Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2018-02-25

スダ爺さん (東京都埋蔵文化財センター)

 陽射しがだいぶ明るくなってきた。夜が明けるのが早くなり、日が暮れるのが遅くなってきた。まだ寒いけれど、こうした太陽の変化だけでも、心がそれでもすこし華やぐようだ。モクレンの芽鱗の毛皮もますますふくらみが大きくなってきた。そっとなでてみる。温かい、なにかが伝わる。

 先週の土曜、多摩市にある東京都埋蔵文化財センターにいってきた。最寄駅は多摩センターだけれど、家人と車で。ここも、前回出かけた府中郷土の森のように、家からそれほど離れていない。二十キロぐらいだ。もう何年前になるか、覚えていないけれど一度出かけたことがある…、と書き始めて、調べてみると、二〇一〇年十二月五日のこのブログで書いていた。おそらく十一月末ぐらいに出かけていたのだろう。
 まだ、今ほど縄文時代などに関心を持っていなかった頃、いや、関心を持ち始めた頃というべきか。同じ二〇一〇年の初めに「国宝 土偶展」(東京国立博物館、二〇〇九年十二月十五日〜二〇一〇年二月二十一日)に出かけて、おそらく衝撃を受けたのが、きっかけだったから。
 七年ちょっと前のことだが、時間がよくわからない。遠いような、最近のような。なにか靄か霞がかかっていて、その向こうにかつて行ったという記憶があった。どこかしら、楽しげなイメージだ。
 きっと、また、楽しいだろう、そうぼんやりと。

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 東京都埋蔵文化財センターは、都内の埋蔵文化財の調査、収蔵等を目的に一九八〇年に設立。建物は一九八五年に建設された。おもに多摩ニュータウン地域から発掘調査したものの収蔵と展示があり、常設展と企画展、縄文体験コーナーなどがある。また復原施設として遺跡庭園「縄文の村」を併設。
 常設展示は、旧石器時代の石器(約三万二千年〜二万五千年前)から展示。多摩ニュータウン地域のものは縄文時代早期(約一万年〜六千年前)から縄文時代中期(約五千年〜四千年前)を中心に縄文土器や土偶を展示している。中期以降、徐々に人々はこの辺りから離れはじめ、後期後半になると、生活の痕跡はほとんど見られなくなる。なので、次の時代の弥生の出土品も少なく、古墳時代からまたムラが見られるようになったとかで、以降、奈良、平安、江戸の出土品などの展示もあった。
 だが、なぜなのか、思っていたよりも感動がなかった。常設展示で、さまざまな縄文土器を見る。土器によっては、触れるものもあった。ゆっくりとさわる。ざらざらとした、温もりがつたわってくる。これはやさしさにも似た親しさだ。こんなふうにだけ、かれらと触れあうことができるのだ。
 それは、うれしかったのだけれど、わたしはたんに期待しすぎていたのかもしれない。
 常設と企画を見てのち、縄文体験コーナーへ。こちらも、楽しかった記憶があった。麻やカラムシなどの素材の、当時の衣装を再現したものを試着したり、火起こしをしたり、ばらばらになった土器の破片を組み立てて、復元したり、どんぐりをすりつぶしたり。今回、いったときも、それはほぼ記憶どおりにあった。だが、二回目だからなのだろうか。わくわくとした、気持ちはなかった。不思議なものだ。もうほとんど体験としては覚えていなかったはずなのに、心のどこかで、覚えていたというのだろうか。縄文クッキーのレシピが書いた紙があったので、一枚もらう。
 続く遺跡庭園もそうだ。復元された竪穴式住居が三棟ある小さな森。森も五千年前にあったであろう樹木や野草を再現して植えている。けれども、ほかの遺跡に感じられたような、重みというのか、過去からの息吹が感じられないような気がした。なにか途切れてしまった感じ、今になって、復元しただけのような感じ。実際は、多摩ニュータウン遺跡ナンバー五七遺跡の場所らしいのだが。狭いからかもしれない。すぐ脇に、木の向こうにもはや現代の建物たちが見える。湧水も涸れているのがさびしい。それでも、竪穴式住居跡では、火が焚かれていて、その煙、火が、いとしく思えたけれど。

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 けれども、縄文体験コーナーで、スダジイのドングリを見た。実物だ。そのことが少しうれしかった。
 スダジイ。五月から六月頃に花を咲かせる。これが独特の匂い。生ぐさい、青ぐさい、性の匂い(臭いと書くところだが、わたしにとっては匂いなのだ)がする。わたしはこの匂いが、好きだった。というか、名前を知らない頃から、植物の性の匂いなのだと思って、関心を示していた。調べてみると、精子のような匂いを発するのは、栗か、マテバシイか、スダジイ。どれもブナ科。けれども、ちょうど匂いを発しているあたりに名前を示すプレートがかかっているのを発見。「スダジイ ブナ科」とあった。以来、この匂いはスダジイの匂いなのだと、勝手に決め付けてしまうようになる。中には栗のそれもあったかもしれないが…。精力的なスダジイさん、スダ爺さん。なんとなく、存在を知ってから、名前が判ってから、愛着をもってきた植物で、五月中旬をすぎた頃、あの性の匂いをかぐと、スダ爺さん、頑張っているねえと、勝手に親しみをこめて、つぶやいてきたものだったのだ。
 それが、最近、縄文のことなど気にして、遊びがてら調べていたら、この実が食べられるらしいと知って、うれしくなっていたのだった。スダジイは、秋にいわゆるドングリを熟す。通常、ドングリはアクがあるものが多いそうだが、スダジイは、アクが少ないので、生でも食べられ、縄文時代にもよく食べられていたという…。味は栗に似ているとか。春と秋がわたしのなかでくっついた。花と実が、そして時間が。
 あのスダ爺さんが…。そういえば、加曽利貝塚の縄文祭りで、炒ったドングリを試食したけれど、あれはもしかして、スダジイだったのではなかったか。形も似ている。すこし長細いドングリ。
 また縄文と私が勝手に愛着を持っていたものが結びついてくれた。スダジイ。調べた時は、写真でしかドングリの存在が判らなかったが、ここで、今回実物をみることができた。写真でみるよりも、幾分丸みを帯びていた。
 この埋蔵文化センターにくるほんの数日前、家の近所の緑地で、たまたまスダジイを見つけたことがあった。常緑(照葉樹林)なので、この時期でも葉が青い。冬枯れの木が多い中で、この青さが心にやさしかった。そして、この場所を、この葉を、覚えておこうと思った。五月には、スダ爺さんの、匂いを嗅ぐ。次に秋になったら、スダ爺さんのドングリをさがそう。そうして、炒って食べてみよう。スダ爺さんが、現在と縄文のかつてをつないでくれる…。そう思っていたものの実物をみれたことが、うれしかった。
 さきほど、縄文クッキーのレシピをもらったと書いた。これもスダ爺さんのくれた贈り物。そう思ったり。
 梅もだいぶあちこちで咲き始めた。木瓜も開花しつつある。沈丁花はまだ蕾だけれど、だいぶ膨らんできた。こちらはスダ爺さんと違って、ほんとうにいい匂いのする花を咲かすけれど。春が待ち遠しい、このぐらいの季節がもしかすると、いちばんいい季節なのかもしれない。

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09:05:11 - umikyon - No comments

2018-02-11

梅、猫柳、蝋梅、春告花と土器の温もり─郷土の森 梅まつり(府中市)

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 今年は春がくるのが遅いのかもしれない。立春も過ぎたというのに寒い日が続く。けれども、気のせいだろうか、陽射しがすこしだけ、明るさを増したような気がする。寒さのなかで、オオイヌノフグリ、ホトケノザが咲いているのをみた。もうすぐ、温かな春になるだろう。
 今年はおもに一月になってからだが、芽鱗という、毛皮をかむったような冬芽たちの姿に惹かれた。なんどもさわった。あたたかそうにくるまっている。コブシやネコヤナギの類だと思う。いままであまり気付かなかった。冬はみる植物がないと思っていたからだろう。彼らが寒さに耐えている姿をみて、愛しく思う。気付けてよかった。

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 寒さがまだ厳しいが、それでも家の近くのあちこちで、梅が咲いているのを見かけるようになった。だから、ああ、もう行ってもいいかしらと、府中市の郷土の森・梅まつり(平成三十年二月三日〜三月十一日)に出かけてきた。このイベントは、一月の終わりから知っていた。というか、何年も前から、毎年というほどではなかったが、出かけていた。家と府中は、割と近い。距離にして、十五キロほど。なので、家の近くの梅をバロメーターにして、出かける日をいまかいまかと待っていたのだった。
 府中市郷土の森博物館は、森全体で博物館となっている。移築してきた遺跡、移築復元した建物、博物館としての建物もあり、現在は休館しているがプラネタリウムもある。
 府中は、武蔵国の国府だったという場所なので、遺跡も多いようだ。
 ということを、郷土の森にはいってすぐにある、博物館の建物に入って感じた。由緒ある土地なのだなあと。七世紀中葉に、もう国府になっているのだから。
 少し下調べしていたので、このごろ惹かれている縄文時代の出土品にもお目にかかれるらしいと、それ目当てで入ったのだが。
 常設展に、すこしだけ、縄文期のコーナーがあった。パンフレットなどにあまり記載がないので、府中のどこのかあまり詳しいことは言えないのだけれど、縄文期のものとしては、おそらく府中市内の清水が丘遺跡などのものらしい。おなじみの黒曜石の矢じり、縄文土器、土偶(欠けたものがほどんど)が展示されていた。
 もうこれだけでも、うれしかった。このあたりは多摩川が近いので(郷土の森は多摩川沿いだ)、おそらくその流域だったり、もっと古い時代は、海に面した岬的な場所だったのだろう。 今年に入って、はじめての縄文土器と土偶との対面。
 縄文中期(約五千年前から四千年前)のもの、ハート形土偶や猫のような顔の土偶の頭など。装飾がいちばん豊かに施されている、好きな時代のものだ。
 去年、いつの時代のかわからないけれど、縄文土器片を入手したので、ありがたいことに見ているだけで、なんとなく質感的なものは、感じることができた。ざらざらとした温もり。それによって、眼のまえにある土器、土偶たちが、いっそう親しく感じられたような気がする。かれらの生活の一端の温もりが、呼吸として、発せられていた、その息吹、気配を、感じることができたというか。

 だが、府中といえば、じつは、くらやみ祭りを例大祭とする、大國魂神社が重きを押しているのかもしれない。そう思いつつ、縄文を感じることができ、そのことで、満足しながら、梅祭りが行われている、森のほうへ。

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 森へ行く途中、移築復元された建物たちを通る。博物館本館でも、昔の暮らしとして展示されていたものを見て思ったが、なぜ、かつてのものたちは、美しくって、しみるのだろうか。テレビ、茶箪笥、タイプライター、ステレオ、壁掛けの電話。窓も漆喰の壁も。板の床すら、ていねいな作業がほどこされ、釘と板がほとんど見分けがつかないほどに溶け合っていた。
 今がていねいな仕事がされていないわけではないだろう。今だって、しっかりと作られているはずだ。だが、それが実用性にかたむきすぎ、わたしには、すくなくとも、あまり美しくは感じられない。冷たくて、よそよそしくって、息がつまってしまう。懐古的といえば、それまでだが、ここにあるものたち、それは実用的ではあるが、職人的な技がひかるものたち、手仕事が残るようなモノたちが多かった。だからこそ、美を、いや、ぬくもりを感じたのかもしれない。それは、縄文土器や土偶に感じたものと通じるのかも…とぼんやりと思った。
 
 なかなか梅に辿りつかない。けれども、この遠回りもまた、心地よい。ようやく梅園、梅林へ。だが、まだ開花状況としては、さほどではない。まあそうだろうなと思っていたので、がっかりはしない。早咲きのものがそれでももはや、開花していたから、それで十分だった。梅があちこちで満開になったら、見事だろう…そう思いつつ、園内を回るのも、楽しい。元に福寿草の黄色い花も見受けられた。そんななかで、早くも開花している紅梅、白梅たちに出合うと、それでも、心がはしゃいでしまうのだった。

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 中途にあった園内の売店で、梅干しを買う。ここ郷土の森で採れた梅で作ったものだそうで、去年は不作で販売されていなかったとのこと。梅を見て、そこで採れた梅干しを買う。贅沢なことだ。
 梅林をすぎて、ロウバイの小路へ。蝋梅と書く。ちなみに、同じく梅とつくが、ロウバイはクスノキ目ロウバイ科ロウバイ属、梅はバラ目バラ科に属しているので、系統的には遠い。だからというわけではないが、開花時期も若干違う。ロウバイの方が早い。園内を案内している係らしき人が、「ロウバイは見ごろを過ぎました」と言っているのを耳にしたが、なるほど満開を過ぎた感じ、でも、まだ十分見ごたえがあり、この時期に来れてよかったと思った。いつも梅のほうに照準を合わせてきていたこともあり、ここまでロウバイが咲いているのに出くわしたのははじめてだったから。
 蝋の梅と書くように、花びらはどこか蝋を塗ったような光沢がある。蝋細工のようだ。黄色い花が、明るくなってきた陽射しに合っている。


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 売店で、鯉のエサを売っていたので、池があったことを思い出す。最後に池のほうへ。池にそそぐ小川があって、その岸辺にネコヤナギたち。あの毛をかむった芽鱗の代表格のともいえるものだ。子どもがそっとさわって、やわらかな感触を楽しんでいる。まさか、ここで会えるなんて。もふもふと、やさしい。こちらも水辺によく合っている。

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 今年は春が来るのが遅い…と思っていたが、心がこのごろすこし明るくなってきているのは、こんなふうに春がやっぱりやってきていて、それをどこかで感じていたからだったのだろう。
 ネコヤナギを見て、池の鯉や、カルガモたちを見て、帰ろうと思ったら、すこし小高くなった所に、遺跡のようなものがあった。円形に石を敷き詰めたもの。柄鏡形敷石建築跡とある。縄文時代中期(約四千五百年前)の集落跡である清水が丘遺跡で発掘調査された遺構を移築、柄鏡のような平面形をして、床に石を敷き詰めた形式の建物跡で、おそらく呪術や祭祀などと関係があるのでは、とのことだった。敷石は、この近くの多摩川のものらしい。
 まわりがコンクリートで覆われているので、正直、風情にかけるような気がしたが、それでも縄文ゆかりの跡地を見れたことがうれしかった。

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 郷土の森を出てすぐのところに観光物産館的な場所がある。家からすぐのところで、こんな旅先のような店があるのは楽しい。まるで、ちょっとした観光だ。こちらにも梅干しが売られていた。他にお菓子や府中の資料、そして野菜や、お酒に漬物、ジャムなど物産(なかには姉妹都市でつくられたものもあるようだ)。いびつな人参を買う。なんとなくかわいらしい形。
 すぐ向こうには、まだ若いが、河津桜たちが植わっていた。ああ、そうだったなと思い出す。まだまだ花は咲かないけれど、あとひと月もすれば、ソメイヨシノよりも鮮やかな桃色の花をつけて、辺りを華やかにするだろう。もう、そろそろと、今だって、明るさが、訪れているのだから。
16:26:38 - umikyon - No comments