Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2019-01-20

初春の縄文など─川崎市民ミュージアム

 年が明けて、もう大分経つというのに、大寒の頃、やっと正月気分が抜けた。というか、ゆっくりと日常に戻っていった。毎日バイトをして。正月に残ったお餅を昼ご飯にして。
 この頃、本をちゃんと読んでいないことに気づき(いいわけめいてしまうが、詩の類いは読んでいる。それ以外…)、新古書店に行き、堀辰雄、『梁塵秘抄』などを買う。ミヒャエル・エンデの『エンデのメモ箱』、以前、買いそびれていたものが売っていたので、それも。なぜ買いそびれてしまったのかわからない。好きで全集の類いもけっこう持っている。ほんとうにメモ書き、断片集だと思ってしまったのかもしれない。
 

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 新春というのに、まだ大寒前。いちばん寒い季節だろうか。冬を好きになろうとしているが、なかなかうまくいかない。それでも、ずいぶん冬と仲良くなってきたのだが。曇り空などが続くと、とたんに気持ちが沈んでしまう。植物のようだなといつもぼんやり思う。冬のなかで、陽射しや寒さに向かっていること。紫外線量の少なさが気持ちに影響すると、昔、医者に聞いたことが思い出されて。
 またチラシなどを配ったりのバイトも始まった。沈丁花がもう蕾をつけているのを見つけた。ハクモクレンの冬芽…ネコヤナギみたいな毛むくじゃらの芽に出会った。そっと触ってみる。また、会えたなあと弱い陽射しのなかで思う。

 なにか展覧会とか、ないかしらとパソコンで検索していたら、家の近くでこんなものを見つけた。川崎市民ミュージアム「発掘された日本列島2018〜新発見考古速報」(二〇一九年一月八日〜二月十七日)。実はこれは文化庁などが主催する巡回展で、去年、江戸東京博物館で同じものを見たことがあった。でも川崎市民ミュージアムの常設展にも行きたかったし、連れははじめてなので、出かけることにした。今年初めての縄文土器…。まだ新年が続いている。そう、縄文土器に特に出会いたかったのだ。
 うちから川崎は、かなり近い。大雑把にいって、多摩川を越したらすぐ隣町。今回は車で出かけたけれど、自転車でも行けるぐらいだ。

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 川崎市民ミュージアムのHPから。
 「日本列島では、毎年約八〇〇〇件の発掘調査が行われています。「発掘された日本列島二〇一八」展では、このうち近年発掘され成果がまとまった全国一七の遺跡から五四六点にわたる資料を速報展示します。さらに、特集展示として全国の代表的な装飾古墳を取り上げます。古墳内部に表現された幾何学紋や器財・動物・人物等の文様は、古墳時代の死生観や葬送儀礼を知る上で極めて高い価値があります。この特集は、東日本大震災や平成二八年に発生した熊本地震により装飾古墳が被災した事態を受け、装飾古墳の世界やその保護の取り組みを紹介するものです。
 川崎でも、重要な遺跡が数多く発掘されています。現在の川崎市域には、かつて古代武蔵国の橘樹郡・多磨郡・都筑郡がありました。この三郡にはそれぞれ、橘樹郡に影向寺遺跡、多磨郡に菅寺尾台遺跡、都筑郡に岡上栗畑遺跡の古代仏教遺跡があります。瓦塔や「寺」と書かれた墨書土器(ぼくしょどき)などが「ムラ」の遺跡から出土し、また丘陵地帯には骨蔵器を用いた古墓群が造営されました。これは古代になって新しく出現した有力氏族の墓所と考えられます。本展では、これらの遺跡から発掘された資料から、古代寺院の成立とその後仏教が「ムラ」に浸透していく過程を描きだします。古代の川崎に華開いた、仏教文化をご観覧ください。」

 江戸東京博物館でも、展示解説、ギャラリーガイドの方のお話を聞いてためになったので、それも目当てだった。今回は、加曽利貝塚から剥ぎ取ってきた貝層断面に、土器が突き刺さっていると聞いて、よくみたら確かに確認できたことに、ちょっと驚いた。加曽利貝塚で断面は見ているのに気づかなかった…、そうした目でみると貝にまじって、あちこちに土器が刺さっている感じで、確認できた。

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 縄文関係の展示は、特に加曽利貝塚…。去年もおととしも訪れたところなのに、やはりその関係の展示にひかれた。丁寧に埋葬された犬、加曽利式の土器、ほとんど欠損が見当たらない山形土偶(顔が山形なのでこう呼ばれる)、頭だけのミミズク土偶(円盤を貼り付けた顔の表情がミミズクに似ている)。

 もう一つのお目当ては、常設展だった。時系列が逆になってしまうが、実は最初にこちらに訪れた。旧石器時代から昭和までの展示。セエノカミという行事についての解説があった。小正月の時期、松飾りや注連縄を燃やす行事で、個人的にはドンド焼きが耳なじみがいいのだが、川崎ではセエノカミと呼ばれていたとのこと。セエノカミは塞の神、道祖神のこと。つくられた藁小屋が再現展示されていたが、それが竪穴式住居のようだと思ってしまったが、関係ないのだろうか。この小屋でおこもりをし、そのあとに火がつけられ、神様に送られる。火への信仰、そして村境にあった神への信仰。道祖神が縄文の石神信仰と関わりがあるかもしれないので、もしかして、感じたことはあながち間違えではないのかもしれない。
 川崎の縄文遺跡から出土された縄文土器などもみた。今年初めての縄文土器。これだけで、もう、うれしくなってしまう。川を渡った、家から近いところの出土品。そしてこのあたりも、かって海だったということ。

 実は川崎市民ミュージアムは初めて訪れたのではない。だいぶ前、一度、来たことがある。たしかフランシスコ・ザビエルに関する展覧会…。調べてみたら一九九九年だった。「大ザビエル展 : 来日四五〇周年その生涯と南蛮文化の遺宝」というらしい。そのころしていた仕事の関係で招待券を頂いて、それで…、ザビエルのあまたの肖像画の展示、南蛮文化的な展示だったと思う。今住んでいる場所ではなかった。あの頃は、もっと川崎市民ミュージアムに来るのに、けっこう時間がかかる場所に住んでいた。まさかこんなに近いところに越してくるなんて、思いもしなかった。
 このときは常設展示は行かなかった。ただ、ザビエルの展覧会をするのに、ずいぶん現代的な展示施設だと思った記憶があった。
 今回も、現代アートと常設の展示が融合していると思った。なので一見すると常設の展示に入るのに、すこし戸惑うのだけれど。このエリアは現代なのだろうか、古代なのだろうか? この錯覚は心地よいといえば心地よいけれど。

 今回も時間の関係でいかなかったけれど(なんだかんだ三時間はいた)、川崎市民ミュージアムは川崎市中原区の等々力緑地内にある。この緑地には釣り堀池や緑豊かな公園もあるようだ。とくに釣り堀池は広いようだったので、訪れてみたいと思った。それと、ミュージアム内の映画上映、ミュージアムショップ、常設展なども。自転車でゆける場所だということがわかったので、次は自転車で。春になったら。

 この日は暖かだった。満月も近いらしく、夜中に西のほうにしずむ月をみた。訪れた午後に、東から登ってきた月をみた。しらべたら二一日が満月。わたしが早朝バイトに出かける頃、夜中にちかい明け方、しばらくこの月が見えるので、すこし詳しくなったのだ。これから半月ぐらいは、晴れていたら、真っ暗な午前四時ぐらいに、明るく輝いているのが見える。
 半月たったら、二月。まだ春の暖かさはないかしら。春を待ち望んでいる自分がいる。


posted at 09:27:30 on 2019-01-20 by umikyon - Category: General

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