Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2019-02-10

瞬間の波、永遠の海─江の島

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 海が好きなのに、もうずっと海をみることがなかった。なので行ってきた。うちから一番行きやすい海、江の島へ。車だと近いのは横須賀、三浦海岸辺りなのだろうけれど、電車だと江の島だ。小田急線でほぼ一本でいける。
 江の島・鎌倉あたりは、昔から一人でたまにこっそり出かけているところだった。わたし自身は車の免許がないので電車で。生まれた時から小学校にあがるまで、小田急線沿線に住んでいたからかもしれない。今、小田急線沿線に住んでいるのは偶然なのだが、ありがたいことだ。ともかく江の島や小田原にははどうも愛着がある。小さい私は、踏切で海のほうへゆく特急ロマンスカーを見るのが好きだった。枕木のずっと向こうが海なのだ…。
 家人と出かけた。今回はじめて、江の島1dayパスポートというのを買ってみた。うちからだと江の島までの電車賃プラス八〇〇円ぐらい。それで展望灯台や江の島岩屋などの施設料金も含まれ、土産や飲食その他もも割り引きになるらしい。
 以前一人でのときは、新宿の始発から利用したこともあり、特急券をプラスしてロマンスカーに乗っていったものだった。今は小田急線沿線に住んでいるので、わざわざ乗るまでもないと、急行や快速などを乗り継いでゆく。

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 日曜日だったが、冬という季節もあるのだろうか、電車は比較的空いていた。片瀬江ノ島駅についたのが、午前十一時をまわったころ。
 終点の片瀬江ノ島駅までは内陸だから海が見えない。けれども、近づくにつれて車窓の陽射しが明るくなってきたような気がした。駅に到着すると海はわりと近い。江の島弁天橋のほぼたもと。この橋をわたれば江の島だ。わたしが最後にきたのはいつだったか。そのときよりも、橋のまえの国道一三四号線沿いに並ぶ店たちが、ずいぶん今風になっていたようだ。明るいというか、都会風というか。こんなことを寂しがるのは、年をとったということなのだろう。じつはその変貌のせいで、道を間違えてしまった。あらためて江の島へむかう。あたりは海。トンビに注意との看板。そうだった、トンビが多いのだったけ。ピーヒョロロと鳴きながら、頭上を旋回する姿をなつかしく見上げる。
 橋の途中で富士山が見えた。当たり前だけれど、うちから見えるものよりも、ずっと大きい。すこし雲がかかっていて、くっきりというほどではないが、見ることができてよかった。

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 橋をわたれば江の島。立派な青銅の鳥居をくぐって、お土産店のたちならぶ弁財天仲見世通りへ。貝細工を売っている店、海産物、食べ歩きできる類いのもの、アクセサリー、食事処、こうしたお店たちはは眺めるだけで、楽しい、お祭りのようだ。
 ここは古くから信仰されてきた場所でもあるので、観光地なのだけれど、雑多な賑わいのなかに、どこかそうした歴史や、神聖なものの気配が残っている。日本三大弁天の一つである江島神社の弁財天、「奥津宮(おくつみや)」、「中津宮(なかつみや)」、「辺津宮(へつみや)」……。名前を聞くだけでも、海への信仰、祈りが感じられる。そして龍や亀への信仰。
 すこし古色蒼然とした気配と、観光地としての今の様子。それはわたしにとっても親しみぶかいものだった。疎外感がない。賑やかさのなかで、お土産などをみつつ、上へ、というか奥へ向かう。江の島サムエル・コッキング苑の前で、連れ合いがタコせんべいを買った。タコをプレス焼きしたせんべい。わたし一人だったら多分買わない。いや、彼も一人だったら買わないかも。食することができてよかった。タコがそのままプレスされているからか、風味がよい。タコがはいっていない小麦粉部分にも香りがしみこんでいるようだった。お酒でいただく。トンビが近くを飛んでいる。
 そのあとで、江の島サムエル・コッキング苑と、中にある展望灯台へ。これもパスポートがあるから入ったが、なかったら、おそらく訪れなかった。苑は植物園的な感じだが、申しわけないが、四季を通じて、わたしにとってはあまり関心をひくものがなかったし、展望灯台はわざわざお金を払って登らなくても、江の島からの眺望で十分そうだったし…。
 こちらも今回、入ってよかった。江の島よりもさらに高い、展望灯台からの景色が楽しめたこと、そして資料館での解説。ここは明治の貿易商サムエル・コッキング氏の別荘地だったらしい。それが縄文の遺跡でもあったとある。竪穴式住居跡が発掘され、そこから出土された縄文土器はおよそ九〇〇〇年前の縄文前期のものだったとか、さらに黒曜石の石器が出土、どちらも静岡東半分部分との交流を示して…。
 この日は縄文などとは無縁の遊びをしている感覚があったので、うれしい驚きがあった。苑内は遺跡でもあったのか…。展望灯台から降りて、苑内を、そうと意識して巡る。立派なスダジイの木があった。縄文時代、食されていたドングリのなる木だ。関係がないかもしれないが、勝手に縄文と結びつけて、立派な大木を眺める。花期になったら、きっと独特の、生の放出的なにおいをあたりに漂わせるのだろう。

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 そのあとで、海のみえる食堂で昼食を。釜揚げしらすと鰺のたたきの二色丼と、サザエのつぼ焼き、そして連れ合いは江の島ビール、私はワイン。
 ほかの店と迷ったけれど、海が見えるところ、サザエのつぼ焼きが食べられるところということで選んだ。味はまあまあだった。海が見えて、サザエのつぼ焼きが食べれて。十分だ。
 そう、なぜかサザエのつぼ焼きに固執している。それほど美味しいと思っているわけではないのだが、こうして海辺に来ると食べたくなる。海にきたというイベントの象徴になっているのかもしれない。サザエの蓋部分を、連れて帰った。小さい頃、これでおはじきをした記憶もある。そうだった、子どもの頃、家で食卓にサザエが出たという記憶はあまりないのだけれど、プランターや鉢に、サザエの貝殻が乗っかっていたおぼえがある。カルシウムが植物にいいとのことだった。そんな記憶たちも重なって、海でサザエのつぼ焼きを食べたくなるのだろうか。
 午前中に江の島にきていたが、食事をしたのはもはや二時近かったかもしれない。そのあとでごつごつとした岩場の稚児ヶ淵、岩屋へ。個人的にはこの稚児ヶ淵のあたりに一番来たかった。波が迫る岩場と磯で、意外と荒々しい海を近くで感じることができるから。

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 またトンビが目についた。食べ物を狙う子なのかもしれないが、わたしはどうも昔からトンビが好きなのだ。上昇気流に乗って輪を描いて飛ぶ姿が美しいし、猛禽類なのだが、ピーヒョロロという鳴き声が、その姿とすこし違和のあるのも、やさしい。勝手な思い入れなのかもしれない。わたしが住んでいる辺り、内陸ではほとんど見かけることがなく、海辺の鳥というイメージもあるかもしれない。旅先でしか会うことがない鳥……。

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 そして、待望の海だ。ここに至るまでにも、海はあったし、それを見て感慨があったが、波やしぶきを近くで感じられるのは、独特のものがある。岩の隙間に入り込む海、打ち寄せる波のかたちが刻々と変わる。ときに足元をぬらしそうなぐらい近づいて。おなじ姿をとらないということが、昔から不思議で、尊いもののような気がしていた。この瞬間は永遠なのだ。雲がまた移ってゆく。それにしても陽射しがまぶしい。潮の香りがする。海の水は比較的きれいだ。

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 磯の奥まったところ、水が井戸のように残っている裂け目に、死んだ魚が沈んでいた。こうしたことも、目をそむけず、覚えておかなければいけない。
 そのあとで岩屋に入って、整備された洞窟をめぐる。手燭を持って歩くところもあって風情があった。あとはもう帰り道。海からすこしずつ離れてゆく。まだそこ、むこうに見える。また土産物屋さんをのぞく。とても小さな貝の入った袋、そして桜貝の入った瓶詰めを買う。桜貝は、子どもの頃に好きだったもので、たしか持っていたはず。マニキュアをした爪のような、桜色の小さな貝。すこし力を入れたらすぐに割れてしまう、繊細な、羽のような貝。
 江の島弁天橋を渡る。もう最後の海だ。だいぶ日が傾いてきた。トンビが旋回している。

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 この日は、日曜日だったと書いたけれど、次の月曜日も、珍しくバイトが休みだったので、曜日の感覚がなかった。まるで土曜日のようで。満ち足りた休み、そして休みの前。髪の毛が少しごわごわしている。海にゆくといつもこうなる。潮風にあたってきたということ、海から帰ってきた証拠だ。つぎに海へゆくのはいつだろうか。

posted at 04:41:24 on 2019-02-10 by umikyon - Category: General

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