Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2016-08-05

生の境目のなさを、ヤブミョウガが咲き、「動物襲来」する…(五島美術館)

 もうこれを載せている時点では終わってしまっている展覧会だけれど、五島美術館の「夏の優品展─動物襲来─」(二〇一六年六月二十五日─七月三十一日)に出かけてきた。
 ここは家から一番か二番目に近い美術館。東京急行電鉄(東急)を創設した五島慶太氏の美術コレクションが中心となっていて、彼の没した翌年の一九六〇年に開館している。コレクションは奈良時代の古写経、国宝「源氏物語絵巻」をはじめとする高梨仁三郎(たかなしにさぶろう)氏のコレクション、および守屋孝蔵(もりやこうぞう)氏の古鏡コレクション、福井貞憲(ふくいさだのり)氏旧蔵の刀剣、五島家旧蔵の近代日本画、宇野雪村(うのせっそん)氏旧蔵の文房具類など、国宝五件、重要文化財五十件を含む約五千件におよぶという。





 何回かいったことがあるけれど、実はそれほど期待していなかった。というか、たんに私好みの作品があまりなかったような気がして。けれども、動物襲来だ。なぜかこのごろ、動物に惹かれる。というか動植物に。植物は以前からだけれど、動物はいつからだろう。それをつきつめて考えたほうがいいのかもしれないが、とりあえず保留にしておく。たぶん植物のように、昔からなのだろう。顕在化したのがここ何年か、ということかもしれないような気がしている。
 それにこの美術館には庭園がある。傾斜のある、どこか小さな山にきたような気持ちにさせてくれる場所だった。それが素敵な呼び水となった。さらに、家から自転車でゆけるところにあるし。ぜいたくなことだと思う。日常がすぐに非日常になる。自転車という日常的な乗り物が異世界へゆくための乗り物となる。
 また前回につづき、火曜日、わたしの半ドンの日にいった。早朝だけ仕事で、昼はお休み。暑い夏の一日だ。五島美術館は、国分寺崖線という多摩川が武蔵野台地を浸食してできた傾斜地にある。個人的には、この国分寺崖線、湧水が多く、すきな名前なのだが、実際、自転車でそこに向かうと、眼の前に五島美術館の庭園が見える、緑深い林があるというのに、なかなかたどりつけないのが面白くも少し不安だった。すぐそこなのに道がない。崖下を東急の電車が走る。そうだ、道がなくとも、あの緑めざして、一周するようにたどれば、そのうち入口につくだろう。まずは崖下にある出口。「ここからは入れません」の文字が見える。さらに登らなければ。方向音痴のくせに、めずらしく安堵していた。木々たちが暑さのなかで涼しげに誘うようだったからかもしれない。なんどか来たことがある…といったけれど、実はいつもは車だったから、自転車でくるのははじめてだったのだけれど。
 やっとついた。印象は青山にある根津美術館と重なるところがおおいが、五島美術館のほうが起伏のある場所にあるからか、緑が深い気がする。根津美術館も庭園がある。こちらは東武鉄道の社長を勤めた根津嘉一郎氏由来のところだけれど。ああ、あそこは水琴窟があったっけ。根津美術館もかつてのわたしにとって、近い場所だった。当時やはり、自転車でゆけるところに住んでいたから。いまは五島美術館だ。家からの近さということも、わたしにとっての類似なのだろう。さらに、コレクションも日本・東洋美術などで、かさなるところが多いのだけれど。こんなふうに、近さや庭園の有無などで、後年、今いる場所からどこかへ引っ越したとき、またほかの美術館がわたしにやってくるのだろうかと、ぼんやりと思う。
 さて展覧会。さまざまな動物たち、香合や水滴、屏風絵に掛け軸など、およそ八十点、古墳時代から近代までの日本、インドネシア、中国…。正直、展覧会はさほど、おおっと思うようなものはなかった。すこしいいなと思ったのが奥村土牛《木鼡》(昭和時代)と小茂田青樹《緑雨》(一九二六年)だった。奥村土牛はもともと好きな画家だから、なんというか、親しい友人に思いがけず、出会ったような感じだ。けれども小茂田青樹は、それほどでも。ただ好きな速水御舟の同時代の人として認識しているだけにすぎない。そうして、いつも速水御舟に軍配をあげてしまう…。わたしは小茂田青樹にずっと失礼なことをしてきただろう。けど仕方ない。好みといってしまえばそれまでだし、面と向かって作者にそうつげたわけではないから、許してもらえるかもしれない(誰に?)。だがここにあった《緑雨》の緑の雨はすがすがしかった。小さな蛙が世界と調和している、凝縮の静けさ。ただ雨が降って。
 そのあとで庭園へ。くもりがちの晴れの夏の一日。夏にしてはまだ涼しい、出かけるにはちょうどいい気候だ。庭園案内図をもらった。なるべく自然のままの状態を保持しているという。崖上に見晴台庭園、中腹に茶室、崖の下に蓬莱池、瓢箪池、菖蒲園などの水辺がある。ゆっくりまわりの木々を確かめながら、木々の呼吸を感じながら、崖下へ降りてゆく。さきほどの出口が見えた。うろおぼえなのだけれど、近くには東急の電車の線路らしきものもあったと思う。不確かなのは、あまり見ないようにしたから。このちいさな緑の空間だけを味わいたかった。隔絶されたような静けさ。蝉が鳴き、オナガ、ヒヨドリの悲鳴のような声(ぎぃ、ぎゃあ)に混じり、知らない鳥が鳴いている。黒アゲハかと思ったほど、黒色が目立つモンキアゲハ、瑠璃色の筋が鮮やかなアオスジアゲハが飛んでいる。木々のなかにいると、いつも暑さがやわらぐ。あの暑さがしずまる瞬間をたしかめるように感じるのが好きだったっけ…。



 崖下の池たちへ。水を欲していた自分に気づく。いや、わたしはいつも水を欲しているのだ。意外なぐらいによどんだ池だったが、それでも鯉たちの姿にほっとする。橋や池の端に立つと彼らは寄ってくる。これも「動物襲来」だと静かに想う。



 池のほうで、あちこち、白い花に出合う。ヤブミョウガと立て札があった。なるほどミョウガに葉が似ている。子どもの頃住んでいた家の隣の庭にミョウガが生えていた。それを思い出す。だがこのヤブミョウガ、茎の先に、花序をのばして、葉よりもずっと小さい、つぶつぶとした花を咲かせている。
 はじめてみるか、知らない名前だった。あるいは名前を知らなかったから、いままで咲いているのを見ても気付かなかった、わたしにとって存在しなかったのかもしれない。どちらにせよ、立て札をみて、咲いているところをみて、今回、はじめてわたしが近づけた花だった。もう名前をおぼえた。これからは、かれらと出逢ったときに、名前でよべる。そしてこれからは、わたしの時間に、かれらが接してくれたと思えることだろう。名前を覚えているかぎり。



 白い花だったからだろうか、やはり近年名前をおぼえた花だったからだろうか、ノハカタカラクサのことを思い出した。湿った暗がりに咲く、白さを灯したような花。野墓宝草かと思ったが、ほんとうは野博多唐草。
 ヤブミョウガも、湿地を好むらしい。そう、五島美術館の庭園でも池の近くに生えていた。葉などは大柄な割に、小さな花をつけるところがかわいらしい。そして、今、これを書くにあたって調べたら、どちらもツユクサ科らしい。この類似もうれしい。ノハカタカラクサも、名前をしってから、どこか特別な存在になっている。ヤブミョウガもきっとそうなるのだろう。
 まだ類似があった。ノハカタカラクサをはじめて見たのは等々力渓谷だった。五島美術館から五キロぐらい先か。やはり国分寺崖線上に位置する渓谷だ。湧き出る水と、墓を灯すような白さに感動した覚えがある(だから名前の漢字を勘違いしたのだ)。別名トキワツユクサ。
 ヤブミョウガの白い花たちを目にやきつけるようにしながら、崖の上へ、美術館のほうへ戻る。途中でこんどは山百合の花。こちらも、なつかしい花だ。さきにミョウガのことを書いたが、そのミョウガが生えている隣宅に接したところに、父が育てている山百合の鉢植えが置いてあった。毎年、夏になると見事な花を咲かせたものだった。子ども心に、野生の花のはずなのに、なんでこんなに大輪で、園芸植物のように豪華な花を咲かせるのだろうと不思議に思った花だ。今、眼前にあるそれも、見事な大輪の花を咲かせている。



 これは偶然だろう、ミョウガと山百合がわたしの過去をくすぐるのは。けれども、こんな偶然がうれしかった。ヤブミョウガ。この名前はこれから、きっとわたしに大切なものとして記憶されるだろう。
 そのほか、庭園というか、山道には、石のヒツジやら象などが佇んでいた。「動物襲来」がこんなところに、とまた、やさしいようないとしいような気持ちで思う。彼らに会えて、うれしかったのだ。だんだん生がわたしにとって、その囲いをなくしているのかもしれない。生きているものとそうでないものと。亡くなってしまったものと、今生きているものと。亡くなった父を、山百合やミョウガで思い出すこと、石の象をあいらしく想うこと、動物たちにひかれ、植物にやさしさをもらうこと、これらは囲いがなくなってきていることからくるのではなかったか。すべては生きている。そして死にゆくものだ。わたしもふくめて。
 動物にひかれると、近年とくに想うようになったことの、それがひとつの答えなのかもしれない。生きているものと亡くなっているものを仕切る線が薄れている…。





 五島美術館にいって、数日後、べつの場所でヤブミョウガの花畑を見た。やはり森というか、日陰で。白いつぶつぶ。蝉の抜け殻が近くに落ちていた。いや、葉にくっついていた。まるで生きているように。動物襲来。生が境界を薄めている。その霧のなかのような世界が、それでも、だからこそ、いとしい。


posted at 00:01:00 on 2016-08-05 by umikyon - Category: General

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