Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2019-03-20

穏やかな田んぼと木琴バード

 ユキヤナギが咲いている。ハナズオウ、エリカ、猫の毛みたいな蕾のハクモクレンも厚みをおびた花を咲かせた。
 梅はおわり、ヒカンザクラがさき、ソメイヨシノも蕾をほころばせている。
 大好きな春だというのに、また少し体調がおもわしくない。仕方ない、ほとんど持病になりつつある、この身体に巣くったものと、付き合っていかなければ。

 三月十六日の土曜日、國學院大學博物館にいってきた。企画展として「神に捧げた刀─神と刀の二千年」(二〇一九年一月二十二日─三月十六日)が開催されていて、その最終日だった。わたしは刀剣にはあまり興味がないので、連れのお供で。けれど、あの常設展示の考古部門が観たかった。この博物館は、縄文土器や土偶、石器類がかなり充実している。
 最後に行ったのはいつだっただろうか。
 二年ぐらい前だったかもしれない。「特別展 火焔型土器のデザインと機能」(國學院大學博物館 二〇一六年十二月十日─二〇一七年二月五日)。それから少しリニューアルしたようだ。若干レイアウトが変わっていて、前回なかったミュージアムショップが出来ていた。それと、テレビなどで紹介された影響なのか、ものすごく混んでいた。観覧料が基本無料という点に変わりはないので、理由はやはりテレビで取り上げられたからなのだろうか。前回も、その前も、ものすごく空いていたので、今回の混雑にびっくりした。
 わたしたちがあらかた見終わったあとで、企画展の、刀剣を間近にみるルートというのが、長蛇の列になったのは、さらに驚きだった。団体がきたようだった。バスツアーとか何かなのだろうか。
 空きすぎていたときは、こんなに空いていていいのだろうかと不安になったけれど、勝手なもので、ここまで混んでしまうと、困ってしまう。ただ、企画展のコーナーだけが混雑していて、常設はそうでもなかったので、わたしとしては落ち着いてみることができたのだが。

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 常設は縄文前期、中期、後期、そして弥生時代、古墳時代と続く。縄文時代の展示は土器、石器、土偶、石棒など。わたしの好きな縄文中期の装飾的な土器たちと再会する。
 石棒(石神)の展示は、石棒を真ん中にして、土偶や土版などをそのまわりに囲むように置いてある。棚がガラスで、下に鏡がはりめぐらされていて、裏面も見ることができるようになっていることも手伝って、万華鏡的に、石棒を中心とした、祈りの宇宙が拡がってみえるのに、心ひかれた。ストーンサークル。
 ミュージアムショップで、土偶と縄文土器の絵ハガキを一枚ずつ購入した。

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 國學院大學博物館、最寄り駅は渋谷だが、地下鉄の表参道駅からも行ける。行きは表参道から、帰りは少し寄り道したので、隣の明治神宮前駅に出た。このあたりは前も書いたが、以前近くに住んでいたこともあって、なじみの場所のはずなのに、ちっとも土地勘が働かない。六本木通り、外苑西通り、表参道、自転車で通っていたというのに、どこも同じように思えてしまい、方角もわからなくなってしまう。かつてよく買い物をしたスーパーマーケットもなくなってしまっていたから、なおさらよそよそしい感じがする。
 明治神宮前駅、というか、原宿に近い表参道のあたりまできて、ようやく知った場所といった感覚がもどってきた。
 葛飾北斎が《富嶽三十六景 穏田の水車》で描いたのが、この付近だったという案内板がこのあたりにあったなあと思ったら、すぐに遭遇した。この道のしたに渋谷川が流れ、田んぼが拡がり、水車があって。だが、ここ表参道には、見事なまでにあとかたもない。息が詰まりそうだ。明治神宮の森まで行けば、一息つけるのかもしれないが、そこにゆくまでもなく、地下にもぐって、電車に乗った。

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 先日、「モッキン・バード・ヒル」という曲を聴いた。曲名だけはなんとなく知っていた。モッキンバードというのは、鳥の鳴き声だけでなく、ピアノや犬の声までもまねる鳥のことで、和名がマネシツグミ。
 アメリカのスタンダード曲で、日本語版でも、みんなの歌などで紹介されているらしい。
 わたしは今まで、「モッキンバード」というのは、「木琴バード」と書いて、木琴のような声で鳴く鳥のことだと思っていた。なら、「木琴鳥」じゃないか、木琴のあとにバードと続くのはおかしいじゃないかというツッコミを自分にすることなく、ずっと。
 今までの自分の思い違いも、なんだか、おかしかったが、まねするのなら、きっと木琴のような声でも鳴くのかもしれないなあとも思った。
 「モッキン・バード・ヒル」は、でも、とてもいい曲だ。今まで聴いたことがなかったけれど、すぐにメロディーを憶えてしまった。
 シジュウカラが遠く、高い空で鳴いている。まもなくウグイスの声も聞こえるだろう。
18:25:01 - umikyon - No comments

2019-03-05

梅の花に会いに行く──越生梅林

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 二月が二十八日までだということをつい感覚的に忘れてしまう。二十五日を過ぎて、二十六、二十七ときて、まだ三月まで間があると思っていたら、三月一日が唐突にきた。それは春を待ち遠しいと思っているわたしには、うれしい錯覚なのだが。
 雨が多い。一雨ごとに暖かくなるのだろうか。沈丁花があちこちで咲いている。咲き始めの頃は、花に顔を近づけないと香りがわからなかったけれど、今はもう、香りのほうで花の存在を教えてくれる。キンモクセイみたいだなあといつも思う。そうして秋のキンモクセイが咲く頃には、また逆に思うのだ、姿が見える前に香りで教えてくれる、まるで沈丁花みたいだなあと。梅は満開に近い。
 ともかく、三月最初の土曜、二月からの余韻がぬけない二日に、埼玉の越生梅林に出かけてきた。
 子どもの頃に埼玉に住んでいたこともあって、越生梅林はなじみの場所。ほぼ毎年のように訪れているので、ここでももう何回か登場している。
 越生梅林は、関東三大梅林のうちの一つ。会場は越辺川沿いの二ヘクタールの場所で、千本位だが、付近の梅農家が栽培する梅と合わせて二万本以上の梅がある。梅の種類は、白加賀、越生野梅、紅梅など。毎年二月中旬から三月下旬にかけて、梅まつりを開催する(二〇一九年は二月十六日─三月二十一日)。

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 ということは自分では既知の事実だったが、なんとなく今回は歴史的なことも気にしてみた。南北朝時代(観応元年(一三五〇年))、九州太宰府から、この近くの現在の梅園神社に分祀した折、菅原道真公にちなんで梅(越生野梅)を植えたのが起源だという。苑内にはその時の梅「魁雪」があった。また、梅の木は樹齢二〇〇年を過ぎると、ねじれが生じてくるという。苑内には、特に保存古木としてある越生野梅に、その形状がみられる……。
 梅が、好きというか心のなかで、咲いている感じなので、毎年、あちこちで梅が咲くと心がさわぐ。そのきっかけになったのが、おそらく越生梅林だろう。春のなか、ほとんどさきがけのように咲く、静かな花。梅は「春告草」と言うのだと知ったけれど、個人的には、勝手に思ってきた「春告げ花」と、つい言いたくなる……。梅にまつわる思い出、思い入れは多い。それほど梅に魅了されているということなのだろう。そんななかで、たとえばあちこちの梅祭りなどで、多く名前を聞く菅原道真公。わたし自身は、彼に対して特別な思い入れはないけれど、ああ、また名前を聞いたなと、どこかがともるように、梅にまつわなにかとして、大切に感じるのだった。
 「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅花 主なしとて 春を忘るな」。

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 前日も翌日も雨だったが、出かけた土曜日は晴天だった。ありがたいことだ。三月二日現在、白梅が七分咲き、紅梅が満開、しだれ梅も咲き始め、見頃を迎えているという。
 ということは、実は出かけた後に知った。満開ではないのだろうなということぐらいしか調べなかった。あまり細かいことまで気にしなかった。咲いていれば十分だった。
 実際、出かけてみたら、なるほど満開ではない、感覚的にはたしかに七分か六分咲きぐらいだった。けれども、満開すぎて、終わりの頃よりも、まだこれから咲くであろうつぼみたちと咲いた花たちの姿が見るのは、やさしかった。梅祭りの開催中、一日しか訪れることができないのなら、この日がいちばんよかったのではないかとも思う。晴れて、暖かで。いや、それぞれに良さはあるのだろう。満開過ぎの、あのどこかさびしいような景観も趣が。
 
 うちから越生までは六十数キロ離れている。車で出かけたのだが、早朝バイトを終えてからだったので、到着は午後一時ぐらいと少し遅かった。天気がいいからか、混んでいるけれど、このぐらい混んでいたほうが活気があってよい。駐車場から、越辺川をみる。おっぺがわ、いつもながら、ふしぎな音、すこしひょうきんなような響き、なつかしい、きれいな流れ。河原で遊んでいる家族も多かった。

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 梅祭り会場にはいってすぐに気づいたのだが、最近、梅の足元に生えている福寿草が増えたようだった。以前はこんなに黄色い花たちがなかったと思うのだけれど。これはうれしい変化だった。近い空で梅の花、そして足元には福寿草の黄色い花、高い空では陽射したち。
 川沿いの祭り会場の梅林を進む。屋台村、物産などを売っている売店などを覗く。来たらここで梅干しを買うのも、通例行事になっているのだ。ここ数年で全体的にすこしだけ値上がりしたような気がする。いたしかたないことなのだろう。はなれた売店で梅干しを買った。塩分が多めで、しょっぱいのが好み。
 梅祭り会場の奥のほうで、ビニールシートを広げるのも、例年どおり。ここで梅見。ささやかな昼食。越辺川が見える、川の向こうにも梅、そして頭上にも梅、梅に囲まれて。

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 シートで寝転んで、頭上の梅を見る。梅は枝が低いのがいい、といつも思ってしまう。歩いているときも、そうだけれど、低いところで咲いているから、花たちが近しく感じられるのだ。花にひきつれられてのように、空もまた。
 風がすこし冷たいけれど、陽射しが暖かで、力をもってきた気がする。明るさが増している。オオイヌノフグリが咲いていた、ヒメオドリコソウも。川がキラキラしている。しずかさが愛しい。来てよかった、いや、今年も来ることができた、そのことがありがたい。
 着いたのが比較的遅かったので、すぐに時間が経った。午後四時近くなったので、名残おしいけれど、梅祭り会場を後にする。すぐ近くの物産館…、うめその梅の駅というそうだ(うろ覚えだが、ここ数年でそう呼ぶようになったのではないか)。そこに寄って、お土産を物色する。梅干しはもう入手していたので、味噌の加工品「おなめ」を買う。そういえば、以前ここで梅の枝を買って帰ったことがあった。こけ玉の梅が売っていたが、陽射しなど、うちではおそらく管理が難しいだろうと、後ろ髪ひかれつつ、買わずに店を後にする。
 そういえば道真公の梅。伝説では、彼が愛した庭木の桜、松、梅などのうち、梅だけが彼の住む太宰府まで飛んでゆくことができたという。桜は悲しみのあまり、その場で散って、松も飛んで後を追ったが途中で力尽きて。桜が散ってしまったというのはなんとなく、姿から腑に落ちる気がする。ならば、梅はどうして彼を追うことができたのか。それはわからないけれど、やはり、しっくりするように感じる。それは道真公と梅がもはやあまりにも結びついているように思われるからかもしれないが、どこか奥ゆかしいような姿、けれどもひっそりと花を咲かせる存在感に、うなずくことがあるのかもしれない。
 これを書いている、三月三日のひな祭りの翌日は朝から雨。春雨なのだろうか、この雨でまた梅もさらに開花するのだろうか。うちの近くの梅はほぼ満開、それよりも花が肉厚の木瓜の花も。わたしの大好きな春がやってきた。

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