Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2018-12-30

植物たちに、思いを寄せる…(ミュシャ展、珪化木)

 すこし前に偶然、新宿で「アルフォンス・ミュシャ展」が開催されると知ったので、めずらしくチケットを購入した。小田急百貨店で十二月二十六日から年明けの一月七日まで。珍しく、といったのは最近は興味がほかに、おもに縄文などに移っているので、美術展の類いはあまり出かけていないから。だから自分でも、なんで買う気になったのか、ちょっとわからなかった。それに、ミュシャなら、もう何度もみたではないか、何度もみた他の画家たちの展覧会は、いかなかったくせにと。
 懐かしくなったのかもしれない。新宿ならほかに出かけたいところもあった。そんなこんなで二十八日に出かけてきた。
 早朝バイトがかなり忙しい時期で、疲れていた。こんなことで頭が切り替わるかしらと思ったが、通勤は自転車で、電車に乗るということが、もはや非日常なので、それだけで案外スイッチが切り替わってくれた。
 小田急百貨店のHPから。
 「アルフォンス・ミュシャ(1860─1939)は、19世紀末のヨーロッパにおいて流行した「アール・ヌーヴォー」の代表的な画家、デザイナーとして知られています。現在のチェコ共和国に生まれ、幼い頃から絵を描き続けたミュシャは、近隣の領主エゴン伯爵に才能を認められ、1887年、伯爵からの援助でパリに美術留学しました。しかし、1889年突如援助を打ち切られ、挿絵などを描いて生計を立てるようになります。
 本展では、代表作〈ジスモンダ〉をはじめ、ポスターや装飾パネル、本の挿絵、ポストカードに加え、アメリカ時代から祖国チェコに戻り、スラヴ独特の象徴的表現で制作した作品、デザイン集、雑誌、はがき、当時販売された商品のパッケージ等、珠玉のミュシャ作品400余点を展示いたします。」

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 会場はちょうどいい混み具合だった。静かに観覧することができた。写真撮影が可ということなので、シャッターを切る音などは響いていたけれど。
 感動した…ということは、やはり思ったとおりになかったが、懐かしかった。彼の絵が好きだった自分を感じるようだった。やはりパリ時代の、大女優サラ・ベルナールに見いだされた頃の絵が、圧倒的に生き生きとしていた。生活に美をという発想が素敵だった。ポスター、挿絵、カレンダーやお菓子の箱、シャンパンに香水。
 展覧会の会場にあった言葉。「アール・ヌーヴォーの基本姿勢は「自然から学ぶ」で、それは多用される植物模様や有機的な曲線モティーフからも明らかでしょう。(中略)リアルに再現しながら、それらをリズミカルに繰り返すことでデザイン的な効果を示しているものもあります。ナイフ、フォーク、食器などは「生活の中に、美の喜びを」というアール・ヌーヴォーの理念の表明とも見えます」
 わたしがミュシャやエミール・ガレが好きだったことが、なんとなくわかったような気がした。ヨーロッパの植物に対する考えとは無論背景が違う。けれども、植物好きなわたしの琴線にひびくところが当時、あったのかもしれない。
 子供の頃から植物は好きだったが、それに対して喜びのようなものは感じなかった。ただ当たり前のようにそばにいてくれるものだった。その植物たちが、こんなに美しく別の姿で現われる…そのことに若いわたしは感動した、という面もあったのではなかったかと。
 それは縄文時代に興味を移していった今につながるわたしだった。植物たちが愛しいし、それ以外にも…、たとえば生活についてなど。
 感動しなかった…といいつつ、会場内を何回か往復した。なんだかんだ気に入った証拠だ。
 
 ミュージアムショップなどもみて楽しんだあと、別の期間限定特設雑貨店へ、こちらも目当てのひとつだったのだが、欲しいものがなかったので、また別の…。新宿西口にある小田急百貨店から、地下通路を通って東口へ、そこから地上へ。新宿は子供の頃からなじみがある所なので、かつてしったる…のような、親近感がある。そのことを思い出して、なんだかわくわくと移動している。年末でけっこう人混みしているというのに。ここをまがれば、あの店へ、あの場所へ。
 お目当ての店は、紀伊國屋書店のビルの中にある。鉱物や化石を売っているお店。
 以前、府中市郷土の森博物館で売っているのを見て、珪化木という木の化石の存在を知った。木の切り株のままつるつるの石になっているような感じ。博物館でみたときに買えばよかったのだが、そのときは買わなかった。それからずっと気になっていたのに。その珪化木を、今日こそ買おうと思って訪れたのだった。
 アンモナイトに三葉虫、鉱物、化石、隕石、この店にも、訪れるたびに、わくわくする。
 ガーネットの原石、アンモナイト、砂漠の薔薇、虎目石なんかを、たしかここで買ったと思う。最初に買ったのは、もう四半世紀も前になるかもしれない。
 で、珪化木。やはり植物がすきなので、たぶん惹かれたのだろう。縄文土器片を手にとって、かれらの時代を感じたいように、珪化木も手元において、木の時間をさわってみたかった、見つめたかったのだ。
 お店には、数種類あった。その中の一つを購入する。直径四センチのちいさな切り株。かろうじて年輪ぽいものがみえる。
 ちょっと調べたら、土砂に埋もれた木が、地下水などに含まれる珪酸によって、長い時間をかけて二酸化珪素に化した木ということで、珪化木なんだとか。二酸化珪素が結晶化すると石英になるから、石英の色も珪化木のなかで見ることができる。
 幹のあたりはざらざらして、石というより土器のよう、そして切った面はつるつる。なめらかすぎて、こわいぐらいだ。買って良かった。
 ナンヨウスギで、二億五千年から一億九千年前のもの、そう書いてあった。

 お店で、ラリマーという、海の波紋をそのまま石にしたような鉱石もうっていた。はじめてみるかもしれない。珪化木の二〇倍ぐらいの値段がしていたので(笑)、手が出なかったけれど、海の結晶のようで、ちょっとひかれた。

 今、珪化木は机の上で、すぐ手元にとれて、見ることができる場所に置いてある。植物の息づかい。今年も終わろうとしている、つるつる。

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posted at 08:46:07 on 2018-12-30 by umikyon - Category: General

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