Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2019-06-25

雨の朝顔、昼の土偶─発掘された日本列島2019

 五月の末だったか、朝顔の種を蒔いた。去年の朝顔、秋に採っておいたのだが、どこかに無くしてしまったので、種を新たに購入したもの。品種は陽白朝顔。花の中央部分から縁にかけて枠取りをしたように白が入る。花の色は赤、青、紫などの混合。この白い縁取りと花の色に魅せられて、気に入っているのだけれど、もうひとつ、思いがけずいいことがあった。多くの朝顔はその名のとおり朝咲いて昼にはしぼむけれど(西洋朝顔などは一日中咲いているものもあるが)、陽白朝顔は、昼まで花が保たれている。わたしは早朝バイトをしているので、仕事から帰ってきて、まだ咲いているというか、ちょうど花を拡げきった姿に出会えるので、それもこの花の魅力だったのだ。だが、昼近くに開いた花に出会えることは、ながらく当たり前として感じていたし、ほかの朝顔もそうだと思っていた。ということはずいぶん前から陽白朝顔ばかりを育てていたのだろう。
 入谷の朝顔市も、何回か行ったことがあるが、やはり早朝から行ったことがない。昼過ぎに到着、下手すると午後遅くとかもあった。そんななかでしぼみきらないで咲いていたのが陽白だった。そうとはしらずに、ただ白い縁と花の色に惹かれていたのだった。
 去年やそれ以前の朝顔が植わっていた行灯仕立ての鉢が、二つあったので、それに蒔いた。正確には、そのうちの一つには、去年採っておかなかった種が土のなかで眠っていたらしく、二つほど双葉を出していた。それで朝顔の種を蒔かないといけないなと思ったのだ。朝顔以外の植物たちが芽を出していたので、それを抜く。こうした作業をしていると、いつも少し心が痛む。朝顔に栄養が行き渡らない、朝顔の根が張れない、など様々な理由があるが、せっかく生えてきた植物たちに、すまないと思う。だが仕方なくむしった。むしったら、土も減ったので、朝顔の種と一緒に買ってきた土をすこし足す。
 数日後に種をかぶった芽が出てきた。もやしみたいだ。二鉢に植えたので、ちょうどというか、間引きしなくともいい感じに、一鉢あたり、五つほど。別の草たちを引き抜くのをためらうのと同じ理由で、間引くことにもためらいがある。というか、こちらは実はしたことがない。しなくても、案外いい具合に朝顔が育ってくれる。理由は今回のように二鉢に分けて、だとか、あと、間引かなくとも、朝顔自身が淘汰してゆくようなのだ。一緒に芽をだしても、弱い芽たちは自然にいなくなってしまっている。
 種をかぶった芽たち、いいのか悪いのかしらないが、同じ鉢のなかで、植え替えをする。芽どうしをすこし離して、植えるのだ。
 そうしてまた数日で、本葉が出てきた。朝顔の観察日記みたいだなあと、毎日様子を見ていることに対して思う。
 小学校の時の朝顔の観察を思い出すけれど、あのときよりも、もっと今の方が楽しんでいる。朝顔の観察は、授業の一環だったから、当時はとくになんとも思わなかった。ただ父が植物を育てることが好きだったから、学校から夏休み前に持って帰ってきた朝顔を、次の年も、引き継いで育ててくれていたのかもしれない。その後も、家で朝顔をみかけた気がするから、種を採取しておいて、また蒔いたりしていたのではないだろうか。父は三十年以上前に亡くなっているので、わからないのだが。なんとなく、夏の朝、まだすこし涼しい時間に、咲いている朝顔を数えた記憶もある。それに子どもの頃に名前を知った数少ない花の一つだ。自分で手をかけた初めての花、その思い出もどこかに残っているのかもしれない。
 今、ちょうどいい案配に本葉たちがすくすくと育っている。数日前、そろそろツルを伸ばし始めるかしらと思った、その翌日、ツルを伸ばしたものがあって、驚いた。彼らは当たり前だが、勝手にツルを伸ばすので、行灯仕立ての支柱に配分よく巻き付けるために、直さないといけない。この作業がまた楽しい。朝顔と交流をもっているよう、いやいやする子をあやすようで。


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 六月。今年は晴れ間が多いほうだと思っていたが、やはり梅雨なのだ。土曜日、二週にとも出かけてきたのだが、どちらも結局雨だった。
 一つ目は、「発掘された日本列島二〇一九」展。東京都江戸東京博物館を皮切りに花巻市博物館、三内丸山遺跡センター、名古屋市博物館、大野城心のふるさと館と巡回する。江戸東京博物館では六月一日─七月二十一日まで。去年出かけて興味深かったので、今年もぜひ行ってみたかったのだ。
 小雨の土曜日。二時半から文化庁文化財調査官による解説が行われるというので、それよりも前に着いて、館内を回りたかった。一時間ぐらい前に着いた。こちらは江戸東京博物館の常設展観覧料のみで観ることができるので、まず常設の江戸の暮らしのあたりを観て回った。写真撮影OKという案内が増えたような気がする。インスタなどを意識してなのか。
 たしか北斎の画室を復元したものがあったなと探す。なかなか見つからなかった。それは記憶にあったものよりも小さかったから。実物大だとばかり思っていたのだが、探し当てたそれは五分の一の縮尺だった。それほど印象が強かったということなのだろう。
 復元した画室は、弟子の露木為一が描いたものを再現、一九四二年、北斎八十三歳頃、現在の江戸東京博物館からそんなに離れていない榿馬場(両国四丁目)の借家で、手前に畳の上にかがんで絵を描いている北斎、奥に娘の阿栄がいる。

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 それらを観てまわったのち、企画展の「発掘された日本列島2019」へ。
 開催概要から。
 「 全国では年間約9000件に及ぶ発掘調査が行われていますが、その成果に実際に触れる機会は極めて限られています。そこで、より多くの方が埋蔵文化財に親しみ、その保護の重要性に関する理解を深められるよう、本展では、近年発掘された遺跡のなかでとくに注目を集めた12遺跡について速報展示を行います。
 また今年度は、特集として被災地の埋蔵文化財と発掘調査の紹介、さらに史跡名勝天然記念物保護の展示を行います。」
 まず説明を聞く前に展示を見ておきたかったのだ。今年は特集の関係からか、速報展示の数が去年より少ない。去年が24あったから、ちょうど半分。
 ただ、わたしが個人的に興味のある縄文時代のものは、チラシなどにもなっている土偶が発掘されていて、それを目当てに出かけたのだった。青森県西目屋村の「白神山地東麓縄文遺跡群」。こちらは展示解説によると、「白神山地東麓に位置し、岩木川右岸の段丘に立地します。発掘調査で見つかった十七遺跡は、縄文時代初頭の草創期から、終末の時期である晩期まで、連綿と営まれたものです」とのこと。
 この展示で、とくに土偶にひかれた。板状土偶、遮光器土偶。あとで聞いた展示解説では、祭りに使われたのではといっていた。そしてアスファルトで修理した痕跡がみられる土偶もあると。
 静かな想いの結晶。ものいわぬものたちの圧倒的な気配。
 この企画展でも写真撮影してよいとのことだったので、展示解説が始まる前に、縄文のあたりだけ、撮影させて頂き、そののち、ゆっくりと観てまわった。

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 そうして、二時半からはじまった展示解説に参加した。だが、ごめんなさいなのだが、これを書いているのが展覧会にいってから少し経っていることもあって、ほとんど忘れてしまっている。記憶にのこっているのは、さきのアスファルトのことと、縄文や弥生、古墳時代を語るときに出てくる言葉が、つい、祭りや祭祀というものになってしまう、といったことだけだ。たとえば、土偶は儀式、祭りで使われたのではなかったか、古墳時代の古墳の造り出し部では、なんらかの祭祀の舞台となっていたのではなかったかなど。
 ビデオ上映、今年はあまり興味をひくものがなかった。上映時間も短い。去年は発掘地に関わるビデオ上映が盛り沢山で、興味深い内容が多く、時間も長いので、見るのに苦労したぐらいだったが。今年はすこしさびしく思いながら素通りした。

 企画展会場を後にして、また常設、こんどは明治から現代のあたりを見てまわり、そのあと一階のミュージアムショップへ。
 以前はもっとミュージアムショップが広かったようだと記憶しているが、売り場面積が縮小されている。休憩所かなにかになっているようだ。
 両国駅近くに、ミュージアムショップ的な場所があったので、そちらに寄ってみる。観光案内所があり、飲食店があり、お土産屋さんがあり…。感覚的には道の駅のようだ。
 そこで、なぜか電気ブランというお酒が売っていたのでつい買ってしまった。
 ブランデーにワイン、ジン、ベルモット、ハーブなどをブレンドした比較的アルコール度数の高いお酒で、誕生は明治だ。
 古い時代のお酒ということで、どこかノスタルジーがあった。はじめて飲んだのはずいぶん前だが、飲んで驚いた。アルコール度数が高いことは知っていたが、リキュールだとは思わなかったので、甘さに驚いたのだ。甘くて、きつい不思議なお酒。飲みやすくって、けれどもむせそうな。
 外でしか飲んだことがないのだが、そのたびに不思議な驚きがいつもするのだった。甘いくせにハード。明治の味。
 電気ブラン。最後に飲んだのはいつだっただろうか。ずいぶん飲んでいない。それで懐かしくなってつい、購入してしまった。
 それから、もう十日ほど経っている。まだ電気ブランは冷蔵庫で冷やされたまま。そのうち、近々。
 二つ目の土曜日の出かけてきたところは、どしゃぶりの雨のため、なんだかうやむやになってしまったので省略する。出かけたのに中止のような、そんな中途半端な……。
 朝顔のツルは、今日も伸びていたので、支柱に巻き付け直した。彼らとの楽しい交流が始まりつつある。
23:13:00 - umikyon - No comments

2019-06-16

水の箱根の境目 ─大平台温泉、箱根湯本、ラリック

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 四月末にとある事情で箱根に行ってきたことがあった。楽しくはあったけれど、個人の意見を通しにくい旅でもあったので、六月にまた行くことにした。
 東京から近い温泉街ということもあり、何回か来ている。小学校の修学旅行も伊豆箱根だったような。もしかして一番来ている温泉地かもしれない。芦ノ湖、塔ノ沢、仙石原……。これらは泊まったことがあるので、今迄あまりなじみのない場所、大平台に宿を取った。
 ここは箱根玄関口の湯本からそれほど離れていない。湯本は車で通っていると、お土産屋さんなどが立ち並んで楽しげだったから、ぜひ散策してみたかったので、それで選んだということもある。
 そう、家から、また車で。天気は雨の予報だったが、曇っている。わたしが海が好きなので、連れ合いが海沿いを走ってくれた。西湘バイパス。海が近くなってきたなあと気配でわかったが海が見えない。だが、突然見えた。曇り空で海の色もどんよりしていたが、そのうちに晴れて蒼さを増してきた。空と海は繋がっているのだ。
 あれはなんだったのかしら、サービスエリア? 昔のドライブインみたいなところに立ち寄る。時間は一〇時近く。昼食にはまだ早かったが、この日のこれからの予定を考え、食べることにした。箱根でお蕎麦かなあと思っていたのに、湘南のしらすをつかった海鮮丼。うれしい番狂わせだった。目の前には晴れ間の下で波打つ海がある。

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 海から離れると、もうほとんどすぐに箱根の玄関口。山のイメージなのに、海が存外近い。知っていることなのだが、来るたびにそのことを実感する、というか。
 箱根湯本駅あたりの賑わいを車でまずは横目で見て、山道をのぼる感じで強羅のほうへ。標高差はあまりないのだが、強羅あたりで三〇〇何メートルか、道沿いの緑が、麓よりも新緑に近いような気がする。わたしが普段、家の近くでみる緑は、もはや新緑を通り越して、しっかりとした緑になりつつある。気のせいだろうか。けれども、四月末に箱根に来たときも、もうすこし山の上のほうだったが、まだ葉桜ではあったけれど、桜が見られたりしたから、あながち印象に間違いはないのかもしれない。ほんのすこし季節がゆるやかにやってきている。
 強羅には、箱根美術館目当てで行った。ここは焼き物を中心とした美術館で、縄文時代から江戸時代までの日本陶磁器を常設展示している。さらに苔庭のある庭園が見応えがあるとのこと。
 苔庭と縄文土器にひかれて、来てみようと思ったのだった。
 展示作品については、予想どおりだった。どうも焼き物には、触手がのびない。ただ縄文土器を箱根の緑のなかで見たかった。縄文土器は二点の展示があり、二つともわたしの好きな時代、縄文中期のものだった。塑像がいちばん力強い時代。とくに新潟県出土の火焔土器。ここでこんなほぼ完全な状態で、しかもかなり大きめのものに出会えるなんて。
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 ほかに千葉県出土の古墳時代の兎型埴輪などに目がいった。小さな耳、大きな足の兎。
 庭園は、思ったよりも起伏があって、それが山間なのだなと今更ながら思わされた。平地ではない、ましてや高原でもない、山の中腹の美術館(庭園)。湧水なのか、清冽な水が流れ、下草のように生えた苔が新緑っぽい緑で、目にしみる。

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 この強羅でゆっくりと昼食をして……と思っていたのだけれど、先に触れたとおり、もう食べてしまったので、予定よりも時間が空いてしまった。美術館から近い、強羅公園へ行くことにする。通りかかったことはあるけれど、なかに入るのははじめて。バラ園が見頃で、噴水のある池、熱帯植物園、クラフト工房での体験など。こちらもやはり段差を活かした公園だった。植物園的な公園は、なんとなく平地で見るものだと思っていたので、訪れたときも、場所がどこにあるのかわからなかったぐらい。とても近いところにあったのに、だたっぴろい空間が拡がっていると思い込んでいたので、見過ごしてしまったのだ。
 色とりどりのバラ、企画展的なスペースで、アジサイたちが並んでいた。バラのアイスをいただく。食べられるバラが添えられていた。食べてみても、ほとんどバラは感じられない。バラのつぼみごと食べるのだが、なんだか葉っぱを食べているみたい。かすかにバラっぽい香りがあとからすこし口の中にひろがった。
 なんにせよ、植物園の散策はそれでも心地よい、大きなナンヨウスギ。家にある珪化木はこの木の化石なので愛着がある。おもわず見上げる。

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 箱根美術館、強羅公園で遊んでいるうち、宿のチェックインの時間が近づいてきた。この宿はありがたいことにチェックインの時間が午後一時とだいぶ早いのだ。
 宿に向かう。箱根の山をすこし下りる、湯本方面に戻る感じだ。
 大平台の宿。諸事情で窓からの景色が道路沿いであまり望めないという部屋だったが、緑のなかで、道路の向こうに、箱根登山電車が通るのがみえた。二両か三両編成。意外に楽しい。
 近くに姫の水という湧水がある。飲料することができ、汲んでもよいとのことなので、ちいさなペットボトルをもって、早速いってみた。大名の姫君たちも飲んだという。宿をでてすぐにゴボゴボと音がしていた。豆腐屋さんも近くに数軒ある。水がいいということなのだろう。ゴボゴボという音に近づいてゆくと、小さな噴水のように、姫の水はあった。民家の敷地内なので、静かに噴水の下にペットボトルをもってゆく。水がとても冷たい。持った手や腕がいたい。

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 大平台は、小さな温泉街だ。勾配のある山あいの細道に、民家と保養所、豆腐屋さんに雑貨屋さん、スナックなどがある、あまり観光地観光地していない。庭なのか、道端なのか、判別しにくい場所に、最近では園芸店などでしか見たことのない、ミヤマオダマキ、ヤマボウシ、シモツケソウなどが、咲いている。山野草のように、ユキノシタ、ドクダミ、ヤマアジサイ、勝手に生えたのか、庭で育てているのかわからない。
 旅館などもおそらくあるのだろうが、来る途中や、近くには保養所ばかりだった。泊まった宿も保養所の一つだが、一般客も受け入れている。こんなふうに、観光地であってそうでない、野に咲く花と庭の花、なにかどちらでもあってどちらでもない、そんな雰囲気たちがやさしいところだ。
 ちなみに姫の水。あとで宿で飲んだけれど、飲みやすいが、おいしいのかわからなかった。けれども、飲んでいるうち、おいしいことに気づいた。
 ちなみに、この場所に来たことがないと思っていたが、植物たちにまみれた登山鉄道の線路を見て、二十年近く前に来たことがあったのではなかったかとふと思った。
 あの頃はたしかもう少し、ペンション風の宿が何軒かあったような……、泊まったのは、その一つだった。かつては、なんということのない景色だと思ったはずだが、今見るそれは、どこかやさしい。生活と旅が混在している。温泉地に人々の生活の跡が見える。土産物屋すらない、ちいさな温泉地。
 泉の水を汲んで、宿の冷蔵庫のなかに入れたのち、ここから箱根登山鉄道で二駅の箱根湯本へ。連れ合いは基本車で移動することが多いので、箱根登山鉄道に乗るのは初めてだという。
 たまたまもうすぐなくなってしまうという古い車両に乗ることが出来た。重厚というか、しっかりした内装だ。単線ということもあり、脇に迫ってくる緑たちが狭い。アジサイが蕾といったところか、もう半月もすると、アジサイだらけになるのだろう。緑たち、山たち、トンネル、スイッチバック。ゴトンゴトンと電車が降りてゆく。

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 箱根湯本駅についた。すぐにお土産屋さんや飲食店などの並ぶ商店街が続くので、そのあたりを散策。見るだけで楽しい(あとですこし買ったけれど)。
 商店街を塔ノ沢のほうへ歩き、平行して流れる左手の早川、さらにその奥の早川へ合流する前の須雲川のほうへ。この川沿いに滝通りがあり、温泉宿がたちならぶ。その宿の一角に滝があるというので、寄ってみたかったのだ。宿の敷地内ということなので、敷居が高いかしらと思ったけれど、一般客も気軽に入ることができた。すぐに飛烟の滝、さらに奥に玉簾の滝、二つもあった。敷居は低かったが、こちらの気のもちようなのだろう。なにか部外者が見にきているような気がしてしまって、あまり滝たちを感じることができなかった。そういえば湯本から強羅へ向かう道沿いにも蛙の滝というのを、車からみたなあと思い出す。
 けれども、須雲川。早川は車などで通るときに少しみたことがあったが、はじめての川。どちらの川も、綺麗な流れだが、はじめての川というのは、なんとなくそれだけで、新鮮だ。豊かな水量と澄んだ水が心地よい。温泉街の川といった雰囲気もある。あちこちから湧水がでていたり、注いでいる。姫の水を思い出す。やはり水が豊かなのだ。そういえば訪れた滝のほうでも、水を汲めるらしかったが、容器をもってきていなかったのでしなかった。そのかわり、手ですこし掬って飲んでみた。姫の水のほうが冷たかったなあと思う。

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 そんなこんなで遊んでいるうちに四時近くになった。湯本の商店街で、連れは和菓子と海産物を、わたしはここからほどちかい曽我で採れた梅干しを買って、また箱根登山電車で宿に戻る。六時から夕食なので、その前に温泉へ。大浴場と露天風呂。まだ明るいので、露天風呂から山の緑を見ることが出来た。箱根の湯は身体にやさしい。温泉のなかには、効き過ぎて身体に不調がおこることもあるのだが、箱根や伊豆の温泉はわたしの身体に合っているようだ。いつまでも湯冷めせず、身体がつるつるとする。ゆっくりとつかる。贅沢だなあと思う。
 この後、食事、そして疲れたのか、もう寝てしまって、一日が終わる。長い一日だった。翌日は早朝バイトでもう身体がその時刻になると目が覚めるようになってしまっているので、三時には…。まだ暗い。スマホで少し原稿などを書く。そのうち、まだ明るくはなかったが、鳥たちの声がにぎやかになってきた。まだ日が明けきらない山の中、暗い、それでも朝の気配がそんなことで感じられる、ウグイスの声がしてきた。夜から朝へぬけるように。
 四時を回って、五時過ぎ。もうすっかり朝の明るさ。またお風呂に入りに行った。

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 この日は一日雨。仙石原のほうに登って、箱根ラリック美術館へ。四月に来たときに企画展として「サラ・ベルナールの世界展」(二〇一九年三月二十八日─六月三十日)を開催してると知ったので。箱根ラリック美術館は、もう何回か来たことがある。ルネ・ラリック(一八六〇─一九四三)の宝飾品、香水瓶、ガラス製品、家具などが、美しく展示されている。ラリックのオパールの耀きをもつガラスの女神たち(シレーヌ、バッコスの巫女)が大好きだった。花や虫たち、鳥たちをモチーフにしたガラス作品、ジャポニズムの影響をうけた彼の作品も。
 ただ、この頃はもう、あまりそちらのほうにわたしの関心があまり行っていないのだが、ラリックはそのなかでも、いまだに見たくなる作家の一人、といえる。
 それに、企画展だ。四月にみかけたポスターは、ミュシャの描いたサラ・ベルナールをメインにしたものだった。ミュシャもさんざん見てきた。そしてサラ・ベルナール。演技しているところを見たことはもちろん、残念ながらないけれど、惹かれる存在なのだ。十九世紀末から二十世紀にかけて活躍したフランスの舞台女優、サラ・ベルナール(一八四四─一九二三)。ミュシャが売れるきっかけを作った人物でもある。わたしはむかし、あの十九世紀末というものが好きだった。文学も美術も。それもあってラリック、ミュシャ、サラ・ベルナールなどに関心があるのだ。
 サラ・ベルナールは、若手のジュエリーデザイナーだったルネ・ラリックを見いだした人物でもあるとのことで、ミュシャがデザインした百合の冠を、ラリックが制作していて(一八九五年)、その展示もあった。

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 先を急いでしまった。美術館は緑深い中にある。雨に濡れた緑のなかに小さな水の流れがあった。作られたものではない、自然の流れなのだろう。庭園になっていて、そこの散策も可能みたいだったが、雨のために、今回は遠慮した。外にクラシックカーがあり、そのカーマスコットが、オパールセングラスのラリック作品。ぜいたくな車のアクセサリーだ。
 常設展は、ひさしぶりのラリックたちで、再会したようでうれしかった。感動というよりしずかな刺激。植物たち、鳥たちのモチーフに、彼を好きだったのは、彼のこうした自然への目の向けかたによることもあったのだろうと、今更ながら思う。
 美術館の窓から庭園が見えた。モネの庭のような太鼓橋と睡蓮の咲く池。ラリックの作品たちにもよく合っている。雨に濡れて緑がしっとりと色づいている。

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 ラリックが内装を手がけたオリエント急行。このサロンカーが美術館に展示されている。予約制のカフェで、美術館とは別料金。映画『オリエント急行殺人事件』も好きだったから、つねづねこの中も入ってみたいと思っていたのだが、今回は、時間の関係もあって、入ることがかなわなかった。
 芦ノ湖のほうに行き、箱根神社へ。以前、芦ノ湖遊覧などをしたときに、湖面からせり出すように建っている赤い鳥居が気になっていた、その神社だった。
 箱根神社、九頭龍神社。狛犬が苔を着込んでいるようで、心にしみた。九頭龍神社の龍神水舎の龍たちにも。九つの頭の龍たちが口から水を出している。 「九頭龍神甘露の霊水 箱根神社の龍神水」とあった。こういういいかたは不謹慎かもしれないが、龍たちがけなげに見えた。手で掬って、水を頂く。また水だ。最後は龍神様。冷たかった。

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 例の芦ノ湖湖畔の鳥居へ。もう何十年も前から、一度来てみたかったところだった。というか、芦ノ湖で船に乗っているときは、ここに来ることが出来るなんて、思ってもみなかった。湖上から眺めることができるだけで、きっと行くことができない場所なのだと、どこかで思い込んでいたのだった。
 そんな場所に、来ることが……。境目というのは、案外、近いところにあるのかもしれない、行けそうにない場所は、こんなふうに行くことが。
 そしてせり出した鳥居、ぎりぎりまで、歩いてみた。芦ノ湖の水も意外に綺麗だ。周りは雨で視界はよくはなかったけれど。芦ノ湖に遊覧船が通った。雨脚が強くなってきた。

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 そのあとにもう一つ観光スポットを巡って帰路についた。箱根湯本のちょうど裏側の道、箱根新道を通る。滝通りよりも、さらに一つ奥だ。寄木細工の店などが並んでいる。寄木細工のからくり箱などが、どうも自分のなかでは当たり前のものになっているのはどうしてなのか。多分、子どもの頃に、家にあったからだろう。木のそれぞれの色合いの違いを利用した模様が精密な木の製品。とくに開けるのが難しいからくりの小箱が、なんというか、親しみをこして、大切な宝物となっている。といっても今、手元にあるわけではないのだが。
 旅の最後に、寄木細工の店や工房などの痕跡を見ることができて、良かったなあと思う。また西湘バイパス、雨の海を遠くに眺める。雨と空と海で、もはやそれらが曖昧だ。
 考えてみたら、箱根は神奈川県で、うちの隣の県だ、近いのだ。海が見えなくなり、しばらくして、多摩川を渡れば、うちはもうすぐ。
 どこにも寄らず、家に帰った。まだ雨。残っていたもので晩ご飯をすませる。連れ合いの買った海産物をつまみにお酒を頂く。姫の水を飲む。やはり美味しい。雨はまだ降っている。肌がつるつる。盛り沢山の水の旅だった。
08:36:22 - umikyon - No comments