Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2019-02-20

春、かれらに触ることができたかしら─府中「郷土の森 梅まつり」など

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 今年は春がすこし足踏みしているような感じがする。二月に入っても寒い日が続く。けれども、あれは二月の八日だった。昼間、チラシ投函のバイトをしていたとき、もうホトケノザとか咲いているのかしらと、ふと注意してみたら、あちこちに花開いているのを見つけたのだった。ホトケノザはもちろん、ハコベも咲いていた。そして、タンポポに似た黄色い花。ジシバリかコオニタビラコかと思っていたのだが、後で調べてみたらら違った、ハルノノゲシというらしい。またひとつ名前がわかって、うれしい。オオイヌノフグリはつぼみ。数年前まで、春の花たちは三月、啓蟄あたりで咲くのだとばかり思っていた。思い込みのせいでろくろく花たちを見もしなかった。それが間違いだと気づかせてくれたのが、たぶんホトケノザ。うちのマンションの駐輪場に、二月にもう、ひっそりと咲いているのを見かけたのがきっかけだったと思う。わたしにとっての春告げ花のひとつ。
 「春告げ花」と、勝手に使っていたが、「春告」のあとに「鳥」「魚」「草」などが入って、それぞれ、一応固定されているみたいだ。「春告鳥」がウグイス、「春告魚」がニシン、そして「春告草」が梅。
 草なのに梅、というと少し違和感があるけれど、梅もわたしのなかでも「春告花」(草ではなくって)だった。こちらは三月よりもずっと前に咲くことを昔から知っていた。熱海の梅祭りなどが一月から開催していたし、梅については意識して辺りを見渡す癖がついていたのだ。今年も二月にはいって、あちこちで、梅が咲いているのを見ている。公園で、人様のお庭のものを塀ごしに。
 そんななか、二月十六日の土曜日、府中市郷土の森博物館で開かれる「郷土の森 梅まつり」(二〇一九年二月二日〜三月十日)に出かけてきた。ここ数年、毎年のように出かけていて、去年も訪れている。ここは敷地全体が博物館になっていて、ケヤキ並木、梅園や、田んぼ、池や小川、移築してきた古民家や建物、遺跡、本館での常設や企画展、プラネタリウムなどがある。さっき、これを書くので少し調べたら、最後に行ったのは、去年の六月の中旬だった。あじさい祭り目当てで。

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 今回も、連れ合いと車で出かけた。去年のあじさい祭りの時だったか、彼が多摩川沿いに出かけるルートを発見した。うちから多摩川は近い。直線距離で五〇〇メートルほど。郷土の森も多摩川沿いにあり、川を横目に見ながら、十数キロ、上流に向かえばいいので、助手席で無責任に景色を眺めているわたしとしては、着くまでの車窓も楽しいし、早く着くし、素敵な道のりだった。
 駐車場に車を停め、入口前の物産館に立ち寄る。府中の野菜、お菓子、地酒、絵ハガキなどがあり、小さな道の駅といったかんじ。郷土の森で採れた梅干しも売っている。
 そうして入場。博物館本館を過ぎ、復元移築された建物たちのエリアに来ると、もう小さな梅園があった。紅梅、白梅が、そろって咲いていて、それ目当てで来たのに、すこし驚いてしまう。うれしい驚き。さらに小川をわたると、広い梅園。かなり花の咲いた梅もあったけれど、まだ開花の遅れている種類の梅もあって、全体で三分咲きぐらい。けれども、咲いた花たちばかりが目について、なんとなく、もっと咲いているような気がする。梅たちのほんのりやさしい匂いも嗅ぐ。子どもの頃から白梅に親しんでいたこともあって、相変わらず白梅が好きだけれど、紅梅がこんなふうに混ざって咲くのも、趣きがあると思う。なにより、あたりの空間が色が増えることで華やかになる。

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 去年の梅まつりの時も来ているので、なんとなく勝手がわかる。梅園のさらに奥に、ロウバイも咲いていたなと、そちらへ。ただ、今年は園内マップをもらいそこねたので、適当に歩いていた。すると水遊びの池の近くに、「珪化木」と案内標識を見つけた。ここ郷土の森博物館のミュージアム・ショップで見かけて、初めて知った樹木の化石。なんだろうと行ってみたら、模型のティラノサウルスの近くに、本物の珪化木たちが、置かれていた。府中市民の方の寄贈によるもので、秋田県大仙市出土、白亜紀後期の七千万年前ぐらいのものとあった。ちなみにティラノサウルス(たしか国立科学博物館から譲られたものだったと思う)をここで見るのは久しぶりだった。苑内はそれほど広いのだ。その時にはたしか珪化木はなかったなと思ったら、二〇一六年に設置されたものだった。ともかく、こんなところで、この頃のお気に入りの珪化木に会えるなんて思いがけもしなかった。こういう出会いは、わくわくする。なにかたちが、貴重なものを授けてくれたようでもある。

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 わたしが珪化木にひかれたのは、たんに植物が好きだからだと思っていたが、それだけではないのかもしれない。珪化木は、地中に埋もれた樹木が長い年月をかけて、地層の圧力などで木の成分が二酸化珪素に置き換わってできたもの。二酸化珪素が結晶化すると石英や水晶になるので、瑪瑙のようにキラキラしてもいる。木の原型を保ちつつ、そんな性質も併せもった不思議な化石。樹木であり、石である…。このキメイラ的なことに触手が動いたのかもしれないし、縄文土器のように年月を隔ててここにあるということに思いを寄せたのかもしれない。植物が永遠のような姿として、きらめいている。
 その珪化木に苑内で出会うことができるなんて。それはほんとうに切り株のまま化石になったものとして、そこにあるようだった。まわりの草木となじんで、あたかも地中には根があるようだった。丸太のまま化石になったようなものもあった。さわってみた。きらきらしてはいたが、わたしが持っている小さな珪化木ほどつるつるしていない。わたしのものは磨かれているのだろう。きらめきながら、ざらざら。そんなことが、よけいにリアルさをおびていて、心に響いた。
 そのあとでロウバイの小径へ。ここは苑内のへりといったところで、すぐ向こうに多摩川が見える。ロウバイは花期が梅よりも早いので、もう盛りは過ぎていると開花状況を知らせるHPにはあったが、十分だった。ロウバイは蝋梅と書く。蝋のような質感をもった花びらたちが、黄色く、さんさんと輝いている。これは蝋は蝋でも蜜蝋だ。蜂たちの蝋の色だ。花びらにそっと触ってみる。すこし肉厚。

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 さらに、ロウバイの小径を過ぎて、本館のほうへ戻る感じで歩くと、ふるさと体験館がある。その近くの水辺に、もう一つのお目当て、ネコヤナギがあるので、それを見にゆく。これも去年来て、知ったのだった。
 あのほんとうに猫のしっぽみたいなあたたかそうな毛、花穂(かすい)というのだが、それが昔から好きだった。寒さに耐えている感じがいとしい。
 今年もふわふわとそこにいた。猫のしっぽが枝からたくさん。こちらも触ってみる。毛がなめらかだ。そういえば、子どもの頃、宝箱にこの花穂をひとつ、ふたつ、入れておいたっけ。

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 そうして入口近く、いや出口ともいえるが、本館へ。こちらの常設展の縄文土器や土偶にまた会いたかったのだ。あじさい祭りの時に『府中市郷土の森博物館 常設展ガイドブック』という本を入手していたので、少しだけ土器や土偶の由来がわかった。本宿町遺跡で出土した縄文時代初期の土器、縄文時代中期の土偶、清水が丘遺跡で発掘された縄文中期の土器、武蔵台遺跡(武蔵台東遺跡と隣接していて、ジオラマもあった)の縄文初頭の土器と石器、石棒、武蔵台東遺跡の中期の土器と土偶など。清水が丘遺跡は、苑内に柄鏡形敷石建物跡が移設保存されている。床に石を敷き詰めた縄文中期から後期の建物跡。土器や土偶を、見て、どこかで、触ったような錯覚をもった。というか、目でみることで、感じようとしていたのだ。遠い、でもどこかなつかしい気配。

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 常設展示室から出た、入口と出口を結ぶ廊下に、体験ステーションというコーナーがある。昆虫標本をみたり、昔のおもちゃで遊んだり、昔の衣裳を着たりすることができるのだが、そこに石の矢じりと縄文土器片もあったので、こちらは触ってきた。とくに土器片のほうは、たくさんの人が触ってきたようだ。最近の手と、作られたかつての手を思う。果てしない温もりのようなものを感じた。
 本館は、プラネタリウムも新しくなったらしい。今度機会があったら覗いてみよう。ミュージアム・ショップに行く。ここは博物館だからなのか、他の郷土資料館的な施設よりも、科学的なものが多く置いてある気がする。ガイドブックにも「府中の歴史・民俗・考古・自然・天文、すべてについて紹介されている総合博物館」とある。
 そう、梅干しや府中のお菓子などのほか、過去の企画展の図録、書籍、絵ハガキ、布製品、陶器、昔ながらの玩具、隕石、化石、鉱物なども売っていて、盛り沢山で、ちょっと楽しい。化石ガチャ、鉱石ガチャもある。そして、珪化木も売っていた。わたしにきっかけを与えてくれた、あの……。感慨をこめて、その化石を見る。四つほど売られていた。ここで見たことがきっかけで、去年の暮れに別の場所で購入して、すでにうちにひとつあるというのに、結局今回、また買ってしまった。うちにあるものと、すこし違うかたち選んで。これで二つも持つことになるなと思ったが、最初に珪化木の存在を教えてくれたこの場所に、敬意を表してというか、記念として、どうしても、連れて帰りたくなったのだ。苑内にあった切り株のような珪化木も頭によぎった。
 土曜日が過ぎて、月曜日。晴れて少し暖かい。カラスノエンドウやヒメオドリコソウの葉を見かけた。五分咲きぐらいの梅、通りかかると、甘酸っぱいような香りがした。もう春だと思っていいのかもしれない。ネコヤナギみたいなハクモクレンの冬芽、毛むくじゃらのそれに触る。すこしずつ膨らんできたのかもしれない。春はもうすぐ、いや、もう来ているのだろう。珪化木は、前からいたものと、仲良くふたつ並んで、小さな箱に収まっている。これを書いている机のすぐ脇で、見えるところに置いている。触ると、つるつるとなめらか。植物とこんなふうに出会うこともあるのだった。

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posted at 00:01:00 on 2019-02-20 by umikyon - Category: General

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