Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2018-12-20

冬の花と、ボロ市


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 我が家の玄関にクリスマスリースが飾ってある。珍しくお手製のもの。
 冬になり、街に花を見ることがなくなってひさしい。たまに見るのは赤い実のピラカンサスなど。それはそれで、いとしい。けれども、だからだろうか、あちこちの家のドアにかかったクリスマスリースについ目がゆくようになった。花をみる代わりなのだろう。
 それで、なんとなく自分で作りたくなってしまったのが十一月終わりだった。参考にしたのが園芸店のリース。松ぼっくりやドライフラワーできれいにアレンジされて、冬の花が満開のようで。
 ちなみに、わたしはこうした作るということ、基本的に大好きなのだが、ながらくそれをしないようにしてきた。子供の頃は、ガラクタばかり作っていた。作ることが楽しかった。けれども、書くことが作ることに変わったので、そちらは殆どしなくなった。自分で書くことだけをするように課していたのだ。
 それを解禁したのは、堕落のような気が、今でもすこしするのだが、数年前、グループ展で作品を出品するということに関わっていた時期があった。絵は描けないので(こちらも実は十代の頃まで大好きだったことなのだが)、オブジェ的なものを作った。自分の文章、書いたものにガラクタたちを貼り付けたりして。楽しかった。熱中した子供の頃を思い出した。だから、ハードルが下がったのかもしれない。また作ってもいいんだと。あるいはガラクタを作ることと、創作活動は、響き合うのだと、思ったのかもしれない。

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 で、クリスマスリースだ。材料は一〇〇均で購入したものと、拾ってきた松ぼっくり、ポプリの中身など。最後に先日でかけた民家園手作り市でもらった棉がらを貼り付けてみた。購入したもの、拾ったり、もらったもの、ながらくうちにあったもの、思い出たちが、ごちゃまぜになって、それがクリスマスリースとなるのが心地よかった。できあがったもの、自画自賛してしまうが、意外といい出来だ。出勤したり、帰宅の時につい見てしまう。冬の、うちの花だ。

 十二月に入って早朝のバイトが繁忙期に入り、ずっと少し疲れが抜けないでいる。
 まあ、それはしかたない。休みは固定で週一回日曜日。土曜日はだから休日前のすこし非日常な感覚がある。
 その土曜日、世田谷のボロ市に出かけてきた。ここ数年、毎年のように行っている。ボロ市は毎年、十二月十五日、十六日、一月十五日、十六日に日を固定して開催。元は楽市起源で、四〇〇年の歴史をもつ。古着やボロ布が売られていたから「ボロ市」の名が付いたとのこと。露店数は約七〇〇。日用品・書籍・骨董・玩具・食品・アクセサリー・植木など。場所は世田谷一丁目、ボロ市通り付近。
 ここ数年は、開催の四日間のうち、どこかが土曜にかぶさっているので、そこで出かけている。
 去年だったか、おととしだったか、テレビなどで紹介されたからか、ものすごく混んでいたことがあった。人混みのなか、ただ通りを流されるだけ。品物をみることすらできず、買うなんてとても…。どこかで出店している方のコメントをきいたか、読んだのだけれど、あれだけ混んでしまうと、かえって商売あがったりだとのこと。人たちは、立ち止まる余裕がないのだ。川のなかを流されてゆく。今年も土曜日だったから、混むんだろうなと心配していたのだが、意外だった。なるほど混んではいるけれど空間があった。立ち止まってみることができる。ちょうどいい混み具合だ。あまり人が少ないのもさびしいから。ほっとしながら、ゆっくり通りを歩く。
 家紋の判子、スルメイカの干物、針金細工、古い着物、鉱石、戦前の教科書に、古い絵ハガキ、カップ酒、縁日的な食べ物のシシカバブー(でも昔ながらのたこ焼きとか、ジャガバター、焼きそばとかはなかったか、少なかった)、骨董、豆盆栽、木製の鳥の餌代、鳥笛、神棚、あとはなんだったかしら、川の流れのなかで、ほんのすこしたちどまって、それらを眺める。市というのは、どこか心がさわぐ。売り買いするという行為は日常なのだが、非日常の感覚があるからだろうか。
 混んでいた時、それでも通りからすこし外れたところ、川の支流といったところのアクセサリーを売っているところで、石のネックレス、木のブレスレットを買ったと思う。あと、やはり本通りからそれた場所で、縄文土器が売られていたのをみた記憶がある。去年だったかどうか。
 だが今回は、アクセサリー屋さん店はおなじ場所にあったけれど、ほしいものがなかった。縄文土器を売っていたお店は、多分無かったと思う。あったと思われる場所では、アンモナイトや三葉虫の化石、鉱石などを売っているお店になっていた。それはそれで、楽しかったけれど。
 縄文土器といえば、ボロ市通りの真ん中に、代官屋敷と世田谷区立郷土資料館がある。郷土資料館によった。毎年、ボロ市の頃には企画展で、ボロ市のことを採り上げてる。けれどもお目当ては、世田谷の縄文遺跡の紹介、出土品だった。もう何度もみているのにやはり、縄文土器に会いたかったのだ。ほっと息をつく。縄文後期のものだ。
 展示室は二階なのだが、一階の入口に、仙川という川の付近の貝層断面が展示されていて、すこし驚いた。気づかなかったか素通りしてしまっていて、ほぼはじめて見るものだったし、この場所は、けっこううちの近所でもあって、とくに桜の時期は、お花見をしに、毎日どこか、憑かれたように、出かけてしまう場所の近くだった。
 後日のことを書いてしまうが、今日、その川の近くを通った。このあたりは海だったのだなと思う。わたしが住んでいるところも低いところだから海だったのだろう。そう思いながら、坂をくだった。海へむかうように。
 話がそれた。そのほか、企画展では、徳富蘆花、北原白秋などがボロ市のことを書いているのを見た。特に徳冨蘆花の文章はここちよかった。
 郷土資料館は、代官屋敷があった場所で、庭園もある。庭園内を散策して、一角で立ち止まる。夏には、このあたりがホタルドームとなって、ホタルを中で見ることができるホタル祭りが開催されるんだなあと、感慨にふけった。入口近くで世田谷のスイーツなのだろうか、お菓子が売っていたので購入する。
 今回は、出かけたのが二時過ぎと少し遅かった。ほぼ見て回って、そろそろ帰ろうかなと思った頃には、もう暗くなっていた。冬至近いこの時期はほんとうに日が暮れるのが早い。暗くなると、品物たちはちょっと見づらくなるけれど、夜店のようで趣があった。暗がりのなかで骨董をながめる。手にとったものだけがクローズアップされるみたいだ。鉱石がひかっている。

 うちに帰ってきたら、玄関ドアにクリスマスリース。やさしい花の出迎えみたいだ。その日のうちに、ボロ市で買ってきた豆菓子、スイーツなどを頂く(今年は口にするものしか買ってこなかった)。日常と非日常たちの仲よさげな連なりだと思う。疲れはまだ抜けないけれども。


posted at 20:13:58 on 2018-12-20 by umikyon - Category: General

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