Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2019-04-20

しらない緑と、水がやさしい──用水路たち

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 桜は、ほぼ終わり。季節が過ぎてゆく。新緑がつぶつぶとやさしい。わたしは花をつける草の名前はわりと知っているほうだと思うけれど、残念ながら、木の名前をあまり知らない。この新緑の時期、そのことを痛切に感じる。名前がわからないから、木々の新緑、としかいいようがない。花を眺めて、個々の名前をつぶやく。すると花たちと、なにか交流が持てたような気がいつもする。その交流が、木とは……。いや、木たちがつぶつぶとした葉を生やしはじめているのをみて、幸せな気持ちになる。まわりの色がやさしく輝いている。つつまれたような、緑たちの、生のよそおいを、あわく浴びて。そこにも、たぶん交流といったものはあるのだ。ただそれは景色全体として、そうなっているようで、そこにはほとんど名前がない。たまに柳の枝が揺れているなあと思う。桜がすっかり葉桜に…。カエデたちが緑の手のような葉っぱを……。そのぐらいしかわからない。名前がわからなくても、交流できるといえばいえる。けれども、なにか、大切なことを、知らないでいるのではと、つい思ってしまうのだ。
 そういえば、よく名もなき花とかいうけれど、それはすこし違うといつも思ってしまう。名もなき花というのはないのだ。そう呼ぶ人が知らないだけなのだ。わたしが名をしらない木たちが、つぶつぶと、やさしい。

 数日前、早朝バイトが終わったあとに、とある雑誌に載せる記事のための、取材の下調べということで、ひとりで自転車で散策した。下調べなら、散策という言葉はおかしいかもしれないけれど、感覚的にはまるで旅にでも出たような、少なくとも途中からはほぼ自分のための遊びとなっていたので、散策とした。

 企画は、昔このあたりにあった水田のための用水路をめぐる、というもの。このあたりに関していえば、ルートとしては、上流から順に緑道、現在も流れている一級河川、用水路を復元した公園、用水跡という石碑がたっている小さな道、別の一級河川、用水路が名前を変えて小川のようになっていて、親水公園となっている……、そんな感じだ。
 早朝バイトのある所からすぐのところが、最初の緑道になっているので、まず、そこからスタートした。
 バイト先からすぐのところだし、ふだん、素通りしてしまうところだ。ただ、緑道だといわれるとそんなふうに見えてくるのが不思議。緑道は川の岸辺にむかって終わる。まるで用水路が川にそそぐように。

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 その川は、おなじみの川だ。けれども、よくわからないが、今、ここにある川は、かつてと流れ方がだいぶ違っていて、別の場所を蛇行しながら流れていたようだ。そして現在の川が流れているあたりは用水路が流れていたらしい。ちなみにこの難しさは、もう少し下流でも生じる。親水公園となっているあたりには、また別の一級河川があって……、その始まりのあたりが水神橋というのだけれど、その川のほうに、「ここはかつて用水路が流れていました」とある。
 つまり、二つの川と用水路、三つの流れがあるのだが、その流れの、かつてと今の違いがよくわからないのだ。
 このわからなさが(もしかして、昔の用水路の川筋を今の川たちに再利用したということなのかもしれないが)、謎として、心をすこしざわつかせた。
 先走ってしまうが、その水神橋のすぐむこうの下流で、ふたつの川たちは合流する。一方の川に、もう一方が注ぐのだ。そうして数キロ先で、注がれた川も多摩川に合流し、さらに十数キロで羽田の海にそそぐ。
 話をもとにもどそう。最初の緑道から、川へ。その川沿いの岸辺の路もまた緑が多い。川の水も澄んでいる。護岸が自然に近い形で行われているのも目に心地よい。今の季節は菜の花の黄色が鮮やかだ。
 この岸をゆくとすぐに用水路を復元した公園に出る。ここは用水路を復元しただけでなく、水田も復元し、毎年稲作も行われている。わたしの大好きな公園で、かなり頻繁に訪れている。一年三六五日のうち三〇〇日以上は、多分。もうすぐ、そろそろ水を張った田んぼの上に鯉のぼりが泳ぐだろう。水を張った田んぼは池のようになるだろう。今はレンゲ畑になっている。

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 ここで川から水を引いて復元した用水路は、およそ六〇〇メートル。またおなじ川に注ぐ。そう、この公園も用水路もおなじみで、季節ごとにわたしに大切ななにかたちを伝えてくれる場所だ。

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 そこを離れて、また川辺に出て、用水路の跡をめぐる旅へ。ちなみにここから先は、ふだん、家の近くではあるのだけれど、あまり足を踏み入れたことがないので、よけいに旅的な気分を味わったというか、新鮮な驚きが、あちこちにあった。岸辺から、いったん大通りに出たのち、すぐにその通りと平行して走る小道へむかう。ここで用水路跡と書いた石碑を発見した。言われてみれば、下にまだ暗渠となって水が流れているような感じだ。緑道のように流筋がわかるような気がした。

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 その小道をゆくとお寺がある。いつもバスに乗るとき、その名前だけを停留所名として聞いただけのお寺。桜がきれいらしいが、もうすっかり葉桜だ。そういえば小道沿いにもすこし桜並木だったらしいような後が。しらなかった。来年は来てみよう。
 そして、お寺のさらに奥に緑深い場所があった。行ってみると、神社があった(用水路のことは完全に忘れている)。わたしがお正月などに初詣にゆく神社とおなじ氏神様の神社なのだが、こちらは人の気配もなく、さびしい感じだ。けれども、社は小高くなった頂上にあり、年を経た松なども生えていて、なにか古墳のような神聖さを感じた。だから、つい、登ってしまったのだ。登った先から、何が見えるだろうか。川が見えるのではないかしら。思えばいつもそんな期待を抱いてきたような気がする。小高くなった緑深いところを登ると、きっとその向こうに水辺が拡がっている……。子どもの頃から、よく思ったものだった。久しぶりに体験して、懐かしいというよりも、新鮮だった。ちなみに、登り切ったそこから見えるところには、川がない、それは実はわかっていた。もし見えるとすれば、真逆の方角だ。そこに多摩川などが流れているから。案の定、小高い頂上からは住宅地が拡がっているのが見えるばかりだったが、久しぶりに、あの期待を味わうことができて良かった(後日、地図を開いてみたら、近くをべつの川が流れていたのだが、わからなかった)。

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 また、小道のほうに戻って、水神橋へ。ここの川から分水しているような感じで用水路の跡、今は名前を変えた用水路が現われ、約九〇〇メートぐらいが、親水公園となる。この区間は、ほぼ初めて通るところ。この小道自体、あまり通ったことがないのと、今は川と名前が付いているので、用水路跡として認識していなかったのだ。知ったことたちで、新鮮な驚きがわき上がる。そして季節は新緑だ。ちょうどこのあたりは緑も多くなってくる。とくに親水公園になっているところは、多摩川が長い年月をかけてつくった崖の連なり、緑と水が豊かな国分寺崖線下に位置し、親水公園とは別の二つの公園と隣接していることもあって、さらに緑が深くなり、小さな渓谷を想起できるところもある。途中、二カ所、その公園たちから、湧水が注ぐのも見ることができた。だから、この用水路はきれいなのかしらと思う。さきほど、通ってきた復元した用水路も水はきれいだったが。あちらはとりいれた川の水を処理して流しているらしい。稲作に利用するのだから、きれいさは必要なのだろう。いや、それ以前に、川自体が、やはり国分寺崖線上の川で、湧水も注ぎ込む、きれいな川なのだけれど。

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 ともかく、この用水路をどこまでも、追ってゆきたかった。新緑まみれの、昼下がり。木の名前はわからない、だが用水路のかつての名前はわかる。そしてほとんどはじめての場所だった。新鮮なおどろきと新緑。澄んだ水たちが、向こうへどこまでも向こうへ流れてゆく。けれども、きりがないので、親水公園がおわりになるという橋までで、探索をやめた。ここまででも、実はけっこう時間が経っている。わたしは、どうして、こんなに水が好きなのか。わくわくと、まだ後ろ髪がひかれている。興奮冷め止まない。ちなみに、用水路は、江戸時代初期に作られたものらしい。徳川家康が命じて……、まわった用水路や川たちは、ゴミ捨て場になっていたり、下水が流れ込んだり、一時期とても汚くなったりしていたらしい。
 ゆっくりと親水公園を遡る感じで帰り道。ふと、小さな鳥居のある場所に足を踏み入れる。行きのときに気になったのだが素通りしてしまったところ。鳥居のすぐ奥に小さな祠があり、その奥に、小さな流れがあり、また小高くなっている。さきほどよりもさらに古墳のようだなあと思ってしまう。流れが堀のように見えたのだ。この社の名前などがわからなかったので、家に帰ってから調べたら、水神社とあった。だから近くの橋は水神橋というのだと合点がゆく。ちなみにこの小高い緑深いところは、うねうねと先ほどの神社に続いていた。つながっていると思わなかったので、こちらもすこし驚いた。ここちよい、いとしい発見だった。
 記事にするとなると、今回書いたこととは、だいぶ違ったものになるだろう。ただ、記事とは別に、そのときの体験を、小旅行のことを、書いておきたかった。ことばにすることで、なにかたちが、わたしと近づいてくれそうで。緑がやさしい。水がやさしい。

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posted at 17:38:31 on 2019-04-20 by umikyon - Category: General

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