里は公園。このすぐ近くで公共施設建設工事をしようと掘削した場所に水がたまって池となったところに、長らく眠っていた(一四〇〇年〜三〇〇〇年位)蓮の実が目覚め、開花したものを、移植したのがはじまりだとあった。
 蓮の花は早朝から咲き始め、八時位に花開く。そして午前中をすぎると花がまたとじてしまう。なので開花時期には、売店なども七時から営業している。去年は何時に行ったのだろう? 調べればわかるだろうけれど、あえて調べない。だんだん覚えてゆけばいい。花はいつ開いているのか。
 今年は家を出たのが七時過ぎだった。車だ。前日に引き続いて、まだ疲れていた。行きすぎる景色が、まだ少しよそよそしい。荒川が見えた。東京と埼玉を分ける川。一時期川越付近に住んでいた私には、なじみのある川だ。荒川、荒川、と口ずさむように、頭のなかでつぶやく。だがまだ、もやがかかっている。といっても、前日に美術館で感じたほどではなかった。おそらく少しだけ、霧がはれてきていたのだ。
 八時五十分ぐらいに会場近くについていたのだが、駐車場にはいるのに三十分以上並び、園内に入ったのは、九時半をまわってしまったと思う。ちょっと心配になる。蓮はもう閉じてしまっているのでは…。
 去年は、ここまで渋滞を感じなかったと思う。いや、たしか去年は、えらく公園から離れた駐車場に停めたような気がしたが、今回は渋滞にまきこまれたというより、気付いたら、公園内の駐車場に入る列に並んでいたのだった。ともかくやっと、いよいよ。
 車から降りたと思ったら、いきなりピンクの花たちが、向こうに見えてきたので少しうれしくなる。昨年と違って、売店などがある南側からではなく、公園の北側、奥からスタートする感じで、さっそく蓮たちとご対面だ。蓮池に渡された木の橋を歩く。両側に蓮。奥の方まで蓮たちの大輪。まだつぼみも多いが、見ごろだなと思う。花びらが散った蜂巣(この硬い花床が、蓮の名前の由来になったという説もあるらしい)のような花托が、まだ緑。三つの段階を同時に見れてよかったと思う。
 そうだ、まだなんとか咲いていた。花ひらいていてくれている。もっとももっと朝早くにきたかったなとも思ったけれど。そうしたら、きっと葉のうえに、もっと露がたまっていただろう。あの露とともに蓮を見たかった。



 人々がたくさんいる。だが彼岸花をみにいっている時もそうだが、あまりきにならない。彼らはおおむね静かだし、なにかを共有しているような感じがするからかもしれない。
 泥から出て、美しく咲く花。この二極を体現している花だから惹かれるのか。いや、わたしはもともと水が好きだから、水辺に咲く花に惹かれるのかもしれない。水をたもっている花。多分去年も思っただろうけれど、つぼみと開いた花と、終わった花、それらを一度にみれることにも、なにかしら一生を感じて、惹かれる…そうしたこともあるかもしれない。そして、花のそんな競演のもとで、虫の喰った葉が、あばら骨のように、ひっそりと、そこに存在していて。



 古代蓮の間をくぐりぬけると、水生植物園へ。ミズカンナがまずお出迎え。青い、カンナをちょっと小さくしたような花たち。実はこれは、今回覚えた名前。名前を覚えるのは楽しい。これから、彼らと挨拶ができるようになるから。季節ごとに、みかけるたびに声をかけるように、彼らを思うことができるから。



 そしてスイレンたち。昨日は世田谷美術館で、モネの《睡蓮》を見たなと思う。昔は好きだったが、昨日はいまいち響かなかった…、でもやはり、この公園で見た睡蓮に、モネのそれを重ねたくなるのだった。池の水がにごっていて、というか、なにか赤いものが繁茂していて、空が映っていなかったが、それでも、モネが見たであろう睡蓮、景色をここにあてはめてみようとしている自分がいる。そうしてやはり、好きな画家だと気付くのだ。



 睡蓮を通り抜けると、コウホネの黄色い花。根茎が骨のように見えるから、河骨と書く。この河の骨という字がわたしに独自の作用をもたらすのかもしれない。やはり気になる、好きな花なので、会えて、しかも咲いているところが見れて、うれしくなる。けれども、知っているはずなのに、いつも、花が黄色いのに、すこし驚いてしまうのだ。コウホネ…河骨は根のことだとしっているのに、花もまた骨のように白い花なのだと、つい思い違いをしてしまいそうになるので。



 コウホネをすぎ、やはり黄色い花を咲かせているアサザへ…。と思ったら、初老の男性が、花以外の何かを一眼レフのカメラで撮影している。みると小さな…ミドリガメみたいな亀だった。彼が撮り終わったあとで私もカメラに収める。ちなみにほぼ同じ頃、コウホネが咲いていたほうの池で、連れがやはりそこにいた小さな亀を撮影していたのに少し驚いた。違う場所で、わたしたちは同じことをしていたのだ。



 水生植物園、古代蓮たちの池をぬけ、展望タワーのある古代蓮会館、売店や出店などがある入口側のほうへ。去年のほうが出店が多かった気がする。イベントもやっていたような。
 去年はにぎやかさに少し辟易した気がするが、勝手なもので、これはこれでさびしいと思う。
 この付近には、世界の蓮として、白いもの、八重咲きのものなどが、長方形に囲った池に植わっている。去年は、この四角形を囲むように出店が出ていたので、いまいち花は楽しめなかったな…。だが、さびしさを感じながらも、静かななか、花を見てまわるのも、いいかもしれない、とも思ったり。
 うどん店で、早い昼食を食べ(去年もそうだった)、売店で、去年も買っておいしかった奈良漬け、そしてオカラを揚げたゼリーフライという食べ物を家で食べようと買う。売店で、去年は水やお風呂などに浮かべる造花の睡蓮を買ったなと思いだす。ふと、勾玉で、オブシディアンオパールがあるのを見つける。わたしは夕景の水辺の色を放つオパールの色が好きなのだ。あとで家で調べたら、宝飾用ガラスでオパールを模した人工石らしい。ガラスでオパールといえば、やはり好きなルネ・ラリックを思い出す。オパールセントガラスのたとえば、水の精やバッカスの女神たち。行田といえば、埼玉古墳群で有名…だと思っていたが、どうなのだろう。それは後で書くから、おいておいて、その関係で、勾玉が売られていたのだった。連れて帰る。
 駐車場は、売店などと反対側にあるので、最後にまた古代蓮たちの池を通って、帰ることにする。時刻は十一時半ぐらい。もうだいぶ花をとじてしまっていたが、日陰になったところのものは、朝まだ早くのそれのように咲いていてくれた。まるでわかれぎわに、最後にあでやかな姿を見せてくれでもしたように。



 気付くと、頭のなかの霧はおそらくだいぶ、殆ど晴れていた。そうなると、げんきんなもので、出てすぐ、田園風景がひろがっていて、来たときはさして感慨がなかったのだが、田んぼに植わった稲がだいぶ成育しているのや、それが整然と並んでいるのを見て、ああうちの近所の公園の小さな田んぼとは違うなと、違いを確かめながら、なにか稲からメッセージをうけたような気がするのだった。うちの近所の公園の田んぼは、いわば遊びだ。今年は多分近所の小学校の子どもたちが稲を植えたのだろう。機械で植えたのではないから、あちこち隙間はあるし、かなりいい加減といえばいい加減だ。でも、公園だもの。それでいいのだ。稲がそだっていない頃は、田んぼ池と称して、毎日大切なものをもらっている場所。対して、行田の田んぼは整然と植わっている。稲もよく伸びていて、もう水がほどんど見えない。ああ、これが本来の田んぼなのだなと、一面にひろがるそのだいぶ茂った光景を見て、力をもらう。
 古代蓮の里から埼玉古墳群までは、かなり近い。去年も行ったので、ほんとに立ち寄るだけだったが、車をそちらに向ける。わたしは小学生の頃、埼玉に住んでいたので、遠足で、こちらに来たことがある。国宝の剣も出土した東日本最大の古墳群だから、有名…というか、私が思っていたよりも知名度がないような気がした。これはこの場所のせいではないのかもしれないが、うどんを食べた店に置いてあった埼玉を紹介する旅行ガイドに、古代蓮の里は載っていたのに、古墳群のことが全く載っていないのにまず驚いてしまった。それはわたしにとっては、奈良で石舞台古墳を紹介しないようなものだった。それと、奈良でも、明日香村のあたりでは、違った空気が感じられた。古代からの息遣いが宿った場所というか、厳かな気持ちになりつつ、どこか開放されたような心地よさがあったが、やはりこの埼玉古墳群も、どこかそれと似て、悠久のなにかを感じた、そしてどちらも静けさがあったが、行田のそれは、さらに観光地化されていない、という面も含まれていたように思う。ともかく観光地につきもののお土産物屋さんが一件もないのだ。これは少々さびしい。



 ともかく、今回は立ち寄っただけだが、またこれらの古墳群の空気を感じることができた。古墳群の敷地内を流れる用水路も、まわりになじんだものとして、淀んだ水をたたえている。そして敷地内の池にも、古代蓮がすこしだけ植わっている。もうすっかり花をとじてしまっているが、ピンク色の花たちが、最後に見送りをしてくれるようだった。すぐ近くに咲いていた、白い睡蓮の花も。
 さあ、霧はだいぶ晴れてくれた。また、すぐに霧が頭を覆ってしまうかもしれないが。さて、また詩につながる活動を再開しよう。晴れ間から、彼らを見つめて。
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2014-07-06

風さんが、ししゃをもつれて、いやいやする子を。

 ちょっとここを空けてしまった。言い訳を…、まあいいか。でも、ここ用に文章を書かないでいるうち、だんだん不安になってきた。このまま、続けることができなくなるのでは…。詩的なこと、ここと通じることは、なんとか、してきた、おこなってはいたのだけれど。続けることができなくなる…そう思うと、やはり少しこわくなった。
 ある詩誌のあとがき用に、数日前に書いたものを、今回は載せる。
 それをすこし伸ばして。たいていは逆なのだ。ここで書いたものを元に、原稿にすることが多いのだが、そのとき、たいてい、文章を縮めている。この工程のさかさ加減がなんとなく面白い。さかさまでいつつ、どこか通じあって。

 というわけで、いや、またしても、風さんの話へ。わたしのそばにいてくれる、ずっといてくれた、たいせつな、友人。始終かたちを変える、なにものでもない、そしてなにものでもある、透明人間のような、変幻自在なもの…。








 わたしの最近書いた…、「ひるとよるが、そらをおにわで。」(「hotel 第2章」no.34)という詩を、詩誌に発表する前に、ある方に読んでもらったのだけれど、その人が、作品の中に出てくる、「おんどさたち」ということばに、生き物として扱っていて面白いといってくれたことがあった。
 あるいはその時に、ふっと気付いたことが、風さんを思い出す、彼の存在に気付くきっかけになったのかもしれない。そう、あとから思った。いつだって、気付くのは、あとからなのだ。
 ともかく、彼女のその言葉を聞いて、わたしはもしかすると、わたしのまわりにある多くのものに、付喪神的なものを感じているのではないか、そう思ったのだ。
 付喪神を信じている…そういってしまうと少し語弊がある。だが、わたしは、わたしのまわりにいる多くのものたちに、ほとんど無自覚に、生が宿っているような気がしていた…、そう、彼女の言葉が、ひきだしてくれたのだった。
 石ころ、勾玉、羽、猫のストラップ、本、きれいな箱、旅行のおみやげ、家具、宝飾品、絵ハガキ、香水瓶、箸置き、腕時計、ボールペン、豹、アヒル、ガチョウの置物やぬいぐるみ、小さなステンドグラス…ともかくきりがない。わたしの周りには、おおむねわたしに優しい、心あるそれらがいてくれている。それら、もともと私が彼らを気にいって連れてきたものたちなので、悪意を感じないのかもしれない。あるいは長年ずっとそばにいてくれているから。 いや、わたしがそんなふうに思うかぎり、彼らは生きていてくれるのだ…。まるで死者たちのように。…これは、今書いていて気付いた。
 
 その生きてあるものたちへの感触は、へんな言い方だけれど、ほんとうに生あるものたちにも多く向けられているのだった。たとえば家の近所で、道に面した庭に、水を入れた衣装ケースがあり、そこに亀が二匹、飼われているのだけれど、わたしは彼らに勝手に「亀吉くん」と名付けて、ほとんど毎朝、挨拶するのだった。この時期はすだれでふたをしてあることがあって、姿が見えにくいのだが、ああ、暑さよけなんだなと、季節を思う。あるいは家の近くの公園に住んでいるカルガモたち。こちらもほぼ毎日通るので、姿を探す。たいていは池に、今の時期は、公園に作られた田んぼに、いたりする。姿が見えるとやはり、うれしい。この公園で、最近、きれいな緑色の蛇に会った。というか、自転車で通ったとき、突然前に姿を現したので、前輪で踏みそうになってしまった。ブレーキをかけ、ハンドルも切ってよけたのだけれど、尾の一部をもしかして踏んでしまったかもしれない。不安だ、大丈夫だったろうか。草むらに姿を消していったのだが。

 そして、季節ごとに姿を現してくれる植物たち。今の季節だと、へびいちごの赤い実、ヒルガオの花(ちなみにこのふたつは、小学生ぐらいの頃から、なんとなく好き…というか、気になる存在だった)。種をまいたわけでもないのに、毎年、家のベランダで花を咲かしてくれるモジズリの花。住んでいるマンションの敷地内に、生えているので、もしかするとそこから種が飛んできたのかもしれない。そしてうちのベランダといえば、朝顔だ。数年前に買った行灯作りの鉢に、毎年種を蒔いているのだけれど、それが今年も蔓を伸ばしてくれている。その蔓が思うように支柱に絡んでくれないので、このところ毎日、水やりのたびに、蔓を支柱に沿わせている。いやいやする子を、いいきかせているようで、なんだかかなり楽しい。つぼみをつけているのを見つけたときもうれしかった。それ以前に、実は今年の春は、なんだかものすごくいい加減に、種を蒔くというよりも、ちょっと押し込んだだけだったので、芽を出してくれるかどうか、心配だったのだが、それが双葉を出してくれた時、ほっとしたこともあったと思いだす。ちなみに種は、去年やはりいやいやしながら蔓を伸ばしてくれた子の種。そしてやはり昨年、ある工事現場だったのか、フェンスに、小さなビニールに入った朝顔の種が、ご自由にお持ちくださいとつるしてあったのを、もらったことがあったので、その種も。家の種も、もらってきた種も、何色の朝顔なのかわからない。家のも三色のミックスだったので。何色が咲くのだろうか、楽しみだ。
 わたしのまわりには、こんな子たちがたくさんいる。それが、それも「風さん」なのだと、このごろつくづく思うのだ。
23:53:18 - umikyon - No comments