Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2018-01-30

雪と凝縮と梅 El Sur Belly Dance Flamenco LIVE

 先週、雪が降った。雪の降った翌日、ほんとうは少し遠くの美術館にゆくためにバイトを休みにしていたのだが、あまりに積もった雪のため、そちらに行くことはかなわず、雪で休んだようなかたちになってしまった。
 寒さが部屋までしのびこんでくる。静かに降り積もってゆく雪。もうおぼえていない。雪はあまり好きではない。寒さが苦手だから。明るかった。まぶしいほどに。
 一週間たった今も、道はまだ凍っている。
 雪が苦手だと感じるようになったのは、いつからだろう。子どもの頃は、はしゃいでいたはずだ。先週の木曜だか、雪がまだあちこち残る中、外をまわるバイトをしていたとき、雪の滑り台で興じる子どもたちをみた。雪だるまに、雪で出来たバベルの塔のような建物も。わたし自身も雪山をふみこえたり。それらをほほえましいとも思ったけれど、どこか人ごとだった。はやく春になればいい。

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 先週末、二十七日に、「El Sur Belly Dance Flamenco LIVE」というイベントにいってきた。
 世田谷の羽根木にある、詩とダンスのミュージアムでのイベント。フラメンコのバイラオーラの野村眞里子さんと、ベリーダンスのラーナさんによるライブだ。
 最初が二人のコラボだった。フラメンコとベリーダンス、踊りは違うのだけれど、どこか、通じ合うものがあった。踊ったすぐ後で、野村さんから説明があったが、元のルーツ的なものが、近しいとのことだ。ジプシー、アラブ、スペイン。それらの土地と時間、時と空間を経て、ここにあることが、その場で、体現されているようで、観ているわたしたちも、その壮大な感触を味わっているようだった。
 次は、今田央さんのフラメンコギター、永潟三貴生さんの歌(カンテ)、マイクなしの、文字通りの生で聴けたこと、響き渡る音が心地よかった。この後、基本的に野村さんの踊りのときは、一緒に演じている。
 ところで、ベリーダンス、勉強不足を露呈するようだが、今回、予備知識もなく、殆どはじめて観たのだが、知らずに、アラブの香りがするなあと、奥行きを感じた。後で調べたところによると、中近東を中心に踊られているもので、起源は不詳だが、世界で一番古いダンスではないかという説もあるそうだ。そう、知らずに、なんとなく、アラビアンナイトの世界を感じていたのは、あながち間違いではなかったのだ。それと腰を振るその動きに、性の陽的な部分を感じた。
 フラメンコ、こちらも門外漢の勝手な感想なのだけれど、最初のソロの扇子を使った踊り、喜怒哀楽でいうと、喜と楽が表立っているようだったが、どこか哀しいような、内に秘めた、裏の顔も、身体ににじみでていたようでもあった。衣裳も赤がメインで、燃えるようで、それが太陽であり、血であるような。
 次のソロのソレア、こちらは打って変わって黒がメインの衣裳、ソレアも「孤独」という意味だという。こちらからは、哀しみと、慟哭のようなものを、踊りと表情、雰囲気全体から感じた。けれど、どこか、背面的なところから救いのような明るさが滲みでているようでもあった。
 あるいは、オペラのようなものを想起した。ひとつの中に、起承転結に限らない、すべてのものを包含していて、その表現なのだと、あるいは、身体表現が、詩となっている、ということなのかもしれないが、凝縮を感じた。
 それと、フラメンコで足の出す音たち。サパティアートという。感情であると同時に、太鼓のような、おそらく人が最初期に鳴らした音、打楽器的な、ものとして、祈りとか、本来のものとか、そうしたものを感じるとともに、ギターや歌とともに演奏もしているのだと、そこにも重層性を感じた。なんという一体感なのだと。
 ともあれ、おびただしい臨場感だった。ステップが、床を通しても身体に伝わってくる。会場は、せまかったのだけれど、だからこそ、音と、振動と、踊り、三位一体的な、贅沢な体験が出来たのだと思う。ベリーダンスとのコラボのもたらす、奥行き、空間といにしえ、身体と言葉の可能性、凝縮。
 詩とダンスのミュージアムから帰る折、最寄駅のひとつである世田谷代田駅で、付近の羽根木公園で開催される「せたがや梅祭り」のパンフレットを見つけたので、手にとった。実はわたしが生まれたのが、この梅祭り会場の近くの病院なので、詩とダンスのミュージアムのある辺りも含めて、この近辺にはなつかしいような愛着があるのだ。雪が残るなか、身体と音の凝縮をあじわって、心に心地よい風が吹いているなか、パンフレットをみるのは、符牒のようで楽しかった。この梅祭りにも、毎年のように行っている。春はもうすぐだ。
00:45:17 - umikyon - No comments

2018-01-15

旧成人式に、冬と折り合う

 一月十五日は、成人式だったなあと思うのは、わたしが古い人間だからなのだろうか。いつだったっけ。成人式が一月の第二月曜日になったのは。調べてみたら二〇〇〇年だった。もう十八年もたつのだ。
 正月から、というより、昨年末から、ずっと、もう毎年恒例になってしまうのだけれど、大掃除と、年賀状やら、頂いた詩集、詩誌のお礼状を書いていた。そうして、毎年、今年こそは溜めないで、お礼をするのだ、と思う。掃除というか、整理整頓もしようと。
 今年はいつもと少し違う。整頓することに、気持ちが傾いている。いつものようにモノもだいぶ捨てたのだが、それだけでなく、整頓するために、いれるための箱やら本棚などを買ったりしている。これは珍しい。入れ物がないから片付かないのだ、と、当たり前のことが、思い出された。
 収納のためのものを通販サイトをみたり、百円ショップで購入したり。これが結構楽しい。というか、懐かしい感じだった。うまくいえないが、中学生の頃、わたしは生活を楽しんでいた。絵を描いたり、小さなモノを作ったり、映画をみたり、なにか言葉を書いたり。散歩をしたり、父の育てていた植物の名前を覚えたり。概ね、内向的な楽しみ、独りものの娯楽。
 あの、中学生の時の感覚が、なぜか似たものとして、わたしにやってきていたのだ。

 いま、部屋は概ね、かたづいている。そうなると、いつも不思議なのだが、お香をたきたくなる。間接照明だらけにして、机に向かいたくなる。その儀式めいた行動が楽しい。
 わたしは長らく冬が苦手だった。今もたぶん。でも、前は嫌いとまで思っていたが、だんだんそうでなくなってきた。たとえば、冬の空は空気がきれいだからか、遠くまで、景色がみえる。具体的には、春や夏にはあまり見えない富士山が、冬にはほぼ毎日のようにみえるようになる。

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 そして、ここ数年で気付いたのだが、冬の芽のうち、毛皮を着たものがいる。芽鱗(がりん)という。ネコヤナギが有名だが、モクレン科のものにみられるらしい。毛皮を着込んで、冬の寒さに耐えている姿が、いとしかった。にぶい太陽の陽射しのなかで、きらきらしているのが、ぬくもりだった。
 まだ一月。沈丁花はまだ咲かないが、蕾を見つけた。水仙たちはもうぽつぽつ、咲いている。


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 かれらに会うのが、うれしい。冬が苦手だと、今までは眼をつむっていたのだろう。だんだんそれが開いてきた。それでも、今もなお、薄目でしかないのだろうけれど、うっすらと開けた視界にひろがるのは、それでもやさしい、おだやかな日々だった。日々をいきる彼らだった。わたってきたであろう鴨のたぐいが、川のなかで、やさしい。たまに鴨たちが、とんでいるのをみると、胸がさわぐ。雁がねとか、初雁とか、そうした言葉がよぎったり。
 こんなふうに冬と、すこしは親しくなってきたのだろうか。毎年、冬になると、すこし鬱的な気分に捉われていたのだけれど、特に今年はそれがだいぶ薄れてきている気がする。片づけをして、ふるい地層が出てきたと、楽しんでいるぐらいなのだから。
 そうして、わたしは、過去のわたしと会うのだろうか。会って、なにを話すのだろう。なんだか、言葉もなく、彼らは了解しあっているようでもある。

22:58:25 - umikyon - No comments

2018-01-01

謹賀新年

今年もよろしくお願いいたします。

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 毎年のように、ベランダや渡り廊下から、初日の出、そして西の方角にみえる富士山を見ている。撮影している、というのか。
 前日、初日の出の時間をチェックする。これも恒例。今年は6時48分ごろだったので、6時30分に目ざましをかけた。ちょっと遅いかもしれないと思いつつ。なぜなら、もうその時間なら、空はだいぶ明るいはずだから。けれど、もしかして、それまでに起きるのではないかとも考えた。いつもなら、仕事している時間だったので。
 けれども、起きなかった。夢をぎりぎりまで見ていた。父と旅行し、その帰りの電車に乗っている。時間がぎりぎりだったというので、行きと違う電車だった。海がみえる。こちらのほうが、いいなと思っていたら、なぜか、中野駅についた。祖母が住んでいたところだ。おそらく、父も住んでいたことがある土地だ。そのせいだろう。ただ、電車のかんじは、羽田とか成田から出ている電車のイメージだ。どこか遠くから、帰って来た。
 正月早々、父に会えてうれしいといえば、うれしかったが、この父には、いまの家人がだいぶ重なっている。どちらも家族、ということなのか。

 6時30分の目ざましが鳴っているころ、夢のなかで、おみやげにかってきたケーキをわけていた。疎遠になった親戚にも買っている。だから配分が難しかった。だれに、どれをあげようか。
 目ざましが、夢のなかへ、大分侵入してきた。もう父ともはなれないといけない。日の出をみるのだ。

 起きて、あわてて、外にでたら、やはり、だいぶ空は明るくなっていた。毎年みているのに、いまいち、どこから昇るのか、ピンポイントではわからない。明るいほうを、何枚か撮る。鳥がとべばいいなあと思う。ただ、飛行機は何機か飛んで行った。そうだ、あまり意識したことがなかったが、うちは羽田とそんなに遠くはないのだ。

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 やっと、日の出。48分よりも、数分あと。家は三階なので、そこから見える日の出は、地平線すれすれではないので。


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 ああ、ここから出るのだなあといつも、毎年、気付かされる。それが、ばかげているようだが、うれしくもある。こうして教えてもらうことで、なにかが刷新されるようでもあり、それが新年にふさわしいような気がして。
 家人にも、声をかけた。
 「富士山もみえる?」「見えるよ、さっきまで朝焼けで、赤富士っぽかった」
 ちらっとみて、また寝床にはいった。
 日の出はほんの数分。数分で、地上に登り切ってしまう。そうするともうまぶしくて、逆光になってしまって、いけない。
 うちのベランダからも富士山は見えるのだけれど、年々、ちかくの欅だろうか、大きくなってきて、それが微妙に富士山をかくしてしまう感じなので、渡り廊下のほうにでた。富士山も初富士。

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 渡り廊下から、建物の窓に反射している、太陽がまぶしい。これも初日の出だ。

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 今年はどんな年になるのだろうか。
09:27:15 - umikyon - No comments