Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2019-07-20

蛍の光、鷺の花、蝉の声 ─せたがやホタル祭りとサギ草市

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 今年の梅雨は長い。あまり陽射しを見ていない。先日、雨の中、せたがやホタル祭りとサギ草市にいってきた。七月十三日、十四日で開催、今年で三十九回目だが、行くのは三回目。
 例年、世田谷代官屋敷敷地内にホタルドームをつくってホタルを見るのだが、今年は代官屋敷が改装工事中で、敷地内に入れないので、どうするのかしらと思っていたら、向かいの信用金庫の敷地を借りて行っていた。その信用金庫の反対側のとなりに上町天祖神社があり、そこがサギ草市の会場。昼から縁日、夜には盆踊りも。

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 代官屋敷は入れないが、代官屋敷に隣接している郷土資料館は入ることができる。
 ホタル鑑賞はチラシなどによると午後五時四〇分から。着いたのが午後四時にもならない位だったので、サギ草市や縁日をざっとみてから、郷土資料館へ。
 郷土資料館もいつもとはちがう出入り口から入る。メインの通りから横道に入ったところにあり、少しわかりにくく、もしかすると休館していると思われてしまうかもしれない。例年よりも人が少なかった。ここでは例年、同じ時期に企画展でサギ草伝説のことなどを採り上げている。今年はそれにプラスして、ホタルの一生を模型やジオラマで紹介していた。サギ草伝説は、いわれなき讒訴により自害する常磐姫が、父の住む城へむけて、サギの足に遺書をくくりつけて飛ばしたが、そのサギがたまたま近くで狩りをしていた夫の手で打ち落とされ、ながしたサギの血がサギ草になった…というもの。夫はその遺書をみてはじめて姫の無実を知る。
 サギ草は、栽培はけっこう難しいと思う。サギ草市でも、だからだろうか、咲いている花を見かけることがほとんどない。でも好きな花だ。ここで何回か書いているけれど。ほんとうにサギがとびたつような、繊細な白さが心にしみる。実行委員会のテントの中に咲いているサギ草が一鉢あった。見ることができて良かった。

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 話が前後してしまった。郷土資料館に入ったのは縄文土器の展示があるから。解説パネルによると世田谷には縄文遺跡が一三〇以上あるらしい。その多くが縄文中期(五五〇〇年から四五〇〇年前)のもの。もう何回か観に来ているのだが、実際の土器たちにまた会えるのが、なんとなくうれしいのだった。
 それにうちの近くを流れる川から剥ぎ取った貝層も見たかった。縄文時代よりももっと前、約十二万年前のものだとある。この辺りも海だったのだ。ちなみに縄文時代前期の六〇〇〇年ぐらい前の貝塚の貝層の展示もあった。家から数キロ離れてはいるが、多摩川最奥部のもの。
 前回も書いたが、水に関わることが、ここでも好きなのかと、我ながらおかしくなる。
 うちの近くにも遺跡があったらしいが、遺跡として整備されているわけではないので、よくわからない。今も湧水の流れる崖の上あたりに、あちこち。湧水と、スダジイやクリ、コナラなどの植わった緑深い林にそのよすがをしのぶ。そして、あのあたりかしら…と、崖の上の緑をながめ、いにしえに思いをはせるのだった。
 郷土資料館を出たあと、まだホタル鑑賞までだいぶ間があった。縁日でなにかちょっと飲食をしてみたかったが雨なので、商店街などを散策することにした。ちなみにこの通りは毎年十二月と一月に行われるノミの市、ボロ市のメイン通り。ボロ市にもよく来ているのだが、その折は立ち並ぶ店と大渋滞の道行く人たちでごった返しているので、ちがうところを歩いているみたいだ。さらに進んで世田谷通りへ。
 時間をつぶしてホタル展示会場まで戻ってくると、長蛇の列。五時四〇分よりも前に始まっていたらしい。三十分ほど並んで、ようやくドームへ。
 真っ暗な中へ、列をなして入るのは、なんだか、お化け屋敷にいるような感覚だった。自然の環境ではないので、よけいにそう思ったのだろう。だが、中では蛍たちがひっそりと光っていた。暗がりだったからしくみがよくわからないが、通路の中央に水があり、笹があり、蚊帳のようなもので覆われていて、そのなかに蛍が飛んでいたようだ。足元や天井で、緑がかった淡い光がゆっくりと動いている。
 わたしは自然の環境で蛍をみたことが一回しかない。大人になってから、秩父の長瀞あたりの宿で予期せずにみた…。それは旅先での体験だったから、わたしのなかでは蛍は非日常の範疇に属する。
 そのあと、当時近くに住んでいた有栖川宮記念公園で、何度かみた。以前は蛍の養殖地があって、七月頃だったか、一日か二日、展示していたことがあったのだ。今はそうしたことをしていないらしい。もうずいぶん前だ。
 どちらにしても、蛍はわたしには非日常だ。だからこそ、よけい、あの淡い光に惹かれるのだろう。
 この文章と前回のうちの近くの川についての文章、近接した時期に書いている。あの小さな川のことを調べていたら、かつてはホタルが飛んでいたとあった。今でも流れているときは清流なのだから、当然と言えば当然なのだろう。ちなみにその川の水源である池のあたりは、弁財天池というのだが、旧石器時代、縄文時代の遺跡や住居跡が見つかっているらしい。
 つながっているなあと、勝手に結びつけて、心地よくなっている。
 今朝も雨。早朝バイトから帰る途中、少しだけ遠回りして、国分寺崖線上のみつ池という湧水由来の池を見に行く。たしかここもホタルを見ることができたとか……。ただ、ホタルが出没するのは六月で、もう時期的には終わっているから、今でも見ることができるのか、よくわからない。
 けれども、この池も春にみたよりも水量がだいぶ増えていて、どこかほっとした。この崖の上でも、去年、遺跡調査が行われていたなあと、ぼんやりと思う。蝉の抜け殻が落ちていた。雨がようやく止んだ。そろそろ、蝉の声が聞こえるのかしら。明日も雨の予報。


posted at 00:01:00 on 2019-07-20 by umikyon - Category: General

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