Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2016-08-25

曇った空が夕焼けを毒だ。─サントリー美術館、エミール・ガレ展

 今年の夏は、いつもと少しちがう気がする。なんとなく例年は七月が暑さのピークだったような気がするのだけれど、今年は八月に入って、それも立秋を過ぎてからの方が暑い気がする。そう、八月は暑いけれど、立秋を過ぎてからの暑さは、どこか勢いを失っている…。そんなイメージだった。わたしはやはり夏が好きなのだろうか。その勢いを失った暑さをいつもどこか淋しく思っていた。
 けれども今年は、立秋をすぎて、ようやく夏が来た気がした。そして台風。ひさしぶりに関東に直撃。
 暴風雨のなか、自転車で移動したが、すくない人、すくない車、買い物に寄った店の客のすくなさ、そして売り場の雨漏り、どこか新鮮な気もしたが、懐かしかった。昼近い時間だったから、おそらく台風で、小学校が休校になり、帰されたときのことを雨に重ねたのだろう。家に帰ってきて、あの頃は雨戸をしめたっけなと、雨合羽を着ていたにもかかわらず結構ぬれた体をかわかしながら、窓の外を見つめる。ここには雨戸はない。けれども雨は強いが風も収まっている。通りをはさんで隣の地域では、避難準備の警報が出ている。崖があるから土砂災害を警戒してのことなのだろう。国分寺崖線。湧水をふくんだ自然味豊かな場所だ。その崖線が通っている地域一帯に警報が出ている。そのことが、すこしショックだった。わたしがいつも、親しみをこめて、眺めていた場所たち。だが、かれらは荒ぶる力をもっているのだ。





 すこし前に、「オルセー美術館特別協力 生誕170周年 エミール・ガレ展」(二〇一六年六月二九日─八月二八日、サントリー美術館)に出かけてきた。これもだいぶ前にチケットを手に入れていたので、いろいろあっておっくうだったのだが、なんとか見に行くことができたのだった。
 夏休みだからか、比較的混んでいた。けれども、乃木坂駅から歩いていったのだが、出口をまちがえ、国立新美術館をぐるっとまわる感じで、いったときに、見かけたルノワール展のほうが、もっと混んでいたようだった。ルノワールはもはやいいと思ったので、ああ、そうか、混んでいるんだなあとぼんやりと思っただけだったが。
 この近くに住んでいたんだよなあと、いまだに思う。それはもはや信じられないといったぐらいの軽い違和感だ。けれども出口を間違えたときに、まったく知らない土地で味わうような不安はさすがに感じなかった。遠回りになるが、こちらを行けば、多分、という土地勘があった。そう、平日はこのあたりは自転車での通勤路だった。青山墓地、神宮外苑。今も緑が比較的多い。だがやはり都会だ。都会がどうもこのごろ、苦手になってきているのはなぜなのだろう。喧騒が、なのか。
 そうだ、ガレ展だ。わたしはガレが好きだったのではなかっただろうか。何回かここで書いているような気もする。けれども、今回は、ほとんど感じることがなかった。家に帰ってきて、ガレの作品写真を探す。外付けのハードディスクに、多くの画家や美術家の作品写真を保存してあるのだ。けれども、なぜかガレの名前では見当たらない。今までここで書いたときは、どうしたのだろう。旅行先で撮った風景写真と一緒だったり、アール・デコとアール・ヌーヴォーの展覧会のなかとか、ともかくガレ個人の名前では作品写真が存在しなかった。意外な気もしたけれど、納得したような気もした。それほどガレは好きでなかったような…。それでも、いつも、なにかしら、一点二点は、ひかれるものがあったのだけれど。
 「十九世紀後半から二十世紀初頭にかけて、ヨーロッパ都市部を中心に沸き起こったアール・ヌーヴォー[新しい芸術]。絵画や彫刻、建築に限らず、生活の隅々にまで良質な芸術性を求めたこの様式は、幅広いジャンルの美術工芸品を発展させ、人々の暮らしを豊かに彩りました。こうしたなか、フランス東部ロレーヌ地方の古都ナンシーで、ガラス、陶器、家具において、独自の表現世界を展開したのが、エミール・ガレ(一八四六─一九〇四)です。詩的で、幻想的、そして象徴的なガレの作品は、器であり、テーブルであり、形こそ用途を保ちながら、それに留まらない強いメッセージを放っています。見る者の内に深く染みわたり、心震わす彼の芸術性は、愛国心や異国への憧憬、また幼い頃から親しんだ植物学や生物学、文学などへの深い造詣に裏付けられています。(後略)」とチラシなどにはある。
 植物と文学。この二つへの関わり方に、共鳴できるところがあった。だからなんとなく好きだった。けれども、かれの作品を単独でみることは、意外なほどなかった。ドームやラリック。わたしの大好きなラリックとセットでみることが多かった。そのせいか…。いや、それはガレに失礼だ。けれどもルネ・ラリックは今でも好きだと声を大にして言える。そんな違いはたしかにある。
 混んでいたせいもあるだろうか。いや、混んでいても、感じるときは感じるものだ。ではこちらの心持のちがいのせいだろうか。なんだかひかれる作品がないと、自分がどこかおかしくなったのではないかと不安にはなる。もはや感動しないような人間になってしまったのではないか…。
 二、三点だけ、感動というほどではなかったが、心が動いた作品があった。ざわつく程度だ。死期ちかい作品の《脚付杯「蜻蛉」》(一九〇三─四年)の蜻蛉の胴体の細すぎるそれに、はかなさを感じたこと。《飾棚「森」》(一九〇〇年頃)の、加工された木製の棚が、自然を宿そうとしている姿。
 そして《栓付瓶「葡萄」》(一九〇〇年)。オレンジ色の、おそらく夕焼けをイメージしたガラスに、葡萄が幾粒も配置されている。夕焼け色の胴に、ボードレール『悪の華』「毒」の一節が。実は展覧会でキャプションでみた訳をおぼえていない。図録等も買っていないのでわからない。だから、家にある堀口大學訳のそれを、ここに挙げる。
〈世にもみすぼらしいあばら家を/奇跡のやうな豪奢で飾り、/曇つた空の夕日のやうに/赤い靄こめる金色の中に/夢のやうな廻廊を浮び上らせる力を酒は持ってゐる。〉
 この“酒”は、展覧会で見た詩では葡萄酒だった。栓付瓶も葡萄酒を入れるものだろう。そこに葡萄の粒たちが施され、言葉も飾られ…。言葉とガラス作品とそして実際に入るであろうお酒…。これらの融合、ここに入ったお酒をのむことで、作品を飲み干すような、そんな究極の贅沢に想いを馳せた。
 そして、「曇った空」だからこそ、雲があるからこそ、夕焼けは鮮やかなのだと、二元論的なものたちの均衡を想った。曇りと鮮明。きれいはきたない。



 こんなふうに書くと、すこしだけ、展覧会の印象が良くなる。それは記憶の操作かもしれない。書くことで印象がすりかわってしまっているのかもしれない。けれども書いているわたしも、そこにいたわたしも、わたしなのだ。葡萄酒をそそがれた瓶と、空の瓶と、ことばが彫られた瓶。どれもひとつの瓶であるように。
 じつはガレの展覧会に出かけてから、だいぶ経ってのち、これを書いている。たしか、ガレの展覧会を見た帰り、自宅最寄駅から家へ向かう途中、すこしだけ遠回りして、湧水を集めて作った湧水池の様子をみにいったはず。こちらも国分寺崖線上にある、やさしい、そしてあらぶる場所だ。
 おびただしい蝉の声、そして、ゆったりとおよぐ鯉。夕方だというのに、木々に囲まれたそこは、昼のようだった。いや、昼でも若干暗いのだ。ぎりぎりの均衡で、昼を保っている。ここに夕方はなかった。あるのは昼と夜だけ。十分ぐらいいただろうか、黄昏という時刻が存在しないまま、夜の暗さをかもしだしはじめていた。ゆったりと灰色の鯉がおよぐ。曇った空の色の鯉。




posted at 00:18:31 on 2016-08-25 by umikyon - Category: General

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