Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2014-09-25

柳は緑、花は紅、の彼岸花が、言葉を通して。─巾着田など─

 またここを少し開けてしまった。いいわけをすると、八月の終わりから、新しくできた本の発送作業をしていたから。暮れにパソコンが壊れた関係で、住所録から作っていたので…。そんなところだ。

 ここを書くことがわたしのなかで、大切なバランスになっている。非日常への足がかり。はやく足を出さないと。
 一歩、二歩。
 いや、バランスをとるのは、ここに限らず、言葉、なのかもしれない。言葉によって、彼ら(誰なのだろう?)が、わたしになにかを開いてくれる…。わたしが開かれるのかもしれないが。
 この期間、『ペドロ・パラモ』(フアン・ルルフォ著、岩波文庫)を読んだ。死者と生者たちが交錯している、そのことにより、今と過去が交錯し、現実と非現実をもひきこみ、おなじ舞台にすべてをのせて、わたしたちに語りかける…。いや、おもに過去からの言葉たちが、現実に食い込んでいるのだと、いやおうなく土のにおいをふきかけてくる。一九五五年刊行。ラテンアメリカ文学ブームの先駆けとなった作品だそうだ。






 そして、途中で投げ出してしまったが『日本幻想文学集成 26 円地文子』(国書刊行会)も手にした。以前、どこかで、ぱらぱらとみて、ああ、むかないなと思ったもの。だが、もしかして、それは、たまたまだったのではないか…。ほかの作品だったら、わたしに合うのではないか…、そう思って、図書館で借りた。
 今までかなり山カン的に、自分に合う、合わないの本を選んできた。それが、正しいと思ってきたが、実は、そのことで、取りこぼしたことがあるのではないか、そう思って、今まで退けてきた作者の本を、読んでみようとした、その第一歩が、この本だったのだが、これもおそらくたまたまなのだろう、残念ながら、肌にあわなかった。そう、だからといって、ほかの誰かの本、今まで、ちら見しただけで合わないと避けてしまったそれが、凡て正しいということでは決してないだろうと、言いたかったのだ。たまたま合わなかっただけだ。ちら見の精度を過信しないこと。今までわたしは傲慢だった。その傲慢をくずし、かれらの言葉に耳を傾けたい。
 けれども円地文子『かの子変相』。本の最初に掲載されていたもので、岡本かの子に対する実際の接点からなるエッセイ的なニュアンスが多く、小説とは呼びにくいものだが、それが合わないのではなく、かの子への描写が私情に走りすぎているようで、それでもう、苦手だと思ってしまったのだけれど、冒頭のほうで、長唄の「時雨西行」をとりあげてあるのが、興味をひいた。これは「山家集」の歌から脚色された謡曲「江口」を踏襲しているらしい。
 「中世の能楽作者は、僧と遊女の歌問答から演繹して、江口の里の雨宿りに遊女即普賢菩薩の来迎を西行が拝む物語をつくり上げた。由来仏教には、色即是空、煩悩即菩提、仏魔一紙等、相対的な観念を激しく食い合せることによってその衝撃から新しい調和体を生み出す思考法があって、そのために娼婦が菩薩の化身であるという説話が数多く生れている。一休禅師が遊女の絵に讃したという、
  仏は法を売り、祖師は仏を売り、末世の僧は祖師を売る。汝五尺の身体を売つて一切衆生の煩悩を休んず、柳は緑 花は紅のいろいろ
 という詞などにもこの意味は端的に表現されているが、「江口」のつくられたのも一休を隔てること遠くない時代であろう。(中略)肉体を売って男性の本能を満足させる娼婦が衆生を済度して彼岸へ渡す菩薩行に通じるという思想」…、
 わたしは、この相対のなす、両極の接点の激しさに、興味を覚えた。というか、こうした、二つたちの接点に、否応なく反応してしまう。両者がむすびつきあっていること、残念ながら、かもしれないが、片方だけでは存続できない、闇の深さ、そして光の存在のありかたに、またもや、気付かされ、そのことに、おののいたのだ。それは狭間に、接点に関係している何かへの、それでも大切な、言葉だから。
 
 今年の夏は暑かった。そして秋はなにかを断ち切るようにすぱっとやってきた。こうした時、紅葉は早くなるという。だらだらと暑さが続くと、植物たちも戸惑ってしまうのだろう。今はまだ夏なのか…。
 紅葉がそうであるように、彼岸花も、今年は開花が早かった。というよりも彼岸花の名前のとおり、彼岸の季節にほぼ花を開いたのだから、本来の開花の時期に咲いてくれた、というべきなのかもしれない。
 植物たちは、そうして秋を受け入れている。わたしはどうだろうか。たぶんわたしもだ。長そでのものをはおる。エアコンをつけなくなる。虫の音を聞く、まだ啼いている蝉の声に淋しさを感じる。それらのことで、秋を感じているのだ、彼らとともに。





 彼岸花、あるいは曼珠沙華。九月二十日、偶然、秋の彼岸の入りの日に、埼玉県日高市の巾着田に、群生を見に行ってきた。毎年出かけているので、わたしとしては恒例行事だ。
 なにが、そうさせるのだろう。毎年行くこと、恒例行事とすることで、非日常としての群生を、日常に近づけたいのだろうか。秋という季節の、彼岸の頃にだけ咲く、そのことだけでも非日常ではある、だが、わたしが日々生息している、あたりに咲く、それは日常に近しいことだ。わたしはなにをいっているのだろう。巾着田の群生は、あの信じられないほどの赤、赤、とんでもない赤の密集は、非日常というよりも、彼らの栄えある舞台のようだ、ここに、わたしの傍らで咲いている彼岸花たちが、あそこでは、思いっきり、咲いて、わたしたちに頬笑みかけてくれている。手招きのように。多い観光客たちの、おおむねの穏やかな表情、写真をとる人々、売店のにぎわい。それこそ、非日常と日常の接点の、究極の、出逢いなのかもしれない。
 それを求めて? ただたんに、去年も会ったから、今年も会いたいのかもしれない、なつかしい友人、たいせつな友人としての彼岸花たち。



 ここには、ほかに、毎年会う、懐かしいなじみの彼らがいる。彼岸花の咲く高麗川(ここが巾着のように蛇行しているので、巾着田の地名になった)で、川の魚を褌一丁で、網で獲る名物おじさん、ツルボ、ツリガネニンジン、牧場の馬、ポニー、山羊たちのうるんだ瞳、おとなしい遠くを見る眼。
 来るたびに、信じられないほどの赤だと思う彼岸花、高麗川の澄んだ流れ、おじさん、馬たち、これらが一体となって、わたしに、今年もここに来たのだと教えてくれる。



 ところで、八月にやっとガラケーからスマホに変えた。そのことはもしかして、どこかで書くかもしれないし、書かないかもしれない。だが、今はあまり関係ないので、脇においておく。ともかくその関係で、今回、巾着田では、いつものデジタルカメラではなく、スマホで写真を撮った。帰ってきて、写真を見て失敗したと思った。デジタルカメラで撮ったほうが、なんとなく写真が優しいのだ。なにが違うのか、具体的にはわからない。画素数とかなら、もしかするとスマホのほうがいいのかもしれない。だが、デジカメのほうが、ぬくもりがあるように思えた。とったスマホの写真たちはよそよそしく、味気なかった。デジタルカメラももってきていたのに、彼を使わなかったのは、失敗だった。すまないことをしてしまったと罪悪感を持っている。
 
 今年はなぜか…。なんとうちのベランダの鉢植えの彼岸花も、咲いてくれた。もう何年も葉をだすばかりで、咲かなかったのに、花芽のついた茎を六つもニョキニョキと出してくれたのだ。咲かない理由は解っていた。球根で増えるのだが、鉢に対して球根が増えすぎていたから、株分けというか、鉢を大きくするか、直に地面に植え直すかしなくては、栄養が行き届かなかったから。だが咲いた理由が判らなかった。わからないながら、うれしかった。いや、予測不可能なことはいつも、うれしい。そのことも関わってくるのだろうか。彼岸花が一輪、二輪、三輪と、毎日花を開いている。最初の一輪は、ちょうど巾着田に行く日の前日だった。そして巾着田に行った日に二つめ、翌日に三つめ。彼岸花の、あの真っ赤、非日常が、わたしのまわりに、優しく、わたしの日常に、これ以上なく優しく、赤いものを灯してくれている。そのことを何度も思い出させてくれる、ベランダの赤い灯たち。彼らもまた、優しさとして、非日常なのだけれども。
 今日は、仕事が休みだったから、買い物に出かけるぐらいだった。スーパーへの行き帰り、彼岸花をすこしだけ探して回る。早くも、盛りをすぎつつある赤。
 ああ、巾着田の今年のそれは、全体でいえば、まだ六分咲き位、つぼみが多かったなと思いだした。ちょぼちょぼと空きが目立つ。だが、それは終わった花たちではなかったので、秘めた勢いがあった。満開という時期だと、いくばくか、花が終わっている。それに比べると、生の活気が感じられるのだ、季節でいうと、春のような。つぼみたち、茎の緑たちが、新緑のようで。





 季節がわたしをつらぬいてすぎてゆく。それはたとえば、彼岸花たちが教えてくれるものだ。だがその言葉を、うけとるには、わたしのなかで言葉が発酵していなければ…、なのか。本を読むこと、一歩踏み出すこと、花たちに挨拶をかわすこと、これらはとても交差している。
 断ち切れるように暑さが和らいだ中、ヒグラシがまだ啼いている。夕暮れと昼間の境、明け方の境目で。


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